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20代の間に打ち込んだこと

久しぶりにブログを見たらWeb拍手というものをいただいていた。
業者なのか間違って押してしまったのかわからないけど、ありがとうございます。
どうせ見ている人なんかいないからそれを逆手に好き勝手書くつもりだったからびっくりした。

今回は20代に打ち込んでいたことを書きたいと思う。

★ゲーム配信
メディアエンコーダーを使った映像配信。ニコニコ生放送とか永井先生みたいなやつ。
私がやり始めた頃はニコ生もなかったし、ゲーム実況動画もなかった。
私は面白そうだという理由だけで環境を整え、なんでも実況という映像配信をしているところで配信を始めた
主にやっていたのはゲーム動画ばかりだったが、Webカメラ雑談もやっていた。
最初は2,3回やってやめるつもりだった。どうせ私がやったって見る人もいないつまんないやつだと思っていたからだ。
それが、結構見てくれる人がいて、長く続けることになった

私生活がうまくいかないこともあって、だんだん元気に振舞うことが出来なくなって、やっぱり辞めることになった

★ホームページ
7年前からゲームレビューを扱ったHPを始めた。
きっかけの一つとしては、大学を卒業したが就職できず、目的を見失ったからだ。
バイトはしていたが、ただだらだら生きるのではなく、金稼ぎじゃなくてもなんでもいい、向上心を持ってなにかしなければならないと強迫観念にとらわれていたからだった。

なぜゲームレビューにしたかっていうのは、私にはそれぐらいしか出来ないと思ったからだった。
父親がゲームジャンキーで、私が子供の頃から家には沢山のゲームがあり、ゲーム雑誌もあり、ゲームの知識だけは誰にも負けない自信があった。

このHPには正直言ってかなり時間を割いている。
しかし、さっき書いた映像配信と比べると、アクセスも伸びず、はっきりいって失敗していた。

掲示板に書き込みはなく、かわりに悪意のある人間が何度も同じ手口で2ちゃんねるに晒し、叩かれるように仕向け、
そのたんびに誹謗中傷を食らっている。

きちんとしたアクセス解析は付けていないが、トップページのアクセスは50?100ぐらい
新しく更新したページは30前後だから、いつも見に来ている人は30ぐらいだと思う。

7年もやり続けて、たった30だ。努力した結果がこのざまだ。

最近は精神不安定がひどくなったこともあり、2ちゃんねるの荒らしに反応してしまったり、ネットラジオを挙げてみたり毛色の変わった事をしたことで、元々いた人がどん引きしてしまい、さらに人が離れる結果になってしまった。

こんなありさまだから、最近はもうやめてしまおうか深刻に悩んでいる。

辞めるのは簡単だ。映像配信だって落ち目になって嫌なことから逃げるために、すっぱり辞めることが出来た。

しかし、そういう趣味や生きがいを無くしてしまうということは、空っぽの人間になってしまうということだ。

両親は、まじめに働いたりしないのはゲームばかりやっているから全部捨てろと言うが、それはちがうとおもう。
ゲームやパソコンをやり続けるには金がいるわけで、欲しい物ややりたいことがあって、それがやる気につながっていくと思う。
趣味ややりがいがあって生きる活力が湧いてくるものだ。

今の私は、今まで打ち込んできたことがうまくいかず、かといって現実でもうまくいかず、今は我を忘れて打ち込めるものがなくなってきて無気力になってしまっている。

今は不景気で仕事が無い、年齢的にもなかなか雇ってもらえない
そういう悪条件でも、やる気さえあればやっていくことができるとおもう。

今の私はあきれ果て話し相手にもなってくれない両親と、相談に乗ってくれる友達も周りにいなくなって、
可能性に向かっていく気力がなくなり、部屋に閉じこもって抜け殻のように寝転がっているだけだ。

突然心臓発作でも起こって死ねればどんなに楽だろうと毎日思っている。
こんな囚人みたいな生活はもう嫌だ。
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新聞販売店で働くのはおすすめしない

私は以前、某新聞販売店に勤めていた。
今、不景気だから、求人があるなら職を選ばない人もいるだろうが、はっきり言ってここだけはオススメしない。
その実態を暴いていこうと思う。

