[ゲームレビューサイト]12年続けたゲームレビューサイトで、取り扱うのに苦労したゲーム

リスト形式で思い出を書き出していこうと思う。

[SFC] ファイアーエムブレム トラキア776


何が大変って、単純に難しいゲームだからです。
リアルに3ヶ月ぐらいかかったんじゃないかな。
どうせ裏技のイージーモードでやったんだろとか思われるかもしれませんが、ちゃんと通常モードでやってます。
なにせ何回リセットしたかわからない。溜息ついたかわからない。
あのオープニングデモを覚えてしまうぐらいやりまくった(リセット後に小休止するため)
全員生存は無理。ラストステージでどうやっても出来ず犠牲者が出た。

[PS2] 真・三國無双2


これは、どこをゲームクリアとしたらいいのかが非常に判断がつけづらいため。
無双モード、全キャラエンディングがいいのだろうが、ノーヒントじゃ出現条件がわからない武将も多数
そこで、攻略見ずに出せた武将全員クリアをひとところの終了ラインとした(終了時は全キャラ出したと当然思ってます)
これもリアルに3ヶ月ぐらいかかった。
なにせ1ステージクリアに30分かかるステージをキャラ変えて何回もやらなきゃならないのが、大変すぎました。
そこまで飽きるほどやっても面白いゲームというのがまた、困った所。

ゲーム配信のリスナーに頂いたものなのですが、特定のエンディングのスタッフロールで
同じ場面で必ずフリーズするという状態で、最初に遭遇した時はビビった(ゲームプレイに支障はなし)

[PS2] ことばのパズル もじぴったん


意外かもしれませんが、これも3ヶ月かかってます。
なにせ、ステージ数がべらぼうに多い。やってもやっても終わらない(600面以上)。
おまけに、パズルゲームで制限時間付きなもんだから、タイムリミットなるたびに最初からやり直し。
後半部のステージは難易度が高い上に、タイムリセットをやられるものだから、本当に何度もため息が出かけた。

それで対応策として、難しいステージは、紙にステージを全部メモにとって電源を切り、
辞書片手に答えを探すというやり方。

こういうやり方でもゲーム上のプレイ時間は120時間になってました。
さらに同内容のゲームがGBAであるので、またこれをやらなきゃならないという恐怖。

[3DS] ポケモンピクロス


基本無料で遊べるピクロス。
これの何がきつかったのかというと、無課金だとどう頑張ってもフルコンプリートまで10ヶ月半かかるところ。
エンディングだけでも7ヶ月半位かかる。
どうせ7ヶ月も付き合うんだから、フルコンプまでやるしかないってことで、10ヶ月半やりきった。

毎日一回ミニゲームをクリアしたらもらえるポイントで要素を開放していくタイプ
本物のポチポチスタミナ系ソシャゲよりも、きつい。
ピクロス遊ぶのにもスタミナ制なので、そっちも気にしなきゃならないので大変。
通常はほとんど気にする必要はないが、アナザー開放したときだけ、一気に遊べる問題が増えたので、かなり辛かった。

[Vita] デッドマンズクルス


スタミナ消費のポチポチゲーも実はいくつかやってるんですよ。
そのうちの一つなんだけど、これ、スマホ版と同じサーバーなので、ある程度コンテンツが出揃った状態から始めることになる(=ゴールまでが長い)
Vita開始時に特にスタートキャンペーンとかも無かったので、ブーストもなしでした。

一応、この手のゲームは実装されているメインシナリオ(クエスト)を全部終わらせるとか
PS系のゲームなら、トロフィーコンプ(それか取れるトロフィーを全部取る)までをゴールとして考えてやってます。

で、このゲームの場合、約3ヶ月でそれを成し遂げるんだけど、
とにかく期間限定のイベントで、メインクエストを進めず、そっちにスタミナを使わざるをえないために
本編を進める暇がない。

それでこれじゃいつまでたっても実装分のクエストを消化しきれず困っていた。
キリがないので、トロフィーコンプしてからは、期間限定イベントを完全無視。
溜め込んだ回復薬も使い込んで、実装分のクエストを強引にクリアして終わらせた。

スタミナゲーの辛いのは、時間見て回復待ちして、ちょくちょく起動させないとならないのがきついですね。
これ系のゲームを2つ以上やるのは特にきつい。
時計見ながら全回復してないか考える生活はもうやりたくないですね。

[3DS] 東北大学加齢医学研究所川島隆太教授監修 ものすごく脳を鍛える5分間の鬼トレーニング


これも日数が必要系のゲームシリーズ。
さすがにポチポチするだけのソシャゲのスタミナゲーより辛いと言うつもりはないです。
毎日用意されたコンテンツをやって、遊べるモードを全開放していくのだけども、
これはCSゲーだから、そういうところは面白く作られてる。

何が辛かったのかというと、レビューの条件に、全モード開放+飛石課題、陣取り対局の全ステージクリアを入れたから。

この2つのパズルゲームは1日1問しか追加されず、全部出すだけでも丸々2ヶ月が必要だったはず。
出すだけならともかく、問題が難しくて、最後の方をクリアするのに相当苦労した

さすが鬼トレって感じのゲームでした。

[PS2] SEGA AGES 2500 Vol.32 ファンタシースターコンプリートコレクション


日数が必要シリーズが続きましたが、もっと辛いのは、こういう詰め合わせ系のお買い得セットです。

このゲームは、「ファンタシースター」「ファンタシースター2」「ファンタシースター3」「ファンタシースター4」
さらに、ゲームギアの関連作が2本隠しで入っているというこの上なくお買い得なゲームです。

これで2500円なのだから、セガ太っ腹というほかない。

RPGが4本入っているだけでももうゲップが出そうですが、全てやりました。
古いRPGなので、難易度がところどころ理不尽だったり、もっと困るのは何をやればいいのかわからなくなるとき。

ただ、このゲームは、配慮が行き届いていて、経験値、お金2倍モードとか倍速機能とかが
入っていて、スムースに遊べるような機能が入っている

が、自分は使わずに全部クリアした。全部終わらせるのに1ヶ月かかったっぽい。

[Wii] ドラゴンクエスト25周年記念 ファミコン&スーパーファミコン ドラゴンクエスト1・2・3


詰め合わせ系で最も辛かったのはこのゲーム。

ラインナップ的には、決定版的なお買い得品なのだけども、律儀に全部クリアする人は相当少ないと思う。

FCとSFCのDQ1.2.3が収録されてる

これを全部やるとなると、つまりは同じ内容のゲームを2回ずつやらなきゃならないということ
もちろん、リメイクされて色々変わってはいるけど、内容的には同じものを2回やらなきゃならない

レビューのためには全部やらなきゃならないので、全てやりました。

ただ、この手のゲームで困るのは実はレビューのとき。

この頃は自分は色々難癖つけて長文になってますが、ベタ移植されたものが入っているだけのゲームを
実はレビューでなんか書くなんてことは、内容的にないのです。

だけど、全部やった上で書かなきゃならない。
時間だけは膨大にかかるくせに、レビュー内容にはなんにも反映されない悲しいジャンルです。

[Xbox360] ロボティクス・ノーツ


ノベルゲームは、地味にプレイ時間が掛かるし、レビュー時に最も個人の趣味趣向が出るために、客観的に書くことが難しいからです。

それだけではなく、基本は攻略見ずに自力でプレイする場合、実はこの手のジャンルは辛いのです。

なぜなら、シナリオ分岐のフラグがわかりづらいゲームの場合、
コマンド総当たり的なことを試すのだけども、
最近のノベルゲームはこの辺のフラグが複雑化していて、どうやれば分岐するのかが
ヒントなしで探し当てるのが、実は大変だからです。

それでも、今は複雑化傾向の波を過ぎていてヒントなしでも全エンド見れるようなゲームが増えてます。
ですが、たまにロボティクス・ノーツみたいな難しいのが出てきたりすると、かなりつらいです。

