貧乏人生から何とか卒業したかった…

普通に就職して働いて
そんな当たり前のことがどうして俺は出来なかったんだろうといつも悩む

まあ俺の性格上、それはそれで満足できずに、どうしても雲をつかむような夢を追い求めようとするのだろうが

例えば今みたいに

しかし、社会に敷かれたレールの上を走っていたら、少なくとももっと地に足の着いた
建設的で他人からも理解されるような行動を取っていただろうと思う。

「なぜ新聞販売店をやめたんだ」

俺は今日、行った精神病院の先生に言われた。
なぜって言われても、嫌になって続けられなくなったからやめたとしか言えなかった

というか、10年通ってる、この精神病院の先生にも今の俺は見放されてますからね

金払って診察してもらって、不愉快になって帰ってくるってどういうことだっていつも頭にきてる
母親の方は、去年訳あってこの病院に行ったことがあるのだが、

「あんたはあの病院に合ってない。患者はジジババばかりで、どうみたって不釣り合いだ」
と言われているが、今になって俺はあの病院の先生とそりが合わない事を実感している

10年経っても定職つけなくて、挙句、最近は発達障害とか障害の線を疑いだしてそれのせいにしようとして言い合った(少し前に)
そういうのをみて、あきれ果てたんだろうな
オレはオレで、怠けるとかじゃなくて本気でそういう路線を考えていただけなのだが

最近までその意見に肯定してなかったのは、この病院もそもそも別の病院の先生に紹介してもらって通院し始めたからだ
そう簡単に、合わない合わないで、自分に都合が悪いとなかったコトにして次の病院に行こうとするのはやりたくなかったのだった

まあ10年
色々ありましたよ

あまり言ってこなかったが、接客業のバイトはたくさん受けたが全部全滅した

そんなに落ちるか!?ってぐらい落とされた

イオン
ゲオ
ヤマダ電機(契社)
シネコン(2回)
ホーマック(2回)
スーパーデンコードー

これで、全部。
多分

30前にして、慌てて受けたとかじゃなくて、20から25の間に受けたバイト

何がいけないんだと、何回もため息が出た。

そして俺は、こういう店員のバイトとかは、出来ない人間なんだと若かりし頃痛感したものだった

親からは
「働きたくないもんだから、わざと落ちに行ってる!!」
なんて怒鳴られたもんよ

まあ、肉親だろうが他人からしてみたら、これだけ落ちまくってたらそう取られても仕方ないわなと

一回一回を真剣に受けてこれだから困っている

それで、去年、2013年
色々受けたけどやっぱり全部ダメで。

まあ、アレだね
履歴書送り返してくるときに、折り曲げて小さい封筒に入れて返してくるような会社は、こっちからお断りだね

求職者を何様だとおもってんだと

下に見てんのか貴様は

沢山受けてたらこんな風に見えてくるから。自然に。

書類審査だけで顔も見ないで落とす会社もむかつくけど、履歴書折り曲げないで返してくる定形外郵便で金かけてる会社はちゃんとしてるんだな畜生ってぐらい思うし。

あまりに無礼な会社があっていまだに忘れてません

あれは2013年夏のことだった

会って、履歴書30秒で見てすぐ、さんざん俺のディスりが始まるわけですよ

「ずっと市役所の臨時職員で働いてれば?」

「親父に、家族に迷惑かけて恥ずかしくないのか!!」

30過ぎてからの、
職歴ろくにない人間への風当たりの強さを感じるが、にしてもやり過ぎだろお前

途中でブチ切れて帰ろうと思った
ていうか帰ったほうが良かった
圧迫面接とかそんな芸達者なこと出来るとこじゃない零細企業
俺自身、この会社の中に入ってみて、場違いすぎて失敗したと思ったぐらいだ

人間プライド捨てたら、へなちょこになって何も無くなりますからね

未だにWindowsXP使ってるようなヘボいクソ会社に突っ込まれたくないですねホント

履歴書戻してくるとき、めちゃくちゃ小さい封筒で、無理矢理履歴書折り曲げて突っ込んで送り返してきやがった
あんなに礼儀のない会社は初めてだった…

新卒カードの頃から、俺への風当たりは強かった
こんな、求職者を脅してふるいにかけるような会社ばかりだった

そしたら、俺の中で、

「自分で何かやっていかないとこれは無理だな」

と薄々思い始める

ま、
それが、「ゲームばかりやってるゲス野郎」
とか、今になって馬鹿にされて石投げられてもしょうがないことをやりだしてた

まあでも、何か一つ決めたことを10年やり通したんだから、そこは自己評価すべきだと勝手に思ってる
社会ではなんにも評価されないから、死ぬしか無いなと思っているわけだが

何回、入社試験と、適性試験をやったことか…
もう合同企業説明会で手当たり次第応募したとこまでは、全部覚えてない

最近は、最賃の契約社員の採用面接でも、社長が出てきて、PCテストがあって(IT系なので)
面接の時に、3対1で、

「自己アピールを3分間やってください」

というハードルの高さ

俺はおしゃべりだから、余裕で3分を超えて、海坊主の社長から「もういいよ」と遮られるほど必死にアピールしたが!!

落ちた

2013年冬のことだった…

そして最後
2014年初頭
車屋の洗車係のバイト
さすがにこれは受かるだろうと、丁寧に書類を作って俺は送付した

翌日電話が来て

「いやあ、貴方みたいな素晴らしい人はここには勿体無いです」

とか何とか言われて落とされた

そして、やむなくクロネコヤマトのバイトに行く

どんだけ運命はクロネコヤマトで働かせたがってるんだと

こういうことが積み重なって、俺は、社会の常識につき従うことが嫌になった

ま、その結果が、このザマよ

俺の、この10年の対応が、適切ではなかったことは認めざるをえない
10年もあれば、もっと建設的な行動や対応をとれてたはずだ

だが、俺は数々の挫折を踏み越えて、いきたいとお思わなくなったのだ

ぎゃくに、俺がやりたいと思っていることをとことんやってやりたいと思った

楽してゲームをやって生きていきたいだけ
→ま、そうでしょうね
でも、自分の人生、
たった一度だけの人生、わざわざ社会のルールに嫌々したがって、苦労する路線に入り込むことこそナンセンスだと俺はホンキで思ってる
30過ぎた親父の人生論かって感じだが
普通、好きなことやるために生きるんじゃないの?
俺はゲームばかりやってるとはいったって、そのゲームはほとんど自分で稼いだ金で買ってるし、
欲しい物を買うために、やりたくないバイトだって我慢してやっていた
ちげえよ、生きるために働くんだよってのだってわかってる
そこでつまづいて、どうにもならなくなった時、それが今の俺だ
なんか、そうやって人生を俯瞰的に見た時、やるせない気持ちになっても、仕事があって収入を得てたらそれでいいじゃないのか?
その現状を、流されるまま生きるか、納得がいかないから捨てるて別のことをするか決めるのが人生じゃないのか?

