片田舎に住む不器用な少年は、将来ゲームクリエイターになるという泡沫の夢を見た

これは、俺の話ではない。とある人間が歩んできた人生の話だ。
繰り返しになるが、これは俺の話ではない。





とある愚か者の話をしよう。
その愚か者は、1983年に生を受けた。
ファミリーコンピュータ。通称ファミコンが発売された年のことだった。
愚か者は、その偶然に、必然や運命を感じざるを得ないでいた。

愚か者の父親は、ある日ファミコンを買ってきた。
愚か者は、3歳か4歳になる前、物心付く前からファミコンに触れた。
そのコンピュータの世界に、瞬く間に魅了された。
デジタルの世界は、当時はセンセーショナルで、とても衝撃的だった。
ある種、隔絶された世界を畏怖する風潮が強い時代に、無垢な子供は抵抗することなどなく夢中になり、
その世界に間違いなく未来を感じていた。

予感していた。将来は間違いなく、コンピュータが世界を席巻するさまを。

だが無垢な子供はそんなことはどうでもよく、ただ、そのコンピュータの世界の面白さにのめり込んでいた。ただそれだけだった。

初めてやったゲームソフトは、「けっきょく南極大冒険」だった気がする。
「F1レース」だったようなきがする。「いっき」だったような気もする。
はっきり言って、どれが初めてやったゲームだったのかはわからない。
それだけ物心付く前、幼い頃からコントローラを握ってゲームを遊んでいたからだ。

1985年とか、それぐらいの時期の出来事だ(おそらく)。

愚か者のゲームへの執着心は異常なものだった。
ただ家にファミコンがあったからという理由だけでファミコンに夢中になっていたというレベルを超えていた。

当時としては珍しく、親がファミコンに対して寛容だったからそうなってしまったというわけでもない。

これは1988年の出来事だ。
「スーパーマリオブラザーズ3」を買ってもらった愚か者は、それにあまりに夢中になるあまり、視力を落とし、親にはファミコンを隠されるほどだった。

小学校に入学し、学校が終わると、父親が帰ってくるまで、殆どの時間「スーパーマリオ3」をやり尽くしていた。

当時の愚か者は、“飽きる”ということを知らなかった。
クリアしてもゲームオーバーになっても何度も何度も最初からやり直し、すべてのステージを順番にクリアしていく律儀さだった。

そんなにも、一つのゲームに執着するものだから、これは危険だと思った当時の両親は、
さすがにファミコンを隠したのだった。

ちなみに、「スーパーマリオブラザーズ3」は、全ステージをクリアするのは、順調にやっても2時間は軽く超える。3時間ぐらいはかかるだろうボリュームのゲームだった。
そのボリュームのゲームを、何回も通しプレイしようとしていたのだから、相当な熱中っぷりだったのが伺えると思う

愚か者は人付き合いが苦手だった。
だから小学校に上がっても、うまく友達が作れず、また、遊び相手も出来なかった。

正確には、出来ても、周りに上手く溶け込めず、結局一人遊びしか選択肢がなくなってしまうのだ。

周りとのいさかいやトラブルが発生し、周りの大人が、愚か者を友達の輪から引き剥がす。
そして、愚か者は一人、積み木遊びや一人トランプ遊び、ぬいぐるみ遊びなどをして、他の人と離れて過ごすことになる。

これは幼稚園の時からそうだった。

なぜ自分だけがいつも引き剥がされて、一人ぼっちにされてしまうのだろう。

このように感じていた。

そうやって一人にされてしまうものだから、一人で遊べるものとなるとファミコンぐらいしか無い。
こうして、愚か者はより一層、ファミコンへとのめり込んでいくことになる。






愚か者はゲームだけでなく、ゲーム情報誌にも夢中になった。

ファミリーコンピュータマガジン、月刊PCエンジン、といった雑誌だ。

こういったゲーム雑誌は、父親が買ってきていたのだ。

ゲームに夢中になればゲーム機を親に隠される。また、勉強しなさい外で遊びなさいと怒られる。
かといって、外で遊ぶ相手などいない。
一人で自転車で用事もなく宛もなくブラブラするのもつまらない
一人公園で、ブランコを夜の暗くなるまで漕ぎ続けるなんて苦行もやったことがある。

しかし、家でゲーム雑誌を読んでいるぶんには、さすがに親も怒りづらかった
それでも、外出て遊べと放り出されることは日常的にあった。
だから愚か者にとって、日曜日とか休日は苦痛そのものだった。

ゲーム情報誌を読むのもまた、ゲームを遊ぶのと同じぐらい面白かった。

ゲーム紹介記事や広告、インタビュー記事やまだ見ぬ新しいゲーム機、
それから片田舎にはなかったゲームセンターの筐体記事、
これのゲーム写真を眺めているだけでも胸踊らせ、心ときめかせワクワクしてくるのだ。

ゲーム雑誌を読んでいるのもあまりにも面白いものだから
小学校低学年にして、大抵のゲーム会社の名前は覚えてしまったし、どこのメーカーが何を出しているとか、どういう名前の開発者がいるのか、といったものまで覚えてしまった。
加えて、ゲームカタログ的な本を見て、ゲームの発売日から価格やおおまかな内容まで、覚えてしまうほど何度も読み返した。

そのカタログ本は、文字通りボロボロになるほど何回も何回も読んだのだった。

そのカタログ本について補足すると、ファミリーコンピュータマガジンという雑誌についてくる付録の、「ファミコンカセットオールカタログ」という、ファミコンのゲームソフトがすべて紹介記事として収録されている本のこと。他にもスーパーファミコンオールカタログなど、何冊かシリーズ化されている




愚か者は中学生になった。
中学生になってからも、相変わらずゲームに夢中で勉強を全くしなかった。
だから、成績も悪く、周りからは馬鹿にされ、親からは怒られるという生活を送っていた。

だけど、愚か者は真面目に勉強しようとはしなかった。する気も起きなかったと言える。

中学2年生の秋、愚か者は突然新聞配達を始めた。
それは、欲しいゲームソフトを買えるようにするためのお小遣い稼ぎだった。

また、この頃から、将来のことを考え始める。愚か者はゲームに携わる仕事をしたいと思うようになった。

ところが、どうすればいいのかわからない。

家にはパソコンもなく、将来やりたいことのためにどうすればいいのか教えてくれる人も周りにはいない。

愚か者は困った。本当に困った。

そこでとりあえず、学校の勉強を真面目にやることにした。

5教科、250点前後だった成績が、中学2年になって勉強するようになってからメキメキと上がっていく。
最終的には5教科、400点を超える成績にまでなった。

が、愚か者の能力では、そこが限界点らしかった。

当然もっと上の成績を取っている人もいる。

勉強すればするほど、点数が上がるから面白かったのに、努力しても上がらなくなってきてから、面白くなくなっていった。

そして、将来ゲームに携わる仕事をしたいのに、本当にこんなことをしていても、それが達成できるのか、愚か者は段々と疑問を持つようになっていった。

5教科400点のレベルにまで到達すると、それを維持するためには普段常日頃から真面目に勉強していなければいけなくなり、愚か者は、真面目君を演じることに疲れてきていた。





愚か者は、高校受験で、最終模試での合格率2%の高校に合格する。
そして進学校の高校に入学する。

そこでも、息の詰まるような真面目君を演じ続けていた。

将来、ゲームに携わる仕事が出来ると信じて、目の前の勉強を頑張っていたのだ。

かつて、高橋名人も言っていたことを律儀に守っていた。

「ゲームは一日一時間」は守っていなかったが
「僕らの仕事は勿論勉強」
この格言を、しっかり守っていた。

勉強をすれば、将来の道が勝手に開いてくるものだと思い込んでいた。

だが。

そうはならなかった。

結局、高校卒業、そして大学進学、大学卒業に至るまで

ゲームに携わる仕事がしたいという疑問にしっかり答えてくれるものは愚か者の前には現れなかった。

愚か者は、人生に迷い失望した。
そして、目標を見失った。生きる目標がなくなった。







愚か者は35歳になった。

生きる目標を見失ったまま、屍のような状態に成り果てていた

若い頃にはあった、周りに向けて反発したり暴れたりするエネルギーもすでに尽き果て、死を待つのみといった満身創痍の状態になった。


あの思い出の中学校時代

20代の頃、愚か者は
中学の同級生との飲み会に誘われることがあった。

その時、ゲームクリエイターになっていた同級生が2人いた。

愚か者は心底羨ましがったと同時に、自分と同じ夢を抱いていた人がいたことに驚いたのだった。

仕事はいつも終電……
今やらされてる仕事はモバイルゲーム……

などと愚痴っていたが、愚か者は話を聞いているだけでも羨ましかった。


愚か者はどこで道を踏み外したのだろう?
見果てぬ泡沫の夢を見た、あの少年時代からその過ちが始まっていたのだろうか

愚か者は今日も、そのことを考えている……


<了>
スポンサーサイト

有名ニコ生主「よっさん」の今と昔を見て、人生とは何かを考えさせられる。そして、自分と人生を重ね合わてしまう

突然だが、「よっさん」という人をご存知だろうか。

たまにYoutubeやニコ動を見てたら、オススメ欄に出てきたりしたことがあるだろうが・・・
もちろん、「よっさん」のメイン活動場所であるニコ生利用者だったら、知らない人はいないぐらい有名な人なのだが・・・

「よっさん」っていう人を簡潔に説明すると、
ニコ生でいわゆる暗黒放送と言われているカテゴリに属する人だ。

過激な発言や暴言、他者への暴力的な絡みや、視聴者との喧嘩腰のやり取り、と書けば
もう、それだけでどういう人物なのかわかる人ならわかるだろうと思う。

この人についての話は、それこそニコニコ大百科なりを覗いてもらえばいいので、
ここで1から説明する必要はないので省かせてもらう。

とりあえず、「よっさん」という人の配信がどのようなものなのか、適当にYoutubeから引用するので、興味を持ったなら見ていただきたい。



どの動画をチョイスしようか非常に悩んだのだが、
リスナーにケンカ売ってる良くある最新の動画を出してもなあと思ったので、
その中でも、この人の人間性が語られている動画を今回は引用してもらった。

この人はニコ生が活動場所だが、Youtubeにも沢山の録画があげられているので、
典型的な暗黒放送の回は、そちらを見てください。


で、この人は今、数々の炎上商法を経て、有名配信者に成り上がってからは、
すっかり配信慣れしてしまって、このような配信スタイルになってしまっている。

が。

この「よっさん」は、何も最初から、こんな人ではなかったのだ


今から6年前。
「よっさん」がニコ生を始めたデビュー初期の動画もたまたま残っている。
その動画を次に是非見てもらいたくて、今回この話題を取り上げさせて貰った。

今回紹介する2つの動画だけは、ちょっと長いんだけども、両方とも見てほしいと思ってます。



見てもらえばわかるのだけど、
人気配信者になる前の、「よっさん」は、ごくごく普通の、
どこにでもある、良くある過疎の顔出し&ゲーム配信者だった。

謙虚で飾らない、言葉遣いも丁寧で、コメント一つ一つにもしっかり反応して返している。

2つの動画を見比べてみて、皆様はどのような感想を持っただろうか。

ここまでの変わりよう、この間6年である。

おそらく多くの人は、デビュー初期の、飾らない頃の、ありきたりな過疎配信の方が好感が持てたのではないかと思う。

だけど、

この、優しい時代の「よっさん」のままだと、おそらく有名配信者になることは不可能だったと思う。

そしたら、そのままだと全然視聴者数とかも増えないだろうし、おそらくそのうち飽きて辞めただろうと思う。

優しくて謙虚で、人格者なだけでは、有名にはなれない。


これは、自分がいちばん痛感していることだった。

寧ろ、有名になって色んな人から良くも悪くも注目されて影響力を持つためには、
人から叩かれるぐらいのことをやらなきゃいけなんだということだ。



この「よっさん」は、びっくりするぐらい、自分と境遇が似ていて、共感してしまうほどだった。

仮に謙虚で優しいままの、よくある過疎ゲーム配信者だけをやっていたら、ここまでの人間になれたか?

