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ACのポポポポーンのCMについて

Web拍手、Webコメありがとうございます
いよいよ小説を書き始め、合間の更新となり、更新頻度が落ちがちですが、なんとか途切れずエントリしていこうと思っています
日に日に暑くなって気力が奪われ、金もなく仕事も探さなくてはならないという厳しい状態ですが。

震災直後、日本では自粛ブームが起こり、テレビコマーシャルも続々と辞退していき、ACのCMに急遽差し替えられた。

そのとき流れていたCMの一つで、動物が歌いながら次々と挨拶をしていくものが大量に流され、一躍有名になった。

実はあれ、私は流行る前から毎日聴いていた。

2010年、私は市役所の臨時職員をしていた。

この仕事では、毎日同じ時間に車で決まった場所に出かけなければならず、ラジオをかけながら乗っていた。
丁度ラジオを聴いている時間に、ACの固定枠のCMがあり、平日の毎日同じ時間に必ずこのポポポポーンのCMが流れていた。

だから、TVを見てる時に、たまに同じCMが流れると仕事を思い出してウンザリしたものだった。

臨時職員の仕事が終わってもうすぐ半年になる。

今ではあの頃の、仕事を与えられ、活き活きと働いていた私が懐かしくさえある。

思えば、あの仕事は労働時間の1/4近くは車に乗ってラジオを聴いていたように思う(こうやって書くと楽な仕事に聞こえるかもしれないがそうでもない)。
主にAMラジオを聴いていたが、今も車でラジオをいれたとき、仕事中に聴いていたラジオが流れるとほんの1年前のことが愛おしく感じてしまう。

当時は毎日決まった時間にラジオを聴くので、同じコーナーばかりで代わり映えのない内容で飽きてさえいたが、今思えば贅沢な注文であった。

短くてつまらない内容で申し訳ない。このエピソードはいつか書こうと思っていた話だ。
次回はもうちょっと掘り下げた話をする予定。

それにしても私が感じるのは、このポポポポーンのCMは震災さえなければ、これだけ表に出ることはなかったわけだ。そう思うと、何か奇妙な感覚を覚える。

今となってはグーグル検索の筆頭候補に上がってきているほどだ。
あんな大地震なんか起こらず、なにも変わらない平和ボケした日本と、
今の天変地異が起こった日本。

3月11日は大きく世界が動いた日なのだなあと思うと、とても不気味だ。

震災はどれだけの影響を日本に及ぼしたのだろう。

震災がなければ、今も東北地方は変わらない営みを繰り返していたのだろう。
震災がなければ、原発が危険だなんて誰も気にもとめなかっただろう。
震災がなければ、ネットでもリアルでも私も含めて平和ボケはずっと続いていて相変わらず馬鹿なやりとりをしてふぬけた生活をしていたのだろう。

さて、話は変わるが、私も良い意味で大きな影響を与える存在になりたい。
ホームページ、ブログ、動画配信、何をやっても駄目だった。
動画配信は辞めるときに「駄目なヤツは何をやっても駄目」とさえ言われたぐらいだ。

小説を書くときに、いつもこの“才能のなさが招いた結果”がちらついてやる気を削いでいく。

「私が必死になったって人を楽しませるものなんて出来ない」

ブログではこのようにすらすらと文章が出てくるが、小説を書こうとなるととたんに色んな思いが邪魔をして手が止まってしまう。

“やはり私には人を楽しませる芸なんて無く、こんな趣味捨ててしまったほうがいいのではないか…”

この無力感が今の私に襲いかかってくる強敵だ。

ここで心が折れてしまったらほんとうに私には何もないことが発覚し、生きることをやめてしまうだろう。
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役所で働いてた時のこぼれ話

ここ最近は、エントリのペースを上げていたが、やはり早くて3~4日に一回の更新ペースに戻そうと思う。
記事1個1個をしっかり読んでもらいたいのと、エントリの質を高めたい。
毎日更新したからって、閲覧者が増えるわけでもない。

昨日は選挙に行ってきた。選挙なぞ興味がなく候補者が何やってるか、顔すら浮かばないレベルだが、行ってきた。
私の目的は、選挙というよりも、私の投票所の雰囲気を改めて見てみたかったからだった。