俺はそう思ってる

具体的に努力もしてないで結局何をしたいんだ、ただ遊びたいだけじゃないのか
→確かにブログだけ見たら、俺は(30過ぎてのたまうことじゃないが)ゲーム会社入ってゲーム作りたいのか
その辺の目標が曖昧で、目に見えて目標へ向かって行動してないのはあるでしょうね

はっきりいって、いまの俺の最大のなやまはそこであって。

何度も書き続けてるが、俺は本気で、結果がでなかろうが小説を完成させたいと思ってる
それすらも、うまく事が進まないからグダってて悩んでるわけで
この辺が円滑に進んでたら、はっきり言って俺は悩んでませんね
目的と目標があって、それに日々近づいている実感があれば、それが何よりの喜びになる

会社に雇われるに固執せずに、当面は何かしら活動するための生きるための収入源が欲しいですよ本当に
そういうことも考えなければならないから、はかどらないわけで。

正直もうブログに書くことなんてなくて、でも伝えたことをなんとかひねりだして書いている
だから理解してもらえない、もらいにくい内容になっているだろう

今の俺の抱えてる心の葛藤やどうしたいのかという問題
それをなんとか伝えるために一生懸命書いた

それすらも最近は無駄だと思い始めて、ブログから離れ始めているが

後はもう、最後のたびにでなければならないことだ
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クドカンの新作ドラマごめんね青春がヤバくて面白すぎた

俺が一番凄いなと思っているドラマ脚本家がクドカンこと宮藤官九郎
とはいえ、接点はあまりなく、タイガー&ドラゴンぐらいしかまともに見たことがないのだが。

他にも好きで尊敬している作家はいるが、クドカンの何が凄いって引き出しの多さ

去年NHK朝ドラのあまちゃんが話題になったが、俺は作業所に働きに行ってたし、見ることが出来なかった。

若者向けドラマで成功しつつ、年配の主婦相手にNHK朝ドラも成功させるってのは中々出来ないことだ

どんなに面白いドラマを書ける脚本家がいても、大体得意分野があって、その成功体験から抜けることが出来ない。

クドカンのドラマをまともに見るのは久々なのだが、とにかく情報量の密度の濃さ
たった1シーンの台詞の掛け合い一つとっても、細かいところに誰が気づくんだっていうほどの小ネタを仕込んでくる

ごめんね青春は、最初こそ、登場人物の顔合わせと、世界観の説明で30分以上、何が何やらわからないシーンが延々と続くとんでもない暴挙に出ているが、クライマックスに入ってくると、一気に重く確信に迫る展開に入ってくる。

それでいてシリアスでありながらも、必ず笑いを忘れずにいれてくる。

あまちゃんでも相当すごかったらしいが、とにかくタイガー&ドラゴンとは比べ物にならないぐらい実力が上がっていて、
見てて何度ものめり込んでいった。

俺は普段ゲームゲームばかりの典型的なクズオタクだが、テレビドラマへの感心も非常に強かったりする
最近は自分の好みのドラマがめっきりなくなりみることがなくなったが、このドラマは久々にヒットした

関心したシーンは山ほどあって、それを一つ一ついちいち書けるような分量じゃない。
人によっては、ドラマとして脚本として、わざと王道を外してくる、決まり事を外してくることを平気でやってくるから
そういう伝統を大事にする人には好きになれない作風だと思うが、俺にとっては全然あり。

台詞回しというか単語が、若々しくて、古臭い文化になるつつあるテレビの連続ドラマの枠組みの中では新鮮に映る
LINEやツイッターだのそんな今時のツールが、わざとらしくなく普通に出てきたり
生徒手帳をわざわざiPadのカメラで撮影して見せたり、「普通そんなことするか!?」みたいなことが面白い。

過去の回想シーンだと、ちゃんと昔のケータイが出てきて、着信音とかも単音だったりケータイのロゴがJ-PHONE(ソフトバンクの前身)になってたり、そういうところのこだわりがちゃんとしてていい。

とにかく、凄まじい内容の濃さとテンポの早いドラマで、普段ドラマなんて見ない人(ゲーム、アニメがホームグラウンドの人)に、ぜひともオススメしたいドラマだ。

メタっぽい軽いところも多いのでチャラい雰囲気が強めで、好き嫌いは出ると思うが、間違いなく面白い。

これを踏まえて、今俺が考えてたどうしても完成したい小説、とかそういうことも書きたいが、
今このブログにそれほど力を注ぐ気が失せてきたら今日は適当に乱文を書いて終わる

おれはもうだめだ

どうしてもあらゆることにやる気がでない
俺はもう死ぬしか無い

俺の人生はもう長くない2014 ~終焉~

もう時間もなくなってきたので、一つ一つのエピソードを丁寧に書いている暇もなく、
とりあえず書こうと思っていたエピソードを略式で書いていく。

☆幼少期について
親の影響で物心ついた時からゲームやってた。
けっきょく南極大冒険、ロードファイター、F1レースなど。

愛読書はゲーム雑誌。主だった2誌
ファミマガ(ファミリーコンピュータマガジン)
月刊PCエンジン
ほか多数

小さい時からゲーム漬けだったというわけではない。
親父がいる時間、平日夜、日曜などはゲームが出来ない。
小遣いをもらえなかったし、自分が欲しいゲーム、ものを買ってもらったことも殆ど無い。

その反動で、ゲーム雑誌を読みなくって、ゲームやった気分になったりしてた。
小学生の頃から大手ゲームメーカーとその特徴を答えれたし、雑誌に取り上げられるような開発者は覚えた。

ただ、子供の時は、ゲームよりも外で遊ぶほうが好きだった。
家にゲームあっても、自由に遊べないから人の家に行くことが多く、ゲーム:外遊びが半々ぐらい

☆俺の親父について
そもそも俺がろくでもない人間だし、自分の親だからあまり悪くいいたくはないのだが、なるべく事実に沿った話にする。

現在の俺の立場から見ても、うちの親父は、精神的に子供すぎると思う。

自分に甘くて他人に厳しい。

典型的な家弁慶で、外と家では別人格
外)気が小さく、物静か。猫かぶり。
家)外での態度が嘘のように本性を発揮。怒号や怒鳴り声が飛ぶ。横暴。自分のわがままを何が何でも通そうとする。

自分が楽しければ家族であっても他はどうでもよく、やらなければいけないこともほぼほとんどを人任せにしていた。
趣味は絵描き→ゲーム→PC→DVD鑑賞

その異常性を示す出来事を明かす。

小学4年生とかそれぐらいの頃、親父にPCエンジンのアダルトゲームを買いに行かされた。
(ハッカーインターナショナルのボディコンクエスト2とか完全な18禁ゲーム。昔は色々ゆるかったから子供でも売ってもらえた)
自分で買うのが恥ずかしいからと、まだ分別の付かない年齢の子供を使って、買いに行かせる(実話)

親父には兄弟が2人いるが、兄弟でさえも、絡みにくいからと異常なほど避けられている。

こういう父親と過ごしてきて、俺の場合。
何考えてるかわからないのと、家だとヤクザのような威圧感のある雰囲気のため、言いたいことも言えない萎縮した状態で過ごしていた。
親父の物言いに何か口答えすれば、物凄い勢いで怒号が帰ってくるため、次第に何も言えなくなる。

今も昔も居心地が悪かった。
だから仕事とか、なんとかして家を離れたいと思っていた。
地元の身の丈にあった会社に入るみたいな地に足についた考えを持てず、大都市志向になっていたのはそのため。

こういう性格だから、仕事も嫌々やっていたというか、基本的には働きたくなかったのだろうと思う。
幸い表沙汰になることはなかったが、そのストレスを家で爆発させていたのだと思う。

俺が新聞販売店に就職した頃、親父は物凄く「仕事を辞めたがっていた」。
辞めて、隠居して、俺の収入で食っていきたいようなことをすごくいっていたようだった。
俺の本心は、そうさせてやりたいという気持ちと、死んでも親孝行なんてしてやりたくないという気持ちが半々だった。