答えはNOである。

それは、その道は自分が選んだ道だった。

有名になるために手段を選ばずなにやってもいいことを肯定するつもりは無い。

だけども、これだけは言えると思う。

有名になったり他人から注目されるぐらいまでになるためには、優しくて謙虚なだけではどうしても難しいということだ。

そこで、どうしたらいいのか知恵を絞る必要が出てきてしまう。


俺は「よっさん」と自分の人生を重ね合わせて共感してしまった理由について書く。

まず「よっさん」と同い年であること

「よっさん」も俺も、実家ぐらしで親父が高圧的だが、
俺は親父に配慮して配信を辞めてしまったが
「よっさん」は親父の親フラと暴力に怯えながらも、配信を続けていた点が大きく異なっている

俺も「よっさん」も、社会のレールから外れて、フリーターで苦しんでいたこと。


俺は、親父の迷惑を考えて配信を辞めたり、寝静まったあとにだけ配信するとか、
自分のリスナーに、その都度自分のやりたいことに対して意見を募って、それを尊重して
新しいことにチャレンジしようとしなかったこと

結局、そうやって、俺は周りの環境や意見ばかりを、最終的に重視して
新しいことをやろうとしなかったことで、先細りになって
結果配信も全然うまくいかなくなってしまった。

これは極論になるが、無難な所で収まって炎上したり荒れたりすることを恐れて
優しく謙虚で、みんなやってるゲーム配信でこじんまりと収まった選択肢を選んだ結果が今の俺ということだと思ってる。

皆様は、この2人の配信における人生の歩みを見て、果たしてどちらを支持するのだろうか?
俺は、これを読んだ人に、本当に問いたいと思ってる。

「普通に働きながらほそぼそと配信すればいいじゃねーか」

はっきり言って、それは無理というか、配信者の苦労を知らずに物を言ってるとしか俺は思えない。

基本的にこういう動画配信というのは、よっぽど頑張らないと、ほとんど収益にならない。
それどころか、配信時間が限られると、それを本業にしている人との使える時間も圧倒的に少ない

そのようなハンデを背負ってまで、配信続けても、先細っていく可能性のほうが非常に高い
じゃあ、先細っていくと、つまんなくなっていくし、金にもならないから辞めていく、
と俺は思っている。



で、俺について

結局、配信もそんな状態で本腰入れれず、今から配信者として認められるのはもうほぼ不可能の次元になってしまっている。

それで、今やりたいことといったらRPGツクールでゲームを作りきることになってる。
これだって、先駆者や俺なんかが逆立ちしたって真似出来ないような人たちが
すんごいゲームを既にいっぱい作ってる。

これを今必死に苦労して頑張って完成させたって、富と名声を得られることはまず無い

無いけどやる

それが今の俺だ

なぜなら、俺がやりたいからやってる

だから、富と名声が目当てじゃないのだ

作りきったあとのことは考えてない。

これで自分の命を注ぎ込むぐらいの覚悟でやってる

終わったあとのことは考えてない、考えられないぐらいの意気込みでやってる

もう、自分は成功するしないで行動を起こすかどうかじゃ、動いてないんだ

繰り返しになるが、「よっさん」のこの2つの引用動画を見て、人生とは何かを考えてほしいと思う。

終わります。

ゲーム関係の仕事をしたいと思った発端について

将来の進路を決める時に、自分は、ゲーム関係の仕事をしたいと思った。

それは、初めに意識しだしたのが中学生とかそれぐらいの頃だったと思う。

高校生の進路面談のときには既にそういう話を出していたので、高校生の頃にはもうそういう考えが自分の中にあったのだと思う。

どうしてあの時、ああ思ったのかということについて、自分自身のことであるのに、
実は、案外論理的にそれを説明できなかったりする。

それを自分は長い時間をかけて、納得の行く結論が出た。

自分は子供の時から、ゲームへの強い興味やこだわりがあったというのは、ここのブログを熱心に御覧の方には御存知の通り。

それ以前は、4歳とかそれぐらいの頃、
ゲームへ興味を持つ前は、トミカへの興味が異様に強かったのだと言う。

その頃まで遡ると、親がその時のことを話してくれたりといったきっかけがないと、さすがに自分も記憶が思い出せない。
今は、そうやって言われてからは、そういえばそうだったと当時のことが鮮明に思い出せるが。

確か、生協とかのおもちゃコーナーで、専用棚に入ったトミカをねだって買ってもらっていたのをここ最近思いだした。

そして、将来はあれを全部集めてコンプリートするみたいな夢を持っていた記憶がある。

興味がゲームに移る前は、誕生日やクリスマスにねだるものは、たしかにトミカだった。

トミカを走らせて遊ぶ道路の絵が描かれたマップシートを買ってもらって、
小さい頃は、それの上に集めたトミカを置いて走らせて遊んでいた。

ところが、小学校に上がるか上がらないかの頃にはもう、興味がゲームへと移っていたと思う。

1988年10月23日に発売された、ファミコンの「スーパーマリオブラザーズ3」を
買ってもらって、それに異常なほど夢中になっていたから、それが確か小1かそれぐらいの頃だ。

このときは、親にファミコンを隠されるぐらい、異常なほどのめり込んでいたのを覚えている。

異常なほどのこだわりがどれほどのものかを言うと、
小学校低学年で宮本茂や堀井雄二といった人の顔やインタビュー記事に興味が強く
特にゲームの発売日や価格、ROM容量、発売メーカーを記憶するのが得意というか好きだった。

小学3,4年の頃にはもう、大手メーカーというか、だいたいどこの会社がどんなゲームを出していて
どういうゲームを作るのが得意か、所属している有名スタッフを覚えてしまうぐらいだった。

とにかくその頃は、ゲームをやるのも勿論好きだったが、当時はゲームが高くて
家になかなかなかったのあるけども、親が買ってくるゲーム雑誌を何度も読むのが好きだった。

だからなのか、古いゲーム雑誌を処分されるとすごく悲しくなったし
同時に、不要になったゲームソフトを(別のゲームを買うために)親が手放してしまうのも辛かった
これは親にとっては不要になったかもしれないが、自分は全然、好きでなくて手を付けてないゲームでも何故か手放されるとそのたびに辛くなっていた

子供の頃から、ゲーム内のエディットモードが好きで、良く自分だけのステージを作って遊ぶことが多かった。

レッキングクルー、涙の倉庫番スペシャル、バトルシティー、
それから番外だが、裏技でデバッグモードで好きなオブジェクト置いて遊べるソニック・ザ・ヘッジホッグの1と2

普通にゲームを遊ぶよりも、エディットモードの付いたゲームで、延々とステージを作って遊ぶのが好きだった。

小学生の頃から、ファミコンのデザエモン(STGを作れるゲーム)を欲しがったり
絵なんか全然書けないのにマリオペイントを欲しがったりした

小学生の頃は、勉強しないで好きなことに好きなだけ時間を使えたから、そういうことをやっている余裕があった。

だが、中学に入ってからは、学校までが遠くなったり、部活があって放課後遊べる人が減ったり
親に勉強しろと怒られてからは、勉強に時間を使うようになったり
中2になってからはゲーム代欲しさに新聞配達はじめたり塾行きだしたりで、

好きなことに好きなだけ時間を使うことが出来なくなっていった。

話を戻すと

ゲームが好きだからゲーム関係の仕事がしたいというよりも、
自分の場合は、ゲームをやっていても怒られないような仕事がしたいと思って
最初に思いついたのがゲーム関係の仕事、という考え方だったように思う。

まあ怒られない仕事というと、自立して自活できていれば誰も文句を言わないから
その考えで行くと何でもいいという話になるのだが、人の思考というか論理の穴をついていくと、
いくらでも出て来るが、とにかく自分の思考性としてはそうだった

怒られないとか文句を言われないというのは、かつて、買い集めて持っていたゲーム雑誌とか
溜め込んだゲームを、持っている大義名分が欲しかったのだとおもう。

ゲームを仕事にしてしまえば、古いゲーム雑誌や関連書籍、ゲームをいくら溜め込んでいても
仕事に関係するものだからと言うことが出来る

自分はよっぽど、昔持っていたゲーム雑誌やらを処分されたのが悲しくて、そう思ったのだと思う。

なんでそんなに、ゲームへのこだわりが強いのだったら、独学でプログラミングを勉強したり、ゲーム関係の、近い、専門学校なり進路に行かなかったのかという話になる。

これは、時代が悪かったとしか言い様がないというか、そして、そのとき、置かれた状況で自分が下した決断が、形成された価値観がまずかったとしか言いようがない

自分が中学高校の頃というのは、コンシューマゲーム業界で言えば、プレステ、サターンが出た頃で
技術が日進月歩どころか秒速進歩していくほどの進化の速さだった。

2Dから3Dにゲームが変わっていって、とにかく進歩が早かった

いっぽう、家庭用PCというのは、まだまだ普及には程遠く、また、プレステ、サターンで
低価格で(当時では)高画質のゲームが量産されている中、家庭用のPCというのは20万、30万の世界で、持ってる家もまだほとんどない(クラスに1人2人いれば珍しい方)

もちろんインターネットもほとんど普及してない。やっとテレホーダイが始まったという頃。

ただ、世間ではそうだったかもしれないが、自分は、
自分の家には、ネット回線もあったし、親の使っていた型遅れPCだが、自分専用のPCも持っていた

だけども、独学でプログラミングとまでは、なかなかいかない時代だった。

というのは、もうWindows95普及後の時代で、
堀井雄二とか中村光一みたいに、ゲームを遊ぶためには雑誌に載ってるプログラムを自分で打ち込んで遊ぶみたいな時代はとうに過ぎ去り

自分の場合は、雑誌のCD-ROMを入れて、せいぜいMS-DOSのプロンプト画面でプログラムを呼び出すぐらいの労力しか必要としなくなった。

そして一番、やる気を削いだのは、やはり当時のコンシューマゲーム機の性能の高さだった

独学で家庭用PCの性能の低いPCで、頑張ってプログラムしても、せいぜいしょぼい2Dのゲームしか作れない

そうなると、俺はゲームが作りたいのにプログラムなんて苦労して勉強してもなあ・・・

とどうしても当時の自分は思ってしまったのだ

それをはねのけて、高い志を持って勉強した人は、この世代にいたのかもしれないが、自分には無理だった。

なにせ、プレステ1で出たRPGツクール3
これが丁度、自分が高校生の頃に出た代物(1997/11/27)で、自分も欲しくてたまらなかったのだが
発売から約1年後に中古で購入した

あの程度の自由度のツールが、凄いと言われていたような時代だった

子供の頃から、ゲームへの強いこだわりや興味があったといっても、実はゲーム自体はそれほど
やってなかったと思う

それは家庭の事情なども大きく関係している。

まず、うちは親父がゲームをやっており、ゲーム自体は普通の家より持っていたかもしれないが
夕方、夜になると親父が帰ってきてゲームを取られるので、全く遊ぶことが出来ない
祝日、日曜なども同様に遊ぶことが出来ない。
必然的にゲームできるのは、平日の夕方までということになる
それも、中2以降新聞配達を始めると、自由時間が18時とかになるので、ほとんどゲームができない。

また、ゲームの遊び方も今とは全然違っていた

自分の好みの同じゲームを何度も何度も繰り返し遊ぶ。
それ以外の、ちょっとやってみたけど合わなかったとかなんとなく好みじゃないとか
そういうものはすぐに遊ばなくなっていた。
だから、RPGみたいな1周クリアする事自体が目的で、根気や思考能力を必要とするゲームは、あまり好きじゃなかった。というより、ほとんどやらなかった。

引っ越して、自分の部屋が出来て、親父もゲームをやらなくなって、ゲームを遊べる環境が整った高校生以降も、だからといって熱心にゲームをやりまくるということは多くなかった

買ったものの、ちょっとやって積みゲーにしたり、という部分は、いたって一般的な人と同じ。

だけども、それが変わるきっかけとなったのが、就職活動で躓いてそのまま大学を卒業したとき。

自分にはゲームしか無いなと思って同時期にゲームレビューサイトを始めた。

この時に、ようやくゲームと真剣に向き合うことにした。

好き嫌いでゲームをやるんじゃなくて、自分は色んなゲームをやる。
ただ雑誌とかネットで情報を集めて揚げ足とったり、あげつらって馬鹿にしたりみたいなことを辞める

つまんないとか飽きたとか、難しいとかそういう理由ですぐ途中で投げ出さずどんなゲームもなるべく自力で最後までやる

ということをやりだしたのがこの頃

だから自分は、幼少期からゲームに強い興味とこだわりがあったと言っても、
実はゲーム自体の腕前は、全然と言うかからっきしというか、寧ろ、下手くそな方だったと思う

特に思考性を求められるRPG、SLG系は、天敵と言うか、苦手の塊で
さらに、読み合いと複雑なコマンド入力が必要な格闘ゲームもまるで駄目だった

ゲーム自体の知識は異様なほど持っていたけども、ゲームプレイ自体が得意かどうかというと実は普通の人よりも苦手な方に入っているんじゃないかと思っている

それを、就職活動で躓いてしまって、変に厨二病こじらして大量にゲームをやりまくった結果が今の自分だと思っている

ゲーム関係の仕事をしたいと思っているという考え方について

これは今でも変わっていない
(仕事と書くと、どこかの会社に入って、それでお金をもらってみたいに思われるかもしれないけども、今はもう、会社に入るとかは諦めていて、ゲーム関係のことに無償でもいいから関われればいいという考えになっている)

というか、生き方として自力では変えられないものとなっている

だから、去年かかった精神病院で、治療方針の話で、
ゲームへの強いこだわりと興味をなくすような薬でも出してくれませんかね

ということは話した

というのも、ゲームへの強いこだわりと興味
30数年集めてきた知識やらやってきたこと

それはある意味尊い行為だったりするのかもしれないのだけども

自分が、周りが言うようなまっとうに真面目に優等生に生きるとしたら

その強いこだわりは寧ろ邪魔なだけであって。

自分自身としては不本意だけども、もうこういう状況だし
周りも理解者がいないし、このまま好き勝手に好きなことを突き詰めてもいいこともなさそうだし
精神科の先生なら、そういう強い興味やこだわりや依存心を消し去る治療ぐらい出来るんじゃないですかねという話は去年の9月に実はしている

結局、話がこじれていっているのは、自分の特異体質(※発達障害のこと)のせいで
普通の人のように努力して就職活動して頑張っても、うまくできなかったという事実のせいだ

ここで自分がそのことを幾ら言っても、怠けているだのなんだの甘えてるだのの叩きの材料にされてしまうだけだからこれ以上書かない

2017年 新年のご挨拶

これを書き始めたのが、PC上の時計で2017年1月1日0時24分です

あれこれ考えたのだけども、2017年、今年は新年の挨拶というのをやっておこうと思う。

どういう形で、新年の挨拶をしようか考えた結果、
最終的にこのブログへと行き着いた。

実はtwitterで、俺ときちんと向き合ってくれる人一人一人にDMを送ろうと思ったのだが、
新年から俺のネガティブ話を読まされてもイヤだろうということで、この寂れたブログに決めた。

新年の挨拶と言っても1月1日に読まれることはない。
まあ、俺のこと気にしてくれる人なら、いつかは読んでくれるだろう
更新も今はかなり停滞しているし、新しいエントリに埋もれていくこともない。
他力本願だが、一番読んで欲しいだろう人たちにメッセージを伝える形としてはこれが最適解だと自分は考える。






このブログのメインコンテンツとなっている、愚痴

愚痴ってなんなんだろうと思う。

ここでは、意味とかそういうことじゃなくて。

愚痴をこぼしたくなるときというのは人間的なメカニズムとして、どこから来るのだろう
ということだ。

俺は、人間が他人に何かを伝えたいとき、
それがどんな話題でも、ネガティブなことでもポジティブなことでも
共感してほしくて訴えかけていることから来ているのだと思う。

