ドラクエ10のカムバックキャンペーンで久しぶりにプレイしてみた感想

ドラクエ10でカムバックキャンペーンというのを行っている。


3月にも行われていたが、8月にも同じキャンペーンが再度行われている。

これは、かつてプレイしていた課金者のうち、長期休止に入った人へ向けたキャンペーンである。
条件に当てはまるアカウントは、72時間のみ無料でゲームにログインしてプレイできるものだ。

ただ、ここには72時間と書いてあるが、実際は96時間ログインできた(今は修正されてしまったかもしれないが)


俺は実は、3月にも行われていたカムバックキャンペーンにログインして少しプレイしていた。
が、やはり長く休止していたゲームに、夢中になって遊ぶ気にならず、すぐに辞めてしまった。

今回は、ストーリーが完結まで導入されているということもあり、それを最後まで見ようと言うモチベーションがあったせいで、かなり沢山の時間ログインして遊んでしまった。

今回は、ほぼ72時間、プレイしまくったので、色々感想が書けると思う。

まず、バージョン3シリーズのストーリー。
かなり長く、そればっかり追っても、72時間である3日間をほぼ使い尽くしてしまうほどの大ボリュームだった。

ストーリーは面白くはあるんだけども、ドラクエらしい勧善懲悪をダラダラ長編映画でやらされている風で、クライマックスをのぞくと、結構ワンパターン展開で辛かった。
(一本のRPG程度のボリュームなら我慢もしろよという感じかも知れないが、プレイボリュームが相当なものなので、ここは素直に辛いと言う意見を優先したい)

特に、ドラクエ11でも辛かったのだけど、くどくどしい台詞回しが凄く辛くて、文章が中々頭に入ってこない。

ドラクエっていつからこんなに文章読みにくいゲームになったっけ?と錯覚してしまうほどに、文体がくどくどしく、読み進めていくのが辛かった。
(これは限られた時間内で急いでプレイしていたせいもあるのかもしれないが)

でも、ドラクエ10にしては、フローチャート(何をやらせるか!?の構成)は中々いい。

あの敵を何体倒せだの、どこどこに行ってこいという露骨なたらい回しのおつかいがほとんどなく
適度にダンジョン探索があり、ボス戦がある。
ただ、ボス戦は多すぎる気がするが。
それに、場繋ぎに困ったらボス戦っていう安易な展開が多かったのも気になる所。

これは実装初期に、「強い」設定で戦わされたら、相当イライラしたかもしれないってぐらい多い。

ちなみに、ボス戦については、難易度設定機能があり、「弱い」を選択すれば、ラスボス含め全ボス適当なサポート仲間だけでもクリアできる。
ただ、自分含めLV90以上とそこそこの装備は欲しい所。
(とは言え弱いでもラスボス近辺は若干辛いのと、試練の門に引っかかる3箇所は難易度選択出来ないので地味にキツイ)

ダンジョンには必ずギミックがあって、それを攻略しないと先に進むことが出来ない。
これには好き嫌いがわかれたと思うが、個人的にはただ移動するだけのVer2.0シリーズのダンジョンと比べれば、中身があって楽しめた。
露骨なパズルとか、火付け棒とかイライラする要素は多いのだけど、一度やれば二度やる必要もないし、中々クリアしたダンジョンに来ることがないゲームと考えたら、これぐらい引っ掛けるギミックがあるぐらいが個人的にはちょうどいいと思った。

つぎは、アスフェルド学園について。

これはもう、やる前から、評判の悪さを聞いていたのだけども、たしかに面白くなかった。

3月のカムバックのときも、ちょっとだけプレイしていて、その時は結論を出せるほど遊ぶことが出来ず
「別に悪くないんじゃないの」程度にしか思っていなかったが、時間を掛けてみると面白くないということがわかってきた。

まず、ストーリーが無駄に長いよねって所。
本編並みにボリュームがあるんだけど、なんか学園モノのアニメを見ているような感じで、かなーりノロいテンポでストーリーが進んでいく。