こう思うに至ったのは、なんだかんだ言って総合的に魅力があり頼りがいのある父親であればよかったが、そうではなかったからだ。
外での猫をかぶった親父の姿が、あまりに、情けなすぎた。
俺には良い年してゲームやめろとか聞き飽きるぐらい説教するが、自分は高性能PC買ってそれでゲームやっている(それもトゥームレイダーとかいまどきのやつ。しかも余裕で60フレーム動作するようなPCでやってる)。

そういう理不尽からさっさと逃れたかった。
これは、親父だけでなく俺の母親の方も言い続けている。

この年齢にもなって、父親の、それも悪いところばかり書き上げるというのも、気が進まないというか、やりたくなかったことなのだが、
良い部分というのを、いくら考えても、出てこなかった。

☆その他仕事の問題などについて
動けなくなってきた理由の一つとして、職を転々とするのが辛くなってきた
諦めて開き直ったとはいえ、求人情報を見るぐらいのことはやったりする
非正規の仕事、もう若いころほどアグレッシブに動けなくなってきた
これ終わったら、また次を探さないとならない、新しい仕事の度に、単調さ業だろうが仕事をその都度覚えなければならない
これの繰り返し。疲れた。給料も安い。出口が見えないことを繰り返して何になるのか

俺の住んでるところを公開しても、あまりメリットはないのだろうが、北の地の都会でもない田舎でもない町
移住は間違ってもオススメしない。俺だけじゃない、周りも職付くために過酷に苦しんでる。
コネで入ったとか、ほんとうに多い。俺はそのコネすらもない。

そんな所
(さらっと書いたので、加筆修正する可能性あり)

俺の人生はもう長くない2014 ~永遠~

9月が終わろうとしている。

勝手に寿命を引き伸ばして生きてきたが、一応9月末をタイムリミットと設定していた
いつまでもこの状態で生き続けることは出来ないので。

やっぱこんな短時間で、都合よく何かが起こったり人生を動かせるキッカケが見つかるわけもなく、
ただ平常運転で過ぎ去ろうとしている。

何者にも束縛されない自由な時間がたっぷりあるとはいえ、2ヶ月程度じゃ思っていたほどのことはやれなかったというのが正直な感想だ。

☆遅れてきた反抗期について
一つの原因としては、この期に及んでまだ親や周りに気を遣っている部分があったこと
夕方になったら親父が帰ってきて、俺がゲームとか何かで遊んでいるのを見たら腹が立つだろうから、遊ばないようにしよう
夜は親父がネットを専有するからネットをやらないようにしよう
その他にも細かい所で、変に世間体を気にして気を遣って自由に時間を使えなかったように思う。

これは大きな反省点だ

というより、子供の頃から恐怖に支配されて生きてきたから、自分の意志を貫けないんだろうきっと。
学校ではいじめられてたし、家ではゲームの思い出では楽しそうなことばかり書いてるが
その裏では、やんちゃ坊主をしつけるために、怒鳴られたりぶん殴られたりしょっちゅうあったから、どうしてもそういう親に逆らえない自分がいるのだろう

☆遊ぶだけじゃなくいろいろ考えた
生きていればさえいいことがあるなんて散々言われた。
自殺を考えている人へ系の読み物とかもたくさん読んだ。

しかしそれでも、状況的にもう命を捨てざるを得ない結論にどうしても達していく。

外に出て身体を動かせば、気が晴れていくとか思ってた時期もあった
実践してた時期もあった。でも何も変わらない
それだけでは物事は前には動かない。


自分は高3の頃から、こういう将来を予見していた。
当然ながら、望んでその将来を選んだわけじゃない。
しかし、残酷な現実は、そのとおりになってしまった。

☆人生のターニングポイントについて
やはり高校卒業後の進路を誤ってからだと思っている
大学の進路選択を間違えた。家庭の事情で行きたい学部とぜんぜん違うところを選んだ。
大学に行くこと自体が贅沢だから、これを誰かのせいにする意図で発言するわけではないのだが。

本当に興味が有るのなら、自分でPCいじってプログラム勉強する

それはもう本当に筋の通った言葉なのだが。
当時自分の環境は、2000年も過ぎた頃にまだNECのMS-DOSのPCを使っていた。
PCはまだ高価な代物で、貧乏大学生がおいそれといいのを買える環境ではなかった。
この辺は、説明するのも面倒くさいから話のわかる人だけわかってくれってことで軽く終わる
2003年(大学3年)の春ぐらいに、やっとAT互換機が親のお下がりで手に入って、
それでも2000年製だから、2003年の段階では相当な型落ちデスクトップPCである。

簡単にここまでの長文をまとめると、独学で勉強するのは容易な環境ではなかったということ。
この話を言い訳にしたくないので申し開きをするが、
その気になればバイトで金をためて最新PCを買う、参考書見ながらとかいくらでもやりようはある。
しかしそれはやらなかった。これは俺の落ち度である。

むしろこの頃になると、専門的な知識を独学で勉強するよりも、
文系の大学、経済学部で、一応勉強だけはまじめにやっていたのだから、
俺の発想としては、こうだった。

ゲームの面白さについて真剣に勉強する分析する
売れた売れないではなく、ゲームのメカニズムを考える


この方向では、自分はやれるという根拠の無い(今思うと猛烈に恥ずかしい)馬鹿な自信を持っていた。

でも、こういうのはあとづけの理由で、基本的には関係ないのかもね

自分が本当に興味のあることって
他人に何を言われようが辞めることが出来ない


勝手にやってしまう。
辞めざるをえない状態になってもなお、やめられないという強烈なジレンマ。

ゲームなんて、普通おとなになったら飽きていくだろ?
まあ暇つぶし程度にやったりはするだろうけど。
俺は浴びるように馬鹿みたいにゲームばかりやりまくっても、未だに飽きることがなくやり続けようとする


俺自身も、距離をおいたりして辞めるように仕向けたりしても、根っこを断ち切らないと根本的に効果が無い。

さすがに、我を忘れてまでゲームに没頭するということは年齢のせいもありなくなった

☆なぜゲーム?なぜ飽きない?
瞬間瞬間で、プレイヤーに判断を求められる。
こういうシチュエーションの時、どう動くか?それを考えるのが楽しい


もはや俺ぐらいまでにゲームをやりまくると、好きなジャンルとかそんなのはなくなっていく

好みのジャンルとかあるのは、慣れとかセオリーを知っているからやりやすくてそれを選んでいるところがある。

俺ぐらいになると、攻略法とかやり方やセオリーの判断を自分で試行錯誤して発見していくことに喜びを見出すから、攻略本とかそういうの絶対見るのが嫌で、自力で色々試したくなる

それ自体が楽しいから。

映画やドラマを見ているのも楽しいけどね。でもゲームは、基本的にもっと楽しい。

☆死ぬまでにやっておきたいゲームについて
2ヶ月ぽっちじゃあ全く進展することはなかった
家にあるゲームだけでも、候補を全部やりきろうとしたら多分最低1年は必要。

新桃はどうしてももう一回やっておきたかったし、ミラークルム、ロマサガ2、天地創造、デュアルオーブ2、グラディウスV、シャイニング・フォース、市シャイニング・ザ・ホーリィアーク
挙げていったらきりがない

それに最近フリーゲームまで手を付け始めたものだから、こっちでも気になってるやつをやりたいと思ったら圧倒的に時間が足りない

ゲームだけやってるわけにもいかないから、時間を決めてシャットアウトする。

そういえば俺って、ゲームセンターCXが始まった頃の有野課長の年齢
いくつだかしらないが、ほぼ同い年に近い状態になっているのかもしれない


☆DQXもやった
すぐこの前にやろうとしても身体が拒否するとか言ってたのにね
このへんでまた、俺怒られたり突っ込まれたりするのかね
それが嫌なら、伏せておけばいいことなんだけど、ここは俺のブログだからね