共感できない話のとき、他人はそれを拒絶するのだろう

これは極めてシンプル化したロジックである。

俺は、他人に、自分のことを共感してほしくて、こんなブログを何年も書き続けていたのだと思う。

だけども、それは多くの人に拒絶された

・・・かどうかはわからない。

少なくとも、共感を呼ぶ愚痴ではなかったのは確かだと思う。

それはなぜなのかというと、俺が他人と違う人間だからだ。

このブログを熱心に読みに来ている、それも、共感できずに拒絶している人
(なぜそのような人が熱心に読みに来るのかはわからないが)

もううんざりする返しになるかもしれないが、何度でも言う。
それは俺が発達障害という障害を抱えているからだった。

極端に言うと、俺は他人と違う世界を生きてる
他人と違う価値観で生きてる

学校で
職場で
町中で
駅前で

どこでもいいが、同じ空間を共有して、俺と会話しても、俺と分かり合えることはきっと出来ない。

良くリアルとネットを分けて考える人がいるが、
人と人が触れ合う空間にリアルでもネットでも、そこに違いはなく、また境界線もない。

俺は自分のことをわかってもらおうと、もう何十年にも渡ってネットでも自分のことを訴え続けてきた。

それが良かったのか悪かったのか
良い結果だったのか悪い結果だったのか、それはわからない。

俺がその過程で身につけたこと

自分の感情を、嘘偽り無くそのまま表現すること、吐き出すことだった。

だから、ネットの俺はリアルでもあるし、リアルの俺はネットでもある。





自分の思っていることを、はっきり書いてしまう。

良くも悪くも、事実と真実をはっきり書いてしまう

だが多くの人は、

リアルでもネットでも、そのツールを普通は使い分ける

これは、俺と同じ発達障害を持っていようが、健常者だろうが、きっと同様のこと。

なぜなら、そうすることで、円滑にコミュニケーションが行えるからだ。

というよりも、それをしなければ、他人とわかり合ったり、自分の伝えたいことを上手く他人に伝わらないからだ。

ネットなんて世界は、余計発達障害に都合よく出来ているから、発達障害者にとっては
ネットが最後の防波堤と言っても過言ではないコミュニケーションツールだ。

だが俺は、そんなネットの世界でも、そういう使い分けができなかった。

もう一度書く。

このことが、才能なのか努力の賜物なのか
自分にとって良いことなのか、それはわからない。
(きっと良くないことなのだろう)






じゃあ、唐突にこんなメンヘラポエムを書いて、俺は一体何を伝えたいのか?

そこでまた、最初の話に戻る。

愚痴というのは、他人に共感してもらうためにするものだ。

だが、
俺が、発達障害者であるということがわかってから
このブログの存在意義がなくなってしまったのではないだろうか?

PVが減ったからとか、
書くことがなくなったからとか、
ブログの運営に疲れたからとか、
面倒くさくなったからとか、

そういう小さい理由から来ているわけではない。

俺は思う。

俺の持っている悩みが、一般的に抱えている悩みと大きくかけ離れているとしたら。

そうだとしたら、このブログで訴え続けていることの殆どが無意味だ。

なぜならそれは、俺の悩みは一般人にわかるわけがない。

わかるわけがないから、多くの人は、俺のことを理解できないわけで。

理解できないことを、長年にわたって、ネガティブなことをいい続けてきて
話はいつも平行線になって、最後には自分が死にたいという流れになる。

そうしたら、俺の言ってることを理解できない人たちは、
何か、精神病にかかっていて、おかしくなっているのではないか

うつ病にでもなって、変なたわごとを繰り返していてやばいんじゃないのか

と、こういう結論にどうしてもなってしまう。

発達障害者の会話は、キャッチボールではなくドッジボールである
という発言がある。

発達障害者世界では有名なラヴィアンローズ先生のYoutube動画の一つだ。

ラヴィアンローズ先生の発達障害動画は発達障害に詳しい。










もう一度書く。

俺は、同じような境遇の人達と、わかり合いたかったという気持ちがある

例えば、
高齢ニートだったり、
同年代の無職だったり、
なんかわからないけど苦しくて引きこもり状態になってたり、
うだつが上がらない生活に辟易してる人だったり

だけども、その前提が崩れ去ってしまった今、
俺がこのブログで続けてきたことが、全く意味のないことになっていないだろうか?






俺自体、発達障害という病気のせいにするつもりはまったくない

大体、俺自体が、ちゃんとした病院で診断されても、それを完全に実感するのに4ヶ月かかった。
去年の8月末で発達障害が発覚して、12月中旬、
いや、下旬辺りまで、どこからどこまでがおかしいのかということが、気づかなかった。

この、理解するまでの4ヶ月間、
もう、自分でも何が何かわからなかったし、
答えは出てるんだけど、間の検算を何度見返しても理解できない数学の問題を見ているような状態だった。


これは、個人的な分析であるから、他の発達障害者には当てはまらないことを前提に
俺の症状をなるべくわかりやすく説明、表現させてもらいたいと思う。


俺は要するに、精神年齢が小学校中学年から高学年辺りまでで止まっている大人
と言ったところだ。

発達障害には、既に医学的にどういう症状があるのかということが、様々なサイトで説明されている。

それを何度熟読しても、はっきりいってわからないと思う

だが、俺の場合に限定して書かせてもらうと、俺の発達障害の症状というのは、今書いたとおりだ。

頭脳が子供のままの人間に、苦手なことを教えこんでも、それを理解して咀嚼して
使い物になる知識として吸収するのに、時間がかかるのはわかるだろうと思う。

職場で、空気を読んで会話をすることが出来ないこと
同年代の大人たちと、年相応の会話ができないで押し黙ってしまうこと

時間が守れなかったり
部屋が汚かったり、
自分の好きなことにだけ夢中になって、大人としてはだらしなかったり
約束を守らない、衝動的で自分勝手に動いてしまう
平気で他人を怒らせる言動を何度も無自覚に繰り返してしまう
計画性の全くない本能的な行動等

俺に当てはまる症状すべてが、精神年齢が小学校中学年から高学年辺りまでで止まっている大人
だという一言の説明で、「そういうことか」とわかっていただけないだろうか。

例えば俺は、ゲームへ未だに異常な興味を持っており、それが幼少期からずっと続いている。
そんな大人、今の時代たくさんいるのだが、たったひとつおかしい点がある。

それは、ゲーム好きの大人は、年相応の大人向けのゲームを好んで遊ぼうとするが
自分の場合は、ゲームへの興味、執着心が強すぎるせいもあるのだが
子供と一緒になって、今の子供向けゲームである「妖怪ウォッチ」やらそういうものを
子供と同じ立場、視点で立って興味を持っていると言う、ちょっと異常な部分がある。

これはゲームだけにとどまらず、アニメ、映画、ドラマ、テレビのバラエティに至るまで
精神年齢が小学生で止まっているから、そういう価値観で興味対象が決定されていくと、考えてください。

いい大人になると、創作物に対して、どうしても人生経験から、斜に構えて見てしまって
ちょっとでも破綻した箇所があれば、気になって、それをあげつらって批判したりする

だが俺は、精神年齢が大人になれないので、素直に受け入れてしまう

彼女がほしい
結婚したい

この感情が、俺には理解不能だ。

汚い話で申し訳ないが、童貞のままだから悔しいとか、卒業したいとか
そういう感情も理解不能で、全く自分にはわからない。

これまで、周りが結婚したとか、クリスマスがぼっちだとか
そういう話題がリアルであったとき、悔しがったり羨ましがったり
ここは祝福するところなんだ、というのを知識から理解して、実践しているだけだった。

最後の童貞卒業したいというのも、「ここは悔しがったりしなきゃいけないところなんだ」っていう
知識に基づいて反応しているだけで、本心では、そのへんの大人の男が感じなければいけない感情自体が、本当に理解できない。

カワイイ女の子を見て、かわいいとは思うが、その先を考えることはない

彼女にしたい
あの女とやりたい(汚い表現で申し訳ない、配慮したつもりです)
嫁にしたい

ここまでの感情に発展することは俺には絶対にない。

これは、いわゆる二次元至上主義であるアニメオタクの思考とも異なる。

それはアニメのかわいいキャラを見ても、現実のカワイイ女の子を眺めてかわいいなと思うだけで、やはりそれ以上の感情に発展することはない。

こういう自分のこれまで生きてきた経験を包み隠さず
正直に分析した結果が、精神年齢が小学校中学年から高学年辺りまでで止まっている大人
ということだ。

多分、俺が、キャバクラとか行っても、楽しさが理解できないんじゃないかと思う。

だって、俺自体が、小学校の同じ教室にいるカワイイ女の子を眺めて可愛い程度の感情で止まってしまうのだから。






ここで、一つの疑問に答えておきたいと思う。

「病院でちょっと発達障害と診断されたから、それを隠れ蓑にして色々まくし立てているだけだ」

という疑問についてだ。

これについてももう、ネットでも明確にこの上なくはっきりとした答えが出てる。

それは、俺を見てイライラしたり、腹を立てたり、理解できなくてなんかムカついたりして
このブログをそれでも何度も足を運んで見に来ている、俺との人間関係が、もう動かぬ証拠だ、と俺は思っている。

これだけ長くブログをやっていても、ネットで色々やっていても
理解をいただける人が少なく、ネット上ですら異常なほど人間関係のトラブルが多い。

もう、その状態が既に、俺が発達障害を患っていて、普通の人と違うところがあり
それも、目に見えづらい部分で、苦しんでいるという、何よりの証拠になっている。

2017年新年の挨拶ということで、俺もここまで書いている。

もう俺が、自分自身のことをここまで説明することはしない。
これ以上、自分のことを他人に理解してもらう義務も義理もない。
わかってくれる人だけがわかってくれればいい。

こんな自分でも、ちゃんと俺に向き合ってくれる人が僅かでも出来るのだから、
ネットの世界というのは、最終的には捨てたものではないなと感謝したまま2016年を終えることが出来たのは本当に良かった。







最後になりますが、新年の挨拶を、個人宛に一つ一つ書いて終わりたいと思います。

これは、基本的に、このブログなどで知り合った人、一度は真面目に向き合ってくれた人宛に
書いていきます。

が、現在、一切交流がない人、俺の至らぬ行動が原因も含めて、交流が途絶えた人にも書いてます

逆に、ここで名指しするのは不適切だと感じた人は、挨拶の候補から外れています。


★しきいしさんへ
このブログを始めて、最初に向き合ってくれた人
今ではほとんど接点がなくなっていますが
しきいしさんにだけしか言えませんが、こうやって病気がわかってもなお、
まだ死にたくなることが多くあります

発達障害は、良く特別な才能のある人とか言われますが、俺はそれは逆だと思ってます。
特別な才能のある人にならないと行けない生き方をしなくちゃいけなくて、それが目立ってるだけだと思います。
ビル・ゲイツとか、スティーブ・ジョブズ、日本でも色々いますが、
普通の生き方をある意味、断絶された俺はやっぱり、苦しいと言わざるをえないです

★noboruさんへ
なんだかんだで、カクヨムに連載しようとしてた小説の話がなくなって申し訳なく思ってます。
RPGツクールでゲームを作るということに決めてしまったので、そっちの方で代わりに頑張りを見せたいと思います。
2015年に短編の練習を指導していただき、その後のRPGツクール3で、その時のことを結果的に活かせたんじゃないかと思ってます。
でも、自分はそういう体系的な考えで動いていたわけではないのが、申し訳なかったです
(RPGツクール3でゲームを作ろうとしたのは、本当に衝動的な行動で後先考えてなかったからです)

それから伝えたかったこととして。
noboruさんがはじめてコメントしたとき、小説を書くのが向いてそうな人と言う一文がありました。
実は、去年、病院の診察で、心理検査を受けたときの結果で、
僕の場合は、分野別の点数がバラバラで得手不得手がはっきりわかれてるのですが(一般的には平坦の結果になります)
言語化の分野が高い結果を出していたそうです。
noboruさんの、あのときのアドバイスは的確だったのだと言うことじゃないかと思います。

★Iさんへ
一応伏せ字にしときます。
もうここ見てる可能性一番低い人なのですが、一応。
悪気がなかったのですが、ガセネタをtwitterにてRTしてしまって、申し訳ありませんでした。
後、損得勘定抜きで、相互にコメントのやり取りがなかったとしても薄い繋がりが続いてればいいなあと個人的に思っています。

★むらくもさんへ
この人ももう、これを見ることほぼ無いだろう人なんですが。
2014年にあなたに出会って、2015年に相談して、話を聞いてくれたことは今でも感謝してます。
情けないお話ですが、今でも当時も、自分は追い込まれており、向き合って話を聞いてくれるだけでも俺の中では貴重な存在でした。
これも損得勘定抜きで、そちらのブログが賑わってるから、いたストの株あいのり風に
コバンザメしたいとかじゃなくて、こうやって何かを個人宛に伝えたい人の一人です。







終わりに。

何度か書いているが、自分の悩みが一般的でない以上

俺がこのブログを熱心に続けていく意味がよりいっそうないものになっていると思う

これまでと同じノリでこのブログを更新し続けていても、
理解が頂けず、見る方も俺も辛いだけだし、
だけども、このブログの方向性を、今後どのように方針転換するのかの路線も定まらない

結局、ここで強引に続けようとすると、なにかしらのきしみが起こるのはもう避けられない。

答えが見つからない以上、今の段階では何も言えない

終わります。

安西爆弾の近況(2016.8月版)

・安西爆弾は軽度の発達障害(ADHD)と診断された

ここ最近、病院で検査を受けた結果、軽度の発達障害であるとのことだった。
発達障害と言っても色々あるのだが、その中でもADHD(注意欠陥多動性障害)であるとのこと。