以前臨時職員として働いていたときのは話を書いた。
今日はあそこでは書ききれなかったことをこぼれ話としていくつか紹介していく。

●選挙管理委員会で働いていたときの話

臨時職員として一緒に働いていたのが5人。設営班と呼ばれていて、投票日の1ヶ月前から1ヶ月後のおおよそ2ヶ月間かけて選挙関連の準備or後始末をする。

主に、スケジュールに沿って市内全域の投票所に機材(机や記載台)を搬入する。開票所の準備も手配する。
他にも、必要になる画鋲やえんぴつ一本にいたるまでの事務用品の準備。投票箱といった特殊な物品にいたるまで管理する。
前にも書いたが、私が担当した、ポスター掲示場の管理も設営班の仕事だ。
民間の仕事でたとるならば、(私はやったことはないが)イベント設営に近いものがあると思う。

最終的に私含め6人が働いていたが、うち2人は選挙前の繁忙期に応援として呼ばれたため、
このうちの4人が正式メンバーとなる。

実に個性的な人達だった。

繁忙期の応援に呼ばれた2人が私、そしてもう一人が、45歳で元IT企業のエンジニアをやっていた人。
家庭の事情で故郷に帰ってきたけどスキルを活かせる仕事がないとのことだった。
お腹が出ていて、そのことを気にしているのだが、いつもなんかしら食べていた。朝マックしながら出勤してきて
朝の打ち合わせの時に、ぱくつきながら参加していることが珍しくなかった。
色々資格を持っている。

核となる4人は、かなり変わった人ばかりだった。

1人をのぞいて私より年上だが、初対面の時は年上に見えなかった。大学生ぐらいに見えた。
唯一私より年下のMさんを除いて、みんな昭和時代にいそうな絵に描いたオタクばかりだった(私も含む)。

そのうちの一人が特にひどくて、語尾に「にゃ」を付けたり、「口がメダパニ(混乱)ってきた」とか言う。
語尾に「にゃ」を付けるのは、他の人に伝染する傾向があり、困ったものだった。
他にもオタクっぽい喋り方をしていたのだが、さすがに忘れてしまった。
Mさんが、みんなオタクで話についていけなくて辛かったと、後で私にこぼしていた(私もオタクなのだが・・・)。

この人ともう一人、Sさんも特徴的なオタクで、無料のネットゲームをやってて、ノベライズ小説を昼休みに読んでいた。
しかし表紙をカバーで隠しているので何を読んでいるかわからず、影で話題になっていた。
何を読んでいるかなんて聞ける空気ではなかったのだ。
私の出勤最終日に、昼休みの時に私が勇気を振り絞って聞き出して、その後しばらくネットゲームの話題について盛り上がったものだった。

Sさんは、非常に真面目な人で、言われたことはきっちりやるんだけど、融通の利かない節があり、
矛盾したことを言われると、その場に立ち止まり真剣に考えこんでしまう人だった。
その発言が矛盾しているということに気付けないのだ。
あと、生真面目すぎて、10やれば良いことを余裕があれば50やろうとする。

このうちの2人。
以前別の選挙の時にも役所で働いてるのを目撃してわかったのだが。
少なくとも語尾に「にゃ」を付ける人は、他の仕事につけず、選挙のたびに臨時職員として呼ばれ、いわば選挙設営のプロというか、かなり手慣れた人物として有名になっていた。

この前新聞を見ていたら、地方欄に彼の仕事中の写真がドアップで写され掲載されているのをたまたま見つけてびっくりしたものだった。

私が選挙の仕事をしたのがもう2年前の夏になるから、その間も仕事が決まらず、ずっと選挙の時期に呼ばれ設営をやっていたのだろう。

私と働いていたときは、「次の選挙の時はさすがに別の仕事してると思うけどね」が口癖だった
わずか2週間の間に3,4回は同じセリフを聞いたぐらいだった。

でも馬鹿にできたものではない。
臨時職員の中でも選挙の設営は、実は結構金になる。
というのも、忙しくなってくると残業や休日出勤が出てきて、その金払いがかなりいいのだ。
私もたった2週間しか働いてないのに、給料明細を見てびっくりしたものだった。

仕事自体は割とてきぱきとこなしている(慣れているせいかもしれないが)のだが、
恐らく、オタクっぽい仕草が足を引っ張っているのだろう。
バイト歴もゲーセン店員だけという、絵に描いたオタクを地で行く経歴を持っていて、ここまで典型的だとある意味すごいと思った。

●某施設で臨時職員をしていたときの話。

私は2010年。某施設にて事務補助の臨時職員をしていた。
その年の夏、参議院選挙があり、私の部署の上司が、投票所の一つを受け持つことになり、私が応援として呼ばれた。