その苦労を、レビュー評価にまで反映させるべきなのか、というところも悩む点です。

とことんストーリーを評価するべきなのかとかそういう部分も悩みます。

ここには載せませんが、シュタインズゲートも辛かったです。

[PS1] RPGツクール3


やはり最も苦労したのは、このRPGツクール3です。

レビュー書くために、真面目なRPG一本作ろうとしたのですから、苦労は相当です。

プレイ時間も、カウンタだけでも約500時間。
ネットゲームでもここまではプレイ時間かかってません。

1からマップを作り、台詞を作り、ストーリーを作り、メモリーカード2枚分も使い切り
本格的なRPGを作ったわけですが、ここまでやらないとレビューしてはいけないと決めたからやり遂げられたと言っても過言ではないです。

ゲームを作るゲームと割り切って、かなり頑張ったつもりです。

勿論今後もツクールシリーズ、レビューする時は、そのたびに、それで一本RPGを作るつもりです。
(ただ、もうレビューサイト自体、実質閉鎖に近いので、やれるかはわかりませんが)


こんなところです。
もはや、単に高難易度のゲームだから取り扱うのに苦労したというより
日数や膨大な手間がかかる割に見返りの少ないゲームソフトのほうが、個人的には辛いものがあります。
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ブログのアクセス数を遂に公開。なぜ、時間の無駄とまで感じるようになったのかについて語る

今まで敢えて伏せてきていたのだが、このブログのアクセス数を、公開する。

★関連記事


ブログのアクセス数について

まずは一日のアクセス数

(※ブログアクセスの集計はFC2アクセス解析を使用したもの)

analysis01.png 

8月1日から8月23日までの一日のユニークアクセスとトータルアクセス

7月22日から更新を辞めると宣言して、それ以降はほとんどブログの更新をやっていない
やっていなくても、一日のアクセスはUUで50前後を維持している

連日更新していた頃は、その時にも寄るが、70から100近くに高騰することはある
が、頑張ればUUが伸びるかというと全くそれに相関関係はない。

また、7月22日から、twitterのプロフィールより、このブログへの紹介リンクを削除した
だが、それにともなって大きな影響は出ていない。

つぎは、月別アクセス数

analysis02.png 
3月下旬からアクセス解析を導入したが、このアクセス解析は約4ヶ月分のデータしか記憶しておらず、それ以前のものは消えてしまっているようだ

だいたいこのようなアクセス数になる。

4月分はたぶん、中旬以前のデータはなくなっており、それを差し引いたアクセス数と思われる。

5月6月は、連日更新していたが、その効果はあまりない。
大体一ヶ月のユニークアクセスは、2000から2500になっているようだ。

そして、次に、自分がブログ更新が時間の無駄と思っている一番の理由を述べたいデータを載せる

analysis03.png 
これは、要は、どのページにアクセスしたかというのをGoogleアナリティクスほどではないが
わかるようになっている。

特に今のこのブログは、トップページから、最新記事に貼ってあるリンクをクリックする形になっているので、リンク先クリック数が、そのまま各ページヘのアクセス数になると思って良いと思う
(これは狙ってそういうサイト構造にしたわけではないが)


みてもらうとわかるのだが、一番アクセスの多い記事というのは、更新直後の記事に必ず集中する。

このアクセス解析の仕様上、Googleアナリティクスみたいにページごとのはっきりとしたアクセス数を記録してくれないので、なんとも言えないが

ブログの記事は、だいたい更新直後の記事が、この画像のように10から20近いクリック数で
その後は全く読まれなくなる。

ただ、実際のアクセス数とは違っている可能性があるため、なんとも言えない。

2,3時間一生懸命書いた記事も、最初の1,2日だけアクセスがあって、それ以降は全く読まれない

基本的に、このブログのアクセス傾向は、少なくともこの数ヶ月間はずっとそのような状態だ。

だから、RPGツクールのことについて一生懸命書いても、1週間も経てば、もう誰も見ないものになる

先日、FF11の記事を更新したのは、このブログへやってくる検索キーワードの中に、FF11が良く入ってくるからだ。
そういうアクセス傾向があるから、望まれているだろう記事を書いた。

他には未だにDQ10、特定のレトロゲーム、意外かもしれないが新聞販売店に関するケンサクが一番多く来る。
市役所の臨時職員の仕事内容などについても、良く検索されてやってくる。

最近はゲームの話ばかり書いているが、職を転々としていた経験を活かして、
働いていた職場の仕事内容を詳細に書いたりもしていたので、そこへの需要が強い。



結局何をいいたいのか


今年6月頃から、サイト収益化を目指して色々あがいていたが、このブログは内容的に収益化は厳しいのでそこからは除外された。

ただ、俺がやってきたゲームレビューサイト、twitterなどの中では、これでもアクセスのある方だった。

だから、6月7月と、テコ入れを行って、将来性を模索してみたが、全くの無駄だった。

2013年9月にグノシーにたまたまこのブログの記事が取り上げられてからは、もっと一日のアクセスがあったようだった。
だが、翌年の2014年からは自殺宣告などでサイトを放置することを繰り返したことで、アクセス数が今の数値まで落ちてしまった。

仮にこの程度のアクセス数で、グーグルアドセンス、amazonアフィリエイトなどをはじめてみても、苦労に見合った収益を得ることは難しいと思われる

(今はグーグルアドセンスは、審査が更に厳しくなり、独自ドメインを持ってないと審査を受けれなくなった。それをするぐらいならドメインを買ってサーバーレンタルして本格的に収益化を狙う新サイトを立ち上げたほうがずっと建設的との結論に達した)

俺がネット上に持っているコンテンツの中で、アクセスが一番あるものだったから、この程度のアクセス数でも、しがみつくようにブログを続けていた。

冒頭にゲームレビューサイトのアクセス数も公開しているが、UUに至ってはこれ以下。
一日のUUは30前後で、ページビューこそ巨大なサイトだから多い日は200などになるが、
実数はかなり少ないと見ていい

が、しかし、今後どうするかは今のところはわからない

頑張って記事を更新しても、いつもの常連の人が、10か20くらいアクセスして終わり。

例えば、先日のFF11記事のように、多数の読み手を意識したものを書いたとしても、その状態が変わることはない

そうであれば、結局、いつも見に来る常連の人が望むような記事が需要があるということになる

常連の人が望む記事というのは、おそらく俺のことなのだろう

いつ死ぬんだとか、鬱の話とか、人生どん底で苦しんでる姿を見たいのかもしれない
心の何処かでそれを期待してるのかもしれないだろう

なぜ俺が、最終的にネット上での収益化をYoutubeの動画一本に定めたかというと
今はYoutubeも稼げなくなってきているらしいが、俺の現状では、動画が一番希望が見いだせる状態になっているからだ。

一生懸命ブログやらゲームレビューやらで文章を書いても全く読まれない
それよりも、ただゲームやってくっちゃべってるだけの動画のほうが、実はずっと俺の中では効率よく収益化が望める状態

ただそれも難しいが。
どちらかと言うと、RPGツクールのゲーム制作が、一番今のところは手応えがある

そんなわけでブログへの指揮が落ちていることを、知っていただくためにアクセス状況を公開させていただいた

結局、ブログやってもアクセスが伸びずうまくいかないとか悩むぐらいなら、適当にしてしまって
後は別のことに没頭するようにして、そのことを考えない、どんどんフェードアウトしていく
これが一番とのことになった

こういうアクセス数や検索キーワードの傾向は、手の内を明かすようで、これまで秘密裏にしてきたことだ
俺の中ではもう、このブログはもう、閉店セールというか店じまいというか、それぐらいの位置づけにあると思ってもらっていい

終わります

ゲームレビューサイトを切り捨てる理由

以前にも、自分のゲームレビューサイトについての記事を書いている

参考記事

これは2011年6月のものだ
リンク先の記事内容は、特定されるのが当時は嫌で、意図的に嘘を混ぜている
当時は、このブログと、ゲームレビューサイトが同一人物であることが嫌で隠していた