オレはアスペルガー症候群だと思っていた(上記リンク先の症状はADHDよりアスペルガーのほうが近い)
ところが、今のところの診断としてはADHDだった。

一度の診察(幼少時代からの生い立ちと現状を話す)と、3時間に及ぶ心理検査を行ったうえでの結論。

IQは94。だが、所見は書面で渡されるのだが、分野ごとに見ると得意不得意が激しい結果らしい(これについては具体的な数値は教えられない)

単純作業や、社会的な言葉の意味、語彙は良い成績だった
一方で、一般知識に乏しいこと、想像性の必要とされる作業が極端に苦手とのこと
(想像性が必要とされるとは、与えられた情報を元に自分で手順から考えて行わなければならないもの)

一般人と比べて視覚的情報の咀嚼が苦手で、この点で、曖昧な指示が理解しづらい
人と違った視点でものを見てしまうため、会話がズレて咬み合わない

これが及ぼす影響としては、顔の表情を読み取りにくい。人の顔の見分けがつきにくい

ADHDの特徴として、一つの場所にとどまって集中して物事に取り組むことが困難なため、
社会生活を行う場合、工夫が必要とのこと

そして、これら症状が、発達障害としては軽度とはいえ、ストラテラという重い薬を処方された。
だが、オレはこの薬の副作用が嫌で一度も飲んでいない。

軽度だが、薬を出されるほどの症状だということなのだろう。

ただ、発達障害の診断は、これら数回の診察程度で決まるものではないと思っている
まだ、俺のことを全然話せていないし、俺がなぜアスペルガーではないかと思っていることも語ることが出来ていない

それは次回以降の診察で話すことになるだろう。

・FF11にハマる

8月12日から8月22日までウェルカムバックキャンペーンがあり、この期間は無料でFF11を遊べるイベントが開催されていた。

今回は攻略サイトを見ながら、ゲームを進めていった。

これのおかげでRPGツクールのゲーム制作が全く進まなかった。

FF11には、周りがドン引きするぐらいハマりまくり、無料期間が終わっても、課金して遊び続けたくなるほど、やり残したこともあった。

が、それは我慢することにした。
ゲーム作りをこれ以上途中で放り出すわけに行かないからだ。
(それがなければ、間違いなく課金して遊び続けてる)

どれぐらいハマっていたのかというと、無料ログイン出来る間
一日16時間ログインしっぱなしで、ほとんどFF11しかやらない

それぐらい、この期間はそのペースでFF11をやり続けていた。
前日、ちょっとした理由で3時間しか寝てないとか言う状態でも、お腹がへろうが
それが気にならなくなるぐらい、ひたすら没頭していた。

FF14みたいに無料期間が4日間だけとかなら良かったのだが、FF11は太っ腹に10日間も遊べてしまう。
実はFF14の夏休み無料ログインキャンペーンの時も、3日間だけこれぐらいのペースで遊びまくっていた。

しかし、今回は10日間もこのペースを維持していたのだから我ながら凄いと思う。

文字通り時間を忘れてやりまくっていた。
外が台風で道路が冠水して大騒ぎになっていようと、俺はFF11やめれないんだけどでやり続けていた。

これは、悪影響ばかりと思われるかもしれないが、こうやってFF11に没頭した体験を通して、色々思うことがあったのでこれから書く。

・攻略サイトの必要性について

オレはこれまで、ゲームレビューサイトを熱心にやり続けていた。
それも12年頑張った結果、全然読者の付かない需要のないサイトという結果に終わってしまった。

ゲームサイトを作るとき、大抵の人は攻略サイトを作ろうとする。
そっちのほうが目に見えて需要があるし、お金稼ぎにも使えるからだ。

しかしオレは、攻略サイトなんて頼りながらゲームを遊んだって面白く無いと思っていた。

自分自身、ずっと仕事がなく時間があったので、ゲーム上で先に進めず困ったとき、難局に差し掛かった時
試行錯誤して攻略していくことこそゲームの醍醐味だと言うのが持論だった。

だから、わからないことを自力で出来るようにするのが最もゲームの楽しい部分なのに
それを攻略サイトで答えを見てしまったら、ただそれをなぞるだけで、つまらないじゃないかと思っていた。

だが、世間一般はそうじゃないんだということを今回FF11にハマってみて痛感した。

やっぱり普通の人は、今は学生にしたって、ゲーム以外に色々やることがあって忙しいし
昔みたいに、ゲームにそこまでの熱意を注ぐような時代じゃないんだということがわかってきた。

今、ゲームを遊ぶ、楽しむということは、昔とは変化してきている。

これだけ攻略サイトの需要があるというのは、みんなは安心してゲームを遊びたいんだと思う。

あらかじめ、攻略サイトという案内役がいて、その案内を受けながらクリアしていく。

ゲームを先に進めるために無駄な徒労をかける人は、もう少数派になっていて、わからなかったり出来なかったらすぐにネットでググッて答えを探すが今のトレンドなんだということだ。

これまでのオレは、その答えを人に教えてもらうことが、ゲーム本来の楽しさを削いでしまっていると頑なに思っていて
だから、攻略サイトだってやりたくなかった。

今回FF11は、俺も攻略サイトを見ながらの進行だった(これはゲーム内でのヒントがなさすぎて不親切すぎたから)

だが、たいていのゲームは、自分で考えて動けば先へ進めるものばかりだ
FF11みたいに不親切で攻略見ないと先へ進むのが困難なゲームこそ稀だ。

ゲーム内で、一目瞭然なことを一々ネットで記事にしてフローチャートを作る
これがどれだけ意味のないことかと思っていた。

オレはこれまでずっとそうやって自力でゲームを攻略してきた
だけども、自分自身ゲームが巧い方とは思っていない
どちらかと言うと、ゲームの腕前は凡人か、それよりちょっと下のラインだと思う
だが、その腕前で攻略できる方法というのを、ずっと探しながらゲームをクリアしてきた。

オレはこれを攻略サイトづくりに活かしたいと思ってる

このさき、今作っているRPGツクールのゲーム作りが終わってすることがなくなったら、
攻略サイト作りでもやろうと思ってる。

11年前、既に攻略ページ作りに挑戦したこともあったのだ。


だが、なにせこの頃はYoutubeもなければ、ゲーム画面をスクショに撮ることも難しかった。

文字だけで、アクションゲームの攻略法を書いていくのは相当に骨の折れる作業だった。

だから、今後攻略サイトをやる場合は、文字で伝えるのが困難な部分は動画で解説したいと思っている

俺がやろうと思ってる攻略サイトはつまり、サイト+攻略動画というものだ。

俺自身、軽度の発達障害ADHDとわかって、ただゲームをプレイする実況動画が人を不愉快にしてるということがわかった以上、それ以外の路線にシフトしなければならない

攻略サイトは新作ゲームなど需要の高騰してるものを探してくれば稼げるらしいが、稼ぐために攻略サイトをやるのはダメだと思ってる。

かつて、攻略サイトを本業にしようと会社を立ち上げて人もいたようだが、要は俺も同じ方向に向かおうとしているということだ。

中身の無い攻略サイトを作っても意味が無い。
しっかり意味のあるサイト作りをやっていくしか無い。

攻略動画に関しては、編集や字幕テロップを多用する。
出来れば、ナレーターも誰かに頼みたい。
お金は出せないが、女性でアニメ声(作った声でももともとの声質がアニメ寄りでも良い)の人が欲しい
ナレーターなので、難しい演技は必要ない。朗読が上手ければそれで問題がない

ゆっくり実況の棒読みでもいいのかもしんれないが。アレは個人的にすきじゃないので使いたくない


・一つのことに徹底的に集中したいと思う

FF11にハマり込んで思ったことは、それまでの普段の生活がいかに無駄なことが多かったかということだった。

色々あるが、やはり一番の無駄はネット閲覧だと思った。

今はRPGツクールVX Aceでゲーム作りを始めているが、それ以外の時でも、本当に無駄が多いように思う。

いつも見ているサイトや、動画サイトや、ゲーム作りが滞ってしまった時など
すぐにネットブラウザを開いて、なんか更新されてないかチェックする

これが無駄な時間を産んでしまっている。

本当に一つのことに集中した時、こういった無駄な習慣を、真っ先にやらなくなっていく。

まずオレは、これまで情報収集と思って使っていたツイッターをやめようと思う
フォロー120ちょっとでも、タイムラインを全部見ようとすると一日それなりの時間がかかる

TLチェックをすることで自分に有用な情報を得ることも多いが、
今自分がやるべきこと、ハマっていること、集中すべきことがあるときは、そういうことは必要ないと思った

ツイッターもそうだが、動画サイトもそうだ
ゲーム作りに疲れたりして、習慣のようにYoutubeを開いて「なんか面白いことないかなー」なんて見に行く

こうやってブログをダラダラ更新しているのだって今の自分からしてみたら時間の無駄だと思っている
だから昨日のエントリと違って、この記事は時間をかけずにサラッと書いている

それが時間を無駄にしてしまっていることにも気づかない

FF11に全情熱を傾けていた間、こういった習慣はすべて自分の中から排除されていた

だから、何かに集中してハマるということは、これらのことをすべて断つぐらいしないとダメだということだとオレは思ってる

・RPGツクールについて

俺がFF11にはまり込んでいる頃、最新版のRPGツクールMVが一週間の期間限定で2980円のセールを始めた

俺にとってこれは痛手だった

なにせ一ヶ月前、steamのセールで、一世代前のRPGツクールVX Aceをワンコインで買って、それを使ってゲーム制作をスタートさせてしまった後だからだ

MVに移るか、見送るか、オレは迷っている

一番賢い選択は買っておいて、今作っているゲームはVX Aceで製作続行することだろう

それから、ツクールMVを買うか迷っているなんて話を書いているが
俺自身、ツイッターなどでわかったが、メンヘラツイート連投したり、こういったブログの存在の結果
既にあるツクールコミュニティに馴染めず嫌われてしまっている

なので、そういう場所に属する気もない
それから、去年RPGツクール3でゲームを作った時もそうだったのだが、
今作ってるゲームでも言えることだが、常に最後の気持ちでやっている

次はもうない

特にツクールコミュニティに入っていけなかったのは俺にとって大きかった

なぜならもう、ストイックにやっていくしかない状態になったからだ

誰かと慣れ合ってどうこう、という楽で楽しい路線に行くことは俺にはもう出来ない
はみ出し者の一匹狼だ

ワイルドにやっていくしか無いということだ

ワイルドというとカッコいいが、要はただの仲間はずれだ

だからツクールのゲーム作りも、趣味でダラダラやるつもりはない

こんなこと書くと、少ない支持者がさらにいなくなるかもしれないが
これ一本、出せる力を出し切って完成させたら、もうツクールの世界から足を洗って消え去るつもりでもいる

現状考えると、成功する確率のほうが低い
はっきりいって分が悪い状態だ

そんな状態で、何を糧にするか、何を信じられるかというと、ありきたりで申し訳ないが自分だけだ

なのでRPGツクールでゲームを作ってはいるが、それにより掛かるつもりはない

自分でももはやこの辺は何をいいたのかわからない領域に入っていっている

この10日間、FF11に周りが見えなくなるぐらい没頭していように、やるしかないということだ
そしてそれが終わった時、

それから先はどうなるかは俺にもわからない

終わります

俺のゲームレビューサイトは何だったのだろうか・・・(鬱記事ではない)

俺がゲームレビューサイトをはじめるきっかけとなった、鳶嶋工房さんが
今年の7月7日でサイト開始から19周年を迎えた

reviewblog01.png

このサイトがきっかけで、あんなゲームレビューを始めたというのは、嘘大げさ紛らわしいの誇大広告ではない。

ガチでほんとうの話だ

俺がこのサイトと出会ったのは、2004年の1月か2月頃だったと思う
(もう正確な時期は昔過ぎて覚えてない)

その時はもう、なんていうか、サイトコンテンツが宝の山に見えた(マジで)

サイト管理者のとんびさんは、きちんと本名を名乗っているし、何やらゲーム開発を行っているらしいということだけは伺えた
(今みたいにフェイスブックで経歴をはっきり記していたわけではなかったのでいくら調べてもわからなかった)
ただ、ゲーム関係の雑誌にライターとして仕事をしていたらしいことは書いてあった

なので、凄い人だぐらいには思っていた





なぜ宝の山に見えたのか?

コンピューターゲームのレビューと、ゲームエッセイの記事内容について
とにかく専門性が高くて、高度な分析と考察を行っている。

少なくとも2004年当時においては、これらがインターネットで無料で読めるというのは、
間違いなくありえない質の高さだった。

ネットに転がってるゲームレビューなんて、この頃は今も変わらず

「あのキャラが可愛い~~可愛いのだよ!」
「ストーリーが超シビれる!!」

などという、素人のゲームレビューというのは、道端で会話しているオタク同士の談笑の延長線上であり、
そこから派生して、面白く読める(俺から見て)おちゃらけた文体のレビューが受けている
求められている
小難しい考察はゲームレビューになんて必要とされてなくて、そこに求められているのは
面白い記事かそうでないか、共感を誘うかそうでないか。
クソゲー呼ばわりされてるゲームを、無理矢理ほめ立てて注目を集める

そんなもんだった

こういうのは今もそうだ

真剣にゲームをレビューしていない

というより、
特に肩書のない書き手が書くレビュー記事に求められるものなんてのは、逆にその程度のものなんだろう

ネットで、無料で読めるような文章なんてのは、そんな低俗(だとオレが思っている)なモノのほうが
わかりやすいし直情的な面白さがあるし、寧ろそういうモノのほうが求められているんだろう

だけど俺はそれが嫌だった

個人の好みをただまくし立ててるだけのゲームレビューが面白くなかったのだ

キャラが可愛い、絵柄が好み
あの開発者が開発に参加してるから
あのメーカーが制作してるから
ゲームシステムが俺の好みだから

俺はそんな一元的なレビューを読みたいわけじゃなかった。

どこがどう面白いのか、どうつまらないのか(いけなかったのか)
むかし、1990年代のゲーム雑誌にあった、レビュー投稿コーナーに集った、熱いレビュアー投稿者たちのような
胸の熱くなる長文が読みたかった。

ネットがあれば
そんな熱いレビューが、沢山読めるものと思っていた

だが、現実は違った

そこで俺は初めて悟ったのだ

ゲーム雑誌に送られてくるレビューはがきの大半はおそらく、上辺だけの落書きの駄文
ごく一部の投稿者のはがきだけを厳選して掲載していたのだと…

その現実に落胆していた頃だった。

俺は、鳶嶋工房と出会った。

圧倒的な情報量に感動した!!