凝っているのはわかるんだけど、ドラクエ10というファンタジーものMMORPGで、しかもその中のサブコンテンツでやることじゃあないよねって思う。

俺は頑張って3話まで終わらせたが、「延々とこの部活アニメのノリがあと10話まで続くの!?」(実装されていて遊べるのは8話まで)と思うと、
絶望しか無いという感覚に陥った。

アスフェルド学園全体がつまらないっていうんじゃなくて、ダラダラ冗長なこのストーリーを進めないと、アスフェルド学園で遊べる機能が開放されていかないので、嫌でも付き合わなきゃならないようになっているのが、最大の難点。

ストーリーが、こんな学園アニメの日常回みたいなノリで進んでいくので、合間に挟まれるバトルも、全然盛り上がらない。

スキルノートで、本編の技やスキルが気軽にカスタマイズできるって言うのは楽しそうだったのに
学園を進めないと、良いスキルノートが自分で入手できない。
人づてにもらえるスキルノートで最強っぽいのを手に入れてしまうと、自分でカスタマイズして楽しむという部分がなくなってしまう。

結果、両手剣最強。たたかいのビート最強論理になって、それだけあればもう後いらないになってしまう。

あと思ったことというと、フレンドと遊ぶことがほとんどなくなった。

びっくりしたのは、今はもうプレイヤーが強くなりすぎてコインボスも一部以外はサポ連れて1人でクリアするようになってしまっていること。
(実際自分も、手持ちのコインで、ドラゴンガイア、キングヒドラ等、全て一人で消化してしまった)

ストーリーも難易度選択で便利になったから、わざわざフレンドに助っ人頼んで手伝ってもらうこともなくなり、

また、ピラミッドも、サポ連れて一人というのが当たり前の風潮になっているらしく、フレンドと行ったりすることはなかった。

そうなると、遊ぶことって持ち寄って得する試練の門とメタキン回しぐらいで、あとは一人じゃ出来ないコインボスぐらいしか残っていない。
(実際、誘われて遊んだのは試練だけ)

一応、ハイレベルコンテンツとして邪神の神殿というものが用意されているようなのだけども、そこだけはガチプレイヤー向けらしく、やってないフレンドとやっているフレンドが半々といった感じだった。

ちなみに自分は、邪神という存在自体は知っていても遊び方とか具体的内容は検索して調べるまで、概要が全くわからなかった。

そんな感じで、カムバックの無料期間はあっという間に過ぎ去ってしまった。

一つ思ったのは、ドラクエ10が面白かった旬の期間というのは、とうに過ぎ去ってしまったのかなということだ。

新ディスクのVer4.0で、またそういう部分にテコ入れをするつもりなのだと思うが、正直かなり難しいと自分は思う。

今も仲の良いフレンドなどがいれば、この状態でも十分楽しいんだと思う。
だけども、自分が長期放置に至った時代でも、フレンドと遊ぶことが同じコインボスと戦うのばかりだったりしたことを考えると、オンラインゲームにインして、人と遊ぶことが未だにコインボス、試練ばかりじゃあ、ちょっと苦しいんじゃないのと思う。
じゃあ、昔は整備されてて面白かったかというと、偶発的な面白さであっただけで、人とつながって遊ぶ楽しさを演出していくっていう難しさが今のドラクエ10には大きな課題として残されている、が、どちらかと言うと終焉に向かい始めているネットゲームにその命題をクリアさせるというのは、厳しいとしか言えない。
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[RPGツクール3]開発途中のRPGツクール3の画面写真を紹介