終わりが近づいてきた時、
そして、やることないとき、「これが最後の機会か」と思った。それだけだ


常にログアウト+キッズタイムインという最強構成で。

やはり月たった1000円といっても、今の状態で課金する訳にはいかないと思った。
金の問題ではなく、けじめの問題である。
それに、基本的には、人間関係のトラブルがあったことで、もう戻りたくはないのだ。
だからログアウト表示で、サポート借りるときもフレンドや知り合いからは借りないようにした


ストーリー結構長い上に、未だに未完結だったことに驚いた
キッズタイムの2時間じゃ、中々進めなくて何日がかりという有様であった。

1人だけでシナリオ進めるってやったことがなく(かならずフレンドとかとやっていた)、
ボス戦が結構きつくて、いくつかのところで断念しそうになった。

特に2.0以降のボスが異様に強くて、これ1人では進めないだろと思っていたところを、俺は1人で進めた。
「王家の迷宮」とかなぜか時間制限があって、中入っても何するかわかんなくて1回入ってやめた(時間がなかったというのもある)

ラスト付近のボスがやたらと強くて、本当に諦めようと思った。
振り直しの宝珠を使って、ハンマースキル上げて、キャンセルショットしまくったらなんとか行けた(もっといいやり方があるんだろうが、ジョブレベルが全部上がってないし、俺の状態ではそれぐらいしかやり方がなかった)

まだラストまで実装されていないことが唯一の誤算だった(後時間の関係上サブクエストも無視状態)

☆ゲーム以外にやりたいことについて
30過ぎたおじさんが、未経験でゲーム会社入って作り手に回るとか
そんなおっぱっぴーな頭を俺は持ってない。

これまで生きてきて、俺の半生を振り返って、嗜好性とかそういうのをなるべく客観的に書き記していただけだ(実は思っている以上にこれだけの文章でも2時間3時間と時間がかかっている)

そこで俺は今から4年前に小説を書きたいと思い始め、今、どうしても完成させたい企画が2本ある

一本はこの前からブログに公開している「俺の人生はもう長くない」
つい最近まで書きたいテーマは決まっていたのだが、核となる設定がどうしても決まらず、話が進まなかった。

そしてもう一本が、前から書いているネトゲーの話
実は、「俺の人生はもう長くない」の設定が出来上がったことで、そっちを先に書き進められるようになったが、どうしてもネトゲーの話を優先的に完成させたいと思っている。

なぜなら、察しのいい人なら気づかれるかもしれないが、俺の実体験をベースとしているところがあるからだ
ドリキャスのPSOをはじめ、FF11、DQXまでのネットゲームの人間関係の出来事
色々面白い体験をしてきた

しかしそのまんま書き写しただけだと、フィクヨンとしてどうしても面白くならない
設定に難航しているが、日々解決してたりする。どーしても無茶なヒロインの設定に頭を悩ませているが。

叩かれることを意識した上で書かせてもらうが
DQXでは本当に楽しい思いをさせてもらった。
時期的にも、俺がああいうタイプのネットゲームにハマれた最後のタイミングだと思う
1年後のFF14が、またそうなる可能性を秘めたゲームだったが、人間関係の希薄なゲームで、ハマることはなかった


アマチュア作家の人とか、どうしてあんなハイペースで書けるのか本当に羨ましくなってくる

まあ先天的な才能というか、田中康夫みたいに「なんとなく」クリスタルを書くだけで賞をとったりとか
羨ましい限りだ

俺も小説を書くことに手応えや書き進めている達成感と実感があれば、こんなくだらないことをグダッダリしてない。

ゲーム以外にやりたいことと言ったら、

思えば俺は口を開けばゲームゲームと
このエントリでもそんな話ばっかりだが人並みの欲求は持っている


金と仕事の問題が解決したら

焼き肉食いに行きたいなー 食べ放題の
寿司も食いたい ビールも飲みたい
うだつのあがらない人生を歩んでる時こそ飲みたいものだが、我慢している
(一度ノンアルコールのビールもらって飲んだが、むなしいだけだった)

☆まとめ
ニート無職の問題は色んな所で語られているけど、一番しっくりくる議論をしている動画を随分前に見たので、提示する



ニート議論というのは、

「働かないのは甘え」
「働きたいけど採用されない」


という、どちらかの言い分がぶつかり合うか、どっちかに都合の良い論調で語られるものばかりだ。

この動画では、ニート側である俺の言いたいことを代弁してくれているし、
一方で、決してニート側の肩を持つような言い方ではない

終わり際に光浦靖子が言う

「人間には労働欲というのがあって、働かないというのはつらいことなんだ」

なんだかんだいって、無職やニートに落ちぶれる側の人間が少ない日本では理解してもらいにくいことなのだろうが。。
仕事が無いという状況はとてもつらいことだ。
30過ぎて碌な経歴のない俺はその事実を認めて、もう一端諦めた。

誰がこんな人間を取る会社があるんだよと

30過ぎる前からも、色々な会社を受けに行って落とされてを繰り返して、それでも気楽な20代は、そこまで深刻にならなかった。
ダメなら別の道をいこう

しかし30も過ぎると、色々考えるようになる
色々やってきて、動けなくなった。

思えば大学卒業した10年前の時から、就職浪人して昼間暇になって
労働欲を埋めるために始めたのがゲームレビューのホームページだったのかもしれない


あの時、今となっては無用の長物であるhtmlを必死に勉強して、あのホームページを作った。

「生産活動や消費行動が停滞するというのはどうなんだ?」

俺の場合は、ゲームという非常にリーズナブルな趣味だというのに、それさえも我慢せざるを得なくなった。

ゲームやる気力がないとき、やるべき場合じゃない時、俺はいつも「超絶・大技林・秋版'97」を見てやった気になってた。

あまりに見まくって、表紙のところが擦り切れてボロボロになっている。

「いつかこのゲーム買うぞ!!」

とか心のなかで叫んでいた。

'97年秋ごろまでのゲームがほぼ頭のなかに入っていて詳しいのは、大技林を見まくっていたからだ。
逆に'98年以降のゲームになると極端に記憶力が落ちる。

俺は一連の話を書いて、決して社会のせいにするつもりはない
ここ最近は、完全に自分が悪いと思っている
だからこそ、動けなくなったし、動くためのキッカケさえ見つかれば動くのだ
選り好みしなければ仕事はあるだろう、景気がいいかは別として求人がそこら中に増えてる
だがそれに採用されるかどうかは別問題で、俺は色んな所を落とされた
そして、疲れた、動けなくなった
やりたい仕事しかやらないとか、そういう次元の話ではないのだ


数年前からうすうすとは感じていた。
もう俺は、普通に就活して社会復帰コースは無理だと。
だからもうフリーで食ってくしか無いと
茨の道に入っていくしか生き残る道はないと感じていた
しかし人間関係を構築することが出来ないからそれも難しい

俺の人生オールorナッシング!!!!