一日か二日かけて、ゲーム関係の文章をすべて読みつくした。

面白かった。

知らないゲームのレビューも全部読んだ。

そしてゲームデザインとはどうあるべきか?が書かれたゲームエッセイの数々

当時、ゲーム雑誌やネットに露出していたゲームクリエイターたちもここまでのことは書いてくれなかった
教えてくれなかった
(だから今ほど、ゲーム開発が身近でなく、ゲーム業界へ入るのは今よりもまだ障壁があつかった)

そういうのはプロの世界に入らないと教えないぞ!!というような空気を醸し出していたから

インターフェイスの変遷とか、ゲームバランスのあり方、ゲームデザインの方針

そういったノウハウ(といっても個人レベルのものではあるが……)
隠すことなく、分かる人だけついてこいというノリで、余すことなくすべて教えてくれた

それだけではない
俺は足を踏み入れなかったが、Flash等、プログラム言語に関する記事もたくさん書いており
寧ろ、ゲームレビュー等よりもプログラム関係の記事のほうが本業で人気記事になっている

つまり、ここで、
時にはとんびさんに質問しながらでも、その気になればプログラムの勉強もできたぐらい
素晴らしいサイトだったのだ

俺が2004年当時、宝の山と思った理由が、わかっていただけるだろうか






それから俺がゲームレビューサイトを本格的に立ち上げたのはすぐだった。
2004年4月。
鳶嶋工房に出会って、2,3ヶ月(だったはず)で、すぐ俺はサイトを始めた

reviewblog02.png 

このとき、ブログや便利なHP制作ツールなんて存在しなかった
ホームページビルダーはあったが、これで作られたホームページは小馬鹿にされる時代だった
(それにこのソフトは高かった)

だから、独学でHTMLとスタイルシート(CSS)を俺は勉強した。

今から12年も前のこと。
今ほどネットの情報量は充実していなかった。

これは専門書を買うしか無いかと思うこともあったが、丁寧にHTMLについて解説しているサイトがあり、
そこに何日も通って、必死にHTMLを勉強した

(苦戦したのが出始めだったスタイルシートで、サイト管理の方法が2種類あったために、本当に混乱したもんだった)





サイトを始めてもすぐには鳶嶋工房のようなレビューなんて書けなかった。

当たり前だ
それまで、ゲームレビューなんて本格的に書いたことがない
それどころか、きちんと文章すら書いたことがない

俺は、ネット上に転がるレビューという名の駄文を毛嫌いしてたが
なんてことはない、
同レベルのものしか書けなかったのだ

これは今でも思っていることだが

俺は文章書きに向いてない
クリエイティブなことが出来ないんだ

今でも痛感している

しかし、それでも、このゲームレビューサイトを何年も辛抱強く続けたことで、今があると思ってる

この時、上手くいかなくて向いてないとか思っていても、ゲームへの情熱があったから
長く続けてきた

そして、あこがれの人物に近づくためには、敢えてその人を遠ざける必要があると当時は思った

毎日のように見ていた、鳶嶋工房を見ることをやめた

あの人のようになりたいと思ったら、その人のコピーにならないように、そこから離れて頑張るべきだと直感的に思ったのだ

そうしないと、自分の中のオリジナリティがなくなってしまうと思った

この考えが、今となっては正しいかどうかは俺にはわからない

もっと良いやり方はあったのだろう

だけども、

「ゲームレビューの書き方を勉強させてください!!」

なんて、親しくもない人のところに突然押しかけるのもダメだろう
(プログラムの勉強でわからないことを質問するのとはわけが違う)








鳶嶋工房のサイト19周年記念として、久々にゲームレビューが更新された
ゲームはPS2の「テイルズ・オブ・ジ・アビス」だ。

reviewblog03.png 

俺も同じゲームをレビューしているが、まだサイト開始から2年弱
とてもじゃないが文章が稚拙で、書き直したいレベルなので見比べるのはやめていただきたい
(この振りがダチョウ倶楽部の「押すなよ!絶対押すなよ!」状態になっているが)

やはり凄いなあと思う。

10年以上、あこがれの人物を遠ざけていたが、
もう色々と諦めが付いた今、さすがに遠ざけることはやめた

12年頑張ったという事実があるのだから、もう遠ざける必要はない
12年やって1000タイトル以上のゲームをレビューしてきた。

もう、そういうことをする必要はない

ただ、数年ぶりのゲームレビューで、とんびさんも丸くなったなぁと思った。

話が混乱するから、まずはテイルズ・オブ・ジ・アビスの話をしよう。

このレビューではジアビスがいかに完成度が高いソフトなのかを語られているが、今も俺は手放しで褒めるゲームではない。

俺が文章下手で向いてないと思っても、ゲームレビューを続ける確信があったのは、主張が一貫してブレないからだった。

中学生の頃、へたしたら小学生の時に遊んだゲームで、その時の感想や印象が
今やっても同じように思う

普通は、昔と今で感想なんてうつろって変わっていったりするものだが
俺はどうしても、Aと言えばBという感じで、ゲームに対する印象は、絶対に変わらない

要は、その一本槍の通った感想レビューの書き方が良いか悪いかというだけで、俺が努力するべきは、そこのアウトプットなのだと思う。

何をいいたいのかというと、ジアビスも、昔書いたレビューだから、文章自体は散々な代物だ

ただ、5年前3DS版を再プレイして、やっぱり同じような感想だったから、その時の衝撃で今もジアビスに対する印象は覚えている

ゲームとしては、イベントシーンばかり
ダンジョンなども、実質的前作のシンフォニアと比べると王道でギミックが物足りない
フローチャートも行ったり来たりが多くて、ダンジョンがただの通り道になってる
要はゲーム性が希薄ということ
製作期間が足りなかったのかカットされたと思しきものが多く、テキストの誤字が多い

シリーズ物なのだから、前作のシステムを使っているから面白いのは当然であって
こういう部分は絶対に触れられなければならない
総合的な完成度が高いのに、なんでいつもケチつけるんだって話になるだろう

だけども、そこを他が良いから、キャラが良いから、ストーリーが決まってるから、何より神ゲーだから!!(どうでもいいが俺は神ゲーという褒め方をしてるレビューが嫌いである)
という理由で見えないふりをするのは絶対に良くない

俺の中でのとんびさんなら、もっとこの辺をスパッスパッと言ってくれるもんだと思っていたのだが。

フィールドの造形が素晴らしくても、ロードを犠牲にしているのはやはり実用性の観点から
そんなに凄いことと言えない
(他社のゲームだって、PS2時代のゲームはディスクアクセスとの戦いで様々なものを敢えて削ってきたのだから、両立してこそ評価すべきことだ)

ただやはり、この人のレビューは本当に素晴らしいと思う
俺は結局ここまでのことはやれなかった。

俺が何を言おうが、やはりこのレビューは正しいと思うし、さすが!と思っている。
全部ベタ褒めしてるわけじゃなく、ちゃんと細部までしっかりシステムを見てる

俺の場合は、やらなかった要素は無かったものとして処理することが多く、そこがちゃんとゲームをやってないと批判される原因になっていた

この辺の俺の信念としては、確かにシビアそのものだろう
実装してある要素を、気付かなかったとか遊ばなかったという理由だけで無かったものとして扱ってしまうのだから、残酷極まりない

まあ、俺の話はいいだろう。

それで、昔のとんびさんはもっと厳しかったはずだと思って、テイルズオブシンフォニアのリンクを開いたらやっぱり、厳しかった。

reviewblog04.png 

ストーリー設定なんかは、「そこまで言わなくても…」と思うが、やはりこれでこそ俺が憧れてたとんびさんだと本当に思う。

(別にハーフエルフが希少じゃなくても良くね、という反論。ドワーフの設定や扱いが適当だったのは同意するけど)










結局、俺のゲームレビューサイトはいくら頑張っても鳴かず飛ばずだった

他にどんどん面白いレビューブロガーが生まれてきて、それにあっという間に追い越されていってしまう

そうやって一人相撲の状態がずっと続いていた矢先2007年にゲーム配信と出会った
そしてそこで、俺という人間が面白がられた

だが結局ゲームレビューへの思いは断ちきれずにゲーム配信を捨て、ゲームレビュー一本に戻る
が、相変わらずうまくいかない
しかも、時代に逆行する選択をしたために、前以上に苦労する

時系列は大幅に飛ぶが

2015年8月
俺は思い残したことの一つに自分でゲームを作りたいというものがあった

もうゲーム会社に入社してそれで飯を食っていくような王道路線は無理だ
俺にはスーパープログラマー的な能力もないし、手がけたゲームがミリオンヒットさせられる企画力もない

それに、1からプログラムを習得している悠長な時間もない

そうなったら、超簡単に作れるPS1のRPGツクール3ぐらいしか選択肢がなかった

それでやりたかったことの一つであるゲームを一本作る

すぐ終わる短編とかじゃなくて、ちょっと手のこんだやつで

なんなら、ツクール3の容量全部使いきるぐらいで、更に本格的なちゃんとしたやつ

それで作ったのが、「マテリアライズバースト」という中坊臭いゲームタイトルのRPGだった。



他人がこれを一本の作品と認めるか認めないか駄作かそうじゃないかはどうでもいい

500時間以上かけてこれを作った

それでもう、俺はやりきったつもりだった

もうなんか、これまでゲームが好きでゲームばかりやってきたが一度だけでも作り手側に回ってみたい

そんな思いが、自己満足ではあるが成就された

数ヶ月間
放心状態になった







ゲームレビューから今度はいきなりゲーム実況動画に関する話に変わるが

俺は、ゲームレビューを頑張っていた10年前と、また同じ気持ちを味わっている

巷に大量に出回っている、ゲーム実況動画

俺はその先駆者のつもりだった

しかしいつの間にかそうではなくなった

このゲーム実況動画が、面白く無いのだ

いや、面白いものも確かにある

だけども、面白くないというよりも、物足りないのだ

それはもはや、10年以上前に、ネットに転がるゲームレビューに憤慨していた俺の感情とリンクしていた

ただ画面上で起こっていることを喋っているだけ

違う
そうじゃないだろ

もっとこう
なんか、真剣にゲームやってたら思うところがあるだろ!!


そうして生まれたのが俺がやっているゲーム動画だ

まああれが面白いつまらない笑えるくだらないはともかく

「あーーー…………。やられちゃいましたね」

お前は、ゲームの中で負けても、沸き立つ感情はそれだけか!?

もっとこう、マジでゲームやってたら、ブチ切れるだろ!!
そしてクリアしたら喜べよ!!

その喜びを、もっと前に、感情を表に出してくれよ!!





俺は松岡修造の暑苦しさが大嫌いだが、最近、その気持ちだけはわかるようになってきた気がする

若いから、お前みたいに熱くなれないんだよ
わかるか?たかがゲームだぞ?


違うそうじゃない!!


たかがゲームでもまじになってみろよ!!
だから面白く無いんだ!!


?「呼ばれた気がしたので」






俺「呼んでないから!!!!」


勝手に出し切ってろ

そうやって、ゲーム実況動画の世界も面白くしたいと思っているが、
なかなかうまくいかない

俺は誰も知らないフリーゲームを周りに紹介したいと思っても、今の動画飽和時代にはそれだけではさっぱり見てもらえない

そして俺の知名度がないから、何をやっても中々人に相手にしてもらえない

そうやってスパイラルに陥りそうになっていく

あまり自分自身が「どうしてうまくいかないんだろう」と悩みまくることは少ない

ダウンタウンですら、自分の冠番組がうまくいかないと悩んだりするのだ

結局、まず俺の知名度を上げることから始めないとダメだとなっていく







ここ暫くの間、俺についての昔話をたくさん書いてきた

これはブログで知り合った人、なんでも実況Vの動画で知り合った人
ゲーム制作の動画で知り合った人など


俺の起源やルーツを知ってもらいたかったから長い昔話を続けてきました


ただもう、その話題は今回が最後です


もうあとは前に歩くだけ

終わります








実はまた日曜日(07/03)家出していた

こういう話は、このブログではあまり書かないようにしているが、気になってる人もいるだろうから書く。

もうすっかりこの手の話をしなくなって、自殺願望も消えてるんだろと思われてるだろうが、そういう話はブログではわざと書かないようにしてるから、そう見えるようにしているだけだ