実はこんな懐かしい雑誌を所持しているので、その中から残しておきたい記事を紹介する。

LOGIN SOFCOM 8号(1996年秋発売号)
sofcom801.png

これは、ざっくり書くと、どういう雑誌なのかというと、
いわゆるツクラー向けのコミュニティ雑誌みたいなものと思っていい。

もっと正確に言うと、ゲームクリエイターになりたい人向けの雑誌なのだけども、
RPGツクール利用者支援雑誌みたいになってて、割合的にRPGツクールの扱いがかなり大きいためだ。
実際の雑誌内容は、クリエイター向けのものになってて、専門機材の紹介や
ゲームの紹介記事も、作る視点に立った紹介のされ方をしていて、同じゲーム雑誌と言っても
目線が違ってて、記事が面白い。
(例えばこの雑誌では、初代バイオハザードが紹介されてるのだけども、なぜ面白いのか?という視点で書かれていて、隣にはFCのスィートホームの記事も載ってた記憶がある)

で、このSOFCOM8号というのは、ツクール的に話題が盛りだくさんのもので、

RPGツクールDanteの続編、RPGツクールDante98IIが発売されて、開発者座談会をやったり
もちろん、今や貴重になっているDante98IIの紹介記事が大量の画面写真とともに載っていたりして、実に見所の多いものとなっている。

その他にも、クリエイターインタビューとして、レイフォースのスタッフのインタビューが載ってたり、発売直前だったレイストームの紹介記事が載っていたりする。

それらはまた、別の機会に紹介するとして、今回は、開発途中のRPGツクール3の画面写真を載せてみたいと思う。

sofcom802.png

これは、他のゲーム雑誌で紹介されているところを見たことがないので、おそらくSOFCOMだけで見られたものだと思う。
戦闘シーンだが、製品版では下にブロック風に表示されていたのが、
この頃はまだ、2に近くて、上にステータスが並べて表示され、下にはドラクエ風のメッセージボックス。
製品版では、テキストで戦闘を展開する仕様はなくなったが、このときはまだそういう方向で作られていたことが伺える。

背景は、マップを使うことはこのときから決まっていたようで、背景になってるマップは製品版でも使われている場面マップの魔法陣だ。 

ちなみに、この横には、3Dシューティングツクールと、シミュレーションRPGツクールの開発中の画面写真が一枚ずつ並んで掲載されていた。

また、同じページにはコンシューマ版のRPGツクールシリーズのプロデューサーインタビューが載っており
なかなか読み応えのある記事になっていた。

[ゲームレビューの話]ゲームレビューの点数制度の価値基準は最大瞬間風速でいい

「10」とはいったい何なのか――レビュワーの苦悩とIGN採点式レビューの美的な欠点

こちらの記事によって、ゲームレビューとはなんぞや?という議論が活性化しているようだ。

これについて、個人的な見解が整ったので、簡潔に述べたい。



まず、ゲームレビューに点数が必要か不必要か?という議論について。

俺は14年、利害のないところでずっとゲームレビューをやり続けていた。
その経歴を踏まえて、もう結論がほぼ決まってきているので、それを述べる。

はっきりいって、点数をつけたがるゲームレビュアーは二流、というのが結論だ。
身分はなんでもいいが、とにかく点数を自分から付けたがっていて、付けているようなレビュアーは一流とはいえない。
読み手に指標としてわかりやすく伝えるために、点数を添えているのならば、その人は少なくとも二流は脱しており、信頼できるレビュアーだと思われる。

で、一体誰が、点数を求めているのかというと、それは読者にほかならない。

読み手が、そういう指標とか物差しを求めているのだ。

そうなると、ゲームに点数をつける行為自体に、絶対的な価値だとか相対的な価値だとか
発売日時点では満点でも、時が経過すれば下がるだろうとか、そういう点数の数値を神格化することは無駄だとはっきり言いたい。

よく考えてもらいたい。
一人のゲームレビュアーが付けた(あるいはメディアお抱えのレビュアー数名)点数に
どれほどの価値があろうか。

そこで最初に書いた、書き手から見たゲームレビューの点数という話が出てくる。

点数に変な価値基準をつけようとするから、うまくいかないのだ。
そうではなくて、読者が単に目安として欲しがっている数字以上のものではないと、決めてしまえば、
実に、いろんなことが解決する。