ブログを4年間運用してきて

気がつけばこのブログも、開設して丸4年が経とうとしている。

ブログ自体は、何度もこのFC2で始めたことはあったが、いずれも長続きしなかった。
この「俺の人生はもう長くない」というブログも、適当な気持ちで始めただけで、自分でもこんなに長く続くとは思っていなかった。
「俺の人生はもう長くない」という題名と「安西爆弾」というペンネームも、その時のノリでいい加減に決めただけで、深い意味は何もない。

2010年8月で動画配信を辞めて、暇になったというかもの寂しくなっていたのだと思う
2ヶ月後、発作的にブログを登録している自分がいた。

しかしそんなブログも、開設しただけで4ヶ月間、完全放置される。
非正規雇用といっても働いていた。ブログに書くことなんて何もなかった。
これが理由である。

仕事がなくなって暇になった時、新聞販売店のことを書こうとしたのが最初期で、
それからは、将来への不安と人生の愚痴が延々と書き込まれるようになる。

☆最盛期は2012年だった
とはいっても、ブログに投稿する文章というのは、まるで力が入ってなくて、平気で嘘が入ってたり、酔っぱらいが書きなぐったようなノリで書いていたので、俺にとってはどうでもいい存在だった。

今更ブログ始めたって一般人のとこに見に来る奴なんかいないし、面白がる奴だっていない

はなっから穿った見方で俺はこのブログをやっていた。

そして2012年
このブログ的には色んな事があった。

唯一の相互リンクが出来たのもこの年の春だった。
今ではすっかり社会復帰してスマホでロードラおじさんになってしまった“しきいし”さんも
この時は、出口の見えない人生を歩んでいた。

ある有名人とコメントで絡んだりもあった。
今なら、twitterで、一般人にも返信してくれる人と相互フォローして話しかければ対話はできるので、
別に凄いことでもなんでもないのだろうが、俺の人生の中では大きな出来事の一つであった。

DQ10のことをブログに書いたりしたことが原因で、ブログが荒れだしたこともあった。
この頃はまだ、煽られても煽り返したり、文章に良くも悪くも妙な勢いみたいなものがあったが、今の俺にはもう出来ないノリである。

☆迷走を始める2013年
2013年は、ブログ的には衰退期というか、これといった出来事はない。

9月にグノシーで「3年続けた動画配信に意味があったのか」という記事が何故か取り上げられ、瞬間的に注目されてアレコレ言われたのだが、こういうのはもう疲れた。
疲れたというか、なぜあの記事が取り上げられたのかが未だにわからない。
嬉しくないとかいうと注目されたい人から怒られるのだろうが、こういうのは事前に許可というか、なんか一声あってからやるものじゃねえのかなと俺は思った。

9月はちょうど、障害者の作業所でフルタイムで働いてたし、ブログではタブーにしてたから一切触れてないがFF14で必死にログインオンラインしてたので、ブログからは離れていた。

twitchを使って動画配信とかもしたが、まあびっくりするほど誰も来ない。来ないし俺もそんなことしてられる元気がなくなったからやめた。

これまで一切、ブログでは書かなかったが、もう一つ、大きな出来事があった。
というか書くことが出来なかった話。

2013年に入り、俺に対する暴言攻撃がひどくなったために、この年の6月、俺は本当に警察に相談に行った。
電話とかじゃなく、直接最寄りの警察署へ行った。アポ無しで。

狭い取調室に入って、担当の人と、2時間ぐらい話して調書を取られた。
その時に担当の人が

「俺がプライベートでそのブログを見るから教えて」

と言われて、当然俺はブログのことを話した。

しかし、らき☆すたの柊かがみが大好き!とか言う見られたくない記事が大量にあるため、
取り調べが終わってすぐに俺はブログを約一ヶ月間閉鎖した。
(それと当時閉鎖理由にも書いてたけど、ブログで時間を無駄に使わず、そのぶん仕事探しに向けるという意図もあった)

この話を聞いて、周りの人や警察の人は馬鹿馬鹿しいと思われるのだろうが、
当事者の俺からしたら、色々価値観の変わる実のある話だったので、悪くない経験だったと思う。

☆ブログ始めて4年間結局何も変わってない
色々やってきたが、俺につきまとう本質的な問題は何一つ解決していない。

その間、年上とはいえ“しきいし”さんは、いつの間にか社会復帰して元気に過ごしてた。
色んな機関に人生相談をして、2013年8月から、障害者の作業所を紹介され3ヶ月無意味な労働をしていた間、
リアルの知り合いに高校中退の中卒がいて、ほとんど働かずもう言葉通りのニートだったやつが、職を見つけて働き出してたりして俺は壮絶だった。

2013年10月末で障害者の作業所をやめた俺は11月になって、その事実を知る。
直接会って色々話を聞いた時のことだった。
時間は夜。気づけば暗くなるのも早く、外は寒く雪もちらほら見え、いつの間にか秋も過ぎようとしていた。

俺が障害者の作業所に行きだした時はまだ、夏真っ盛りでお盆も来ていなかった。
お盆は仕事が忙しくて、お墓参りなんていけなかった。

まるで俺は刑務所から出所したような気分だった。
ひたすら労働に従事して、気がつけばたった3ヶ月とはいえ、時間が過ぎ去っていた。

この後も、俺はなんとかしようと必死にあがいたのだが、どうにも出来ず、今年の夏、
俺は諦めた。

力を抜いた。

なぜ俺は人生を前に進めることが出来ないのだろうと本気で悩んだ。

相談機関からはまた、別の作業所を紹介されてたり、そういう話はある。
他にも閲覧者や赤の他人からの

「バイトぐらいすれば?」

という沈黙の声もわかっているが、結局問題の本質がそれでは解決しないから身体が動かなくなった。
これは、いいわけである。

この、やるせない気持ちをわかってくれと言うつもりは一片もない。
ただ、俺は疲れたのだ。色んな事に。

俺の生き方が悪いというのも否定出来ないところだ。
だが不思議なことにあまり後悔したことはない。

2004年から俺はゲームレビューのホームページを始めた。
実はこれをやる前に、Web上で、非常に感銘を受けたゲームレビューを見て、
俺はその人の影響を多大に受けた。
プロ・アマ問わず、未だにその人のゲームレビューが一番面白いと思っている。
こんなに具体的にゲームの中身を冷静に分析してるレビューが他にあるか!?っていうぐらい感動したものだった。

俺はその人を理想として、これまで頑張ってきたといっても過言ではない。

ゲームレビューやっていずれは作り手にみたいな漠然とした考えだったと思う。

そのやり方や道が間違っているっていうのは、その時その時ではわからない。
もう、夢中になって何かをやっている時に、自分のことを客観的に見れないためだ。

とにかくいま、俺はこれをやりたいという一心不乱な状態で、その事自体に疑問を持つなんてことはない
俺の20代なんてそんなものだった。

普通に就活してもうまくいかねえし、じゃあフリーターしながらやりたいこと頑張るかって感じだった。

そういうことに間違っていたんじゃないかとか考えだすのは20代が終わった頃からだった。少なくとも俺は。
このブログではちょうど2年目。2012年の頃だ。

ブログでも発狂し始めていたのは、俺の生き方や考え方がこのままではマズイダメだと考えだしたからだろう。

この生き方を今更他人から間違ってるとか馬鹿みたいとか言われても、それを今言われてもなあという感じだ。
とにかく俺は、そんな頑張り方をしていた。
少なくともすぐそれを本業にしようという考えではなく、他で仕事を探していたのだから、そこまで大きな間違いではないと思ってる。

しかしそんな情熱を傾けたゲームも、今はちょうど曲がり角に来ている。
基本無料ゲームが主流になって、ゲームの定義が変わってしまった。
俺はそれに悲観的になったり否定的になるのではなく、ただただ戸惑うだけだった。

貧乏でスマホは持てないので、ブラウザーゲーとか、基本無料のゲームをダウンロードしてやってみるが、
1000本以上ゲームをやっておきながら「どう楽しんだらいいのか」がわからず困惑するのだ
正確には「きちんとした楽しみ方」がわからないのだ。
俺は昔気質のパッケージ売りのゲームなら面白さの尺度を見ることが出来たが、今主流のゲームのことがわからない。