私がいた販売店は、はっきり社名を書いてもいいのだが、後であれこれ難癖付けられても嫌なので伏せておく。

どういうところかと言うと、地方紙で、地元民で新聞購読するならここ以外有り得ないと言われているほどの地位を持っている新聞だ。
新聞離れが進んでいる今は別としても、昔なら転居してきたら、営業しなくても読ませてくれ!!と申し込みが来るほどの絶対的なポジション。
新聞配達の地図を見ても、購読者の世帯で真っ赤に染まっているほど購読率が高かった。

給料もいい。民間の初任給ではまず有り得ない水準。公務員でも恐らくこんなにもらえない。

なぜそんな高待遇の場所をやめてしまったのか。これから書くことを読んでもらえば納得するだろう。

★特殊な勤務形態
未経験なら最初からいきなり地域を受け持って訪問営業をやるのではなく、恐らく事務所の雑用から入ると思う。
勤務時間は5:00?8:30、12:00?16:30。

・5:00?8:30
普通ならこれより一時間早く出勤させられて、朝刊の搬入作業をさせられるだろう。うちは特殊な地区を受け持っていたので違った。
出勤してすぐ他の新聞配達員と一緒に朝刊の配達をする。そこはバイトにはまかせられない農地区画(市から指定されている)で、
25件しかないが、一件一件の距離が離れていて、車で配っても1時間はかかる。
道路の両脇が畑で車一台分の幅しか無く舗装すらされていない砂利道という悪路を走らされたりする。

ちなみに私は、冬になると目印が無く一面真っ白なので距離感がわからず、何度か畑に車を落としたことがある(暗いから本当にどこを走ってるのかわからなくなるのだ)。

夏場はいい、冬になって冷え込むと周りに何も無いせいかしゃれにならないほど寒い。おまけに大雪が続くと、満足に除雪車も入らないような場所だ。
車で侵入できない場所が出てきて、そういう場所は車から降りて雪中行軍する羽目になる。

戻ると今度は8:30までずっと電話番だ。
新聞がきてないだの、ぐしゃぐしゃだのという苦情を処理する。
自分のミスでもないのに、毎日バイトのミスをかわりに謝り怒られる。新聞が届いていない場合、勿論、地図で調べて車を出さないとならない。
ここでもそうだが、冬場だと一番冷え込む朝方に外仕事というのは本当に辛い。
路面状態も一番悪く、スリップ事故を起こしやすいし、出勤ラッシュに重なると渋滞にも巻き込まれる(7:00?)。

電話番の時間帯は、他にやることも無いので、暇なときは時間も時間だし寝てても良いとの話だったが、
私が入ったときは、会社が個人経営から親会社(新聞社の持つ販売店を管理する子会社)が買い取った直後で、業務形態の見直しが始まっており、とうぜん出勤してきた人間を遊ばせておくわけにもいかないとなり、色々な雑務を押し付けられることになり、寝る暇なんかなくなるのだった。

・8:30?12:00(休憩時間)
一般的な会社で言う休憩時間。3時間30分もあるが、はっきり言って、それだけ拘束時間が長くなる訳で有り難いことではない。
家に帰ってまた出社する時間を入れると1時間は軽く飛ぶ。実質2時間30分も無い。
私の場合は、帰って駆けこむようにごはんを食べ、睡眠時間に当てていた(当然満足に寝れたものではない)。

・12:00?16:30
午後は主に折り込みチラシを作る作業。新聞に種類の違うチラシが束になって入っているが、当たり前の話だが、
最初からああなっているわけではなく、あれは特殊な機械を使ってあの束を作っているのだ。

同じものを作ればいいってわけじゃなく、実は地域ごとに若干折り込むチラシが変わっている。
けちな店が、宣伝効果のあるところにだけ折り込んで欲しいと数を少なく出したり、そういう要望にも答えなければならない
確か私のいた店では4500戸受け持っていたはずだが、それに対して2000枚しかよこさなかったり、そういう会社が毎日いくつもあって、種類の違う折り込みチラシと枚数を毎日前日に割り出して次の日に使う指示書を作るのも仕事の一つだった(これが地味に時間かかって疲れるのだ)。

実は、新聞販売店の主な収入源がこの折り込みチラシだ。親会社がわざわざ億単位の金を出して買取る(私が辞めた後別の土地を買い、事務所を新築するぐらいだから相当旨みのある場所だったんだろう)ぐらいだから、チラシの量も毎日ものすごかった。
特に週末ともなると、チラシの数が膨大になり、保管場所に困ったし、作業量もその分増えて大変だった。