そこで、出てくるのが、じゃあ点数はどこを見て付けているのかという話になる。

それは、定義づけると以下の通りになる。

ゲームの発売日時点で、想定購買層へ向けた、価値基準の数値

どう考えたって、これ以上の定義が思いつかない。

ゲームレビューの点数なんて当てにならないし、いらなくね?
ではなく、なくしたらなくしたで、読者の価値判断が一つ失われる

じゃあ、それを成立させるにはどうすればよいか?と言うことを考えると、答えは簡単に出る。

ゲームのレビューなんて、発売日前が一番注目度が高い。
発売後に発掘レビューみたいなことをやっているところもあるが、どんなに頑張っても
新作ゲームレビューの1/10の注目度にしかならない。

そのような読者の指向性を考えたとき、発売日時点で点数を付けてしまうと
あとで訂正する必要もないし、最初にある程度厳密に吟味してさえしまえば、それは価値のある点数になる。

だから例えば、今から19年前のゲーム

「ゼルダの伝説 時のオカリナ」が、当時のファミ通レビューで40点満点だったとする。

これは、読み手がどう解釈するかというと、発売日時点では40点満点を与えるにふさわしいゲームだったと解釈すれば、今思うとファミ通のアレ(40点満点)はやりすぎだよな
みたいな、後付議論というものが絶対に生まれない。

こういう決め方をすると、満点のゲームが量産されたり、最近の新作ゲームは、
特に、AAAタイトルは必然的にできが良いので、点数がインフレ化する傾向がある。

が。
それで良いではないだろうか。

別に良いゲームを、あそこがちょっとイマイチだったからな・・・
と、揚げ足を取るように、減点して7点とかするぐらいなら、素直に10点で俺はいいと思う。


それから、最後に、ゲームレビューの書き方について。

これは自分が今、痛感していることだが、
はっきりいって公のゲームレビュアーも含めて、基本的にゲームレビューは褒めたほうが良い。

まず、誰だって、ネガティブ満載の辛口レビューよりも、ポジティブなレビューのほうが賛同が得られやすいし、読んでいて不快な気分にならない。

これは何も、レビュアーが販売促進係に徹しろと言っているわけではない。

重箱の隅をつつくように、揚げ足ばっかり取って、悪いところばかり書いて、クソゲー!!
と書くよりは、

「なぜ、ここはこうなっているのか?」「このゲームはもしかしたらこうしたがったんじゃないか?」

こういう書き方をしたほうが、同じネガティブなレビューでも、断然良い。

決して無理して褒めろとか、都合の悪いところは隠せと言っているわけではない。

そういうのもひっくるめて、一言で言うならば、ゲームレビューは“ほめる”書き方を目指したほうが断然良い。

知り合いのゲームだけど、実はクソゲーだから、そのままクソゲーだと書く?

とんでもない。

ちょっと欠点が目立ってしまっているゲームだけど、こういう部分がこだわっているとか
知り合いが作っているからこそ、わかる苦労とか汲み取れる意図が必ずあるはずだ

そういったところも、しっかり紹介することがよいゲームレビューへの第一歩だと俺は思う。

俺はそれができなかったから、
気づくのにあまりにも遅かったから、プロにはなれなかったんだがな。


体調不良で背中に激痛が走っており、こんなこと書いてられる状態じゃないのだが、
熱く語ってしまった。

終わります。

[ツクール]挫折と言うか躓いている理由について

ツクールで上手くいってないのは、もう飽きたとかつかれたとかではなく、
マップ作りのネタやイベントのネタがあまり思いつかなくなってしまったからだ。

特にマップ作りはこの10ヶ月間ずっとやり続けていた。
それで、その長い間に、どんな構造のマップを作ろうかと考えた時に、なかなかネタが出てこなくなってしまったのだ。
まるで乾いた雑巾を絞り出すように考えている。