世代が変わるのを感じた。

俺の中で、燃えていたものが消失していくのを感じた。

今の世の中には、ついていけない。

ブログをやっているが、俺の欲求はただ有名になりたいとはちょっと違う。
俺の中にふつふつとしたエネルギーが煮えたぎるのを自分で感じていた。
気持ち悪い考えだが、ただそれをパソコンのキーボードに向かってその気持ちをぶつけているだけだった。
別にゲームとか何かに限定せず、この情熱を形にしたい
これが俺の最終的な欲求だった
力量不足だろうが、やり方が間違っていようが、教えてくれる人がいなかったから、思ったところに突進していくしかなかった。

これが俺の人生である。

これから先、このブログと俺がどうなるのかわからない
色々言いたいこともあるだろうが、こういうことは身近の親しい人であっても、普通明かさないものだから。
ケチを付けられるのを承知で、必死にひねり出して書いた(後半部)。

寝る前に萎える戯言

これまで俺は、欲しいゲームは発売日に絶対に買うとか、2004年に大学卒業と同時に始めたゲームレビューを続けるため
活動資金を、何が何でもバイトでもなんでも働いて金を稼ぐと決めて生きてきた。

しかし最近、俺はこの信念、生きがいを捨てた

自分がほんとうにやりたいと思ったことは、周りがどうこう言おうが、そういうもん一切見えなくなる

ネットじゃ愚痴ってばかりで信じられないだろうが、最近までまっとうに生きようと本気で思ってた

だけど、やる気が無くなって諦めた

この決断を幼いとか、他人に何言われようが、俺の気持ちは変えられない

こうやってブログやったりネット見たり、新聞見たり、テレビ見たり色々やってみて命捨てる前にやりたいことやったりして
それでまた、人生を動かせるキッカケが見つかればそれでいいと思ってる

見つからなかったら、俺は命を捨てるしか無いので、放浪の旅に出なければならない

2014年今年初め

俺は仕事が、
バイトすら決まらず、しぶしぶクロネコヤマトの求人に応募して短期バイトしに行った

2ヶ月働いて更新時期が来て、1ヶ月猶予があったが更新する気が起きなかった

この甘ったれた決断をするに至った俺の経緯を理解しろなんて言わないが、
仕事の予定を入れないのは悪いことだ
働いてればそれでいい
この価値観にヒビが入った瞬間だった

動けなくなった理由

どうやっても動けなくなったから俺はプライドを捨てた
つぎ捨てられるものは命しか俺にはない


☆そうやって俺は戻ってきた
プライドを捨てた時、命を捨てる覚悟も決まってきた。
一度大事なものを捨てることができたらストッパーが外れることがわかった

動けなくなったから動くのをやめた
だけどこんなことをずっと続けてられないから、終わる準備をしなければならない


どうせ終わるならギリギリまで好きなことやって
やりたいようにやって終わるか


☆死ぬ気でやればなんとかなるだろう!!
そんな声が聞こえてくる。
残念ながら現実社会はそんなに都合よくできていないのである
都合良く出来ていたら、俺はとっくになんとかなってる。

というか今の俺は死ぬ気で生きているのだ

基本的に!!

多分このブログを書き始めた頃から、俺はシグルイになっていったのだと思う。

☆シグルイ
漫画である
俺は漫画に疎いから、どういう漫画なのか知らなかったし知る気もなかった。

少なくとも俺には縁遠そうな渋い時代劇みたいな漫画なんだろう

ぐらいにしか思っていなかった。

目の前のことに手一杯で、余裕がなかったのだ
いちいち、身の回りのことを一つ一つ興味深く追っていくほど、俺は寛容ではなかった。

数年前から流行りだした、良くある漫画の4文字タイトル程度にしか思っていなかった

らき☆すたとかいぬかみっ!とかぱにぽにとか、そんなノリ。
いちいち無理矢理4文字にした題名に、意味を考えていたら、それだけで頭の毛が薄くなっていくから考えなことにしていた。
何を思ってぱにぽにというタイトルになっているのかヒントも無しに考えたってわかるわけがない。

逆に最近のやたら長いタイトルが付けられたアニメだって4文字に略される時代だし

がこんなに可愛いわけがない=おれいも
ご注文はうさぎですか?=ごちうさ

しかし俺は、シグルイの意味を知った時、久しぶりに感銘を受けたのだった……

シグルイとは死に物狂いの略である

俺が死狂い(シグルイ)かどうかは、それだけ必死かどうかは本人からすればいささか疑問を抱かざるをえないが
俺からすればやってもやっても結果のでない一人相撲のような人生をずっと歩んできた


だから知らず知らずに死狂いになっていったのかもしれない!?
自己評価では、きつく締められた瓶の蓋を開けようと必死になっている程度の軽いノリが適切だと思っているが。

☆不採用通知の山に心が折れた
この間、俺は自分が落ちた会社をメモ帳に書き出してみた。

こんなに普通落ちるか!?っていうぐらい落ちていた

そりゃあ履歴書を書くことに飽きるわけだとさえ思った。
もうあの空欄に自分の経歴を書いていく作業に、ほとほと飽きていた。

新卒の時は我が社に不的確、それ以降は経験不足

という理由で落とされることが多かった。

正社員だけじゃねえ
バイトですら『こんなに落ちるか?!』というぐらい落とされていた


どんだけ【社会不適合者】なんだよ俺っていう人間はよ……

なんとか日本社会に溶けこむよう戦ってきたが、負け続けて、やる気が完全に切れた。

こうなったら自分で生きる道を切り開かねばならない

『道』というものは自分で切り拓くものだッ!!(`・ω・´)ゞ

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…・…………

ドドドドドドドドドドドドドド…・…………

パアアアアアアアーーーーーーーン!!!!!
(俺の心と体が砕かれた瞬間のオト)

☆そこで俺は一度諦めて開き直ることにした
以前の俺
→仕事と金のことを四六時中気にして、オドオドして暮らす毎日
気持ちが萎縮して自信のない挙動。不安でそれを回りにまき散らしている公害ですらあった

みんな成人したら、生計を立てるために一生涯同じ会社で働いて、尽くしていく

それが出来ない

じゃあいっかい、その選択肢からカーソルを外そう

生計を立てるとかそういう小難しいことは考えるのをやめよう

いま自分のやっておきたいことはなんだ?
ソッチから先にやるか。どうせ正攻法の路線では前へ進まないんだし


この考え方が褒められたことではないのはわかっている

前に進まないことをいつまでも繰り返していたって、意味が無い。
諦めずにバットを振り続けていればいつかはヒットエンドランになるんだろう
空振りばかりの俺にはバットを振り続けるのは無理だった。手に血豆ができて痛くなるしな

とにかく人生を動かしたい!!