現在のゲームレビューサイトはFC2にあり、2015年秋に正式に移転した
それ以前は、ジオシティーズにホームページを持っていた
2004年4月から2014年4月まで、ここで更新していた。
なぜ更新をやめてしまったのかというと、このブログも同時期に放置したように、
様々なことに嫌気が差して絶望して、ネットでやっていたこともすべてやめてしまったからだ

10年もしがみついて続けていたゲームレビューもやめてしまったのは、当時のジオシティーズにも原因があった。
2014年5月に、ジオシティーズのホームページサービスが大幅なリニューアルを行った。
アクセス解析もなくなったしまったし、ファイル管理なども使いづらくリニューアルされた。
今でこそ改善されたが、リニューアル初期は同一ファイルを更新する時に、一々古いファイルを消さないと出来ないというほどひどい状態だった

なによりアクセス解析がなくなってしまったことは大きかった
これは、ホームページを続ける大きなモチベーションだった。
それで当時の無気力化していた俺から、やる気を取り上げるには十分な出来事だった。

これは、2011年6月頃のトップページのアクセス数だ
access.jpg 

ページビューではあるが、一日50から100のアクセスがあった
俺のアクセスは加算されていない(俺はローカルで確認しているので)

次に、現在残っているデータがこんなものしかないのが心苦しいことだが。
超光速グランドールという妙にマイナーなゲームソフトのアクセス数の画像だ
access2.jpg 

なぜこんなものがという話になるのだが、
たまたまこの時期に、このページが2chに書き込まれたからだ

1日だけ閲覧数が136になっている部分が2chに書き込まれた日のアクセス数だ。

ここで見て欲しいのはその数字ではなく、
そのような非常にマニアックなゲームソフトでも、一日に一桁でもアクセスが有るということを見て欲しい。

そして、現在
今のゲームレビューサイトで、2週間前にGoogleアナリティクスを全ページに設置した
つまり、全ページのアクセス数などがわかるようにした。

2016年6月時点のトップページのアクセス数
※画像が巨大なので、クリックしてご覧ください(不定形サイズなのでいい感じのサムネも面倒で作れなかった。記事作成時点ではいい感じに縮小してくれるのに……)
hpview01.png 

1日のページビューは波があるが大体40
一ヶ月のページビューが1239
ジオシティーズ時代と比べると、激減したと言わざるをえないだろう

次に、個別のゲームレビューのページのアクセス数(ページビュー)の上位
※ こちらも画像のサイズが大きいのでクリックしてご覧ください
hpview02.png

 ホームページ全体のページビューが9600と、かなりの数字を出しているが、
これは、大半が俺のアクセスだ
この時期、全ページにamazonのアフィリエイトリンクとGoogleアナリティクスのアクセス解析を設置するために、俺自身が、ホームページへかなりアクセスしまくっていた。
実数としては、それの隣にあるページ別訪問すの方がまだ信頼性がある

いずれにしても、ここでは画像ではわかりづらいページ別の日別アクセスの線グラフは載せないが
大体、ゲームレビューのソフトリストのページの一日のページビューは50以下という散々な状態だ

また、このページ別のアクセス数が上位から表示されているが、
俺のサイト構造は、ゲーム1本に対し1ページという膨大なページ数になっている
ここでは上位の21位までしか見れないが、このページ数は全部で908ページまである。

21位の時点で、ページ別アクセス数が「龍が如く0 誓いの場所」の15。

これ以下のページは、ほとんどが一桁。
それも、そのうちの1カウントは、アフィリンクが正常に貼られているかチェックするためにアクセスした俺の1カウントが入っているため、下位のページビューの2とか1というのはほぼ俺がアクセスしているものと考えていい

これだけ見られていない
アクセス数が厳しい状態だと、辞めることを決断することも不思議ではないと思っていただけるのではないだろうか

また、amazonのアフィリンクを張ったことで、とうとうこのサイトの拝金主義に走ったかと
嫌悪感を持たれているかもしれない

だが、
はっきりいって、ゲームの紹介料はたった2%
それも、俺が紹介しているゲームソフトは、ほとんどがロープライスだと1円のものばかり
ごく一部で(特にPCエンジンのソフトなど)高騰しているものの、基本的には俺のアフィリンクから買っても
俺に紹介料は殆ど入らない

これはサイトの利便性を高める措置と考えて欲しい

欲しいゲームがあるけど、ネット上の相場がわからなかったり、店頭では品薄で手に入らなかったりする
けれどもamazonだと大抵の商品は、新品や美品にこだわらなければ、安く買うことが出来る

俺も最初は、アフィリンクを導入することに強い抵抗感があった。

だが、ページにアクセスした時に、現在の相場が一緒に参照できるというのはいいことだと今では思ってる

それに、俺のサイトのこの程度のアクセス数だと、まずアフィで収益なんて全く出ない
悲しいことだが。

本当の拝金主義というのは、旬の新作ゲームを宣伝コーナーと称して紹介して買ってもらおうと
無理にアフィリンクをつけたりしているページのことを言うと思う

俺みたいに、レビューページに最低限のアフィリンクしかつけていないものは、利益重視の拝金主義とはまだまだほど遠いと思ってください

少なくともゲームレビュー更新に関しては、利益重視でやってはいない。
そこを金儲けのために、口当たりのよい言葉ばかりでわざと高いものを買わせようとリンクを貼っていたりするのならば、拝金主義と叩かれてもしかたのないことかもしれないが。





そういうことで、
非常に残念ではあるが、ゲームレビューサイトのについては事実上打ち切りという風に考えざるを得ない

ただ、好きでやっているでこれからも細々と更新はするだろうが、完全な自己満足と割り切っている

数時間かけて更新しても、全く見てもらえない
これではもう、打ち切りするしかないと誰もが思うだろう。納得してもらえるだろう

需要のないゲームソフトのゲームレビューを今更書いたって誰が見るのだろう

それも固定客あってのゲームレビューサイトなら、見てもらえるだろう

だが俺は、2年間の休止期間やサイト移転などもあり、アクセス数が激減してしまった

また移転時の作業も、正式な手続きを踏まなかったので、検索順位も低い
もともと旧サイトの時点から低かったが、それ以上に低いことになっている

これについては俺は、ツイッターやこのブログなどでつながりをもたせれば
必ずしも検索結果で上位に載るよりかは、こういうやり方のほうが効果的だと思っている

数少ない楽しみに読みに来ている人には申し訳ありませんが、サイト運営的には大幅に規模を縮小する決断を下したことについて、この記事を読んでご理解いただきたい

終わります

ゲームレビューサイト運営の苦労話(9)

去年末、メールで聞かれて簡単に答えたので。

後、このエントリシリーズは、極めて短文で大量に更新する方針で行く予定。
いつも私のブログのエントリは1時間以上かけた長文になって読みづらい&更新する方も大変なため。



このシリーズは今日で最後となる。

以前も、このサイト内容について、言う割にはレベルが低いとブログ見に来てる人と喧嘩になったのだが
今回は、その頃のコメントを抜粋して語っていく。

blog0327.jpg
blog032702.jpg

他にも署名のない名無し(=無名)が、暴言を書いていったのだが、それは本当にイラがきて消してしまったので今はコメントが残っていない。


さて、今更こんなコメントを出してきたのは、これを投稿されたときは、すぐに頭に来て、そこで思考停止していたからだ

なんといっても、しきいし氏とはこの時点で接点がなく、初対面に等しい(実際に対面してないから初対面以下なのだが)状態で
ここまではっきりズケズケ書かれてしまって、礼儀をわきまえろよ!という逆ギレ状態だったため、あんまり深入りしないようにしていた。

この時はまだ、ホームページをやっていたし、仕事(バイト)のストレスも大きく、かなり独りよがりの考えになっていた。

ここまで長々と、自分の考えとスタイルを書いてきたが、人に読ませるためにやっているわけではない(散々書いてきたが、慈善事業でやってたわけではない)ので、
こうやって書かれるのは、ある意味当然とも言える。