私は投票所の受付をやることになった。

横にもう一人女の子がいるし、簡単な案内をするだけなのだが、この手の仕事は初めてで妙に緊張していた。

というのも、いわゆるショップの店員をするバイトに、私は一度も受かったことがないのだ。
何度も受けたことはあるが、全部落ちた。

だから、裏で作業をするような地味な仕事しかやったことがない。
こういう表立って対応する仕事が初めてで、どうしたものかと前日も寝れなかった。

当日。朝6時に現地に出勤する。

そこで椅子に座り、投票が始まる朝7時をドキドキしながら待った。

7時になるやいなや、待っていたといわんばかりに人が殺到する。

訳もわからず大きな声を出して一人ひとりに声をかけひたすら案内をオウムのように繰り返していた。

昼過ぎからは人が途絶え暇になってくるが、時間がたつのはあっという間だった気がするし、退屈で長かった気がする。

朝6:00から投票終了の夜20:00。そしてその後会場の後片付けで一時間かかり、開放される21:00まで休みは基本的になかった。

その間、私がしているのは、ただの受付案内だが、コンビニの店員のように案内を繰り返していた。

終わってから次の日(月曜日も振替休日などなく普通に仕事である)、担当の上司の人が、私の応対についてこう述べていた。

「安西爆弾は、市役所の鏡のようないい対応をしてくれていた」

それが本音だったのかお世辞だったのかは今ではもう確かめることはできない。
その人は3月の人事異動で、別の部署に異動になったようだった(新聞に載っていた)。

確かに声だけはでかかった気がする。
昨日、投票に行ってみてわかったが、電気屋の店員みたいに大声張り上げてる受付は誰もいなかった。
静かに静まり返った体育館のなかで、淡々と人が流れていくだけだった。

別になんか売ってるわけじゃないんだから威勢のいい声を張り上げる必要はなかったんだなとその時になってやっと気がついたというわけだ。

長くなってきたので、こぼれ話の続きはまた今度。

市役所の臨時職員の仕事 事務補助編

選挙事務の仕事が、楽しく働けたので、他に仕事のあてもなかったし、情けない話だが再び臨時職員に登録した。
2ヵ月後連絡が来て、また市役所で働くことになった。

勤務先は、市役所本庁舎ではなく、とある施設の事務補助である。
今回は10ヶ月。一般的な臨時職員の事務補助の仕事内容とほとんど同じだろうが、一応紹介していく。
もし万が一特定されると今回は困るので、ある程度はぼかすが、内容的には読めるものになっていると思う。
また、そういうナイーブな話を扱うので、今回はあまり毒も書かない。
つい最近の出来事だったのもあるし、10ヶ月も関わった職場なのでまだ書けないこともある。

●8:45?10:00
新聞をスクラップに挟む。書類を課ごとに仕分けて書類棚に入れる。

●10:00?11:00
本庁舎へ私の所属する施設宛の書類を取りに行く&本庁舎宛の書類を運ぶ
基本徒歩なので、雨や寒い日など悪天候の日や季節は辛かった。

●11:00?12:00
関連施設へ、書類運搬。遠いので公用車を使う。片道25分位。ラジオを聞きながらまったり。
用事が無い日は、行かなくてよくなる。

●12:00?12:15
11時台に郵便局の人が、郵便物を持ってくるので、課ごとに仕分けて書類棚に入れたり、同じ課なら本人に渡す。

●12:15?13:00
昼休み。
保険屋の営業が頻繁にやってくるので、対応するのが面倒くさい。
気を遣ってあまりきつい物言い(私はいわゆるバイトだからそんな金持ってないとか言って断りたかった)をしなかった。というか既に保険には入っていた。

選挙事務の時と違って、近くに良い飲食店もなかったし(建物内に食堂はあるんだが値段も高いしイマイチ美味しくなかった)、親に作ってもらったおにぎり2個を食べて後は寝ていた。
ちなみに、このおにぎり、最初の4ヶ月は、梅おにぎり固定で、正直飽き飽きしていた。
私は睡眠時間を削って、ゲームレビューサイトの更新をやっていたので、基本的に寝不足であった。
朝ごはんを食べる時間も寝る時間にあてていて、この昼のおにぎりがその日初めて口にする食料だ。