だから、少し困ってしまっている。

思えばこの辺は、ツクール3では、50%以上は、予めある一枚絵のマップを組み合わせてマップを作っていた。
(それでも、構造は考えなければならない)

ツクールMV自体のマップタイルも、なんだか使用用途がわかりにくい、使いづらいタイルばかりで、
どうにもやりようがなくなってきてしまっていた。

また、マップやイベントのネタが思いつくようになったら、すぐにでも製作を再開したいと思っているほどだ。

やはり、外部から素材を調達してきたり、タイルセットの購入を勧められているのだが、
それで根本的に問題が解決するかというと、ちょっと今のところは怪しい気はしている。

買って試してから駄目だったというやり方がいいのかもしれないが。

だからツクール4とか5でなんか作ろうかと思ってる。

[ツクール]PC版ツクール、なんか作っててもうまくいかない。思い切ってやめちまうかも

毎日毎日ずっとPC版ツクールを触り続けて、もう10ヶ月たっている。

いつも思うことではあるのだが、うまくいかないときに思い切ってやめようかなと思うことは数知れずあった。

どうも最近、この思考がループしすぎて、もう俺にはゲーム制作なんて無理なんじゃないかって思うようになってきた。

自信をなくしているっていうか。



自分を慰めるつもりで、RPGツクール3の作業用BGMを聴く。

RPGツクール3の時は、うまくいかないとか悩むことは少なかった。

少なくとも
やめちまうかって言うほど、思い詰めたことはなかった。

あまりにもうまくいかないから、やめちまおうかなって考えている。

やっぱりコンシューマのRPGツクールはお遊びだったってことなのかな

これを作った所で、お金になるわけじゃないし、
楽しく作るということだけを求めるなら、PCツクールを挫折することに、何も恥ずかしいことはない。

仮にPCツクールで作りきってプロ気取っても、何が地位と名誉が手に入るわけでもない。

そうはいってもである。
またコンシューマで軽いの作りたいなと言う気持ちはある。

なんか
上手く言えないんだけど、PCツクールは自分とは相性が悪いような感じがする

命令文みたいなコード書きとか、内部仕様をいじったり勉強するのは苦痛じゃないんだけど、
マップ作りになると、途端にきつくなってきて、苦痛になってくる。

マップ作りだけやってるのが原因なのかな

俺もそれが原因なのかとも思うのだが、コード書きならコード書き、
マップならマップ、イベントならイベントって固めてやらないと、クオリティを維持できない気がするのだ。

それでマップだけに集中していた。ただそれだけ。

最後に、愚痴みたいなことになるけど、

やっぱりデフォルト素材だけでやっている現状が駄目なのかね?
思ったような表現力が出ないのに、CSツクールとは違って本格的なのを求められる。

それでデフォルト素材ではできないようなテクニックが求められているって感じなのかね?
素材買ったり、無料の加工したり、そういうことにもそろそろ手を付けていかないといけないってことなんだろうかね

コンシューマツクールの時はここまで苦労しなくても、あれぐらい見栄えするゲームは出来た

はっきりいってPCツクールで誰でも遊べるものを作るより、単純に作るだけなら
それほど苦労しなくても、あの程度のゲームなら作れた。

プロの開発者は、そこがプロクリエイターの苦労がわからないってことで
RPGツクール3程度の開発じゃ、認めないとか言ってるんだけど、やっぱりそういうことなのかね



最近作った最新のマップを幾つか

マップはツクール3では「灼熱地獄」っていう1マップダンジョンをモチーフにリメイクしたもの
チープに見えるかもしれませんが、実機でやるとそうでもないと思う。
他にも何枚かマップあります。これで製作期間4日とかそんなもん
Map086.png Map085.png Map083.png Map081.png Map080.png 

[FF11]今年は5月の無料ログインキャンペーンやらないってよ

15周年記念! すべての冒険者さんにありがとうキャンペーン

無料厨死亡!


毎年恒例になってた無料ログインだけ、キャンペーンから外されてる・・・

ということはもう、無料キャンペーンはやらないってことなのかね?