日曜日(07/03)に、また家出をした

もう、毎週日曜に家出をするのが恒例行事になっている

朝から晩まで、外でホームレスみたいな生活をしていた

ヘルニアになってしまって、足腰が悪くなったせいで、前にみたいに長距離歩いたりはもう出来ない
ちょっと歩いただけで、足や膝に激痛が走って動けなくなる

だから、仕方がないので近所のスーパーのベンチに座ってたりするしか出来ない

これが、どれだけ苦痛かわかるでしょうか

俺はもうこの時、こんな身体状態でも、覚悟を決めていた

家にいたって、嫌な思いをして生きていかなきゃならないだけだ
それなら、外で野垂れ死ぬほうがまだましだと本気で思っていた

自殺用のロープと、睡眠薬などの薬類だけを持って、外に出た。

毎回毎回、家出詐欺をしているが、出て行く時はいつも二度と帰らねえという強い意志を持って出て行っている

朝、外へ出た時は雨模様で天気も悪かったが、それでも家を出た

まだ近所のスーパーはあいてない

仕方がないので、近くのゲームセンター(総合アミューズメント施設)に行く
休みの日は終日営業しているので、早朝でも店が開いており中に入れるのだ

そこにいっても、俺が行ける場所はゲーセンコーナーしか無い

朝の7時過ぎだとさすがに人はまばらだった。
先週家出した時と同じ光景だった

ただし相変わらず、艦これ台4台はこんな時間から埋まっていた

何がそこまで夢中にさせるのだろう

スマホも持ってないから艦これを遊べない俺にはわからなかった

今日は何が何でも帰らない
ヘルニアで、身体が動かない状態でも絶対に帰らない

だから、暇で何も出来ずしんどい状態に陥っても、あらゆる手段を使って時間稼ぎをしてでも帰らないつもりだった

俺は、誰もいないマジアカ台のところで、時間を潰すことにした

クイズマジックアカデミー トーキョーグリモワール

初回プレイは無料設定だった
おまけにトナメモードの予習設定が3回と長く、かなり時間を潰せた

俺は変わり果てたマジアカに先週幻滅していたが、
プレイしてみて、なんでこのようにリニューアルしたのかよくわかった

要は、ハリポタブームもとうに過ぎ去って、本格的な学園モノをやりたかったのだ
入念にストーリーも挿入され、独特の世界観が今の時代と合ってて中々面白い

いつのまにやら絵師も変わって、立ち絵のディティールも細かく、萌え路線が強化されていた

俺がはまってた頃は、マジアカみたいな作風のゲームは、ハマってると周りから白い目で見られるような空気を放っているようなゲームだった。
それが2016年の今は、周りの目が気にならないような時代になってるように感じる
ソシャゲでこんな感じのゲーム、溢れてるからというのもあるのだろう
なにせ、初回プレイのキャラ選択画面で、キャラと一緒に声優の名前もデカデカと表示される
前はこんな声優が表示されるなんてことはなかったと思ったのだが、時代が本当に変わったように思う

なにせマジアカは5の昇格試験で嫌気が差し、6の出題形式とジャンル変更等が受け付けず熱が冷め切ったのだ
それから7が出て、データ保持のためと、新作がどんな感じか触りに行ったが
やっつけ仕事のマイナーバージョンアップで、マジアカは完全に俺の中で終わってしまった

あれから大体9年ぶりのプレイになる
多少画面がごちゃついてて、画面変遷が辛いと思ったが、数回やればなれる範囲だった

9年ぶりのマジアカは、ずっとプレイし続けてた人にとっては
このグリモワールに不満もあるだろうが、俺にとってはあらゆる部分がパワーアップしてるように見えた
アバターポリゴンのクオリティも上がっているし、画面演出も目新しくなっていて、マンネリ感がない
予習では間違えると答えを教えてくれるようになってる
ゲームモードはトナメだけでなく、協力プレーのモードが盛り上がってる

俺がやってた時代は、トナメと検定だけで、協力プレイはまだ無かった
だから検定で点数が頭打ちになれば飽きるし、トナメも中々勝てない組まで上がるとギスギスしてきて嫌になってくる感じだった

魔法石稼ぎも目的が希薄で、ただ階級が上がっていくだけ。今思えば単調な作りだった

トナメは最下層のフェアリー組からのせいと早朝という時間のせいで過疎りまくっていた(俺入れてたった2人しかマッチングしない)

すぐに協力プレイを試したみたが、これが面白い
こっちは、早朝だろうが、すぐに人数いっぱいまでマッチングする
トナメが過疎って、こっちが盛況なのかもしれない
トナメが過疎ることに不満もあるのかもしれないが、プレイ人数を分散させることで
トナメを勝ちやすくするようにしてる意図があるのではないかと、すぐに悟った。

アシストアイテムで答えを教えてくれるアイテムを使ってくれたり、APゲージが貯まって
RPGみたいに行動コマンドを選択したりする
マジアカで協力プレイなんてありえないなんて昔は思っていたが、これは面白い

協力モードはすぐにプレイが終わってコスパは悪いが、思わず連コインしてしまうぐらいハマってしまった

ただ、面白くはなっているが、所詮クイズゲーム
数回プレイすると集中力が途切れてきて、続けてプレイは出来ない

それから音ゲーなどの反射神経を使うゲームと比べると中毒性が意外と低い

頭が集中できる、集中が続く時間(個人差あるだろうが30分位)は楽しめるのだが
それを過ぎると、頭が疲れてきて続けるのが苦痛になってくる

クイズの問題の質も、なんとなく上がってるように感じた
さすがに9年も経っていると、質も上がってて当然だろう

うまくかけないが、洗濯用品と洗髪用品をわけろ!とか、ジュースの品名をメーカー別に分けろ!みたいな問題が巧いと思った
今はそんなことまで問題にしてるのか!と感心してしまった

結局この1日は暇すぎて、このゲーセンコーナーには、朝昼晩の3回も出入りした

艦これ台は四六時中満席だったが、マジアカ台は誰もやってる人がいなかった

俺がはまってた頃は、マジアカ台は8台もあって、カップルとかがよく一緒に遊んでたりしてたのだが(QMA4の頃)
それがQMA5になると、段々と人が減り始め(それでも日曜とかになるとかなりの台が埋まってたものだ)
QMA6になると、全然人がいなくなってしまった。
だから設置台数も半分の4台になり、「ああ、もうあのシリーズも終わりだな」と感じていた

で、俺が不思議なのはそんな状態なのに、ゲームを始めると誰かとマッチングするということが不思議でならなかったのだ

まだこのゲームを続けている人がいるということなのだろう

ゲームとしての歴史は、12年とかそれぐらいの長寿物だ
あのFFXIと同世代のゲームが、まだ現役稼働して続けられていることに驚きを隠せない







大半、ずっとゲーセンでゲームしてたわけじゃない
数百円使って、大体1時間弱プレイしただけだ
ゲーセンコーナ自体は何回も出入りしていたが、ゲーム自体は早朝に連コインしただけ

後はほとんどスーパーのベンチに座ってただけ
飽きたり、同じ場所にずっと腰掛けてたら、腰が痛くなってたまらず外に出たりしたが
ちょっと歩くと、すぐ歩けなくなるほどの激痛が走る
結局スーパーのベンチに戻るしか無かった

それでも耐え切れず、ゲーセンのあるアミューズメント施設に3回徒歩で移動するぐらいのことはやってた

途中、足がどうしても痛くなり、公園のベンチで、ホームレスみたいに寝転がったりした

この日は天気が悪く小雨がぱらついたり、7月とは思えない寒々とした気温で
とてもじゃないが公園のベンチで寝るなんて出来ない状態だった

俺は半袖だったが、寝不足で本当は眠りにつきたかったものの
このような天候だったので、ベンチで横になっても寝ることが出来ず苦痛だった

後は、スーパーの惣菜コーナーへ行き、腹が減ってもカネを使わず我慢をして
試食コーナーを転々として、腹をふくらませていた

完全に折れはホームレス生活をしていた

それぐらいの覚悟を、もう決めていると捉えて欲しい

23時頃
結局俺は根負けして家に帰ってしまった

外は7月とは思えないほど冷え込んで、雨もひどくなってきたためだ

だが
どうしても家に帰りたくない俺は、それでもかなりの抵抗を試みていたのだ

その日
俺は無理しないようにしていたが、身体を酷使したせいで、体調が悪化した

次の日
今週月曜から、
俺はずっと仕事を休んでいる

仕事を休んだから、俺の中の問題が全て解決しているのかと言ったらそれは大間違いだ







俺は、俺のやりたいことは
やはりゲームレビューだ

とにかくいろんなゲームをやって、見識を広げたい

こんなことを書くと笑われるかもしれないが、究極的には俺がやりたいことはそれだ

だけども、俺のゲームレビューは読み手にとっては厳しい内容で、常連客の付くような代物ではなかった

だから、それを活かしてゲームを作ったり、実況動画をやるなどを考えてみたりする

しかし、それらも中々うまくいっていない

例えばゲームだって、いくら良い物を作ったって、多くの人に好かれたりして人脈を広げてなければ
そもそも評価してもらえないと思ってる

だから、ゲームを作ってただ公開するんじゃなくて、俺自らが実況プレイ動画をやって動画サイトに宣伝投稿しないとダメだと思ってるし、それを駆使しても厳しいと思ってる

所詮、ツクラーのインディーズ世界でも、人と人との関係が一番大事なのだ

それが、その事実がわかっているからこそ、俺はちょっと褒められてノリ気になっているものの心から乗り気になれていないのはそこに原因がある

実況動画だってそうだ
昔みたいに、簡単にはうまくいかない

そうなると、俺は疲れてくる

まっとうに仕事して働いて生きる路線がもう難しいことがわかっている

じゃあ、俺はこのまま生きてたって苦行が待ってるだけと思うと、どうしたいと思うだろう

精神病院で俺のことを診断しようとしているが、そこで発達しょうがいと診断されればまだ楽になれると思ってる

普通の人が簡単にやれていることが俺には出来ない
その事実の裏付けがとれるからだ
だけども、俺は自分で自分のことを発達障害なんて思ってない
簡易テストやってみたけど、発達障害だと言う診断にはならなかったからだ。

だからもう、俺は生きること自体に疲れてるのだ
この気持ち、わかっていただけるだろうか

もう、動画配信などブログなどどこでも人前で、そういう疲れた姿を見せることすらやめたから
そう見えないと思われるだろうが、それはそう見せないようにしているからだ

終わります

悲報?俺氏とうとう精神病院を受診する!

前々から、ほうぼうで「あいつやばいんじゃないか」「いっつあそにーくれいじー」などと
精神疾患の疑惑をかけられていた安西爆弾が遂に精神病院で診察をうけることになった





この手の病院は、10年以上前から通院していた

だがそことは比較にならないほど本格的な病院だった
っていうより、これまで通院していた病院が、ちゃんとした診療をしていなかったと思わせるに十分な診療内容だった

もちろんあまり詳しいことをここで書いていくことは出来ないのだが






俺の場合
生まれてからこれまでの生い立ちを、質疑の形でじっくりと話すことになった

そういう内容の話なので、両親のどちらかが同伴しなければいけないことになっている。

幼少期とか小学校時代の様子は、本人が客観的に語ることは出来ないので


この、聞き取り調査はかなり長かった
測っていないが1時間以上は、延々と続いていた気がする

本診より長くて、いろんなことを聞かれて話した

この時良かったと思ったのは、ブログで何度も自分の昔話を書き続けていたことだった
話すときはそれを思い出して、喋ればいいだけなので、長考する場面が殆ど無かった

それぐらい、かなり細かいところまで色々思い出して話さなければならなかったからだ

それでも話しそびれたことがいくつか出てきたぐらい、とにかくいろんなことを話した
(このブログでもたびたび出てきている小中学校時代のオタク友達、ノデラのことは一切話せなかった)

何を話したかについては、ほぼこのブログで書いている、自分語りの昔話だと思ってください
それを話す場だったので。

この聞き取りは、父親が同席していて、ほとんどの出来事は俺が話したのだが、その話はすべて親父に聞かれている。

これが本当に辛かった

誰しも、親父に聞かれたくない話の一つ二つあるだろう

ここではそれも洗いざらい話させられたというわけだ

逆に、親父が俺の話をする時に、「ムカッ」とするような喋られ方をしたりもあったのだが。
そこは我慢

ここでは、最後の質問に、

自殺未遂をしたことがあるか?

これを聞かれた

そこまで聞いてくるのかと思ったが、聞かれた

そしてそれについての回答を親父に聞かれる

これについてどう答えたのかはこのブログでは書かない
書かないということが答えだということを察してもらいたい

まあ、言えることは、最近多発している家出も、それの一種だよねって言うトコロ

後はここで話させられたことで嫌だったのが、

「自分は、大学に入った頃から精神不安になり、ネットを荒らしまわったり……」

「2ちゃんねるとかですか?」

!!