●13:00?14:30
別の関連施設へ、車を使って書類運搬。2箇所まわるので、1時間30分はかかる。
私の場合は安全運転と称して、時間つぶしも兼ねていたが。急いだって別に良いことがあるわけでもない。
かえって事故ったら自分が損することになる。

●15:00?15:30
郵便局に出す後納郵便物を伝票に集計する仕事。
決められた伝票に決められた様式で書くだけなので慣れたら10分もせずに終わる。

●15:30?16:15
本庁舎へ書類の受け取りと、ウチから本庁舎宛に出す書類を書類棚に入れてくる。

●17:00
部長と管理者(一番偉い人)宛において行った業者の名刺を整えて渡す。

●17:15
業務終了

この仕事は、とにかく空き時間が多いのが最もしんどかった。
車で外回りする時が最も楽だった。一人で外出するから気が楽だし、時間がたつのも早い。

空いた時間は、シュレッダーに溜まった紙をカラにしたり、コピー機の用紙を補充したり、
使い終えた書類で片面が真っ白で再利用出来るものと分けて、分けた書類の片面を印刷機で真っ黒にして
すぐ使えるようにするとか。

後は、本庁舎とやりとりする時に使う封筒作ったり。

はっきりって、それでも時間は余る。
余ってるからってボケッとしてるわけにはいかないので、マニュアル読んだりして、仕事しているふりをする。

私は、この職場に馴染めなかったので、なんか浮いていて辛かった。
仕事はいたって真面目にやっていたし、飲み会にも欠かさず出席していたんだけど、駄目だった。
見た目が既にうだつの上がらないオタク臭を醸し出していたので、陰で笑いものにされていたのだろう。恐らく。
同属嫌悪ってやつなんだろう。だから、いるだけで正直きつかった。
耳が聞こえなくなってきたのも、ここで働き出して半年が経過した頃だった。

市役所ってのは、はっきりいってオタクが多い。
稀に異性に奥手で、金持ってるんだけど無趣味で、女に縁がなく童貞って言う絵に書いたような人も普通にいる。

まあ、公務員って勉強しないと入れないから、頭でっかちな人が多い。
でも倍率が高いから、下手な民間企業より(場所によるだろうが)仕事自体はしっかりやるし、人間関係もひどくない。

PCちゃんと詳しいし(特にPC担当がいてひとりだけ異常に精通してる人がいた。元エンジニアだったんじゃないかってぐらい詳しい)、全部の部署ではないだろうけど、ぶっちゃけ2chとか普通に見てる。
職場の会話で、そういう話も普通にする。高校生みたいなノリでゲームの話も良くやっている。

あとは、あまり書くとマズイのだが、私のいた職場では休職してる人もいた。10ヶ月いたけど一度も顔を合さなかった。
他にも外様から見ると、問題が結構あるように見えるんだけど、守秘義務もある(こういうことあんま書いちゃいけないんだよねホントはね)。
それでも話せるところと話せない境界線については一応把握しているつもり。

実態を全て暴露したい気持ちもあるが、役所も役所でどうにかしたいと思っていても、民間と違って馬鹿馬鹿しいしがらみに縛られて、なかなか手をつけられないこともあって、すぐに行動に移せない事情がある。

市役所が民間と最も違うのは、役所自体が“市”の顔として見られるから体裁も気にしなければならないのである。

例えば、私のいた職場でも、東日本大地震の救援に行ったのだけど、市民の声で「対応が遅いよなにやってるの」という厳しい声が挙がっていた。

内情を軽く知ってる私としては、地震のあった3/11(金)は週末だったが、普段は休みの土日は恐らく正職員は余震や二次被害について対策本部みたいなのが出来て、役所としてどう動くかフル回転していたはずだ。

すぐ救援に行っても、体制が整ってないのに出ていっても、二次被害に遭えば元も子もないし、
体裁を繕って、みっともない醜態を晒さないための準備もある。

私もここまで褒め殺しするほど気に入った職場ではないけども、客観的に見ても、役所の中では全国的に見てもレベルが高いほうだと思う。

話が大幅にそれていってしまった。

要するに、この臨時職員の仕事は、正直言ってかなり緩かった。
私が社会適応力があれば、ここで楽しく働けたのだろうが、私には合わなかったようだ。

ただ向こうはどう思っているかわからない。
平社員はなかなか心を開かない私に、なんか困っていた感じだった。

ここの仕事が終わった後、送別会(飲み会)に呼ばれて、渋々出席した。

その時、課長(お偉いさん)には、真面目に仕事をする人だということを言ってくれた(おべっかかどうかも今となってはわからない)。

次の仕事の当てがまた無いので、また情けないが臨時職員に登録だけはしておきたいが、
今回は10ヶ月間、人事課の臨時職員担当者と毎日顔を合わせていたので、なかなかかっこ悪くて行きづらいのだ。