ただこの、1ヶ月に渡るチートキャンペーンは、金払ってでもやりたくなる魅力はある。

去年11月の無料キャンペーンが、相当復帰者が出たとかで好評だったみたいだから、
それでもう、無料で人を呼び込む方向は今年からは止めたのかね?

でも自分ももう、残っているコンテンツがアドゥリンミッションと細かいバトルコンテンツぐらいで、
あとはレベル上げと装備集めするだけなんだよなあ。

そこが、RPGの面白さの肝ではあるから、課金して十分楽しめるんだろうけど、
やっぱり、一ヶ月がっつり遊んじゃうのを考えると、躊躇しちゃうなあ

なんでやれるときにFF11オフゲ化しておかなかったんだろう
(類似品としてFF12があるけども・・・)

[ツクール]なかなかマップ作りが上達しなくて困っている

題目のとおりだ。

もうPC版のツクールでマップを作りはじめて、10ヶ月以上になる。

ずっと試行錯誤してマップを作り続けてきたのだが、これだけやってもまだ、思った通りのマップが出来ずに悩んでいる。

他の人のツクール画像や動画などを見ると、どうしてデフォルト素材でも、見栄えの良いマップが描けるのだろうと、思い悩んでしまう。

今はダンジョンを作っているが、なかなか思った通りのメリハリがあり起伏に飛んだ面白い構造のダンジョンが作れない。

やはり、設計図的な下書きを書いて、フローチャートを決めてからやったほうがいいのだろうか。

とはいえ、自分がツクールに時間を掛けられるのも限られている
最悪の場合、未完成のものを無理矢理完成品として作り上げることになるだろう。


こうやって、落ち込んだ時は、RPGツクール2の作業用BGMを聴いたりしている。


俺がはじめて、RPGツクールと言うものに触ったのは、
スーパーファミコンのRPGツクール1だ。

980円で安売りされているものを買ったものだ。

そのあと、更に色々なことが出来るRPGツクール2を、4480円出して買う。

この頃は、この程度のコンシューマー版の簡単なツールでもゲームを作り上げることができなかった。

適当にいじり倒して、満足して飽きてしまうのだ。

あれから何十年経って、

気まぐれで始めたRPGツクール3で、
まさか一本のRPGを、出来はどうあれ完成させることが出来たのは、今の俺の大きな励みになっている。

SFCのRPGツクール1はともかく、RPGツクール2は
当時の自分でも、何かしら一本の作品を完成させるところまでやれていれば・・・と思う。


コンシューマー版と比べれば、PC版のツクールは本当にハードルが高く大変だ。

でも、今はこのツールを使いこなさなければいけない時代に入っているのだから、本当に大変だ。

[ツクール]ツクールMVの海外勢が作るプラグインが凄すぎる



最近は、Youtubeでも、海外のツクールMV動画を見て勉強している。

日本のツクールコミュニティと比べると、凄く活気があって盛り上がっているように感じる。
特に1番目と2番目のプラグイン集動画は、ツクールMVでここまでやっているんだ・・・という凄さを感じる。

3番目の動画は残念ながら英語だから意味が中々理解できない所が苦しい
こういう動画をもっと見て、紹介していきたいと思う

[ゲーム]PSVRを買いに行かされた時の話

うちの親父が、PSVRをほしいから買ってきてくれというので、買いに行かされた。

※ 自分用のものを買ったわけではないので注意




朝9:30

某店で抽選販売をおこなうというので30分早く、某店へ向かう。

もう長蛇の列でもできていないかなと思ったが、並んでいるのは5人だった。

たった5人か・・・

俺はがっかりした。

PSVRは品薄だということは風のうわさには聞いていた。
だから、ものすごい争奪戦でも始まるのかと思っていたが、随分と静かだったからだ。

が。
その後、続々と車にいた待機組が外に出てきて、俺の後ろは5分足らずであっという間に長蛇の列になった。
(とはいっても100人超えというほどではなかった、せいぜい50人いるかいないかといった感じ)