前に進みたいが、
右でも左でもいい、後ろに下がってもいい
あまりにフラフラしすぎて方角がわからなくなってどっち向かってるかわかんなくなってもいいから動かしたい


☆俺が落ちこぼれた人間になった仮説を立てる

唐突だが、俺には『反抗期』がなかった……
一番贅沢言いたい時期である中高生の頃、一番自分を抑えて生きていた


中学生に上がってすぐに、俺はある人物から陰湿な嫌がらせを半年以上に渡って受け続けた。
最後には登校拒否せざるを得ないほど、追い詰められていた……

しかし、人間は簡単にダークサイドに落ちることはない。これ以外にも実は原因があったのだ。

俺が完全に、心を閉ざした原因が他にもあったのだ。

それは中学2年に上がって程なくあった『学力テスト』の時であった。

遊ぶことばかり考えていて勉強をしなかった俺は数学で8点を取ってしまったのだ。

テスト結果が悪くて親に怒られることは日常茶飯事だったが、この時はへこまされるぐらい怒られた。
(親はそこまで影響をうけるほど怒ったつもりはなかったのだろうと思う)

学校で人と関わることをやめて一人の世界に入るようになっていた俺は、家でもこのようなことがあり、たいへん萎縮してしまった。
中1の頃、学校に居場所がなかったが家では安心できた。
しかし、このことがあってから、『怒られないために良い子を演じなければならない』と強く感じ、俺はひたすら勉強した。
授業も真剣に聞くようになった。
1年生の時の担任がびっくりするぐらい成績が上がり、落ち着いた生徒になった。

その代わり、俺は周りに自分の意見を言えなくなり、人見知りはより一層激しく、人に甘えることができなくなった。

そして、小遣いが1円ももらえず欲しい物をねだることも出来なかった当時の俺は、中2の9月から新聞配達を始めるのだった。

俺は中学生の時、自分の部屋もなかった。
当時暮らしてた家も狭かった。だから家に帰っても常に親の目が気になる。
高2になって引っ越すまで、自分の部屋が手に入ることはなかった。

だから大学進学の時も、自分の意見を強く言うことが出来なかった。
就職は考えられなかった。
だって、中2の時から放課後働いていて、卒業してもまた働くの?しかも一日中?って感じだったから。


若いころやんちゃだった人間は、おとなになってからしっかりした人間になる
昔よく言われていた一般論だ。
あくまでも“昔”であることを付け加えておく。

同じような境遇のやつでも立派に成長しているやつもいる

そういいたいのだろう?俺にはわかる。

中学生の時、俺に嫌がらせしてきた奴も、家庭環境が良くなかったけど、今は立派に独立して暮らしている。

だけどここで重要なのは、まわりがこうだ!ではなく、俺の人生の歩みの現状である。

俺が今こんなふうになっている。
そして自分の人生を振り返った時、こうじゃないか?という仮説である。

思い当たる節はここしかなかった
この『遅れてやってきた反抗期』が今であると俺は思っている


☆それで今俺はやりたいことやってる
前にも書いた、子供の頃クリアしたかったゲームを遊んでいる。
言い換えるなら俺がやり残したことだ。

20年も前のゲームを敢えて今やる
時代錯誤もいいところだ。


台詞回しの古臭さに一々笑ってしまう
設定の古臭さに一々笑ってしまう

こんなゲームにするか!?みたいな変な感情が沸き起こってくる。

ゲームやって遊ぶだけじゃなく小説も完成させたいと思っている。

と言うか俺はまだ小説を成り上がるための道具にしようとしてるところがあった。

この前書いた企画は、あれは俺がなんとしても完成させたいからやっているうちの1つ。
(もう1本あるけど、それは全く手を付けていない)

売るためにやるじゃなくて、完成させたいからやる

この違いであった。

つまり究極の自己満足というやつだ

手が進まない時は、こうやってブログに人生を丁寧に記録していく

とにかく遊びっぱなしじゃなく、途切れなく文章を書くそれが大事だと思ってる

小説のアイディアとRPGのアイディア

☆一年前に思いついた小説のアイディア

ゲーム大好き少年の<主人公>は、様々なゲームでトップランカーと競い合うストイックゲーマーだった。
そんな<主人公>は、超人気ネットワークRPGをプレイし始める。
そこでも頂点を極めるのかとおもいきや
「俺、競い合うの疲れた…。このゲームはネカマのロールプレイでまったり楽しむ」
という意外な一言であった。
ゲームの腕前は堪能だが、慣れないロールプレイに四苦八苦する<主人公>
個性的な遊び仲間が次第にできてくるが、性別を偽ったプレイスタイルが災いし、様々な苦難が振りかかる。
LINE通話、オフ会、直結プレイヤーの粘着…。
それ以外にも、ギルドを壊滅に追いやる爆弾型HIMECHAN、テポドン式OBACHAN…。
リアルとネットが交錯する数々のトラブルを乗り越えた先に、<主人公>を待つ存在とは…!?


☆まあ…その。正直な話、【第一印象】はどうなんだ?と
敢えて伏せている部分も多いのだが。
今、2万文字以上、既に執筆済みの小説。

やはり色々と苦労している

他にもアイディアは4,5個あるのだが、敢えてこれを選んだ理由。

自分自身が、結構なネットワークRPGプレイヤーだったから
この企画を具体的に進めていくのが一番いいと思った。

ファンタシースターオンライン(初代) 1000時間程度
ファイナルファンタジー11 1600時間程度
ドラゴンクエスト10 1500時間程度
ファイナルファンタジー14 ???(プレイ時間が出ない為不明。新生2.0時点のメインクエストクリアと、無料期間にプレイして、LV50ジョブを2つ作成)


自覚症状がなくとも、自分は黎明期からのネットワークRPGを体験してきた
これにラグナロクオンラインとファンタシースターユニバースとモンスターハンターのどれか1作品でも入ってれば最高なのだろうが

だからこそ、面白かった実体験なんかも豊富に入れることが出来る(というか俺のこの20代の実体験を織り込まないと意味が無い)。
なにより、他にひりだしたアイディアと比べれば、一番現実味があった

☆具体的に執筆作業に入ると進まない題材でかなり苦労している
アイデアが出ても、作っては壊し作っては壊しが続く
一番最初は、神の視点で書こうとしてて、作者の都合の良い視点から話を見せていくスタイルだった。
ところが、その後主人公の一人称視点に変更され今に至る。

キャラクターやネタはそれなりに出てくるのだが、ストーリーの中心的部分というかコアのところがはっきりしてないせいなのか、どうにも芯が定まらない。

俺はそもそもこの企画で、何を描こうとしているのか

気がつけばなんでもかんでも放り込もうとして、自分でも訳の分からない内容になってしまっている……………

直近でぶつかった問題としては、ネットゲームの中の世界観まで詳細を決め、ストーリーまで丹念に見せるようにした。
しかし、フィクションの中のフィクションというのはどうでもよい話なわけで…
いくら練りなおしても、なんか面白くならない

せっかくここの世界設定を苦労して沢山説明したり描写したのに、
小説としてはあまり意味のないところのことで、読みなおしてみると面白く無いのだ


そうやって自分が見てきたドラマ、漫画、ゲームとかを思い返してみると、フィクションの中のフィクションを意味もなく見せたりするものとか一つもなかった。

☆尺も決めなきゃいけないし、もう一度原点を見つめなおさなければならないかもしれない
これだけスクラップビルドを繰り返していると、まず小説全体のボリュームを決めなければならない。
未完結でも許されるのはブラックジャックとハンターハンターぐらいなものだ。

小説は完成させて初めて意味がある

結末は決まっているのだから、完成させられる現実的量を考えてエピソードの数を考える。

俺にはそれほど自由な時間は残されていないのだから、完成させられそうなところにまで現実的な着地点を考えなければならなかった。

そしてもう一度、何を描くのかを絞り込み
主人公の設定などを見なおさなければならない


なぜ作業が進まないのかというと、俺にとって都合の悪い設定が多く存在しているからだと考える。
進めようとすると、進まないのはそれが原因なのだろう。

最悪、俺にとって具合の悪いところは全部切り捨ててやっていくご都合主義路線しか道はないのかもしれない……

俺が書きたいと思ったことだけ書いていく……もちろん最後には直すけど。

☆いっぽうRPGツクールのネタは順調に出てくるのだった
やはり触りしか作らないと頑なに決めたからなのだろうか…。

短編のRPGとかじゃなくて、物語の導入部を作る
ストーリーとしては未完結でも、後シーラネって言う作り。

そっちのほうが俺にとって面白いからそうやることにした
RPGツクールなんて、ちゃんとしたやつ
認められるようなの作ろうとしたら膨大に時間がいるし、残念ながら俺にはそれを頑張る時間は残されていないのだた

それにRPGツクール2000の野郎
どこに隠れやがったのか、なかなか見つかんねえんですよ!!