この仕事は一人ではやれないので、他にアルバイト3人と一緒にやっていた。

チラシの量が少ない日(週明けなど)は1時間半ぐらいで終わるが、2日分やる土曜日や週末はとうぜん特売のチラシが大量に持ち込まれ、3,4時間以上かかり、その日はサービス残業になる。

夕刊の来る時間になると、それの搬入作業やらで折り込みどころじゃなくなり、それに合わせてバイトどもが休憩に入るので、15時?16時は中断になる。

バイト連中は休憩かもしれないが、私は夕刊の搬入が終わったら、朝配った農地へ今度は夕刊配達へ行く。
朝と違って、今度は車で渋滞している道路を縫うようにして配らなければならないため、朝よりも気を使う。

農業区画以外の部分は住宅地で十分開拓されており、決して極端な田舎というわけではない。だから道路を隔てると住民が沢山住んでいる地域になるので、人通りや車の往来も非常に多い。
なんせ畑のすぐとなりがショッピングモールだったりするぐらい隔絶されている地域だ(ここにも配達へ回る)。

チラシの仕事が終わっても、今は販売店は新聞の仕事だけやってればいいという時代ではなく、フリーペーパーの業者を潰すために、戸別配布の業務を色々やっていて、そういった雑務が待っている。

建前上は16:30までだが、大体は早くても17:00。ほとんど18:00近くにならないと帰れなかったと思う。
勿論残業代は無い。

で、次の日は4:00起きで5:00までに出勤しての繰り返し。拘束時間は12時間を超える。
休みは日曜祝日だけ。

なんだこれぐらいの会社他にも普通にあるじゃないかと思うかもしれない。

経験上言っておきたい。この販売店のスケジュールのようにとぎれとぎれに働かされるのと、残業で夜中、果ては徹夜させられるような、ぶっ続けで仕事させられるのでは、どっちがキツイかといったら、間違いなく前者だ。
仕事内容にもよるけど、まとまった休み時間が取れない新聞販売店は地獄だ。まず生活リズムが間違いなく狂い、満足な睡眠が取れず寝不足状態が続く。これが何より辛いことだった。

★人間関係

それでも、辛い仕事だろうと、職場や人間環境がよければ、我慢して続けられるものだ。
販売店はここが最もひどいと言わざるをえない。

私のいた会社は、20代?30代が一人もいなかった。40代、50代の人間ばかりで、事務の女以外はパソコンが全く使えない。
年配のおっちゃんばかりだと、逆に物腰柔らかく和やかなイメージをもたれるかもしれないが、どちらかというと手の付けられない頑固ジジイばかりであった。
これは、新聞販売店という仕事が誰でも簡単に付ける仕事で、他に行き場のない(自分含め)癖のある性格の人間が集まりやすい環境にあると思う。

昼間、チラシ折込のバイトに来てる人間もやはり60前後のおっちゃんおばちゃんで、ガラの悪い職場にはガラの悪い人間が自然と集まるのだろう、こいつらも金払いがいいから割り切ってきている感じで、昼の仕事も雰囲気が悪くやりづらかった。

定年間近に、会社を買い取られ、仕事でPCを覚えさせられたり、業務内容も変わったりで、今更新しいことを覚えたくないと、辞める人間が何人かいた。
私もその流れに乗り、半年でさることにした。勿論辞める前に何度も家族に相談した上での結論だった。

半年間なにひとつ面白いことはなかった。今振り返っても嫌な思い出しか出てこない。

この仕事をしていた間は、毎日新聞配達のためだけに生きていたような感じで、生きた心地が全くなかった。

この仕事が決まる前は、バイトをしながら就職活動に精を出していた。
年齢的にもそろそろ危ないということで、ひときわ焦っていて必死にやっていた気がする。そんな中で、人づてで望んでいたわけではないこの仕事がすんなり決まったのだが。

この仕事を辞めてからというもの、最初の一ヶ月は完全に仕事をさがす気力が出なかったし、その後も心か精神かそこらへんをえぐられたのか、この仕事をやる前にはあった勢いや精力のようなものが完全に消え失せ、すっかり病んでしまった。

やめてから結構たつが、市役所の臨時職員なんかやったりしていたが、この仕事のおかげで並大抵のしんどさには動じなくなったのだけはいい点だと思うが、同時に人として大事な何かを失ってしまったように思う。
プロフィール

安西爆弾

Author:安西爆弾
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