また、店内入り口には張り紙がしてあり、入荷数は30台と書いてあった。

なんだ、30台も入ってくるのか、余裕じゃないか

俺はそんなふうに思った。

俺は別にPSVRを欲しくはないのだ。
欲しくはないというと嘘になるが、今は買っていられる家計状況じゃないことがわかっている。

だから、出来れば親父には悪いが、抽選販売は外れてくれたほうが良かった。
なぜなら、外れることで余計な出費をしなくて済むからである。

そして10:00。店の扉が開く。

東京の電気店みたいにメガホンを持って大声で案内なんてされることはなく、静々と行列が店内に向けて動いていく。

俺は7番目だった。

7番の抽選券を渡され、抽選発表が始まるまで、店内をウロウロする。

長いこと出入りしていなかったゲームショップだ。

俺は、金がなくなってきた5年前から、ゲームショップへの出入りを辞めるようにしていた。
そうしないと、欲しいものを買ってしまって無駄遣いをしてしまいかねないからだった。

だから、この空間が凄く居心地が悪かった。

俺は併設してある本のラノベコーナーへ逃げるように走った。

こうすることでゲームへの抑え込んでいた欲求をかろうじて保つことが出来るからだ。

時折、子供が体験ブースで、スプラトゥーンをはしゃぎながらやっている声とゲーム音、モニタが視界に入ってくる

それに欲求を刺激されるが、グッと堪える。

そんなことをやって、脳内格闘を続けていると、レジの方から抽選発表のアナウンスが聞こえてきた。

その声は、店内中に響き渡るマイクを使って行われていた。
耳をふさいでいても聞こえてくるほどの声だ。

そして、1つずつ、ゆっくりと当選番号を発表していく。

俺の番号は、中々呼ばれなかった。

レジ前の様子が気になり、店の奥側にあるラノベコーナーからレジ前へと移動する。
人だかりを避けながら・・・

そこには、番号を呼ばれた人、呼ばれるのを待っている人でごったがえしていた。

番号を呼ばれた人は、嬉しそうにレジへと向かっていく。
その姿を見ると、羨ましく感じた。

だが、俺は外れてほしい側なのだ。

抽選番号は、当選番号から推測するに、大体70番弱まであるようだった。
つまりは、今回抽選販売に参加した人数が70人ほどということになる。

30台に対して70人。
つまり、当選確率はほぼ50%弱ということになる。

これは、欲しい人にとっては決して高い数字ではない
が、外したい俺にとっては、高い数値だった。

端的にいうと、2人に1人という格好だ。

かつて、プレイステーション2、プレイステーション3の60Gを発売日に引き当てた俺にとって、
この倍率は、なんと生ぬるいものだと感じていた。

PS2やPS3は努力だけでは決して手に入らない、これより数十倍の競争率を誇る品物だった。
俺ももう発売日入手は無理だと諦めていたら、どちらも天に運が味方でもしたのか、俺は手に入れることができた。

PS2の時は、当時行きつけのゲームショップの人が頑張って入荷してくれて発売日の朝に電話が来た
(これにはびっくりしたものだった)
PS3の時は、ある電気店の抽選販売に応募したら、なんと俺の番号が当選したのだった。
この時ばかりは、PS2の時みたいな奇跡は無いと思っていただけに本当に驚いた。
家に持って帰るまで手が震えて止まらなかったほどだった。