最悪VXの体験版で作るか…どうせ触りのとこちょっと作るだけだし…

いま俺は生きている。そして、生きながらえている理由

☆どうせシヌならやりたいことやってからシヌか
そうやって、俺は勝手に寿命を引き伸ばして生きている。

プライド捨てれば、まだ少しは生きられる。
それだったら、プライドを捨ててやりたいことやってから命を捨てても遅くないだろ


その間に、また人生を動かせるきっかけが都合よく見つかれば、また俺は立ち直って生きていけるし

それは、1%にも満たない奇跡にかけるような思いだった。

☆俺のやりたいことなんて他人から見れば安っぽいことだ
それはこの期に及んでゲームであった。

何が何でも正社員の仕事決めるとか、
小説の賞とって人生一発逆転とか、そんな神風特攻隊みたいな崇高なこと目指すのはやめよう
そんな気力が残ってたら俺はこんなことにならない


まず、俺は自分に正直になった。
そして、やりたいことをやりたいようにやっていくように決めた。
タイムリミットはそう遠くないが、終点まで好きな様にやれば悔いも残らないだろ

そんな思いだった。

俺は死ぬまでにやりたいゲームが山ほどあった。
それこそ、やりたいゲームは3桁を軽く超えるぐらいある。
当然、その全てを叶えることは今の俺の状態では無理だ。
でも、金を持っていた頃、安く買えるところを探して欲しかったゲームソフトを買い集めていた。
それも最近の親父に、邪魔だから捨てろ捨てるとうるさいし、自立して家を出ない限り貴重なゲーム資料の全てが捨てられる。


☆俺の死ぬまでにやっておきたいゲームについて

・ガキの頃、親父が買ってきたけど、当時はクリアできないまま売却されたゲーム
・ガキだったから興味がなかったけど、おとなになった今、どうしてもやっておきたい
・昔読んでたゲーム雑誌で欲しかったけどどうしても買うことが出来なかったゲーム


一言でまとめるなら、思い出のゲームというやつだ

この3条件に絞っても、3桁は軽く超えるし、手元にあるやつでも3桁は軽く超える

「だから当然、全てをやりつくすことは出来ない」←誰?

☆結構前から、既に実践していたが
終わりが見えてきただけに、今やっておかないと後悔するゲームを優先して選ぶようになった。

俺にとってのゲームというのは既に、単なる遊び道具じゃなくて、昔の思い出にひたる道具になっている。
ゲームを触媒にして、俺は昔を思い出しているんだ

ガキの頃、親父が買ってきたゲーム。
当時は、難しくて、あるいは、わけが分からず放り出していたゲームでも、今なら出来る。
最後までプレイできる。


他人から見れば、笑われる話だろうが、俺にとっては重要なことだから、どうだっていい。
子供の頃、あのゲーム最後までやれなかったな、やりたかったな、欲しかったけど買えなかったな、やりたかったな

その願望を、20年の時を経て叶えることはおかしいことか?

どうせまっとうに生きようとしたって、経験不足とか言うどうしようもない理由をつきつけられて、どこにも採用されないんだから、開き直って好きなことやってくたばろう。

まわりが怒ってきたら、福沢諭吉を握らせて黙らせる。
だから福沢諭吉がなくなった時、俺の命も終わる。


情けない話だが、情けないことが自分でもわかっていたから、命を絶とうとしたわけだ。

☆俺がコンシューマゲーム機にこだわってた理由
まあ、このへんですね。

スマフォ持ってないから、今流行りのゲームなんか一切できないし。
コンシューマ上がりのファミコン世代は割と、ソシャゲを嫌ってますけど、俺はそういうの抵抗無いんですよね。
前のエントリにも書いたけど、俺は本当にいろんなゲームをやりますから

好き嫌い激しかったら、MMORPGになったDQXをエンディングまできっちりプレイしたりしません
そりゃ、FF11で若干、人生棒に振った感はあったから、トラウマではありましたけど…。

フリゲーもチェックするようになって、凄い興味をそそるフリゲーがたくさんあったりするんだけど、
俺の行動原理の優先順位はさっき書いたとおりだから、なにせ時間が勿体無い

☆欲望の赴くまま遊んでたら不思議と別のことをやりたくなる
なぜかはわからないが、脳が活性化してくる

昔このゲームやった時、こんな出来事があったとか、精細に思い出してくる。

そしたらそれをブログに書き残したくなってくる

停滞した小説書きも「なんとか前に進めるか…」とか色々考えるようになる。

どうせ死ぬならその前に買ったまま放置状態のRPGツクール2000でさわりだけでもいいからRPG作るか…

そんなことを考えて行動にうつしたくなる。

あの「無」に支配されていた、プライドを守ることだけに必死になり、
闇雲に仕事探しだけをしてた無のデスマーチが今では不毛にすら見えてくるぐらい充実してくる


世間的にはソッチの方がかっこつくのだろう やらなきゃいけないことなんだろう

だけど、俺は世間体も全部すべて捨ててきた。

勝てない戦いに挑み続けて絶望を味わってやる気を無くしてふて寝するぐらいなら、好きなことやった方がいい

小説書きとかも成功を求めることをやめれば気が楽になった
一気に完成させようとか考えなければ、逆に捗るようになった。

どうせ俺はプロじゃないし、締め切りに追われるわけでもない
責任も何もない。

じゃあ、好きな様にやってくたばればいい

☆最近やったゲームの感想を記す!!

☆モンスターメーカー 闇の竜騎士(PCエンジン)
2つ目の町辺りから急にゲームバランスが崩れてくる
ガキの頃はそこで投げた。
20年後の今。数々のフリーズバグにもめげず、未完のラストに到達した時、自分の中でやり残したことが一つ終わった気がした

☆風の伝説ザナドゥ(PCエンジン)
異常過ぎるフラグ立ての嵐に、当時小6の集中力がなく飽きっぽい俺がついていけるはずがなかった
20年後。根気さえあればそんなに難しいゲームではなかった。終章も別にマゾとかなんにも思わなかった。むしろワクワクしたあの大迷宮。
2は、昔のレビュー記事読んでいたらどうやらクリアしていたらしいがプレイした記憶がなくなっている。
2は手元にはないから、遊ぶことは出来ない

☆ニュートピア(PCエンジン)
親父と2人がかりでもラスボスが倒せなかったが、今の俺なら楽勝だった。
というかやってみて、ラスボスだけ異様に強め(ガチガチのパターンゲー)で、これはクリアできないわけだと思った。
それ以外はヌルすぎる気がした。2も昔やっていて、今遊びたいが手に入らなかったため遊ぶことは出来ない。

☆グラディウスII(PCエンジン)
2014年にもなって、このゲームを感動しながらプレイしているのは俺ぐらいだろう
ガキの頃、ゲーセンで一度だけプレイしたきり、グラディウスIIを遊ぶ機会がなかった。
伝説のSTGを一度でも触れておきたかった念願がかなった。
本当に名作過ぎて、何度もやりまくった。
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安西爆弾

Author:安西爆弾
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