私は去年の11月末で終わったが、私のポジションを引き継いだ臨時職員は不幸だったなと思う。
3月に災害が起こって、いっけん無関係の地域にみえて、内部は対応に追われて恐らくガタガタだろう。

ここで、今後の私はどうしたいか少し触れて終わりたい。

やはり、新聞販売店でも市役所の臨時職員でも、事務的な仕事をやってきたので、これからも出来れば同じ方向の事務職に就きたいと思っている。

が、現実は厳しい。
対外営業は出来ないけど、事務職なら…って人は、多いはずだ。
そうなると競争率が高くなるわけで、何の売りもない私がその戦場で勝ち残れる確率は絶望的だ。

もう今の私は、打ち込めるものもなく、何をやっても上手くいかず、7年間やり続けたレビューサイトも全然成果が上がらず、立ち上げたブログも全く見る人がいない。
ゲーム配信も完全にやめてしまった。

もう立ち直る材料が何一つ無い。

最近、深刻に悩みすぎて、夜も眠れず困っている。寝ても、途中で目が覚めて眠れない。

周りで相談に乗ってくれる、話を聞いてくれる人もいない。

もう完全に自殺コースまっしぐらだ。

市役所の臨時職員の仕事 選挙事務

市役所の臨時職員の仕事のうち、選挙事務についてどのような業務内容だったのかを経験を元に伝えていく。

なお、当然ながら自治体ごとに体制が異なるはずなので、そのへんはご理解いただきたい。

私のところでは、投票日の約一ヶ月前から本格的な準備が始まる。
選挙管理委員会という部署があり、通常業務はそこに所属する人で間に合っているのだが(といっても普段はすることが殆ど無い暇なところだ)、
いざ選挙が開催されるとなると、他部署からも応援が必要になるほどの忙しさに見舞われることとなる。

そこで臨時職員の登場となる。

主な仕事は、各投票所の設営準備。職員が作成したスケジュールに沿って、各投票所に機材を手配したり、業者に連絡して会場の準備を手伝ってもらうことになる。

私は、この業務の中でも、多忙を極める投票日直前の約2週間、応援として呼ばれた。
そのため、残念ながらこの仕事を担当していた設営班についてはあまり詳しくない。

設営班は、4人の臨時職員で構成されており、年齢的には30前後といったところ。

毎日、各投票所に投票台や机、椅子など必要物資の搬送や手配に追われている感じであった。

選挙活動が本格化する告示後、設営班の仕事はさらに増えるため、それを補うために私含め2人の臨時職員が増援として呼ばれた。

増えた仕事というのは、各地に設置された立候補者のポスターが貼られる看板の管理である。
実はこのポスター、いたずらをすると警察沙汰となる。その監視と、ポスターが雨などで剥がれていないかのチェック、
もし問題があれば、発覚した時点でポスターを貼り直したりしなければならない。
ポスターはどこに張っても良いというわけではなく、選挙管理委員会が定めた場所以外に貼ってはならない。
なぜなら、立候補者のポスター掲示場は、選挙管理委員会が責任を持って管理しなければならないためだ。

応援で呼ばれた私の仕事は、毎日車に乗って、ポスター掲示場をまわって、問題がないかチェックする仕事だった。
8:45?12:15、13:00?17:15まで毎日、車に乗って地図を頼りに、看板の調査に回る。
おかげで、市内全域の地理にはずいぶんと詳しくなったものだ。

また、一人でやるには厳しい仕事だった(一人で地図を見ながら回るのは負担が大きいため)ので、
2人でナビ役と運転役のペアで仕事を行っていた。

とにかく市内のあちこちに配置されたポスター掲示場を1つ1つ全てチェックしていくため、市内在住している人間でもわからないような田舎道までも隅々まで一日中走りまわるため、やはりその観点からも一人でやるには厳しい物があった。

監視役のいない外回りの仕事だったので、結構気楽な仕事であった。
いくらお昼休みがあるとはいえ、一日中車に乗り続けるのはしんどいこともあり、区切りをつけて休憩したり、車の中で世間話をして盛り上がったり、割と自由奔放に仕事をさせてもらえた。