---


色々自分の考えと相違点が多い。

例えば、画面写真がないこと。

今思えば、最近ネット始めた人なんてのは、画像や動画があるのが当たり前で、それがないというのは
ひどい手抜きサイトだと感じられるのだろう。

だが、この点に、自分の見解を述べさせて頂く。

私の世代では、まだ画像や動画が珍しかった頃で、珍しかった頃にhtmlを勉強してサイトを始めた

そして、当時はゲーム画面を撮影するキャプチャーボードも一般的でなく、買うことも出来たが1万以上ととても高かった。

なによりここからが重要なのだが、今でこそゲーム画面や動画を当たり前に個人が使用しているが、
昔は、ゲーム画面を撮影してネット上にアップロードすることは、著作権違法とされていて、あまり良い行為とは言われなかった。

大体、ブロードバンドが普及してきて画像撮影も一般化する2005年頃から、当たり前のように使われ始めた。

後、もうひとつ言うと、ブログと違って、htmlで画像を挿入するのが、実は案外難しい。
回り込みとか、段落の間に入れればいいのだが、簡単に画像を差し込みたいところに簡単に入れられるわけではない。

それに加えて、画面撮影の面倒くささと、キャプチャーボードで撮影できない携帯ゲーム機のソフトはどう撮影するか?という問題が加わる。

人に見てもらう慈善事業でない以上、この部分の作業は、完全に慈善事業になる。
見栄えは良くなるかもしれないが、一々ゲームのうりになる画面を操作して撮影するのは果てしなく面倒くさかった。

点数評価も絶対にやりたくなかった。
それに近いことは書いていたが、絶対評価してしまうことは、私の開発者に敬意を払うという点で失礼に当たるからだ
ゲームに明確な優劣を付けるのは嫌だった。
つまんないゲームという書き方すらしたくないのだが、退屈なゲームでも愛すべき点はある
むしろ、全部無難に作ってきて、何の個性も取り柄もないゲームのほうが、私にとっては苦痛極まりない。

そういうゲームは、点数的には★3とか、70点になるが、自己評価と大きく矛盾してしまう。

これは全体的には40点だけど、このクレイジーなノリがええねん!!というパターンのほうが圧倒的に多い

しかし、点数を付けることで、点数ばかり目が行って、目先の人気取りのために、自分の意図と離れていってしまうのは嫌だった

点数評価を極端に嫌っているのは、端的に書けばこういう理由である。



---



2つ目のコメントの最初


早いレビューなんて埋もれてしまうものです。そして古いレビューは共感を誘うためにある。


こうやって決めつけているので、平行線になると思って、私はコメントを書かず無視した。

長々書いてきたように、私は金が絡まない行為なら、自分のプライドを何よりも優先したい。
そもそも、金を稼げるほど力がないのだから、この自己満行為を繰り返して腕を上げていくしか無い

そこで変に、結果を優先して、人気や金ほしさに、安易な路線に傾倒したら、逆効果になると思っている。

当時はよっぽど結果が出なくて、愚痴を言いまくっていたからこそこういうコメントが来たのだろう
だが、結果が出なくて金が貰えなくても、今でもこの考えが間違ってるとは思っていない


ぶっちゃけ、人気取りに媚びて行かない点が、私がやってきたゲームレビューでどこよりも優れている点だと思った。

媚びた時点で、もう、私のやっていることは何の意味もないものになる。

何度も書いているが、新作ゲームなんてのは、いつも見てくれる人へのご褒美とかそういう位置にある
だから自分でも、取り扱うのが苦痛だって何度も書いている。

それと、あまりにもワゴンの安く古臭いゲームばかりやるってのも、やっぱりレビュアーとしてまずい。
多少は、新しいゲームも追っておかないと、思考が錆び付いていくのだ。

私のゲームチョイスというのは、周りに流されてないし、器用貧乏ではあるが、悪くはないと思う。

悪くはないというのは、ゲーオタみんなが注目しやすいゲームを敢えて取り上げず、ちょっとマイナー路線の新作ゲームをわざと取り上げたりしていた。

あとはシリーズ物で追い続けてるものだったら、買う前からダメっぽさが漂っていても、発売日に買ってみる等

他の自称レビュアーサイトなんて、ゲーハー板やら、ネット上の話題に流されてるラインナップが非常に多い

そこが、期待されてるところに媚びて行かないのがダメなのはわかっている

私がやっていたサイト運営
どの部分も、自分の意志を強く反映させたかったというのが理由としてある。

そういうのがいいなら、他へいけばいい

Aという注目作を取り上げず、敢えてC級へいく

それが私だった
C級ならC級に徹底しないのもダメなのはわかっている。
だからあらゆる部分で器用貧乏だと書いた。
取り上げよう取り上げようと頭では思っていても、ゲームレビュー1本20時間(+執筆時間)と言っているように、体がついて行かないのだ

例えば、2つめのコメントに書かれてるように、任天堂狂信者でも「安藤ケンサク」なんて注目したか?!

そんな私も500円で投げ売りされてる時に買ったのだが、そもそも私は任天堂狂信者ではない。

一応クリアと定義されているところまでやったが、全モードコンプリートでスタッフロールという敷居の高さで2週間かけて50時間以上かけてクリアした

その時の感想は、もっと売れて欲しいゲームだけど、買うほど面白いゲームでもないという感想だった

そこをねじ曲げて、アフィやって買わせようとしても、何の意味もない

それが主目的なら、そうすればいいが、私の場合はそうじゃない。

難しいが、意図が理解してもらえただろうか?
これはしきいし氏に当てて書いた話ではないが。

理解してもらえるわけもない。こんな長々とわけのわからないことを書いて。


最後に行き着くのは、自分に強い意思と他人にわかりにくいルールがあり、
何より、人に見せて楽しませてやろうというのではなく、
自分のためだけにやっていたことであって、それ以上のものはないということだ



---



暴露話の件だが、ただ、自分の恥さらしを、また長文に渡って書くだけになるので、見送りました





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長々と、私のゲームレビューサイト運営の苦労話を書いてきた。

今回載せたコメントのように、「大したことないサイトじゃねーか」等
このブログでの評判は惨憺たる有様だったが、


某大手(自称)ゲームレビュアーが、私の文体や芸風、挙句はレビュー内容を丸々パクるぐらいなので、
パクられるぐらいの価値はあったんじゃないかと言う自負がある

「じゃあなんでウチの芸風をあなたはパクったん?」

という話になるからだ。


まあもう、何度も書いているように


俺の人生はもう長くない


みてんねやろ?


おい、パクったやつ、


ここみてんねやろ?


みてんのなら、コメントしろや

もう怒ってへんから

俺もサイトやめちまったしな・・・過去の話や


非公開でいいから、ここもしみててパクった自覚あるならコメントしてみや



(終)

ゲームレビューサイト運営の苦労話(8)

去年末、メールで聞かれて簡単に答えたので。

後、このエントリシリーズは、極めて短文で大量に更新する方針で行く予定。
いつも私のブログのエントリは1時間以上かけた長文になって読みづらい&更新する方も大変なため。



今回は、私のゲームに対する技術面での価値観を簡単に書く。

あとどうせ、求められてない人気無いエントリシリーズだから、本来書こうと思ってた話を圧縮して
さっさとこのシリーズを終わらせることにする。



私は、ゲームゲームしたゲームが大好きで、もっというとロースペックのマシンのほうが好みだ

これはいわゆるただの懐古ではなくて、
具体的には、携帯機が3DS、PSヴィータが登場しマシンスペックがインフレを起こした時点で
私のコンソールゲーム界への興味を無くさせた原因となっている

なぜそんなにロースペックマシンに価値を置くか?!

きちんと理由がある。

これは私だけではない、人間の本能として感じられるものだと思うのだが、
何時の世も、凄いことをやったゲームが評価される

ゲームにおいて凄いことって何か?

マシンスペックの常識を越えた挙動をするゲームのことだ

このマシンはこの程度の性能しかないのに、どうやってこんなプログラム走らせてるんだろう?