ゆうぷ
「いや、その頃はまだ2ちゃんねるすら無かったんですけどね…」

(あえて俺は、ネット上で自由に書き込める空間で自分の将来の不安をぶちまけまくっていたという表現を使って説明していた)

それから

「何か得意なことはありますか?日本全国の駅の名前を言えたりとか…」

「それに近いこととしては
ゲームに関すること、発売日や価格、メーカーなどの知識は暗記しようと思わなくても覚えてしまって、かなりのことをそらでいえます」

これを、おやじの横で言わされる
これは言いたくなかった
テレビ番組とか自分の動画で特技とか言って、ふざけた場で言うのならまだしも、
こんな場所でこんなことを言いたくはない





この、聞き取りを元に、本診が始まる

そこで主に、「今働いている職場がしんどい」と言うことを話した。

そもそもこの病院を紹介してくれた人の会社のことを悪く言うのはどうかと思ったのだが、
その辺の心境は正直に話さなければならない

実際、体がついて行かず椎間板ヘルニアになって、仕事以外の時間はほとんど寝ていたり
体を動かすのがしんどいので、他のことが手につかなかったりということは事実だ

仕事自体も向いておらず、本当に疲弊して帰ってくるというのも事実だし
それを周りは我慢しろという根性論で押さえつけられている
(こんな刺々しい表現ではないが、それに近い話はした)

だけど生きていくためには会社に所属してどうこうって言うことを言いたくなるだろう
それがそもそもの今の俺が抱えている矛盾抱えた人生で精神病院に来ている状態と言ってもいい
レールに乗って、人生うまく渡り歩けている人にはわからない悩みだ
そこら辺の話も、させられた。

頻繁に家出を繰り返しているのも、うつ病だからそういう自傷行為みたいなことをやっているのではなく
自分の中では防衛本能が働いていると思っていると言った。





今日の診察はここで終わった

今後は臨床検査を経て、その結果を見て、具体的な病状を決めるとのことだ

もはや今の俺は、精神病院にかかることが恥ずかしいとか、そういう感情は何もない

俺自体、ここに来たいと思って来たわけではなく、半ば強引に連れてこられたような感じだ

うつ病かどうかなんていちいち真実を探求したいとも思わない
それのせいで人生がうまくいかないとか、病気のせいにする気も今更無い

そんなものは、2015年の5月にホリエモンの伝説のスピーチ動画に出会ってから、
それらの精神病が、実にちっぽけなものだと考えるようになったからだ

今日話したことで周りが納得して、嫌な仕事を辞めさせてくれたり、俺の感情を優先的に考えてくれるようになればいいと思っているだけだ

同席した親父は、俺が喋ったことや診察内容を目の当たりにして堪えたらしい
診察に時間がかかったというのもあるが、「今日は休んだほうがいい」と、仕事を休ませてくれた

これほど嬉しことはない

病院が終わったら、午後からまた仕事に行かないといけないと思うと、俺はうんざりしていた

それで休んで、何をしていたのかというと、足腰の調子が悪いので、ずっと寝てただけ

この2週間は、基本的にずっとこうやって寝たきりになってる

それだけヘルニアの症状がひどくなってきている

ただ一応、俺も整形外科に通っているので、まだそこまでひどい状態ではないのだろう
だけども、足がヒリヒリしてたり腰がいたんだり、今度は上半身に来て腕や手が痛くて力が入らなくなってきてるのはある

それが、ヘルニアから来てるのか、ただの筋肉痛でそうなってるのかの判断はできない

ここ最近、このように体の不調がひどく、本当に仕事外の時間は寝ているだけだ

今こうやって、キーボードに文章を打つのもちょっとしんどい(手と腕を使うので)

家で休んでいれば、症状は多少良くなってくる
だが、仕事は休ませてくれない
辞めさせてもくれないだろう

体を壊すまでやるか、また週末に家出するか、決断しなければならない

こういう状態に追い込まれると、意外ともうど智羅かを選ぶことに抵抗感はない
抵抗感がなくなる

今の仕事から逃げるために、無傷では済まないんだろうとリスクを背負うだけ
いざ、自分がこの立場に置かれてみると、そんなふうに感じる

体を壊すのは簡単だ
このペースだと、今後の仕事内容にもよるが、数週間で致命的な症状が出るだろう
それを待つだけ

家出は、今までどおり絶対に帰らない意思を持って出て行くだけ

何も俺の中でこの2つの選択肢から、選べないと思えるようなものはない

体を壊して身体が動かなくなったら、さすがに仕事をやめさせてくれるだろう
この選択肢で最も辛いのは、致命的な重症がいつまでたっても発症しないということ





家出したら、病院の診察はどうするんだって話がでるだろう

だけども、さっきも書いたが、俺自身は、精神疾患を抱えていようがいまいが興味もない
カウンセリングみたいなことをして、俺の状態がわかったって何も変わらない

それで何かが変わって、嫌な仕事が突然楽しくなるとか言うなら我慢しろとも言うだろうが
真実が判明した所で何が変わるだろう

長い時間をかけて、カウンセリングと薬物療法で精神異常を直すといったって
それはただ、普通の人間に矯正するための洗脳措置みたいなものだ

俺はそんなのゴメンだ

終わります

12年続けたゲームレビューサイト、マジで辞めるかもしれない

サイドバーや最新記事のところにもリンクを張っているので、見た方もいらっしゃるかもしれないが


ちょうど一週間前、このサイトのアフィリエイト化を行った。
その時に、googleアナリティクスのアクセス解析コードも、全ページに貼り付けた。

googleアナリティクスのアクセス解析は、htmlの場合、ページごとに貼り付けないときちんと機能しない。
それまでは、トップページとかゲームレビューのリストページだけしか貼り付けていなかった。

そこで判明したのが、本当に俺のゲームレビューは読まれていないということ

いや、自分が本当にびっくりしたぐらいだ

2014年5月に休止する以前、ジオシティーズにHPを置いていた頃は、結構アクセスがあった。

本当だ。

ジオシティーズ時代は、デフォルトでアクセス解析機能がついていた。
とはいえ、ページごとにページビューが見られるぐらいの簡素なものだが・・・。

それも2014年5月にジオシティーズ全体がリニューアルを行ったことで、そのアクセス解析もなくなってしまった。

俺のポリシーとして、新作ゲーム以外は一々更新を連絡しないという形式をとってた

それでも、新作ゲームの場合は、トップページで更新したことを告知すると
更新当日だけで、50から100のページビューがあった
(ものによっては100以上行くこともあった)

だから、古いゲームのレビューを更新しても、目ざとい人は読んでくれるだろう
と思って、一々告知しないでやっていた。
実際、そうやってひっそり更新したゲームレビューも、ちゃんと僅かではあるが読まれていた。

それが・・・
1年半休止して、FC2のHPに引っ越して再スタートをした。
ジオシティーズの方でも、移転した旨を書いた。

だが、アクセス数は戻らない。

俺は、この時点で強烈に焦りを感じた

ああ、もうダメか・・・・

やはり1年半の空白期間を入れてしまうと、一度離れた客は戻ってこない

今から5年前の2011年
ホームページについてのアンケートを行ったことがあった

その時は有効回答数が64もあった。
いたずらで何度も回答した人ももしかしたらこの中の数に含まれてるかもしれない

が、
大体の固定客の人数はこれでわかるだろう

俺は愚直にゲームレビューを続けていれば、必ずそれを見てくれる人がいると思っていた
(確かにツイッターでフォローしてくれてゲームレビュー読んでますという人もいるにはいたのだが……)

だが、現実はそうではなかった

おそらく、去年RPGツクール3でゲームを作ったりなど
ゲームに対する真摯な姿勢や労力は、ジオシティーズ時代に客がついていた頃よりも
数段レベルが上がっていると思っている。

やはり大きかったのは、どんなチャチなゲームでもいいから、一本ゲームを完成させたことだ

それから、ゲームに対する見方がだいぶ変わった。
特に根気強くなったのは身にしみて実感してる。

俺は、これまで確かにストイックすぎたかもしれない。

ゲームを楽しむ気持ちや愛情はなかったわけではない。
だけども、俺はゲームレビューに情を込めるのはナンセンスだと思ってた。

良いと思ったことダメと思ったことは正直に書くべきだと今でも思ってる
だけども、俺のそのやり方は、あまりに極端すぎた

俺は、ゲームレビューに点数をつけなかったり、画面写真を付けなかったのは
俺の書いたゲームレビューを通じて、読者の皆さんに考えて欲しかったからだ。
画面写真に頼らず、ゲーム内容を説明して、俺は読者の皆さんに想像して欲しかったからだ
そしてこれは俺の身勝手なことかもしれないが、文章だけでゲームを説明する、出来るようになりたかった

それに、あの程度のゲームレビューなんか、殴り書きでサラサラッと書けると思われるでしょうが
実はブログの更新よりも、相当丁寧に時間が掛かっている
ちゃんとしたやつだったら1時間以上かかっているし、新作ゲームなど力の入った長文レビューに至っては4時間とか5時間。場合によっては丸一日かけて書いてたりする
だけども、読まれない。
これは俺のやり方が悪いのだろう。

あとは、新作ゲームを取り上げる頻度が激減してしまった
これは、俺の金銭的な理由が大きい。

これまでもかなり無理をして新作ゲームを買ってレビューをやっていた。

俺がPS4を所持していることに驚いている人もいたかもしれない。
PS4は、正直結構無理して買った。
まだギリギリ、買えるぐらいの金があるぐらいの時期に発売されたので、買うことが出来た。
約半年後に出たXboxOneは、もうその時の俺の財力では無理しても買えない状態だった。

だから買わなかった。

XboxOneがにくくて買わないとか、どう見ても普及しないとか、俺はそういう視点で買う買わないを決める人間ではない

今も、金銭的な問題が解決してれば、プレイステーションVRなどの流行の最先端を追いかけ続けていただろう

ただ、そこまで俺も悲観的に見ているわけでない

googleアナリティクスのアクセス解析が、かつてのジオシティーズの簡易的なアクセス解析とくらべて
計測が厳格であるというふうにも思っている

だが、いずれにしても、googleアナリティクスの方が精度が高い結果を出しているのは確かだろう。

これまで長年にわたって好きでやってたからとしがみついてでもやってきたゲームレビュー

俺はこの歴史に幕を下ろすかもしれない

いや、
好きだから、そうはいっても続けるかもしれないが、活動規模は大幅に縮小してしまうことは間違いないかもしれない

まだ、このブログとか、Youtubeチャンネルで実況動画に力を入れてるほうが可能性としてはあるといってもいいぐらい、今のゲームレビューサイトの状態は絶望的だ。


えっ、
この動画も、全然見られてないけど?

たぶん、他人はそう思われることでしょう

俺は決してそうは思わない
そりゃあ、有名所や知名度のある人達に比べれば、まだまだだろう
だが、一歩一歩が遅くとも、着実に動画へのアクセスはあるし、
動画投稿を気分で休止しても、チャンネル登録してくれる人もいる
まだ、この分野では、俺が食らいついていく余地はあると感じている
それは、あまりにも楽観的すぎるかもしれない考えかも知れないが

だけども、今のゲームレビューサイトは、このYoutubeチャンネルよりもさらに見られてないと思ってもらっていいです

12年、好きでやり続けてた人が、諦めるぐらい、将来性がないというか、もう何をやっても終わったと
感じさせるほどの状態と思ってください

画面写真つけたり、点数評価入れたり、自分の意志を曲げて読者にこびたレビュー内容にしたりといった
テコ入れを施したとしても、もう手遅れだろうといえるほどの状態

それこそ、こういうことに詳しい人に復活できる方法を、手取り足取り教えてもらうぐらいしないと無理
というか、そこまでやってももうダメで、諦めたほうが良いという話になると思う。

それよりなにより、単純に、ゲームレビューも俺は自分のために続けたいけども
ゲーム実況動画を撮影して投稿するのが、純粋に楽しい

他人は、俺の実況動画を見て、ぼんようで、面白いところなんて特に無いとこき下ろすかもしれないが

少なくとも自分は面白い

自分で自分の動画を何回も見返してみて、客観的に「この動画の続きをもっと見たい」
と思っているぐらいなのだ

そこでまた、これを読んだ皆さんが

「自分の動画を面白がるなんて、どこの明石家さんまだ!!」

とか突っ込まれるかもしれないが、これは俺にとって褒め言葉と思っている

実況動画に全力投球すると決めたら、前回のエントリで書いた、高画質キャプチャーボードだって
値が張ったとしても、この際いろんなゲームを実況動画という形でシェアしながらやるための
ランニングコストと思えば、全然安いと思ってる

昨日一日中、動画配信のことについて調べまくっていたが、それ自体も苦痛にならなかった

やはり俺は実況動画こそが、

いや、俺には実況動画が天職なんだろう
俺はこれに気づくまでがいくら何でも遅すぎた

こうなればもう、いくら再生数が伸び悩もうが、俺を応援してくれてる人たち、今動画を見てくれてる人たち
が、
僅かながらいることがわかっているのだから、頑張ろうと思えてくる

これまではゲームレビューみたいな物書きが天職だと思い込んでいたがそれはどうやら違ったようだ

だが、実況動画だけやって、というつもりはない

あの形のゲームレビューは規模縮小するかもしれないが、
俺の持っているゲームの知識を、別の形で活かしていくといったことは考えている

その時は、画面写真を駆使したり、もっと読み手に配慮した内容に物になると思ってください

ただやっぱり、正直な所ショックは隠し切れない

やはり俺には俺の、ゲームに対する、ゲームレビューに対する哲学があったわけで
それを押し付けてるような格好にはなってしまっていたが
俺はこれを頑張れば、必ずわかってくれる人がいるだろうと思ってた

それが出来れば、沢山の人達にわかってもらえれば幸せではあるが
たとえ少人数でも、俺のゲームレビューを愛好して読んでくださっていれば、それだけでも続ける原動力になった

まあまだ、googleアナリティクスを設置して一週間も経ってない状態から、結論を出すのは早すぎたかもしれない

だけども、もう潮時だろう

俺は勝手にそう判断した。

終わります。

心配をお掛けしたことと、この先の安西爆弾について

前回のエントリの、「さよなら青い鳥」が閲覧不可になってますが、これがなんなのかについて。

先週土曜深夜
仕事辞めたくて悩んでて、ねむれなくて
深夜3時過ぎに、心境を綴ったもの

俺はやっぱり家を出る!