特に良かったのは、私よりちょっと遅れて入ってきた、2人目の臨時職員が、45歳のおじさんで、とにかく気さくな方で、話のわかるおっちゃんといった軽い感じの方で、和やかな雰囲気のまま仕事が出来たことだった。

車中2人きりで仕事をするわけで、ペアとなる人が性格的に合うか合わないかというのは重大な問題である。

話も弾むし、気の合う人だったので、仕事とはいえ苦痛さが全くなかったのは大きかった。

夏場で外は暑かったが、車内はクーラーが効いていて快適だったし、しんどいことは何一つなかった。

だが、さすがに投票日前後ともなると、かなりの激務となっていった。

まず、開票所の設営準備は、応援として呼ばれた私2人も当然関わることになる。

このへんから、残業も増え、かなり忙しくなってくる。

特に投票日は、目の回る忙しさであった。
まず、投票日は、朝6時に市役所に集合し(前日も期日前投票の作業に追われ夜遅くまで残業である)、選挙の案内板の撤去や、各投票所のトラブルに対応するため、本部でずっと待機する必要があった。

開票の終わった投票箱を、当日のみ雇われた大学生らしき人と手際よく片付けたり、深夜2時になってもまだ終わらない開票作業に、当然ながら付き合わなければいけない。

担当職員の善意で、まだ作業が残っているだが、2時頃にみんなの疲労度を考慮に入れてくれて帰らせてくれた。

次の日が休みなら根性で頑張れただろうが、次の日が平日で普通に出社しなければならないことが最もつらいことであった。

翌日も疲れが取れない中、相変わらずの忙しさであった。
開票所の後片付けが待っている。大量の備品を整理して元の場所に片付けたり、開票所の体育館を元の状態に戻すための力仕事(専門業者がやってくれるが)。目の回る忙しさであったのは言うまでもない。

そのあとも、各開票所で過疎地の片付け、使った機械を各支所に再びしまう、などの仕事が待っていた。

とはいえ、選挙日終了後、2日目にもなると、あらかた片付けも終わり、平常運転となった。

応援で呼ばれた私と2人は、ポスター掲示場の設置(強力)に協力してくれた企業に御礼の品を渡し、あいさつをするという仕事が残っていた。
これを1日こなすことで、私の業務は終了する。

2週間は、とても楽しく働かせてもらえた。

まず、一緒に働くメンバーが気の合う人達ばかりで、不愉快になることが一切なかった。

昼休み、昼食をどうするか初期は悩んでいたが、職員会館がちかくにあり、そこに入っている飲食店が安い割にかなり美味しいということを教えてもらって、勤務中の半分以上は、そこでご飯を食べていた。
私一人ではなく、同じ仕事仲間も頻繁に食べに来ていたので一緒にご飯を食べたりしていた。

また、臨時職員同士、チームワークがとてもとれていたので、仕事が終わった後に、夜ご飯をそこへ食べに行ったり、私の勤務最終日には、みんなでそこの飲食店でご飯を食べたことも思い出の一つだった。

この仕事をしている間は、本当に毎日が充実していた。
嫌なやつもおらず、やりたくない仕事もみんなで協力してやり遂げ、毎日同じ仕事だけでなくいろんな仕事があって、とてもやり甲斐のある仕事だった。

選挙管理委員会の正職員の人達も割と優しい人達ばかりで、不快に感じることが殆ど無かったことも良かった。

なにより、ひとつの目標に向かって、毎日みんながひとつになって、いろんな仕事をこなしていくことが面白かった。

仕事の内容が内容だけに、毎日が新生で、飽きることがなかったことも良かった。職場の雰囲気も凄く良かった。

本当に色んなことがあった。
ちょうど鳥インフルエンザが流行っていた頃で、各投票所に消毒液が急遽必要になって、
消毒液のエタノールを容器に詰め込む作業が突発的に入ってきて、時間もない中、皆が必死に終わらせるため奮闘したり、くそ重たい計数器を4人がかりで2Fに運んだり、逆に2Fから階下に運んだり、本当に面白いエピソードが多かった。

たった2週間だったけど、これが終わった跡も相変わらず仕事がなく困っていたために、臨時職員に応募したのは、仕事が面白かったからだった。

しかし、2度目に採用された臨時職員の仕事は、期待に反する職場だったのである。

<次回に続く>
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