昔のゲーム機は制限がいっぱいあったから、素人でもすぐにその制限の限界がわかり、
いかに作り手以下プロの集団が、苦労して形に持っていったかっていうのが目に見えてわかるぐらい単純だった

ゲーム機が進化してインフレを起こすのは、世の中の真理なので、それを否定することは出来ない

だが、制限の大きいゲームマシンで開発しているものほど、工夫しがいがあり、
また、限界を越えたゲームが作られやすいのだ

3DSやヴィータが出てから、いよいよ携帯機でも、ちょっとしたことなら軽くなんでもできるようになり
ゲームとしての見どころがなくなってしまった。

まあ、細かく見ていけば、まだ携帯機は3Dフルハイポリゲーは、満足に動かすためには苦労の連続ではあるのだが、
それでも、DSやPSPの頃みたいに、制限が多く、過剰に苦労することが減った


もちろん、ゲームは形にするだけで大変だという話はわかる
今は携帯機でもハイレベルなものを求められるようになり、パッケージクラスのソフトを作るだけでも手間がかかる

しかし、その時点で評価されれば、世の中の商業ベースで生まれた製品は、できた時点で評価されてしまう

苦労してゲームを作ってるってのは最初っからわかっている

じゃあどこを苦労したか?
性能の常識を打ち破る工夫やがんばりがあったか?!

そこにこそ、私は何よりも価値を置いていた

今は、コンソールゲームは、3Dフルポリゴンゲーばかり何の工夫もなく、垂れ流し続けられている
まだ、DSの頃は、こんなに画一的じゃなかった

でもこれも時代の流れでしょうがないんだろう


馬鹿言ってんじゃないよ
こんなのPS2世代から、こんなかんじになってったろ

たしかにそのとおりだ

私も一度、PS2全盛期の流れに入った時、ゲームへの興味をなくしかけた

その時代はちょうど、携帯機がゲームボーイアドバンスなど活発になっており、私の中では首の皮一枚でつながっていたような感じだ

ただ、PS2はPS2で、ちゃんとしたポリゴンゲーを作ろうとするとメモリが少なかったりで
やっぱり、ちゃんと見ていくと、色々苦戦していることがわかるゲーム機だ

それを考えると、今の時代のゲーム機は、やっぱり便利になりすぎちゃって
作るのが大変な割に、むくわれない環境になり始めている

インフレを起こしてなんでもできるようになった代わりに、じゃあどこで凄味を出すかっていう苦労が発生している




まだ色々書きたかったのだが、このシリーズ
人気がないので、残念ながら話を圧縮して、次の話題に移る



ゲームレビュアーにとって、一番つらいゲームは何か?ということについて書く


それは、クリアに時間のかかるゲームだ

具体的には、ナムコミュージアムとか詰め合わせ系のゲームがつらい

1本のソフトに何本もソフトが入っている

実際クリアしたのが複数本に渡っても、レビュー上では1本として扱われる

なにがつらいって、精神的にも詰め合わせ系が一番つらい

クリアして終わったと思っても、後何本という形で残っている


RPGは、実はそんなに辛くない
技術でだいぶ短縮できるゲームが多く、やりこみ要素なんか無視したら、
まあよっぽど手間のかかるゲーム以外は、30時間以下でサクサク進めてクリア可能だ

一手ずつ考えながら動かないとならないSLG系のゲームも連続でやるとしんどい
いわゆるスパロボ系のゲームだ

難易度がいくら低くても、駒を動かす作業量が凄くて、なおかつ、考える部分もかなり多いので、非常に疲れるのだ

次いでしんどいのはルーチン要素が多い、スポーツのリーグ(ダビスタ系)、桃鉄などのボードゲーム、クリエイション系のゲーム(ゲームやってるっていうより完全に創作作業だ)、あとは経営系SLG(ターン消費して待機してる時間が長い)

1000本以上ゲームをできるだけ、色々なシリーズジャンルを触れてきた私の感想としては簡単に述べるとこんな所だ

そういや他にネットRPGも半端無くしんどいが、個人的にはあれはゲームというよりSNSという見方をしているので
今回軽く語る部分では除外してしまった


あと最後に

話をはしょりすぎて、肝心な部分まで書き忘れてしまった

実はちょっとゲーム慣れしてくると、クリアまでやらなくてもゲームレビューなんて書ける
それどころか、動画だけを見て、的確なそれっぽいことを実は書ける

だがそれをやらないのは、以前にも書いたとおり、作り手に敬意を払っているからだ

ファミ通のクロスレビューがあてにならないだの言われているが
仕事でどの深度までゲームをちゃんとやってるかファミ通のレビュアーの名義貸してるライターの力量は私にはわからない

ただ、間違いないのは、冒頭1時間2時間やった程度で、その感触で、そこそこ当てになるレビューは間違い無く書ける

なぜ言い切れるか?!

私の場合、開始1時間2時間程度の感触を忘れないようにしている上に、その時点での印象を最も重きを置いているからだ

そのゲームに慣れてきて、慣れっこになっちゃって、プレイから15時間20時間以降のゲームプレイから得られることなんて最初の1時間と比べ1/10以下だ。
だから、慣れた人ならクリアまでやんなくてもレビューは書けるという根拠を持ってる

自らは手を触れず、動画だけでレビューなんて書けないだろ?

これもたくさんゲームを触ってパターン化してる人なら出来る
見ただけで100%とまではいかなくても、物に左右されるが50%から型にはまったシリーズ物なら80%以上

これは、断言する

逆を言えば、素人で技術もない、金ももらえるわけでもない
程度の低い私のレビュー記事なんて、動画見てるだけで書けるようなレベルの低い文章と言い換えられる

なんで頑なにゲームクリアを条件にしているのかといえば、何度も書いているが
製作者への敬意を払っているからに他ならない

今回のエントリは、本来2回ぶんに分けて書く予定だったものを人気がないため圧縮して書いた

次回が最終回となる
続く

ゲームレビューサイト運営の苦労話(7)

去年末、メールで聞かれて簡単に答えたので。

後、このエントリシリーズは、極めて短文で大量に更新する方針で行く予定。
いつも私のブログのエントリは1時間以上かけた長文になって読みづらい&更新する方も大変なため。



今回はゲームに対する考え方や、遊び方についての話だ。

唐突だが、私はゲームのやりこみ要素に一切手を付けない。

根底にある考え方としては、限られた余暇時間で、よりたくさんのゲームを触れることに価値を置いているからだ。

男というものは、くだらないコンプリート要素や、持っててもしょうがないカードなど、何かを集めるのが大好きな生き物である。

私も例に漏れず、そういう行為が大好きで、若いころは意味もなくRPGのアイテムを全部集めてみたり、全キャラLV最大値まで上げ切ったり、今思うとかなり無駄に時間を消費していた。

レビューサイトやめてしまってからも、
PS3のトロフィーデータ、Xbox360の実績データを意味もなく眺めるのが大好きで、
仕事の問題等もろもろ解決していて時間が許すのであれば、若いころのようにトロフィー集めに気力を注ぎたくなることがある。
もうやってないがドラクエ10でも、手持ち無沙汰なときにしょっちゅうクエストリストやらコンプリート達成メニューを開き、進行度を頻繁に見て、ここまで達成したとニヤついたりしたものだった。

はっきりいって、私はゲームにとてつもなくはまりやすい性格で、ネトゲ(MMORPG)なんかやらせたら、
何千時間と延々とやり続ける廃人になるのは明らかだし、
スマフォのコンプガチャとか、カード集めのゲームやれば、大金を注ぎ込んでレアカード集めに精を出すのが目に見えている。
それぐらい、私は収集癖を持っている自覚がある。

自覚があるから、理性で「こんなことをしてもしょうもない」と思い返し、我を忘れてハマらないようになっている。

昔からこんなにちゃんとした人間ではなく、上に書いたように、若いころは1本のゲームに意味もなく時間を注ぎ込んでいた。

私のことを詳しく知っている人間ならわかるだろうが、学生の頃FFXIに半年間嵌り込み、実生活が疎かになった経験があって、今の私がいる。

なぜ、冷めてしまうのか?というと、きちんとした理由がある。

昔やりこんだゲーム。たくさんあるのだが。
十数年経った今でも、その汗と涙の結晶ともいえるデータ。
未だに生存しているセーブデータはほとんど存在しない。

私が最も心血注いだSFCのDQIII、パーティ4人全キャラスキルコンプ&LV99&アイテムコンプのデータ
2011年秋に、バックアップ電池が切れて、その冒険の書は儚く消え去った。

こうやってデータロストして、虚しさを味わった回数は1,2回ではない。



また逆に、ゲームを極めきってしまうと、とたんに冷めて飽きてしまうという脱力感を何度も味わっている。

だから、PS3のトロフィー集めを頑張っている人を見ていると、単純に凄いなあと思ってしまう。

何本かゲームをコンプしてしまうと、その行為の繰り返しに飽きないか?と思うのだ。

私の場合、トロフィー集めに関しても、攻略サイトを見ながらやるととたんに作業感が強くなり、つまんなくなってしまう。
自力でやるのが面白いが、それだと効率が悪くなる。
後、トロフィーを集めても、見せびらかすフレンドがそもそもいないなど。

今のゲームは、昔と違って、収集癖や収集要素を楽しませるように巧みに工夫されてるので、飽きないのだろうが、それでも昔のゲームと違って、容量も大きくなったから、1本のゲームに費やす時間も2倍3倍(昔のゲームはせいぜいコンプに50時間ぐらいだったのが、100時間以上平気で行く)になっている。
だから、よくそれだけ気力が続くなと感心してしまうのだ。

そして、今と昔で、ゲームの楽しみ方というものも、確実に変わっていっている。

昔は上手く言えないのだが「ゲームそのもの」を楽しいかどうか、ということが価値におかれていた。

今は、さんざんこのエントリで書いたように、収集癖を刺激したり、大量にコンプリート要素を用意して、
いかにプレイヤーをルーチンワークに夢中にさせるか、惹きつけるかに価値がおかれており、
また、遊ぶ方も、ゲーム自体が反復の繰り返し、ルーチンだろうが、収集癖を満足させられれば面白いという感じに
価値がすり替わっている。

そのプレイヤーのゲームスタイルの変化を最も感じたのが、RPGにおける「盗む」コマンドの使い方である。

昔は、「盗む」なんて使う人は殆ど存在しなかった。

しかしいつからか、具体的にはだいたい2000年前後だと思うのだが、
レアアイテムを持っているかもしれない敵からアイテムを「盗む」コマンドを常用化される傾向が強まった

それにより、ゲーム側でも、敵にレアアイテムを持たせる仕込みが増えて、今では「盗む」コマンドが大きな価値を占めるようになった。

なぜ、昔はあまり使われてなかったか?!

盗むと同様にアイテムを掛け合わせる合成も、めんどくさいから嫌われる傾向が強く
昔は容量の関係もあって、アイテムの種類も少なく、楽しませる余裕がなかった。

さっさと敵を倒したいのに、いちいち「盗む」をして、しかも、盗めるかどうかもわからない非効率なことに
時間を掛けたくなかったというのが理由である。
同様に、合成システムが嫌われていたのも、一々アイテムを揃えるのが大変で、レシピを覚えるのも面倒という理由である。

しかし、だんだんとそういう要素が受け入れられるようになり、その背景にはゲームを楽しむスタイルが変わってきたからだと私は思っている。

レビュアーとして、私は、この新しい楽しみ方はあまり理解できず、かつてのように
ゲーム自体の面白さに価値を置いていたため、もうこの感性でゲームレビューをするのは限界ではないかと感じていた。
そして2012年秋、私はレビュアーをやめてしまった。

長くなった。続く

ゲームレビューサイト運営の苦労話(6)

去年末、メールで聞かれて簡単に答えたので。

後、このエントリシリーズは、極めて短文で大量に更新する方針で行く予定。
いつも私のブログのエントリは1時間以上かけた長文になって読みづらい&更新する方も大変なため。



今回も現実路線の話だ。

ゲームレビューサイトを更新していく上で、最も気を使っていたこと。

それは、「情報遮断」だ。

ゲーム情報を殆ど見ない。

新作ゲームの場合、第一報のおおまかな概要だけで、買うかどうかを決める。
なぜなら、私にとって、そのゲームがクソゲーかどうかということは関係ないからだ。

そりゃ、ちょっとは画面写真の2,3枚は見るかもしれない
しかし、買うと決めたゲームは、その時点でほとんど記事を読まない。

もっと発展すると、まだ自分がプレイしたことのないゲームの記事も実は避けている。

プレイ動画なんてもっての外だ。
ゲーム動画配信や動画サイトのゲーム動画等

私の場合、自分がクリアしたことのあるゲームの動画しか絶対に見ない。

それが例えば、作業用BGMで音楽だけであっても、実際に手に触れてプレイするまでは
すべての情報を、予め知っておくことが嫌だったので、避けていた。

さらに付け加えると、他人のレビューや感想文も絶対に見ない。
それどころか、未プレイのゲームについて語っている掲示板やブログ記事についても
ネタバレを意識して、見ないようにしていた。

なぜそこまで徹底するか?????

レビューを執筆する上で、何より大切にしていたのは、自分の感性である。

雑念というとちょっと言葉が悪いが、ゲームプレイ前に理想的なのはそのゲームに対する知識が一切ないことだ。

なんでもいいからそのゲームに対して予め情報を与えられていると、その先入観に絶対に影響を受ける。

わかり易い例を出すと、
評判の良いゲーム、評判の悪いゲーム

これを事前に知っていると、レビューを書く際に、どのような形であれバイアスがかかる

野球で言うなら、執筆者はバッターで、次この投手はストライクかカーブを投げるかわかっている状態だ

そういう情報を耳にいれてもなお、周りの影響を受けずに自分の考えを貫き通せるという人は世の中に存在しないと思っている

これだけ情報があふれている時代に、自分の未プレイのゲームの情報を一切シャットアウトするのはかなり難しい

だが、それをやるぐらいの価値があるというのが私の持論だった。

こういう姿勢を通していたため、私のレビューは時には仕様の見落としで、見当違いのことを
延々と書いてしまうこともあったが、
世間の評判や意見に影響されずに文章を書くということはとても意義のあることだと信じていた

例えばRPGなら、徹底して情報を遮断していたので、仲間になるキャラクタすらわからず、
進めていて、「こいつが仲間になるのか!」という驚きを受けることもあったし、

アクションゲームや他のジャンルにしても、核となるゲームシステムすら知らないで発売日に買ったり
中古で買ってきたりするし、
わざと説明書も読まずにゲームをやる。

そのため、ゲーム上で、操作やシステムの説明が入ると、
その時点でようやく、「これがこのゲームのウリなのか!」とナチュラルにびっくりしたりする


一般人は全く逆だろう

金だしてゲームを買うんだから、入念にどういう内容か下調べをして、その上で買う

だが私はまったく正反対の行動をわざと取っていた。

昔は、パッケージの裏のゲーム紹介文ぐらいしか、調べられる情報ってなかったから、
逆に、ゲーム雑誌やコマーシャルとか、私も含め情報に植えていた

不思議なもので、なんでもかんでも無料で知りたいことを得られる時代になると
逆に、耳に耳栓をし、目に目隠しをして、物の本質を探りたくなる(年齢と経験のせいもある)

私のゲームレビュー記事は、そういうふうにして作られていた


続く

ゲームレビューサイト運営の苦労話(5)

去年末、メールで聞かれて簡単に答えたので。

後、このエントリシリーズは、極めて短文で大量に更新する方針で行く予定。
いつも私のブログのエントリは1時間以上かけた長文になって読みづらい&更新する方も大変なため。



前回最後に書こうとしたがど忘れして書けなかった話を最初に書く。

前回のエントリの終盤で、ゲームについて冷めてきているような話をした。

それで、自分自身いい年になってきてわかったんだが、レビューサイト始める前は理解できなかったことがあった。

私がレビューサイトを始める前、10年以上前の話だ。

当時は、今よりもはるかに沢山のゲームレビューテキストサイトが存在していた。量や質はともかく
個人でサイトを構えて、レビュー記事を執筆しているサイトが当たり前のようにあった。

それで、運営者が年上(25以上)の場合、大体、普通のゲームの他に美少女ゲームのレビューを取り扱っていた。

私は当時20になるかならないかの世代。
どうしても、ギャルゲーを遊ぶ人間が理解できなかった。

その頃は、CLANNADやら君が望む永遠やら、他にも色々鉄板タイトルがあったような気がするが、
そういったゲームが絶賛されていて、「ストーリーが面白い!」と熱弁を振るったレビューが載っており
読んでみても「どうせたかがギャルゲーだろ?」としか思えず、共感できなかったのだ。

今でこそ、こういうゲームへの理解も深まり、また、ゲーム自体の質も上がりつつあるが、
2000年前半期なんてのは、まだまだオタク系文化の理解は乏しく、当のオタク連中でも下(げ)に扱ったりして
エロゲーを遊ぶ奴は人格破綻者とかネット上ですら言われる始末だった。

そしてただの若いゲームオタクだった私も同様で、そういうゲームにいい歳をしてハマっている人間を見て
情けないと思ったものだ。

私はゲーム以外に、アニメも見るが、映画も人並みに、テレビドラマを沢山見ていたので、
ゲームの、しかも三下クラスの小さい世界のギャルゲーなんかが、テレビ局が沢山のお金とプロを動かして作る
テレビドラマに面白さで勝てるはずがないと思い込んでいた(もちろんドラマどころかTVアニメにも劣ると言い切っていた)。

ところが自分もいい歳になってきて、美少女ゲームに手を出す理由もわかるし、面白さも理解できるようになってしまった。
個人サイトを構えてまで、ゲームレビュアー活動を行う人たちというのは、よくも悪くも我の強い人たちだ。

ネット黎明期、それこそ2000年からもう、投稿型ゲームレビューサイトmk2が既に出来上がっており、また、爆発的に利用者が増えていた
他にも投稿型の手軽にレビューを発表できる場所なんてのは山ほどあって、わざわざhtmlを勉強してホームページを作るという選択肢は当時から敷居が高かった。

歳を重ねてくると、それだけゲームを沢山触っているし、そうなるとひとしきりの決まったジャンルのゲームには飽きてくるものだ
それで、ゲームの中でも、努力をほとんど必要としないビジュアルノベルの美少女ゲームなんかに手を出しても不思議ではない。

あれから10年以上経って、私と同世代というか、年代が入れ替わってからは、必ずしもそうでもない印象はある。
30を超えてもバリバリ現役で反射神経を必要とするゲームを20代のころと変わらず遊び続けてる人は多い。
しかしそういう人たちもいずれは、アクション、RPG等遊び続けてきたメジャー・ジャンルには飽きてくると思う
その時がゲームから卒業するときなのだろう。

軽く書いて本題にはいるつもりだったが、思いの外長くなってしまった
そこで今回は本来書く予定だった話を繰り下げて、ストックしていた軽い話を簡単に書いて終わろうと思う。

相互リンクしているしきいし君について、次回以降メインで触れるつもりなので、今回は軽い話題を入れる。

唐突だが、生きる楽しみというものが私にはもう何年も無い。

しきいし君は、毎週だか毎月だかしらないが、とても楽しみにしている漫画がありそれが生きる原動力になっていると語っていた。

その漫画が打ち切られてからは、ブログの更新も止まってしまい、何をしているのやらという状態だ

私の場合はゲームだが、このゲームを遊ぶまでは死ねないとか、そういうゲームはここしばらく全くない。

つまり、義務的にやって、レビューを書いてきた。

言い換えると、予約してまでして、絶対に発売日に欲しいというほどのゲームは全然無いのだ

ちょっと前までは、とぎれとぎれながらそういうものはあった。

去年だとロボティクス・ノーツ
しかし熱烈なファンになるほどの内容ではなかった

2,3年前はシュタインズゲートだった
だからあれのファンディスクが出るときも、猛烈に楽しみにしていた
ファンディスクがまた出るようだが、もうシュタゲは飽きた

あれは、バタフライエフェクトのパクリとか言われるが、どこがおもしろかったかというと
2009年の時点で、ネットスラングを使いまくり、時代の波に乗ったテキストをメインに据えたから面白く見えたわけで
あのセンスで何年も面白く食べていけると思うと大間違いだ
ぶっちゃけると、今ネトラジも再開して放送されているが、今あのノリをやられてもいい加減飽きたし寒いと感じるほどだ。

昨日たまたまテレビを見て感じたが、今レイザーラモンHGがテレビに出てネタを披露しても
全く笑えることもなく、一昔前出始めの頃は賑やかし程度の面白さはあったが
今となっては時代にそぐわない寒々としたキャラクターで仕事が全く来なくなって泣いているというのも理解できる話だ。

生きる原動力というほどではないが、数年前までのゲームは、
1年に1,2本あるかないかぐらいではあるが、ものすごく衝撃を受けたりハマったりするゲームが出ていた気がする

2010年ころからそういうものがパタリと無くなり、ただひたすらにつまらなくなっていった。

シュタゲの前は、たまたま時間つぶしに入り浸っていたゲームセンターで出会ったマジックアカデミー。

あれは衝撃的だった。

ああいう衝撃を受けて、手持ちのお金を考えなしに注ぎ込んでしまうような魅力を受けたゲームというものが
昔はちゃんと存在していた

しかしもう何年も、そういうゲームが出てこない

この、ゲームへの魅力減という話は次回以降、また詳しく触れたいが今回はこのへんで終わる

続く

ゲームレビューサイト運営の苦労話(4)

去年末、メールで聞かれて簡単に答えたので。

後、このエントリシリーズは、極めて短文で大量に更新する方針で行く予定。
いつも私のブログのエントリは1時間以上かけた長文になって読みづらい&更新する方も大変なため。



前回、前々回と、ゲームレビューの書き方とか、ゲームの見方みたいな重たい、わかりづらい話が中心だったから
今回は比較的、現実的な、軽い路線の話を書く。

ゲームレビューなんて遊びでやってるんだから苦労も何もないだろうという話。

新作ゲームにおいては、発売日買いしたゲームは絶対迅速にクリアしてレビューを書くという決め事を課していたため、サイト更新末期においては、扱うだけでも相当苦痛だった。

この、ゲームを遊んでいるのに「苦痛」という表現を使われることが一般人からすれば理解できない、馬鹿馬鹿しい行為と言われてもしかたがないのだが、

希望する仕事につけなかった以上、自分でかってにプロ意識を持ってサイト運営をやるしか生きがいがなかったのである。

つまり、何があっても(ゲーム自体がつまんなくてやる気が起こらない内容だろうと)最後までゲームをプレイして、レビュー記事を書く。

ちょっと話がそれるのだが、「ゲームを遊ぶ時間(余暇時間)」というものは、個人的には作るものだと思っている。
もう、ゲームとは全くかけ離れた話になるのだが、ゲームにかぎらず、余暇時間(自由時間)は、与えられるものではなく、作るものである。

人生論とか生活論みたいな話になっていくので深く触れたくないが、
ニート無職だろうが、バイトや仕事持ちだろうが、ゲームを攻略する時間(遊べる時間)にそんなに差異はない。

どっちの身分でも、スケジュール管理をして自由時間を生み出すものである。
そしてその時間から、ゲームを遊ぶ時間を捻出する。

無職や気楽なフリーターだったら、拘束されるものが何もないから(or自由な時間が多い)、一日中ゲームが遊び放題だろう?といわれるかもしれないが、
存外、それ以外に時間を取られるものである。
確かに、会社員に比べれば、自由時間を作りやすいっちゃ作りやすいが、色々と制約が多い。

その辺の話は、本来のテーマとかけ離れて長文になっていくのでこのへんで辞める

何が苦痛だったかというと、ゲームを遊ぶ時間を作るのが苦痛だったのである。

旧作の場合は、ある程度自分のペースで遊ぶようにしていたので、苦痛に感じることはなかったのだが、
ところが新作ゲームの場合、発売日に買うメリットというのはレビューの速報性以外に他には何もない。

つまり、高い値段を出して発売日に買った以上、わざわざ出てすぐ高い金を出して買うぐらいなんだから、
その恩恵を最大限受けるには、寝る間も惜しんで遊び倒すしかないわけだ。

普通の人ならさらにそこから、早解きして、値崩れする前にすぐ売却。
安い出費で最新ゲームを楽しむという遊び方が定着しているが、
私の場合、ゲームレビューサイトをやっているので、一本一本のゲームソフトには資料性があり、売却は出来ず手元においていた(中古ソフトは裸ソフトでも動作さえすれば全く構わないので、いわゆるコレクターともまた違う人種といえる)。
シリーズ物や移植作の場合、過去作を出してきて、どんなゲームだったか確かめるために起動する必要性が生じる場合があるのだ。

欲しい新作ゲームを勝手に買ってきて遊んでいるだけで、何が苦痛だ馬鹿馬鹿しいというツッコミが入るのは当然なのだが、
私の場合、ゲームに自分の都合を合わせてやっていたので(もちろんこの部分を馬鹿な行為だと言われてもしかたのないことだし、自覚している上でやっていることだ)、
つまり、新作ゲームを取り扱うのが苦痛だったという感想に至るのだ。

私がレビューサイトを始めた頃、ちょうどコンシューマーゲームは全盛期で、とにかく新作ゲームを消化するだけでも大変なほど沢山発売されていた。

ここ数年、HD画質のゲーム機が出て商売にならないとか、スマフォゲーム等が流行りだしてからは、
コンシューマーのゲームソフトの発売本数が落ち始め、サイト末期の頃は、取り扱うのが大変になるほど発売されてなかった。
むしろ、私にとっては丁度良いぐらいの発売本数だった(それでもサイトの成果が上がらないのも手伝って扱うのが相当苦痛になっていた)。

私がレビュアー全盛期だった頃の時代。

PS2とDSの勢いがあった頃で、大体毎月2,3本取り扱う新作ゲームが必ず発売され、
年末商戦や決算期になると、7,8本以上が当たり前だった。

そしてそれを買った以上、もちろん全部クリアまでやり切る。
本当に、ゲームを買う金とかよりも、遊ぶ時間が足りないという有様だった。

ここ数年でソーシャルやスマフォが台頭してきてからは、年末商戦にいたっても、注目作はせいぜい多くて5本とかに激減してしまった。

この流れは、今後ますます加速すると思っている。
ま、業界がどうなろうが、外様の私には関係のない話だ。

1ヶ月で、超大作クラスのでかい規模のゲームを何本も攻略してレビューしなければならない過酷な環境だった。

1本のゲームを普通にクリアするだけでも、RPGなら最低30時間からそれ以上、
アクションゲームなど他ジャンルでも、12,3時間、テキストアドベンチャーでも案外時間がかかり30時間近くなど

アニメ1本1クールで12回×30分=わずか6時間、2クールでも2倍で12時間以内に見終わってしまうことを
考えると、相当レビュアー泣かせのジャンルとなっている。

しかも、この時間、ただ黙って画面を見てればいいわけじゃなく、プレイヤーがコントローラーを操作して努力しなければ一向に先へ進まない。

ただ画面を眺めているだけで十分楽しい娯楽が今は沢山ある
なのに、大した楽しくない(物が多い)ゲームをわざわざ選ぶ意味があまりない

“そう思ってる人”が増えてきたから、ゲームという娯楽が衰退し始めているというのは肌で感じている。

こうやって書いているが、それでも私はゲームが好きだったから、多少の不満をチャラにしてしまう器量はあった(現役の頃の話だ)。

なんか、他に書いておきたいことがあったのだが、途中でど忘れして思い出せなくなった。思い出せたら次回以降に書く。

こういう話。現実味のある苦労話を今回は初披露したが、
書いてる方は、イマイチ中身の無い話でつまらないだろうと感じているのだがいかがだろうか?

本人からすれば、なんともとりとめのない主張がなにもないエントリで、
気がついたら長文になっているわで、なんとも微妙な気持ちなのだが

つづく

ゲームレビューサイト運営の苦労話(3)

去年末、メールで聞かれて簡単に答えたので。

後、このエントリシリーズは、極めて短文で大量に更新する方針で行く予定。
いつも私のブログのエントリは1時間以上かけた長文になって読みづらい&更新する方も大変なため。



私の文章力が悪いせいもあって信じてもらえないだろうが、

私はゲームレビューをする際に、どんなゲームでも必ず、製作者に敬意を払ってレビューを書いている。

文章力の拙さは自分でわかっていて、だから、やりながら上達するしかなかったため、すべての記事で実践で来てるとは言いがたい。
おまけに書いた文章を見てアドバイスをくれる師のような存在もいなかったため、確実に成果が上がっていくこともなかった。

だが、信念として、製作者の揚げ足取りに終始しない
これだけは、念頭に置いてゲームを取材してレビューを書いていた。

だからこそ、製作者の意図が浅はかさが透けて見えてくると、とたんにそのゲームに対して見方がシビアになる。

逆に、しっかり考えこまれているゲームというのは、全体的に出来が悪かったとしても、良い印象を持って終わる。

この、考えられたゲームというのが、具体的に何を指すのかを言うとまた一般論から外れていって難しいのだが

説明書を読まなくても、ゲーム上だけで、それとなく操作法やコツが会得できるようなゲーム
運任せにならない、一見運任せに見えても、製作者の意図から外れた行動をとっても、きちんとフォローが入る(見えづらいフォローでもいい)

インターフェイスが良い悪いという書き方をするが、良いゲームというのは単にレスポンスが良いだけではなく、
欲しい情報が絶妙なタイミングで画面に表示されたり、レイアウトが素晴らしくて見やすく構成されているもの
(漫画で例えるなら、コマ割りや構図が読解しやすく読みやすい漫画ということになる)
逆に悪いゲームというのは、何度もメニューを切り替えないと欲しい情報が見られなかったり、
嫌なタイミングでロード処理が入るようなゲーム。独特の操作性で慣れが必要なクセのある挙動、動作性。

こういうことは約10年間、言語化せずに頭のなかだけで感覚的にやってきたので、
いざ、文章に起こそうとすると、どういうふうに考えていたか細部まで思い出せないのがつらいところだ。

駄目なゲーム、良いゲームという言い方は本当はあんまりやりたくない

が、今後詳しく触れる予定だが、ゲームに点数を付けるほどのことはやりたくない

だけど、一発でどういう印象かを読者に伝えるには、段階的に設定した曖昧な書き方。
このやり方しか考えられなかった

前に、私が書いたレビュー記事は慈善事業じゃないという話をした
これがそこにつながるのだが、私は面白いゲームつまらないゲームという線引きでレビューを語っているわけではない。

それこそ、読み物や自分の嗜好性で語る読書感想文をやるのなら、こんな客観的で面倒な目線で文章を書くなんてことしない。

このゲームの、音楽、システム、ゲーム、画面、情報、構成エントリ(起承転結。野球ゲームやスポーツゲーム等あらゆるジャンルに言える)、あらゆる要素が組み合わさって、
どういうゲーム(製品)になっているのか、必要なときに分解しながら分析していく

だから、私のやり方(書き方)では揚げ足取りのようにみえるだろう。
はっきりいって、素人の技術のない中途半端な知識しかない人間が書いたって何の意味もない記事だ。


だが、1000本以上のゲームを触れてきて、クリアしてきた人間の目線で
企画力、技術力、それらをまとめあげる総合力

ちょっとやそっとのレビュアーでは出来ない立場から、私のレビューは書かれている。

また長くなった。続く。
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