他のゲーム機も、発売日購入は品薄で大変だが、大抵は努力と対策でどうにかなるようなものばかりだった。

「残り15台です!!」

店内アナウンスが響く。

俺の番号はまだ呼ばれなかった。

俺はホッとしていた。

このまま当たらなければ、お金を使わなくて済む。

あの場で、ハズれろ!ハズれろ!と祈っていたのは、俺ぐらいのものだろう。

俺はレジ前から、再びラノベコーナーへ戻り、最近の流行りをチェックしていた。

「残り5台です!!」

俺の番号はまだ呼ばれない。

このまま終わるだろうと安堵しようとしたその時だった。

「抽選番号7番!7番のかた!」


あっ

当たった

当たってしまった・・・

こうして俺は、親父の使いで、PSVRを泣く泣く買い、親父に渡した。
親父は機嫌よくほっこりしていたが、家計状況を考えると、とんでもなく高い買い物をしたものだと、本当に後悔したのだった。

PSVR面白いかい?
俺は体験できてないけど
(実機を直に見れたぐらいだ)

[ネット]wikipedia張り付くぐらいなら、自分のホームページを持ったほうがいい

かなり前の話になるが。
中学の同級生と飲み会したときの話だ。

「俺wikipediaで、自分の知っていることを書き込んだりしてるんだよね」


と言っている人がいた。

その時は何も言わなかったんだけど、俺は常々こう思っている。

ウィキペディアで、自分の知識を無償提供するぐらいなら、すぐブログでも持ってそこで情報発信した方がいい。

きっと、ウィキペディアに協力してしまうのは、
一からブログを立ち上げると、閲覧数とかが少なく全然見てもらえないし、
継続的にやらないと駄目みたいな印象があるためだろう。

それでも、ウィキペディアに名無しで無奉仕するぐらいなら、ブログで発信したほうが断然良い。

なぜなら、ウィキペディアで自分の知識を書き込んだって、あとから返ってくるものがない。
それに、せっかく丸々1ページ、テンプレやら雛形、段組みを編集したのに、
その功績は、本人のものにはならないのだ。

挙句、違う人に違う解釈で編集され、自分が作ったはずのページが間違っているなどと批判されたりする可能性がある。

こんな割にあわないことをするぐらいなら、ホームページをもって、第一次ソースを提供し続けたほうが断然良い。

そこからウィキペディアに転記してもらうなり、まあ最悪自演でもいいが、そこら辺はモラルと状況の問題だろう(マニアック過ぎて誰も項目追加してくれないなど)

確かに、沢山の人にいきなり見てもらえるのがウィキペディアの強みだ。
さっきは、名無しと書いたが、一応ハンドルネーム付きで編集はできる。
(が、あそこは投稿型レビューサイトやらamazonのレビュー項目などと同様で、署名付きで書き込めると言っても、実質匿名の扱いだ)

だから、俺は一度もウィキペディアに協力したことがない。
昔は、協力しようと思ったことはある。

具体的には、PCエンジン「ネクタリス」の項目がまだなかったので(12年ぐらい前の話だ)
世界観とゲーム概要、ユニットの説明あたりまで段組みして、記述しようと思ったのだが
なんだかそこまでやって急にバカバカしくなって辞めた。

そのやめた理由というのが、これまで語ってきたことになる。

頑張っても、割に合わない

これが理由だ。

まあ、自分も、こういう経緯があって、今ウィキペディアに対する価値観というものが決まっている。

絶対の信頼を置いているわけではなく、読んでみて、自分の記憶のほうが正しかったら、そちらを優先する。

つまり、疑ってかかっているのだ。

普通の人は

「ウィキペディアに書いてあったから、あれは正しい」

こう思うのだろう。

だが自分は、ウィキペディアにはこう書いてあったな

程度の信頼度しか無い

といっても誤解されると困るので書いておくと、“こう書いてあったな”という価値基準は
はっきり言って信頼度は高い方だ。

俺はゲームの項目ばかり見るが、今でこそ間違いはかなり直されているが
10年前なんてのは、ちょっとゲームソフトの発売日や価格を調べてみると、間違いだらけだったのだ

直してやろうとも思ったのだが、俺のやることでもないしってことで放っておいていた。

あそこは、何を書くにもソース、ソース。こればかりだから、今の今まで良く成り立っているなと本当に不思議になってしまう。
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安西爆弾

Author:安西爆弾
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