そんな感じのことを書いた

題名の「さよなら青い鳥」というのは、昔ネット黎明期に有名になったFlash(動画みたいなもの。現在はYoutubeで見れる)



内容は、引きこもりのある男が、深夜にタバコ吸いながら外歩いてて
河原でダンボール敷いて寝てるホームレス以下だと、自分を責める
高校生の頃、近所のおっちゃんを見て「俺はこんな底辺な仕事絶対やらないぞ」と
周りを見下してる自分を猛省しているという感じのもの

俺は、2016年の今に、この価値観がそのまま厳格に当てはまるとは思わない
(2000年当時ならわかるけど)

なんで閲覧不可にしたのか

そのエントリを書いた後、家を出ようと思ってた

この時

朝4時

何なら新聞受けに朝刊がストンと落ちる音までした
(思えば若いころ、長年に渡って俺がやっていた仕事だった)

だが、ちょうど眠剤が効いてきて、俺は眠くなってた

で、
家を出ず、敷いた布団にゴロッと横になった

寝た

僅か3時間後

朝7時

俺は目が覚めた

トイレに行きたくなっていた

それだけじゃないんだが

今の仕事になってから、毎日こんな調子の不眠だ

それでトイレ行った後のこと

まだ親、家族は誰も起きていないようだった

俺は衝動的に家を出た

帰らないつもりだった

駅まで歩いて、そこでずっと座り、電車に乗ってどこか遠いところへ行こう

そんなことを考えてた

日曜日の駅前は凄く賑わってた

前に家出した時は、俺が住んでいるところは田舎だと思っていた

こんな田舎に、馬鹿みたいにでかいショッピングモール建てたり、色々やったって駄目だ
そんなことを言っていた

だが。

そんな故郷から離れ、別の土地から、電車に乗って帰ってきた時

俺は地元の景色に感動した

「都会だ……!」

俺の住んでる地元は、自分が思っている以上に都会だったんだ
駅前に行けば東京の秋葉原みたいに店がたくさんあって、人もたくさん歩いていて、欲しいものがなんでも売ってる

その当たり前に俺は気づけなかったんだ

よく見れば、そこを歩く女の子もお洒落で可愛い

ムダに広いと思っていた駅は広くて立派だし、キヨスクどころかセブン-イレブンまである
渋谷みたいに、駅直結のショッピングモールまである
歩道は単色じゃなくオシャレに装飾され、綺麗。

俺が家出して歩いた先の町は、駅前は閑散としてて、改札口は一箇所しか無いし、キヨスクは閉店していた

俺はまた家を出ようと、駅に来ている

だがなかなか踏ん切りがつかない

仮に電車に乗って遠いところに行っても、着の身着のまま出てきて目的も定まってない奴が、何をやれるんだろう

とたんに俺は暇になった

眠いが眠くない

回りが騒がしいせいだろう

それでやることもないが、家に帰りたくもない

せっかくの休日に俺は何をやってるんだ

自分に苛立っていた

しょうがないので出来たばかりのショッピングモールへ行く
まだ中を見て回ったこともない

こんな立派な店がいつの間にか出来ていたんだ

俺は今更過ぎるほどの感動体験をした

エスカレータに乗って、ゲーセンのあるフロアに行った

俺はマジアカがやりたかった

直前まで見てたツイッターで、遊んでいる人がいたのだ

今から9年前
マジアカの4とか5の時代だ

俺はマジアカにご執心だった

金はないが、金の許す限りプレイしていた
その時のアミューズメントカードはまだ持っている

スマホゲーが全盛で、なんか同じオンラインクイズゲームが出ているはずなのに
まだマジアカが生き残っていることに驚いた

かなり久しぶりのゲーセン
艦これとかはなかったが、まるで別世界だった

ごく普通の女の子がゲーセンに出入りして、太鼓の達人やら名もわからぬ音ゲーに興じている
それも、発狂譜面を狂ったようにクリアしていく

ごく普通に見えるカップルが笑顔でゲーセンコーナーをウロウロしている

時代も変わったもんだ

かつてゲーセンは不良の溜まり場だった
という話をするつもりはない

俺が入り浸っていた頃も、随分ゲーセンはクリーンな施設になっていた

しかし今はそれ以上だ

世間に溶け込んでいる

発狂難易度の音ゲーを人目を気にせず夢中になる女性
昔ながらの対戦筐体は姿を消し、俺の知ってるゲーセンはそこにはなかった

そしてお目当てだったマジアカはどこ探しても置いてなかった

その後はおしゃれな本屋で立ち読み

店員が煙たそうに俺の周りを何度かウロウロするが気にしない

ホリエモンの本

ゼロ、本音で生きるの2冊を立ち読みだけで読破
(この本の感想は別の機会に書きたいと思っている)

それでも、1時間半とかしか経たない

時間は昼

暇だ

今度は別のデパートの本屋へ行く

そこの本屋の品揃えには驚かされたものだった

2階部分が全部本屋で、品揃えが半端ない

ゲーム開発の本だけで、棚1つがうめつくされるほど専門性が高い
その奥には、ゲーム関係のプログラム本(おそらく全て網羅している)、ネットワーク関係の言語本

後は、秋葉原の同人ショップでしか実際に売っているのを見たことがなかった
ゲームシナリオを書くための資料本(クトゥルフ神話とか中世時代の衣装、文化本)
こんなものまで置いてある

もちろん、今風にソシャゲの作り方、仕組み、Unity解説本
俺が読んだものとしてはゲームシナリオの書き方という本(もちろん読破した)

ネットビジネスの本、Youtuberになるための本(実際に書店で売ってるのは初めて見た)

それらを一冊一冊立ち読みしていく

さすがに足がつかれてきたので、駅に戻ろうとする

そこで時間を潰しても、まだ日は落ちない

時計を見ると16:40

ここからが長かった

これからどうするかを椅子に座って、ただただ考える

気づけば時計は23時を過ぎようとしていた

この間、どれだけ俺は単調で退屈で長い時間を過ごしたか

ただ椅子に座っているだけなのだから

さすがに飽きて、席を変えたりしていたが。

日が落ちるまでは、外でギターの練習をしている女子高生2人組をずっと見ていた。

それからはずっと駅の中で、退屈な時間を過ごしていた

さて一体俺はどうなったのか?



そこら辺はもう、みなさんご想像のとおりだ

結局またこうして、数日後、ブログを更新している

ただ、仕事はやめると言った

まあ、巧みな話術で引き止められたのだけども

ゆぽ
よしてくれ、俺は真面目でも頑張り屋でもない

なぜいつも俺は、こうやって引き止められるのだろう

まあ今回は、知り合いの会社というのがおおきいのだろうが


でも今も、俺は辞めるという決意は変わっていない

丸一日放浪生活をした末に出した結論だ
そう簡単に揺らぐものではない

辞めるという話をした時、俺は給料をもらった
だが不思議と金はいらなかった。

全額、親に渡した

ケチンボな俺とは思えない行動だった

ただ、金がいらなかったのは本心だった

こんな仕事で、給料もらえる人間じゃない

何より、今の俺がほしいのは、行動力と時間
そして、自分のやりたいことで認められるというか、成功することだ

プチ家出をした次の日、俺は仕事をズル休みした

そして代わりに、サイト、ブログ、動画、
俺がネット上で発信し続けたこれらのコンテンツの収益化の作業をした

まあみなさん嫉妬されるような利益にはならない

これは、働かずして楽してお金儲けとかそういう意図ではない
これからの、現在の俺の努力を数値化したものと思ってる

最初っから、収益を受け取れるほどの状態ではない

特に苦労したのは

ゲームレビューのホームページだった

1000ページ以上ある1ページ1ページに、手作業でアフィリエイトのリンクを貼るのだ
それも、同じものではなく、レビューしているゲームに合わせて検索してそのゲームを貼る

amazonのアフィリエイトのアカウントは、
実は2年前に既に取得していた。

そして2年ぶりにそのアカウントにログイン

そこには、僅かな収益が記されていた

俺は驚愕した

2年前、同じくブログを作成し、そこにアフィリンクを貼っていたのだ
しかしすぐに更新を止めた
つまり2年、ほったらかしにしていたのだ

そのブログを見に行けば、いつのまにやらブログ拍手されており、おそらくその人が購入してくれたであろう紹介料が収益としてレポートに残っていた

まあ金額としては僅かだ。。受取額には程遠い


だが俺は嬉しかった

2年も放置して、自分でも存在を忘れていたほどのところから、そういうことがあったのだ

もしかしたら、昔俺のゲーム配信を見てた視聴者かもしれない

この3日間、10時間以上かけて、俺のやってるゲームレビューサイトのほぼ全ページにアフィリンクを付け足していったのだけども、
はっきりいって、このサイトから収益が出るのは難しいと感じている

最後はもう無駄だと思ってても意地だけでやり通したが……

まずアクセス数が激減してしまった
12年やり続けたゲームレビューのホームページと言っても、2年前から1年半更新停止してしまった
(ネット上にアップすることをやめただけで、文章自体は途切れなくやり続けていたのだけども)
その後ホームページを移転して再スタート

この2つの原因が重なり、それなりにアクセスのあったゲームレビューのサイトも、ほとんどアクセスがなくなってしまった

それに、紹介しているゲームも、PS4など新し目のゲームならば良いのだけども、最近のゲームは金銭的な事情で買えず、以前ほど新作ゲームを取り上げることができなくなった。

レトロゲームや旧作は、アマゾンせどりのおかげでほとんどが1円だ。
(ただし、メガドライブ、PCエンジンなど、マイナーハードのゲームソフトは別。SFCも割と適正価格になっている)
PS2あたりまではほとんどが1円。つまり紹介料は入らない(ゲームソフトの紹介料は2%)
場合によっては、Xbox360、PS3のゲームも1円だったりワンコイン状態(評判の悪いゲーム、大作ゲーム)

これは、良いことだと思ってる
これまでゲームソフトは、ゲームショップが決めた相場が基準となってた

それも、コンシューマゲームが廃れたり、レトロハードになったことで、需要が減ってきた
(外国人が買い占めることでレアソフトに関しては逆に相場が上がっているが)

確かにアマゾンせどりのせいで、店頭で買うより高値になってしまう側面もある(買う側はamazonの手数料などが発生するので)

だがゲームショップ、ブックオフなどリサイクルショップはその数が減り続けているし
何度も店に足を運んで、欲しいゲームがないか探すなどの手間を考えれば、amazonでワンクリックで買える状態はかなり便利だ

俺が今回、1000以上のレビューしているゲームページ一つ一つに、そのゲームのアフィリンクをつけた
最初は業者臭が強くなって嫌だなあと思ったのだが、
現在の販売価格や相場が一緒に確認できるので、全ページに付けてみて、これも悪く無いと思うようになった。

俺のレビュー記事を読んで買いたくなるような内容ではないが、そこからワンクリックでamazonで購入できるようになったのも、これはこれで便利になったと思う

これは俺の体感だけども、ゲーム屋でレトロゲームを買いあさっていた頃の相場よりもamazonせどり時代の今のほうが、価格設定は下がっているんじゃないかと思う
(買い漁ってたのは今から10年前のことだ)

このゲームレビュー
俺は好きでやっているが、正直、需要とか金稼ぎとかを考えると、かなり厳しいだろう

特にこの数年で、ゲームという定義や、周りを取り巻く環境が激変している
俺にとってはPS3以下の時代のゲームソフトは宝の山ではあるが、世間的にはそうではなくなっている
どんどん動かすためのゲーム機は壊れたり捨てたり、遊ぶ環境自体がなくなってきている

ゲーム自体の牽引力や魅力も薄れつつある

そんな中、古き時代のコンシューマゲームをレビューしているだけのページなんて、
もう厳しいだろう

12年頑張ったが、これが上向くことはよほどのキセキが怒らないかぎり無いだろう








そこで実況動画だ

俺はバカだからこれぐらいしか思いつかなかった

まあレビューサイトとつなげて活性化させるためにやろうと思っているわけではないのだが。

俺はまた実況動画をやろうと思ってる

もうこう考えたら話は早い

まずはマイクだ
それから、HDMI出力のゲーム機も取り込めるようにするための対応キャプチャーボードも買わなければならない

もう、明日にでも買ってつなげて、撮影できるぐらいにはしたい

ゲームはドラクエ10だ

なぜかわからないがこのブログでドラクエ10を熱心にやっている人と出会うことが多かった
(これは俺がドラクエ10について書いていたこともあったからなのだろう)
だからドラクエ10にする

俺の悩みというのはもう既にもっと先にあって、ドラクエ10をオフラインモードから始めるかオンラインモードから始めるかどうかというところにある
(ストーリーがつながっているため)

まあ正直ドラクエ10をやるのは気が進まない

飽きたとかではない

以前やってたが、まだやらなくなって1年しか経ってない
出来ればもう少し、2年3年は寝かせたい

そうすると、ゲーム内容をさっぱり忘れており、新鮮な気持ちで望めるのだ
1年はまだ早い

新キャラで初プレイのイメージでやる
(ただし、以前やってたのは隠すつもりはない。面倒くさいから初プレイの体でやるというだけだ)

まあうまくいかなかったり飽きたら辞めればいい

候補は他にもたくさんある
オンラインゲームだけでも、FFXIV、FFXI、ファンタシースターオンライン2などなどだ

すぐやめて、次に移ればいいだけの話だ

とにかく今の俺は、動画を撮りまくる

これだけだ

編集はしない

というよりも、俺の書き方が悪かったかもしれない

編集をゴリゴリ入れたいが、素人の俺が手を入れても、かえってつまらなくなると思ってる

そこは正直、別の人に頼みたい

俺はとにかくその素材となる動画をハイペースで撮りまくる
そういう前提で物事を考えると、編集も全て全部自分でやるとなると、時間が勿体無いという考えになってしまっていました

実況動画をやるのはもう一つ理由がある

このブログをやっていて、ニコ生でゲーム実況やってくれとか言うコメントをはるか昔に頂いたことがあった

そう
俺はそういう誘いに、これまで乗ってこなかったのだ

まだ今の有名所の人たちが出てくる前の頃から、そういう催促があったのに俺はやらなかった

バカかもしれないが、俺はこの可能性にかけたい

だが、もちろん、小説もゲーム作りも、ゲームレビューも
全部やる

基本はそれだ

それなって感じです

親に聞かれるのが恥ずかしいとか前は言ってたが、もうそんなことは言ってられない

飽きて、なんかうまくいかないし疲れてとか言う理由がない限りはやり続ける

周りが、お前みたいのがやっても厳しそうだしやめとけって

みたいに言ってきても、手を止めない

なぜならこれまで、9年前
ゲーム配信で飯を食うとかほざいてた時
親が仕事しろとうるさかった時
周りの声を聞いてゲーム配信をセーブすることで、俺は失敗を繰り返してきた

ここは、俺の感覚を信じて貫き通すしか無いと思ってる



まあ、
どうなるかわからないが

終わります



ちなみに、書きそびれていたが、「さよなら青い鳥」の記事が閲覧不可になっていたのは
家出する直前に、非公開にしたからです
プロフィール

安西爆弾

Author:安西爆弾
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR