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いまさらアイドルマスター2

最近ゲームのエントリばかりで、ただのゲーム日記に成り果ててきていて、ますますゴミブログになっていっている気がするが、今日もゲームエントリ。
※PCの環境によっては画面写真が途切れて表示されることがありますのでご了承下さい。
※IE9.0,1920x1080の解像度で確認を行っております。1200以上の解像度の閲覧を推奨します。

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いまさらアイドルマスター2をやっている。
今更でもないか。クソゲーと悪評絶えない評判の悪さだが、店頭では新品は既に品切れしているか品薄、中古も少なくまだ7000円以上する。
そんな中、秋葉原やアマゾンなど一部のところで値崩れが激しくアマゾンのゲームバーゲンで4200円だったため、購入した。
私がアマゾンで購入したのが5月下旬なのだが、6月前にして50%オフとさらに値下がりしている。
気になっている人はチェックしておくと良い。これを逃すと、恐らく1の時のように安価でどこでも手に入る状況というのは無いと思われる。
初回出荷版にはアイドルの持ち歌が1曲入ったダウンロードコードが封入されているので参考にするべし。

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今回はいきなり3人のユニットをプロデュースする。というか3人固定。
新キャラ2人増えたが、かわりに4人(実質3人)がリストラされて、ライバルユニットとして登場。
せっかくだから2で初登場の新キャラを選びたかったんだが、ゲテモノ系で遠慮させてもらった。
この3人が一番人気キャラというか無難なメンツという気がする。他は人格破綻者っていうのは言い過ぎだけど、扱いが難しい感じがして駄目だ。2周目以降にパスさせてもらった。

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2では、全国をまわって、各地のファンを増やし、発売するCDを沢山売りあげてチャートランキングの上位に入ることが目標。
ただファンを増やすだけではダメで、エリアの横にある顔マークがアイドルへの注目度を示していて、
定期的に各地でライブやイベントをやらないとこれがどんどん落ちていき、CDの売上に響くという面倒くさいシステムを入れやがった。

かといってファンを増やすためにオーディションやライブをやるとそれだけで1週間のスケジュールが埋まってしまい、レッスンをする時間が取れない。いつステータスを上げろというんだ、と感じた。

ていうか、1は16:9じゃなかったけど、2は今年出たゲームだから当然16:9表示だわな...
さすがにHDテレビでないとアイマス2は文字が見辛い。
早く仕事でも決まってくれたらテレビ買い換えられるのに...

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2になって、なんか時々、ユニゾンというかシンクロ率を試すような選択肢がやたら出てくるようになった。
オーディション受ける前に士気を高めるためにこんなことやってるんだけど、恥ずかしいからやめて欲しかった。
1ときみたいに勇気づける言葉かけるぐらいでいいのに...
自信をつけさせるためにじゃんけんでわざと負けろとか、しょうもない無茶ぶり誰が考えたんだ...

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オーディション。
ただの音ゲー化した。
ステータスが高くないと絶対に勝てなかったりするし、オーディションだのライブだのフェスだの全部この音ゲー。
しかも毎回1曲最後まで聞かされる。こんだけ同じ曲何度も聞かされると嫌になってくる。

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リストラされた律子もいるよ!プロデューサーとして立派にプレーヤーの邪魔してくるよ!

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悪評の根源の一つ。発表会とか箱の裏でバラしてるからネタばらししてもいいと思うが...
ゲーム中盤まで進めると、ライバルとして立ちはだかってくる強敵アイドル。

しかもご丁寧にPVまで流れる。
ギャルゲーやってるのに、なんで急にGLAYのステージ映像なんか見なきゃならないのか全くよくわからない。
そもそも、男性アイドルと女性アイドルってライバルにならないんじゃ...

「ぼくちんの ゆきほたんが イケメンホストアイドルにとられたよー ブー」

というのはアイマ厨のクレームらしい。ニコ動でアイマス2発表会の動画見たが、出演してる女性声優が「かっこいい」発言したら、他の出演者に速攻で口止めされてた。禁句だったんだろう。
なんでそんな現場の人間ならすぐわかるような危ない橋をわざわざ渡ったんだろう?

私は別にゲームの中の女の子がどーなろうが興味がないのだが、これ作ってるヤツ頭どうかしてるなとは思った。

部外者の推理によると女性も取り込んで大衆化したかったらしいけど、それならDSのアイドルマスターみたいなのがいいと思うが(女性アイドル自体を主人公にするヤツ)。

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1日の終わりに、音楽ランキング番組で、CDの売上が表示される。
なんか、頑張ってるのに中々上がんないなあと思ったら、72位からいきなり跳ね上がった。
残りの時間を見ながら、どうやって動くか考えるんだから、インチキするのやめてほしい。
こういうことされたら、全体の戦略が立てにくくて困る。ただでさえ複雑でどうやったら順位が上がるかわからなくて手探りでやってるのに...

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ステージ映像だけは進化している。
初代から4年も経っていれば、綺麗にもなるわけだ。

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最大5人まで出演させることが出来る。
でも、2の曲はどれもこれもいい曲が無い。
まさか、「アイドルマスター」(という名前の曲がある)までアレンジされてあそこまでダメ曲に落ちるとは思わなかった。正直ショックだった。

2は、買って失敗だった。
1も最初はつまらなかったけど、2周目に入ってコツが分かると上達が実感できて面白くなってきて、自分がアイドルを育てているという一体感があったけど、2は強制イベントが多いし、テンポが遅くてだんだんと飽きてくる。

2は...レッスンや音ゲーは慣れるとパーフェクトが余裕だし、あとは勝てる状態になってるかなってないかっていうだけだ。

どうせ作ってる人間なんか、女の子といちゃいちゃできればいいとか、ダンスが凝ってればいいとか上辺だけのとこしか見てないんだろう。

オーディション前のくだらないユニゾンや、接待じゃんけんとかアレ「ラブプラス」見て真似したとしか思えなかった。

これが定価8800円ってありえないと思った。

前にもどこかで書いたが、今ゲーム作っている人間って、別にゲームが好きでもなんでもない高学歴のエリートで、技術だけ持ってる人間の集まりが、仕事でゲームを作っているから、こんなモノが出来上がる。

高学歴のエリートも必要だが、ゲームのことをわかっている馬鹿でどうしようもないヤツもいないと、頭でっかちのつまらないゲームしか出てこない。

今まで外から見てるだけだから確証は持てなかったが、これで「アイマス」は終わりだと体感してわかった。

思えば「ときめきメモリアル」も3で主題歌にZARDだの使って、一般向けにつくろうとして大失敗してブランドが終わったのだった。

簡単な話だ。
あのときと同じ失敗を繰り返しているだけだったのだ。
学んでいないだけ今回は余計アホだ。

「ときメモ」はその後、「ラブプラス」を発明した内田なんとかって言う人間が、女向けにつくり直して立て直したが、
アイマスはどう転ばしていくつもりなのか、楽しみでならない。

今の日本に、「ときメモ」のように奇跡的な復活を遂げるモノづくりが出来る人材がいるとは思えない。
よってこのままこのブランドは静かに消え去っていくのみだ。

※余談※

どうでも良いが、キャプチャソフトから直にキャプチャしようとすると、動きの激しい場面だとどうしてもブレて撮影されてしまうようだ。

私はゲーム配信をしていたので、インターレースは解除しているし、映像の設定でマズイところは無いはずだ。

使っているソフトはキャプチャソフトがPeCaTV2で、キャプチャーボードがGV-USBという良くあるUSBタイプのものを使っている。
PeCaTV2は未完成のフリーソフトで、Win7に正式対応してないので、静止画保存しようとすると失敗してしまうことが多くて実は困っている。

なんてことはなく、一度録画してメディアプレイヤーとかでキャプチャするほうがはるかに楽なのだが、わざわざエンコーダするのも面倒くさいのだ。

ちなみに、最近たまに60フレームでゲーム配信している人がいるが、あれはどうやってやっているか気になる。

PeCaTV2しか使ったことがないからわからないのだが、キャプチャーボードが60フレーム表示に対応してないと60fpsでPC上に画面が映らない。
PeCaTV2では擬似的に表示FPSを倍にする機能も付いているが、完全に60fpsにはならない。

色々高画質配信のやり方を試したり調べたりしたことがあったのだが、PCのスペックは問題ないのだが、設定の仕方がよくわからず実現できなかった。

もっとも、もう動画配信はやるつもりは全くないからどうでも良い話なのだが。
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ハドソン製ゲームソフトの文字フォント

長年疑問に思っていた、ハドソン製ゲームで使われていた文字フォントについて、以前紹介したいわさきひろまさ氏のブログで真相が明かされていたので紹介する。

補足(3):山田真木のことなどイロイロ

この中で、こんな記述がある。

PCエンジンのシステムカードには12x12ドットと16x16ドットのJIS第一水準漢字フォント(約3000文字)が含まれていました。だからPCエンジンCDROMのゲームは普通に漢字かな交じり文のテキストが書ける強みがありました。ところが初代システムカードにはフォント作成時にミスがあり、使えない文字があったのです(確か1文字だけだったのだけど、なんだったかはさすがに覚えていません)。
そこで、スーパーシステムカードでは、その文字の間違いを修正するとともに、いくつかの記号を加えたり、さらに主に12x12ドットの漢字フォントで潰れて読みにくいものを修正したりと、細かく直してあったのです。
だから、同じゲームでもフォントが違うという現象が発生したのですね。基本的にはスーパーシステムカードの方が読みやすい、と考えてかまいません。
ちなみにこのフォントの手直しは当時のハドソンのアーティストの総力を結集して行われていました。なんだかんだで3000文字近くあるわけで、猛烈に手間がかかったのです。


PCエンジンのCD-ROMゲームは、全て共通の文字フォントを使って作られていた(メモリ節減のためだ)。
ちなみに、プレイステーション、セガサターンにも本体に標準文字フォントがいくつか組み込まれていたはず。
ただ、それだと味気ないからか使っているゲームソフトは少なく、わざわざ自前で文字フォントを製作するゲームがほとんどであった。

ドリームキャスト、プレイステーション2以降は知らない。というか、少なくとも外部の人間がそれを知ることは難しくなったと言える。
開発の手間を省くために文字フォント制作会社の許可を得て採用しているケースが多いので内蔵文字がよほど使いものにならないか、そもそも入っていないかのどちらかだろう。

ゲームは知っているけど、そのなかで使われている文字の事情なんてどうでもいい人が大半だろう。
敢えてここで今回は、ゲームレビュアーのサイトでも中々触れられない文字フォントについて語っていく。

ゲームとは切っても切れない関係なのが文字。
初期の頃は、英語のスペル26文字と数字10種だけで十分であった。
一つのゲームを作るとき、いちいち文字フォントを1から作ってられないので、開発メーカーごとに使いまわしていた。
レトロゲームを遊ぶとき数字や英語を注意してみて欲しい。同じメーカーのゲームは流用していることが多い。
ただし、開発ラインが複数持っていたりする大所帯の会社もあるので、必ずしも統一されているわけではない。

それが、ドラゴンクエストなどRPGの登場で、日本語も作らなければならなくなり、最初はひらがな、カタカナだけだったのが、ハードの表現力が広がるたびに、今度は漢字まで…とどんどん収録文字数が増えていった。

これにいち早く対応したのが、いわさき氏が挙げているPCエンジンCD-ROMドライブだった。
システムカード側に予め汎用漢字文字3000文字を収録しておき、開発者はここから文字フォントを引用する形をとった。
当時はゲーム用文字フォントなんてなかったから、漢字混じりの文章を作るためには、わざわざ使う漢字をドットに起こしてやり、作成する必要があった。

だから、SFC初期のRPGは、漢字のボキャブラリーが少なく、使用頻度の高い漢字だけ作って、ゲーム上に数えるほどしか出ないような漢字とかはわざわざ収録せず、今見るとまとまりのない文章に見えてしまうのだ(例えばFF5とか)。

ハドソンがスーパーファミコン用のゲームを出すとき、このシステムカードの内蔵文字フォントを使ってゲームを作っていた。
(だから、同時期のSFCの他のゲームと比べても、字が綺麗で読み易く、漢字の種類も恐ろしく豊富だった)

PCエンジンは、NEC名義で発売されているが、ハード設計など実質的な開発はハドソンがやっている。
だから、PCエンジンの内蔵フォントを流用出来るのは当然の流れだと思っていたが、この内蔵文字フォントの出来がかなりいいので(字が綺麗で漢字の種類も豊富)、NECのパソコンかどっかで使われている文字フォントを持ってきているのかと思っていた。

しかし、このいわさき氏の話によると、ハドソンのスタッフが手作業で全部作ったのだという。涙ぐましい努力だ。

つまり、ハドソン製のお手製文字フォントと言えるわけだ。
これ、1990年のゲーム用文字フォントとしては完成度が恐ろしく高いので、特許とかとって、文字フォントを商売に使えば、相当な儲けになったはず。

同時期に頑張っていたのは、ドラゴンクエスト5を作ったチュンソフトも割と文字フォントに力が入っていた。
なぜなら、サウンドノベルの「弟切草」を作るときに大量の漢字を作成したからだ。
だけど、PCエンジンの内蔵フォントと比べれば、字体は綺麗とは言えなかった。若干癖のある文字だった。
当時はこんな感じで綺麗な文字フォント、汚い文字フォントってのがメーカー毎に特色が表れていて面白かった。

ちなみに、この内蔵フォントをハドソンがどれがけ流用しているのかというと、私が確認できたものだけでもこれだけある。

・スーパーファミコン
(1992)
アースライト
(1994)
スーパーパワーリーグ2
大貝獣物語
(1995)
高橋名人の大冒険島2
スーパーパワーリーグ3
ダンジョンエクスプローラー(デモ画面など一部)
(1996)
アースライト2
スーパーパワーリーグ4
大貝獣物語2

・セガサターン
(1996)
ガリバーボーイ
(1997)
天外魔境 第4の黙示録
・プレイステーション
(1998)
桃太郎伝説
(2001)
桃太郎まつりPS版

PS、SSの場合、解像度が上がっているせいか12x12ドットの小さいほうを採用していた。
しかし、なぜか桃太郎電鉄シリーズでは内蔵フォントをかたくなに使おうとしなかった。

あくまで私が確認できたものだけなので、もっとあるかもしれない。
それに、アクションゲームなど文字がそれほど重要でないゲームは使う理由がないので、入っていない。

スーファミのハドソンのゲームは結構持っているつもりで、このリストを見ると「思ったより少ない」印象をうけるかもしれない。

が、当時は文字フォントを流用するという発想自体が珍しく、これだけの本数流用していたメーカーはハドソンぐらいしか知らない。
あと、ハドソンはあまりスーファミ向けにソフトを作っていないことも考慮に入れて欲しい。
内製よりも東京支社や外注に出しているケースが半数近い。外注でも内蔵フォントを使っているケースもあるが。

例えば、エニックスのドラクエはフォントを流用していたけど、それ以外は制作会社が違うから流用していないし、
RPGのスクウェアも、毎回文字フォントを1から作っていて全く流用していなかった(音源のドライバ等の流用はしていた)。

また、メーカーは違うが、スーファミのエメラルドドラゴンもPCエンジンの内蔵文字フォントを使っていた。
これはなぜかというと、PCエンジンで同じゲームが発売されており、それを移植したからである(しかし内容は全くの別物だ)
スタッフロールにハドソンの記述がないので、文字フォントに著作権とか付けてなかったのだと思う。

ただ、私が疑問に思っていることがある。

これだけ流用しているのに、スーファミの大作RPGで出した「新桃太郎伝説」と「天外魔境ゼロ」では内蔵フォントを流用せず0から作っていた。
新桃太郎伝説は、見た目は限りなくPCエンジンのフォントにそっくりなのだが、良く見てみるとわざわざ作り直していることがわかる。
また、さっきも少し書いたが、SFC時代から桃鉄シリーズは内製のはずなのに、文字フォントは独自のものを使っていた。
このシリーズは、PS2以降は知らないがそれ以前は、確かPS1の桃鉄7までは漢字と平仮名のサイズが違っていてぎこちない表示だったのが気になっていたものだ。
なぜ早くから内蔵フォントを採用しようとしなかったのか謎である。

プレイステーション2まで行ってしまうとさすがにつらいが、PS1レベルのゲーム機までなら、違和感なく使いまわせるぐらいのクオリティを持っていたPCエンジンの内蔵文字フォントは、本当に素晴らしかった。

その素晴らしさを実際に見せるためにスクリーンショットでも撮影して各社の文字フォントと見比べて見せてやりたいぐらいだったのだが、大量のダンボール箱からゲームを探し出して撮影するのが手間で辞めた。

今のゲームは、多くのゲームが、ゲーム向けの文字フォント会社から使用する権利を借りてきて使っているパターンが増えている。
自社で大量の漢字と文字を1から作っているケースは皆無といっていいだろう。
特にDSのゲームは、メーカーごとに契約している会社が異なり、コナミのゲームは文字サイズが小さく複雑な漢字が読みづらいとか(全てのゲームで統一されているわけではない)、ひいきにしているゲーム文字フォント会社がわかって意識してみてみると中々面白い。

多くのゲーマーは、あまりこういう開発裏事情を見ようとしない。せいぜい私ぐらいではないだろうか。

当たり前のように使われているゲーム上の文字ひとつとってみても、このようにこだわって作られているのだ。
今や文字フォントによってゲーム画面のイメージがガラリと変わるといっても過言ではない縁の下の力持ち的存在と言えるものだ。
例えば、おどろおどろしいホラーゲームで、無機質な文字フォントでは興ざめするだろう。ちょっと崩れた字体で文字フォントからも恐怖感や雰囲気を出したりする。
逆にギャルゲーでは可愛らしい丸みのあるフォントを採用して明るい雰囲気を出す。

ゲーム開発者は仕様を決定するとき、こういった細かいところまで気にかけているのだ。

もしこれを読んだ人がいれば、こういった細かい部分にも意識して目を凝らしてみて欲しい。
ただゲームをやるだけでなく、違った面白さを垣間見ることが出来るだろう。

ACのポポポポーンのCMについて

Web拍手、Webコメありがとうございます
いよいよ小説を書き始め、合間の更新となり、更新頻度が落ちがちですが、なんとか途切れずエントリしていこうと思っています
日に日に暑くなって気力が奪われ、金もなく仕事も探さなくてはならないという厳しい状態ですが。

震災直後、日本では自粛ブームが起こり、テレビコマーシャルも続々と辞退していき、ACのCMに急遽差し替えられた。

そのとき流れていたCMの一つで、動物が歌いながら次々と挨拶をしていくものが大量に流され、一躍有名になった。

実はあれ、私は流行る前から毎日聴いていた。

2010年、私は市役所の臨時職員をしていた。

この仕事では、毎日同じ時間に車で決まった場所に出かけなければならず、ラジオをかけながら乗っていた。
丁度ラジオを聴いている時間に、ACの固定枠のCMがあり、平日の毎日同じ時間に必ずこのポポポポーンのCMが流れていた。

だから、TVを見てる時に、たまに同じCMが流れると仕事を思い出してウンザリしたものだった。

臨時職員の仕事が終わってもうすぐ半年になる。

今ではあの頃の、仕事を与えられ、活き活きと働いていた私が懐かしくさえある。

思えば、あの仕事は労働時間の1/4近くは車に乗ってラジオを聴いていたように思う(こうやって書くと楽な仕事に聞こえるかもしれないがそうでもない)。
主にAMラジオを聴いていたが、今も車でラジオをいれたとき、仕事中に聴いていたラジオが流れるとほんの1年前のことが愛おしく感じてしまう。

当時は毎日決まった時間にラジオを聴くので、同じコーナーばかりで代わり映えのない内容で飽きてさえいたが、今思えば贅沢な注文であった。

短くてつまらない内容で申し訳ない。このエピソードはいつか書こうと思っていた話だ。
次回はもうちょっと掘り下げた話をする予定。

それにしても私が感じるのは、このポポポポーンのCMは震災さえなければ、これだけ表に出ることはなかったわけだ。そう思うと、何か奇妙な感覚を覚える。

今となってはグーグル検索の筆頭候補に上がってきているほどだ。
あんな大地震なんか起こらず、なにも変わらない平和ボケした日本と、
今の天変地異が起こった日本。

3月11日は大きく世界が動いた日なのだなあと思うと、とても不気味だ。

震災はどれだけの影響を日本に及ぼしたのだろう。

震災がなければ、今も東北地方は変わらない営みを繰り返していたのだろう。
震災がなければ、原発が危険だなんて誰も気にもとめなかっただろう。
震災がなければ、ネットでもリアルでも私も含めて平和ボケはずっと続いていて相変わらず馬鹿なやりとりをしてふぬけた生活をしていたのだろう。

さて、話は変わるが、私も良い意味で大きな影響を与える存在になりたい。
ホームページ、ブログ、動画配信、何をやっても駄目だった。
動画配信は辞めるときに「駄目なヤツは何をやっても駄目」とさえ言われたぐらいだ。

小説を書くときに、いつもこの“才能のなさが招いた結果”がちらついてやる気を削いでいく。

「私が必死になったって人を楽しませるものなんて出来ない」

ブログではこのようにすらすらと文章が出てくるが、小説を書こうとなるととたんに色んな思いが邪魔をして手が止まってしまう。

“やはり私には人を楽しませる芸なんて無く、こんな趣味捨ててしまったほうがいいのではないか…”

この無力感が今の私に襲いかかってくる強敵だ。

ここで心が折れてしまったらほんとうに私には何もないことが発覚し、生きることをやめてしまうだろう。

今後の更新予定と近況について

今後のブログ更新の内容と近況について。

近況その1

食わず嫌いで終わらぬよう、数日前からtwitterをやってみたが、3日坊主にすらなれなかった。
2日目で飽きてアカウントを削除した。

1回140文字の投稿制限があり、思ったことをとぎれとぎれに140文字にまとめて発言していくのだが、私みたいな無名の人間のつぶやきなんて見る人はいるはずもなく、
私自体も無職で暇人でも、つまらない他人のツイートを見る気も起きない。
よって人に絡むこともないから、私からすればブログにこうやって文章を打ち込んでいるのとなにも変わらない。

実はもうやっている人がいるかもしれないが、twitter触って1日目に、ツイッター小説なんて面白いな、なんて言うくだらないアイディアが即座に浮かんだ。

登場人物ごとにアカウントを取って、複数人視点でストーリーを展開させていく。
これの欠点は、思いつきで作れないことだ。

まず最初に完全なプロットを作り、それに基づいてtwitterで投稿していかなければならない。
twitterのお手軽さとは裏腹で、発言時間もリアルタイムに破綻しないようにやらなければならない難しさだ。

まあリアルタイムさを捨てれば、拙い描写だけで小説が書ける面白いアイディアだとは思ったが、自分でやりたいとは思わなかった。

ちなみに、ほとんどの人間は20文字に満たない短文というか、本当にただのつぶやきを投稿しているが、
私のように長々と文章を書く癖のついた人間にとって、1回140文字にまとめて書くというのは、なかなかに良い訓練になるとは感じた。

近況その2

以前のエントリで、3年間動画配信をしていたという話を書いた。
数日前、以前使っていた掲示板や私が配信していたさいに未だに残っていた痕跡を全て削除した。
ブログ記事からもリンクを張っているが、したらばの掲示板は閉鎖したのでもう見れない。
しかし、手元にログは残っているので、実況ログでも読みたいというリクエストがあれば、編集してここに載せれる。

ついでに、最後の配信をしたときに、荒らしに来てくれた人気配信者の掲示板を震災以来3ヶ月ぶりぐらい久々に見てみた。
その配信者は面白ければ何でも良いというノリでやっているので、他の配信者の話題をたまに出したりしているようだ。

もう配信しなくなって10ヶ月近くなるのに、未だに私の名前がネタレスに使われていた(配信自体はもうまったく見ていない)。

私との接点は引退配信の時だけだというのに、なぜいつまでも私のネタを使われているのかちょっとわからない。

私はpeercastを使って配信していたが、そこでは
引退配信をする人間は絶対に戻ってくるという法則があった。

だから私も引退配信の時は、「どうせネタなんだろ?」みたいに嘲笑されていた。
しかし私は戻る気はさらさらなかった。
現に引退して後悔はしているものの、戻ったところでいいことがないと察しているため、もうやっていない。

上で書いてネタにしている人間も、どうせそんなふうに軽く思っているんだろう。だが私は戻らない。
掲示板も全てなにもかも削除した。

動画配信を通じて人間不信がさらに強まったぐらいだ。

近況その3

アマゾンでゲームバーゲンをやっていて、お金もないのにゲームを買ってしまった。

XBOX360のアイドルマスター2だ。

4月にアイドルマスターをやって以来、私はすっかり立派なアイマ厨になった。

やる前は、他のみんなと一緒で散々バカにしていた。

「あんなキモオタダンス観賞ゲームの何が面白いんだ」

ニコ動でわざわざジャンルわけされてて、やたら盛り上がってるけど、ばかじゃねーの

こう思っていた。

そもそもギャルゲーは毛嫌いしていた。

1990年代、ときめきメモリアルが流行ってテレビにまで取り上げられ、自称メモラーがゲームに興じている姿を吊るし上げ、その姿を馬鹿にしてケタケタ笑われていたのを覚えているだろうか。

あの頃、確かにちょっと年上の20前後の男で、稀に何か病的なまでにときメモにハマるヤツがいた。

そんなに面白いのなら、と私もゲーム屋で安くなった頃に買ってやったことがあった。

が、全く面白さがわからなかった。
延々ステータスを上げるためのコマンドを選択して、日曜には機嫌取りのデート。
しかも本命以外の女の子の機嫌も取らないとならない。
それが3年間も続く。あほくさくて続けてられなかった。おまけに女の子は全然可愛くないからモチベーションも続かない。

他にも高校に入った頃、スレイヤーズ系が好きなオタク友達が、パソコンのエロゲーを欲しくて買ってて、やっているところを見ていたこともある。

その友達は「下級生」というゲームをやっていた。
これも絵はときメモよかずいぶんかわいさはあるが、今の萌え絵ほど派手さはなく、どこか物足りなさがあった。
で、こっちも肝心のゲームは、くだらなすぎてやってられなかった。

確か、高3の1年間、好きな女の子とデートして落とすという感じだが、こっちはステータス上げとかめんどくさい要素は無いものの、本命の女の子の好感度を上げるためにストーカー行為を続けるだけのゲームとしてはクソゲーだった。

こっちは18禁だから、クライマックスにはHなシーンもあって、見せてもらったことがあるが、256色だか少ない色数で文章が流れるだけのちゃちいシロモノだった。

こんなこともあって、私はあの手のゲームの何が面白いのか理解できず、長年ずっと毛嫌いしていた。

しかし、4月にその手のジャンルの代表格の一つ、アイドルマスターをやったところ、不覚にも最近のこの手のゲームも馬鹿にできないと考えを改めさせられてしまった。

しょうじき、このゲームの絵柄はあんまり好みじゃないし、餌の女の子に好みの子は一人もいなかった。

だから、営業という名のデートイベントもほとんどやらなかった。

けど夢中になったのは、自分がアイドルプロデューサーというなんだかよくわからないけど夢の職業で始まるからだと思う。

オーディションに受かったらダンスステージが見られるが、最初は歌やダンスを忘れてNG出したりするけど、成長するとだんだんとNGを出さなくなるし、
2周目からはカメラを自分風にいじったりして思い通りに鑑賞するのが面白かった。

最初はきもいなあとか思っていたり、今もキモいなあと思う振り付けはあるが、今の現実のアイドルであるAKBなんとかのPVもよく見てみると似たような感じになってるし、時代を先取りしていたんだと思わさせられる。

だから数年前流行ったんだなあと感慨にふけっていた。

アイマスがうまいのはこれだけじゃない。
規模のでかいアニメにはキャラクターソングというのがあって、音楽CDを出してグッズ販売するが、
このゲームでは、アイドルの持ち歌という設定で、ステージエディットで何度もこの歌を聞くハメになる。
私みたいに、うまく洗脳できた輩には、カメラワークに凝ったりしてるうちに何十回と嫌というほど歌を聴く。

これだけ何度も何度も歌を聞かされると、フルバージョンを聞いてみたいなという気持ちにさせられる。

これまでのギャルゲーに比べて実に商売上手なゲームだと言いたいわけだ。

でもアイドルマスター2の情報はほとんど見てないが、前評判が非常に悪いので、そんなに期待していない。
私としては、男キャラにヒロインがとられるとかはどうでも良いのだが、1の面白さは簡単には出せないだろうなあと思っている。

なんで買ったかというと、
地元だと中古でも未だに7000円台だし、1みたいにどこにでも売っていて1500円ぐらいで買える状態になりそうになかったから、新品で40%オフなら、今のうちに買っておくと、のちのち面倒なことにならないで済むと思ってアマゾンで買ってしまうことにした。
新品だから初回特典も付いてくるし、悪くない買い物だと思った。

以前もアマゾンのゲームバーゲンで気になっていたゲームがあった。
それはWiiの「罪と罰」だった(ブログではギャルゲーばかりやっているイメージがあるかもしれないが、実態はほとんどやっていない。最近手をつけ始めたジャンルだ)。
定価50%OFFで新品で当時は余っていた。
このときは、迷っているうちに品切れになってしまった。
そして、気がついたら地元のゲームショップにも中々置いてない手に入りにくいゲームになってしまった。
私はこの失敗の二の舞を踏みたくなかった。

最後にブログ更新について

昔話や仕事ネタもまだまだあって、それもエントリしていきたいと思っているが。

実はいよいよ小説を書いてみようと思っている。
1話目のプロットは細かいところまで組み上がってきたので、一端試験がてら挑戦してみようと思う。
いわゆる導入部分だ。

ただ、未だに決まらないのがヒロインの性格だ。
実は実在の人物をモデルに使いたいと思っているのだが、これがかなり今後の展開を考えると採用が難しい。
そのモデルとは、中学の同級生で、最近も同窓会で何度か顔をあわせている。

私は女性経験がないので、いざ小説をつくろうと思ったとき、女の子を描くのが苦手だということがわかった。
そのために、ヒロインの魅力を描くのに苦労しているのだ。

だから実際会ったことのある人を使うのは名案だと思っていた。

しかし、小説の題材とイマイチあいそうにないのだ。
まだ全体像が出来上がってないのでなんともいえないが、正直言って書きづらい。

なぜかというと、物静かな不思議ちゃん的なキャラだからだ。
同姓からも“ふわふわのうさぎちゃんみたい”なんて言われている。
だが、こんなメルヘンチックな人に見せかけておいて、腹黒い一面も持っているという面白い人だ。

最近の(主にラノベの)女性キャラは、我の強い人が多いので、どうしても差別化を測りたかった。
ラノベだけじゃない、ドラマだって自己主張の強い女性が増えている印象がある。

ここの方向性が固まれば、一気に作業もはかどるのだが...

あともう一つ困っていたのがマネージャーの主人公について。
あまりに取り柄がなさすぎるので、ヘルプキャラを2人用意することにした。
これが決まったことで、序盤の展開と新たなアイディアが浮かんでグッと方向性が広がった。

そんなことを考えていて昨日テレビを見ていたら、私のアイディアと似た映画が6月に公開されるとかで、番宣をやっていた。
それを見たとき、けっこうひるんでしまった。

題名を忘れてしまったが、モデルにスカウトされて、嫌々不慣れなモデルをやらされるという話の邦画である。

とりあえずあまり気にせずやって行くしか無いと思う。
ここまで色々伏線を考えたのだから、チャレンジしてみる価値はある。

大変だろうがちょっと頑張ってみよう。

ゲーム屋店員の嫌がらせ

まずはWeb拍手へのお礼
毎度ありがとうございます
見てる人がいるのかいないのかわからないようなブログで、これは励みになります。
いくら頑張っても中々訪問者が増えない、いつまで続くのか風前のともしびのブログですがよろしくお願いします。

今後のこのブログの方針について。
勝手に参加登録されているFC2ブログランキング等も見てみたのですが、約133万件間、5万位
サブジャンルは約10万件中、1万位前後らしいです。
ブログスコアというものがあり、これも0から始まって最近1になっているそうです。

でもこれ、多分自分のアクセス数の影響だと思う。
これからいくつか、また仕事関係のエントリを投稿したら、カテゴリを「ゲーム」に移そうかと考えています。
このままこのカテゴリでやり続けても進展がなさそうなので、一度ブログカテゴリーを変えてみて、変化がなかったらブログ更新を辞めるかもしれません。開設当初に書きたいことはもう書いてしまったので。

昨日は、ゲーム屋へ行き、とあるゲームを予約してきた。

それは今度出るXBOX360のシュタインズゲート比翼恋理のだーりんというギャルゲーノベルゲームだ。
これはスピンオフ作品で、元のシュタインズゲートというノベルゲームは、登場人物に女の子が多い程度の芯のしっかりしたライトノベル的なビジュアルノベルだった。

私は、シュタインズゲートというゲームが好きだったので、比翼恋理のだーりんというギャルゲーバージョンの方にも興味を持っていた。

普段はわざわざゲームを予約しないのだが、XBOX360のゲームは入荷すらしない店ばかりのうえ、ギャルゲーノベルゲームという買う人が限られるジャンルのゲームだから、予約しないと入手困難になりそうだったため、渋々予約した。

しかもサブタイトルの“比翼恋理”が読めなかったので、メモ紙に書いて店員に見せた。

その時のやりとりがこうだ。

私「ゲーム名が読めないので、この紙を見て欲しいんですが、これを予約したいんです」

そう言って、私は事前に書いてきたメモを女店員に見せる。
女店員はどこからか分厚い予約台帳を取り出し、メモと照らし合わせてどのゲームかを確認する。

女店員「XBOXの シュタインズゲート ひよくれんりのだーりん ですね

私「そうです」

この女は、いちいち声がでかい。
わざと周りに聞かせてやってるんじゃないかというぐらいでかい。
被害妄想じゃなく、本当にでかい。

そして今度は予約票を取り出し

女店員「では シュタインズゲート ひよくれんりのだーりん の予約を受け付けますので、こちらに名前と電話番号だけで結構ですから記入お願いします

なぜ何度もそのくそ恥ずかしいタイトル名を連呼するのだ。
そう思いながら、予約票に手早く書き込んだ。汚らしい字で。

女店員「シュタインズゲート ひよくれんりのだーりん の予約を受け付けました。ありがとうございました

この女、、、絶対確信犯だ!
顔を見てないが、ニヤけていたに違いない。
なぜ3回もわざわざ長い上に恥ずかしいタイトル名をサブタイトル込みで何度も言うのか。
そういう接客研修でも受けているのか、これを天然でやっているとしたら融通の利かない機械のような店員としか思えない。

こんな嫌がらせを受けるぐらいなら、ゲオで予約すれば良かった。
近場のゲオは、今やXBOX360はまったく扱っていないので、XBOX360のゲームの予約が出来ないと思い込んでいたためわざわざちょっと遠いゲーム屋で予約したのだった。しかも新品ゲームは高い。

くそっ!まったく何の罰ゲームだっ!

最近このシュタインズゲートは、ニコニコ動画などでアニメ放映されている。
凄く人気のあるゲームだったから、手広く作品が知れ渡るのは嬉しいのだが、私には解せないことがある。

それは、以前は私のようにちょっと歳いった人間だけが知っている“知る人ぞ知る名作”みたいな物だったのに、アニメ化のせいで妙に有名になってしまった。

私から見れば、アニメから入った人はにわかだ!今では放映されている場所が場所だけに、そこらの厨房とかも「トゥットゥルー」って言ってそうで激しく嫌だ。

ちなみに、このゲームのラジオ番組がニコニコ生放送というのも気に入らない。
おかげで有料会員じゃないと聴くことすら出来ない。
前のカオスヘッドのラジオは、音泉というインターネットラジオサイトでいつでも好きな時に視聴出来たのに、なんで不便なニコニコ生放送に行ってしまったのか、残念でならない。

一歩踏み込んだレビューの書き方

私は10年間ゲームレビューのページを更新し続けてきた。
ただダラダラ続けてたわけではなく、自分なりに向上心を持って続けてきた。
今回のエントリでは、私がレビュー文章を書く上で意識していたことを紹介する。

私のホームページは、これといって有名でもなくアクセス数も全然ないから、説得力は全くない。
いちおう10年間更新し続けてきて、さきほどレビューに取り上げた本数を数えてみたところ計983本取り扱っていることが判明した。
ファミコンから3DOにバーチャルボーイ、ネオジオ、セガメガドライブ、メガCDなどレアハードまで機種も様々だ。

何本書いたかなんて数えたこともなかったが、気がついたらもうすぐ1000本に達しようとしていたことに
このエントリを書く前調べて初めて気がついた。
個人サイトで一人で“きちんと最後までクリアしてから”“大体1200文字~6000字”に渡ってレビュー書いているところは他に存在するのだろうか?
少なくとも私は見たことはない。多いところで500本程度なら知っているが。


こんな私だが、これから書くことを意識していけば、巷に溢れてるレビューですら無い雑文に比べれば、読める「感想」が書けるようになると思う。

私は“ゲームレビュー”ばかり書いていたが、これは別のレビューを書くときにも応用が効くと思っている。

それでは本題に入る。

●まえおき ~ゲームレビューのページを長年続けてきて~

まず、ゲームレビューはそもそも需要が全然ないので、続けるのが非常に困難なジャンルである。
私も何度か、「ゲーム攻略ページ」に切り替えようか悩んだものだった。
しかし、結局ゲームレビュー一本でやり続けた。

世間では感想を書くだけの「レビューページ」が手軽で簡単に更新できて、「攻略ページ」は記事の作成に検証作業や場合によっては画面写真&動画の撮影に加え見やすいレイアウト構成が求められるため、手間のかかるコンテンツだと言われている。

だが私は全く逆だと思っている。

「攻略ページ」には、答えがある。それに、「レビュー」と比べて決定的な違いは、一定の需要がある。
しかし、これらは最終的には、誰がやっても似たり寄ったりの記事となる。
勿論、データベースをいかに見やすく使いやすく仕上げるか等、編集の差異はあるが、基本的に同じ内容になる。

私はやるつもりがないので、種明かしをしよう。

「ゲーム攻略ページ」を作ってアフィをつけて小遣い稼ぎをしている人がいる。
2011年現在、旨みのあるゲームは攻略されつくしてしまい、到底小遣い稼ぎに使えないと諦めている人が多いだろう。
だが、実は、編集作業の腕に自信がある人ならば、この分野で小遣い稼ぎ出来る余地はじゅうぶんにある。

ゲーム攻略ページは、その特性上、そのほとんどが速報性を重要視している。
そして現状、有名なゲームは、wikiや大手サークルによる人海戦術であっという間に攻略しつくされてしまう。

が、これらには大きな欠点が潜んでいる。

肝心の上がってきたデータやレポートは、素人が手早く作っているので、非常に見辛かったり、攻略記事は複数の人間が書いているため、統一性がなく、フォローしてるようでフォローしきれてなかったり、逆に重複していたり、しょせん無料で提供されている情報だけに、粗が多いのだ。

例えばデータベースを起こしても、そこで見るべきところは何か?ということが分析・解説されておらず、自己満足で終わってしまっている。

さて、ここでライティング作業に優れた人間が「攻略サイト」を2011年現在の今から設立し、

見やすさ・使いやすさ・わかりやすさ

これらを徹底させて次々とゲームを攻略していけばどうなるか?

この分野で、速報性を捨てて質で勝負している人は私が知る限り殆ど見ない。

実は、そんなゲームいまさら誰がやるの?っていうレトロゲームを熱心に研究してレポートしているホームページは多数ある。
が。それらはHTMLのレイアウトは古いままだし(2011年現在放置状態のものばかりで淘汰されつつある)、基本、自己満足の人が多いから、この分野でもまだまだ勝負できる余地はある(労力の割にアクセスは稼げないだろうが)。

ゲームなんてジャンルは全体的にガキが多いから、はっきりいって全体的にレベルは低い。

まあ、わかっていても簡単にできることではないが、自分なら出来るとここを読んで思った人ならやってみるといいと思う。

ここで疑問が出てくるかもしれない。

「そこまでわかってるならお前がやればいいんじゃねーの?」という疑問だ。

前にも少し書いたことがあるのだが、私はゲーム人気にあやかってアクセスを稼ぐというようなコバンザメみたいなことはもうやりたくない。

この項目の最初のほうにも書いたが、「攻略ページ」は最終的に誰がやっても同じ内容になる。
私はそれがつまらないから結局迷った末にやらなかった。

さて、ではなぜ「ゲームレビュー」が「攻略ページ」に比べて遥かに大変なジャンルなのか、その理由をこれから書く。

それは、自分の文章で全てを表現しなければならないためだ。そして、「レビュー」には“正解”が無い。

巷に溢れている(ゲームに限らず)「レビュー」というものは、レビューとは名ばかりの読書感想文レベルのものばかりだ。

面白かった
つまんなかった
イライラした
合わなかった
人物がかわいかった、かっこよかった

こんなのはレビューとは言わない。
“どこが”“どう”“面白かったのか”
出来る限り客観的に「なぜ自分がそう思ったのか」を分析し簡潔に文章に表す。

一言で書いているが、限り無く難しい作業だ。

先にあげた「攻略サイト」と違って「レビュー」には正解がない。

ゆえに、手を動かせばかならず終わるものではないし、書けなくなって一端止まり考えをまとめるなんてことも必要になってくる。

こういう手間のかかることをしてない人は自称レビュアーでもレビュアーとは言えない。

ゲームの場合、1本レビューを仕上げる時間は、平均的に見積もって1時間ちょっとだろう。これは私の場合だ。

ゲームによってこの時間は大きく変動する。

たとえば、内容に大差ないシリーズ物の続編や移植作品とか説明する必要のない王道路線の作品などは1時間程度でこれといった苦労もなく完成する事が多い。

触れるところがそれほど多くないのに無理して長文を書こうとする必要はない。
多くの人はブログやホームページなどのWebを媒体に使うのだから、雑誌の割り当てられたスペースを埋めるといった変な字数稼ぎ(逆に字数制限など)といった制約は何も無い。

で、大体1本、脂身のあるゲームをレビューする場合は、私の場合3、4時間かかっている。
ポイントなのは、かかっているじかんと比例して文字数が必ずしも増えていくわけではないこと。

シリーズ物やリメイクものみたいな型にはまったものは書きやすいから、同じ1時間でも2000文字以上書けたりするが、そうじゃないものもある。

物によっては4時間かけて長考した結果、2000字程度にしかならないレビューもある。

こういうのはいちいち、読者に苦労話をする機会もないので、見る側にしてみれば、書き手がどれぐらい手間をかけてやっているかなどということはまず伝わらない。

恐らくHP運営やったことない人からすれば、工業製品のように右から左に文章が流れてくるように見えて、レビューなんて日記書くのと同じようにサラサラ書けるとでも思っているのだろう。

苦労レベルにかんして言えば、攻略サイトもレビューサイトもどっちも一緒だ。
苦労しないでレビューページやってる人がいるなら、冷静な頭で自分の文章を読み直すべきだ。
本気でレビューしようと思ったら、かなり時間のかかるコンテンツになるはずだからだ。

おまけに正解がないから、2ちゃんねらーなんかが2chに貼りつけて「何書いてんだこいつ」などと炎上させる輩までいる。

何時間も頭を悩ませて書いた文章を、余所からやってきた団体に突然袋叩きにされる。
もはやこんなこと頻繁にやられるとプロの領域と言っても過言ではない(でも私の場合はこんなに苦労しても無報酬だ)。
プロと違うのはいい仕事しても全く褒められないことだ。
2ch(利用者はここが世間一般の正しい価値を持っていると本気で思い込んでいるからたちが悪い)と意見が食い違うと、それみたことか!!と本気で潰しにくる。
食い違った時だけどこからともなくやってきて、人の身体をあちこちよってたかって蹴り飛ばしていく。
良く「嫌なら公開するな!!」というのがあいつらの口癖だが、気に入らない時だけ集団でやってきて勝手に炎上させて、ここで敢えて本音を言わせてもらえば何様って感じだ。

ちなみに、書くのが最も楽なのはスポーツゲームの続編と他機種へ移植された作品。
前者は、一作目でシステムに触れておくと、続編は選手データを変えただけで内容が大きく変わってる(手間をかけて作ってる)ってことが殆ど無いため、レビューでも特に書くことがない。多くのレビューサイトはわざわざスポーツゲームは複数本取り扱わなかったり、そもそも扱わなかったりする(ゲームとしての価値が低いのは中古ショップでの相場の極端な低さを見れば明らか)。
移植作品もほぼ同様の理由で、元の作品をレビューしているので、再現度であったりちょっとした違いを書き上げるだけなので、20~30分くらいで終わる。文字数も大体1000字前後で終わってしまう。
これも一々扱わない人(同じゲームをわざわざ機種が違うからって2回やる人は少ない)が多いが、こういった情報は意外と需要がある。

文字数制限がないからって、長ければ長いほど良いというわけでは決して無い。
だらだらゲームの解説から始まって、システムや操作の仕方まで丁寧に紹介しているページを良く見るが、あれは辞めたほうがいい。
あんまり長すぎると、読む気を無くしてしまうのだ。

ゲームの場合、というかこれは映画でもアニメでもドラマでも小説でもなんの分野でも言えることだが、
読み手は基本的な知識を持っているっていうことを前提にして書くべきだ。

私はゲームレビューしかやったことがないが、ここで突然映画のレビューも始めたとする。
その時、壮大なスケールで描かれるSF作品をレビューするときに、私ならどうするか。
冒頭に「これは一言で言うとスターウォーズのようなSF映画だ」と書き始め、スターウォーズと違うところをかいつまんで説明する。

例を出そう。
ロードオブザリングのレビューを書くとしよう。概要は出来る限り手短かにする必要がある。
するとこうなる。「三部作として企画されたこの作品は、まるでファンタジー界のスターウォーズだ」
いくら労力を割いてきたといっても、所詮私は素人なので、これが最良とは全く思わないが、多くの人がどんな映画か想像出来るだろう。

「なんだそんなことだれだって出来るじゃないか」と思うかもしれないが、ゲームレビューの分野において案外出来てない人が多いから敢えて書いた。
ゲームに関して言えば、他と比べて特徴的だったり、変わっている部分があり、なおかつ、レビューするうえで避けては通れないところのみを簡潔に解説すればいい。
それだけじゃ説明不足なら、“そのゲームを紹介しているページ”を検索してみてもらえばいい。
レビューページでそこまでする必要はない。


つまり、文章をまとめるという作業も必要になってくる。

文章を書く上で一番重要なのは、“密度のある文章”を書くこと。

同じ2000字でも、中身のあるないでは、意味合いが違ってくる。

で、レビュー1本の長さ、大体2000字~3000字に収めるのが間違いなくベストだ。
1000本近いゲームをレビューしてきた私が断言する。これは間違いない。
勿論無理にまとめる必要はない。私も物によっては6000字を超えるレビューをいくつか執筆している。

逆の立場になって、他人のレビューを読むとき、たいてい、“ちょうどよい長さ”のサイトすら中々無く、短文過ぎて物足りなかったり、(実はこっちのほうが遥かに多いのだが...)長文&くどすぎて読む気を無くしてしまう場合がほとんどだ。

2000文字以下だと、「短いなぁ」って思うし、逆に3000文字を超えると「長いなぁ...」と思う。
これを利用して1200~1500文字ぐらいの分量にしてわざと“軽いレビュー”に仕上げることも出来る。

前置きが非常に長くなってしまった。
おおむね、ここで押さえるべきことまでいくつか書いてしまったが、レビューするうえで意識している点を、これから挙げていく。

というか、ここまではまだ基本的な文章の書き方でしかないと思う。

なお私は、「ゲーム」レビュー専門なので、基本的に他にも応用が効くと思うが、「ゲーム」独特の決まりごともあると思うので、そのへんはご了承願いたい。

●ゲームレビュアーが「ゲームがヘタ」ってのは論外

レビュアーを名乗っててこれはいけない。
たまにいるのだ、「私はゲームは下手です」と自己紹介している人が。

下手な人が、「ゲームバランス」や「レベルデザイン」を語れるだろうか?

下手な人が「このゲームは簡単だった」「これは難しい」って言っても説得力があるだろうか?

前者は「下手なヤツでも楽に感じるぐらい簡単」とは思えるかもしれないが、後者は全く当てにならないだろう。

ゲームばっかやりすぎてうますぎるのもまた困りモノだが、沢山のゲームを触れているのなら“ゲーム慣れ”ぐらいはしてて欲しいと思う。

稀に天性の才能というか、規格外のゲームの上手さを持った人が存在するが、こういうのは例外として。
レビュアー=ゲームが上手でなければならないとまではいかないが、人よりゲームに多くの時間を使っているとしたら、一般的な水準よりちょっと上ぐらいの“ゲームに慣れた人”にはそう努力しなくともなれるはずなのだから、そうなるとレビュアーとしての努力を怠っているとしか言えない(たとえ無報酬だとしても自称するのは即刻辞めるべき)。

ゲームが上手いという定義もまた難しいところだ。
特定のゲームを何百時間とやり続ければ、誰だって上達する。一般的にはそれが“上手な人”と言われているが、ここでの上手いというのはちょっと違う。

沢山の色んなジャンルのゲームを触っていて、適応能力が高い人。
ポイントとなるのは、人は通常、好きなゲームばかりやっていると遊ぶジャンルが偏ってくる。
そこでなるべく自分の遊ぶゲームを閉じてしまわないように、より多くのジャンルを知っておくことが重要だ。
積極的にやったことのないジャンルにチャレンジし、見識を広げることが、適応能力を高める最も効果的な方法である。

ちなみに私は、“難しい”と評判になっていたドンキーコングWiiを初めてやったときそれほど難しいとは思わなかった(勿論それなりに苦労はした)。参考にして欲しい。

●色んなゲームをやる

上記で少し触れたが、好きなゲームばかりやって、特定のジャンルの専門家になるのもいいのだが、
いざそういった人達のページを見ると、偏ったリストになっていて、魅力を全く感じない。

そりゃ、お金をもらってレビュアーしてるわけじゃないから、8割方こんなホームページになってしまうのは仕方のないことなのだが、
どうせなら、広く浅く、贅沢を言えば広く深く、レビューしているレビュアーは魅力的だ。

Webまで作ってレビュー書くようなレビュアーはたいていゲーマーだ。
だから扱うゲームにも偏りが出てくる。

そういったところで、ゲーマーがあえて避ける、バカゲー、クソゲー、スポーツゲー、あるいは、クソゲーの代名詞だった、原作ゲーム、TV番組をゲーム化したゲーム、資格教育ゲームなんかを幅広く取り扱っているとバラエティに富んだページに見えて飽きない。

映画、アニメ、ドラマ、漫画、小説のレビューサイトだって、ジャンルが偏っていたら面白く無いだろう。
たまたま興味が合うページだったら楽しい物の、しかし理想的なのはレビュアーは基本的に広く浅く知識を持っていることが必要だと思う。

●かといって基礎的な知識が欠落しているのは論外

いくら幅広いジャンルを取り扱うといっても、それらのジャンル(シリーズ物)をレビューするに当たって、押さえておくべき知識をまるで持ってないという状態は論外だ。

ある程度、ジャンルの成り立ちや歴史を理解しておく必要はある。
理想的なのは、シリーズ物のゲームはできうる限り1から順番にレビューしていくことだ。

これに加えて、私の場合は関連作品や制作会社まで意識してレビューをおこなっていた。

こういう時、ウィキペディアは役立つが、頼り過ぎないように。あそこで得られる知識は薄っぺらなものだ。

●特定のゲーム機に肩入れしたり、携帯ゲーム機をゲームとしてみなさない

これは「ゲームレビュー」だけに見られる特徴的な傾向だ。

出来ればレビュアーは、メジャーなゲーム機は一通り揃えておくべきで、ましてやゲームマシンを理由に根拠の無いえこひいきを行うなんて、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

ここで重要になってくるのは、“敢えて特定のゲーム機のゲームだけやっている”のか“特定のゲーム機を嫌っていてえこひいきしているのか”の2つで、事情が大きく変わってくる。

前者のケース。昔のセガファンに多く見られた特徴だ。
“私はこのゲーム機が大好きだから、このゲーム機のゲームだけ取り扱う”
これはこれで専門性が出て、良い傾向と言える。専門性の高いWebには人も集まりやすい。

この辺の主張は上記の“広く浅くゲームを取り扱え”と矛盾するところもあり難しいのだが、レビュアーは基本的に広く浅くアンテナを張るべきだというスタンスは変わらない。

問題は後者のケース。
特定のゲーム機を持ち上げ、それ以外を嫌っている場合。これはここ数年で多く見られる傾向の一つ。

個人的な好き嫌いは興味がないのでどうでも良いのだが、この場合、レビューに影響が出てくることがある。
主義主張に筋が通らない、矛盾した内容になってしまいやすい。
こういった内容が一つ出てくると、レビュアーに説得力がなくなってきて薄っぺらいレビューに見えていく。
しかも最近非常に多いのだが、こういったことを平気でしておきながら

「私はハード論争に興味はありません。公平平等なポジションです」

などとしたり顔で語っていることだ。天然でやっているとしたら自覚症状がない分余計たちが悪い。

レビューHPを見てて、レビュアーがブログ(あるいはtwitter)を併設していることが当たり前になってきた時代。
ブログのほうを開いてみてみると、特定のゲーム機に肩入れした記事が出てくると実に萎える。

語るに落ちるとはこのことで、レビュアー自らがレビュー記事の価値を落としているというわけだ。

また、理解出来ないのだが、ニンテンドーDSやPSPを扱わないレビュアーも割と多い。
今や携帯ゲーム機が主流になってきているこの時代にである。

こういう人はファミコンブームや1990年代のゲームブームを体験した年長者に多い。
“ゲームは家のテレビで遊ぶ物”という古臭い価値観を未だに引きずってるのだ。

このケースは、レビューそのものに影響は出ないものの、携帯ゲーム機を敢えて取り上げず、下(げ)に扱ってる姿が実にこっけいに見えてならない。

レビュアーたる物、新しいものには積極的に触れどんどんレポートしていくことは非常に大事な行為の一つだ。

●点数をつけない/項目別に分けてレビューしない

レビューに非常に多い採点行為。数をこなせばこなすほど破綻するので辞めたほうがいい。
そもそも点数で面白さは測れない。そういうのは文脈で伝えるべきだ。

なぜ破綻するか?
2000年の時点で執筆した作品に10点(満点)をつける。
その5年後、それより面白い作品とめぐり合った場合、どう処理するのか?
基準値を振り切って15点をつけるのか、同じ10点にするのか、それまでの10点作品を相対的に全て下げるのか、
「発売時点で10点付けられるレベルの作品だった」でも、やっぱり破綻する。
じゃああなたにとって面白いって基準は何?という話になってくる。
逆に、これを3点にした理由は?こっちが2点なのは?1点の違いはどこ?
これら全てをレビュアーのあなたは説明できるだろうか?

これが世間的に“他人のレビューは当てにならない”と言うイメージを持たせた最悪の慣習だと思っている。
もしあなたがレビュアーで、このページを見てて、採点を行っているとしたら、今すぐ辞めたほうが断然イメージアップに繋がると言っておこう。

また、これもゲームレビュー特有のものだが、グラフィック、音楽、キャラクタ、ゲームシステム等、項目に分けてレビューする。

これほど馬鹿げたレビューの仕方はなかなか見られない。

これは、書き手の都合というか、こうやって分けるとレビューしやすいのだ。

しかし、他のジャンルのレビューでこのように分けてレビューしているところはあるだろうか?

漫画で、構図、画力、物語、とか、わざわざ分けているだろうか?
映画なら、配役、演出、セット、コンピュータテクノロジー、なんて分けた書き方しているだろうか?

こうやって分割しないとレビューが上手く書けないなら、今すぐその書き方を改めるべきだ。

かたくなに“分けてかくな!”とは言わない。
読み手が読みやすいように、元は一本だった文章を段落で項目別に分けるなどのやり方はありだと思っている。

だが、はなっから分けて評論するというのはナンセンスだと忠告する。

最終的にはこれらの要素が綿密にからみ合って消費者に届けられるのだから、敢えてそこを分割してみていくというのはおかしい。

アニメ作品で、声優のキャスティングや演技力を独立して評価する人なんかわざわざいないだろう。
こういう感じで、レビュー内容も項目別に考察することで、逆に乖離していくというわけだ。

●発売当時の流行や事情を考慮する

もし古い作品をレビューする場合、細心の注意を払ってレビューしなければならない。

1994年の作品を2011年に触れたからといって、“今の基準”でレビューするのは良くない。

まず、商業作品が世に出てくる場合、マーケティングや流行など、当時の世相が少なからず反映されてくる。
とうぜん、現代と比べ確立してない技法や技術があり、2011年にそれを初めて見たとき、稚拙に見えるのは当然なのだ。

ゲームに限らず、映画や漫画、小説にいたるまであらゆる芸術作品は日々進歩している。

特に幅広く言えることとして、絵柄が挙げられる。

今日本で流行っているのは限りなくシンプルかつ記号的にディフォルメされた丸っこいフォルムで、女の子でも嫌悪感を抱かず「可愛い」と思ってくれる絵柄がどちらかというと流行っている。

細かい装飾品や指先ひとつの細かな仕草にいたるまでの繊細な描写が出来る人よりも、パッと見た瞬間に印象に残る小物を身につけていたり、髪型をしていたりする(今二次元でも三次元でもそれが流行っている象徴といえるのがツインテールだと思う)
よりわかりやすいものの方が需要がある。
画力よりもアイディアやインパクトを重視している。

一昔前はこうじゃなかった。

「ドラゴンボール」や「北斗の拳」がそうだったように、より独創的でより高い画力を求められていた。
女性ヒロインもかわいい女の子というより、微妙な線(スタイル)の描き分けで徹底した個性が重視されていた。
どこか儚げな表情をしていたり、今よりも遥かにアダルトな雰囲気を醸し出す雑に言えば「あやしげな、いやらしい」ものが魅力的とされていた。

こうやって、当時の流行り廃れもあるので、必ずしも今の価値観だけで物をレビューしてしまうのはその作品に対して失礼とも言えるレベルだ。

今あげた流行だっていつ廃れるかわかったものではない。

私は、漫画の専門家ではないのではっきり断言できないが、仮に今求められているのが基礎的な画力よりも、小手先のテクニックを駆使したものだとしたら、次のブームに乗り移るときに今もてはやされている人達はおそらく相当苦労するだろう。

そういう意味でも、今の価値観を全てだと決めつけてレビューを書くのも駄目だ。

流行に左右されずに、物事の本質を捉えて、「その作品の本当の価値」を見つけてレビューを書く。

「周りが面白いって言ってるから!」

それだけで流されて褒め散らしたレビューを書き、一時的でもいいから賞賛を得るなんてのは、愚の骨頂だ。

だから最初の方でも書いたが、レビュアーたるもの“広く浅く”知識を持っておくべきである。

特に新しい物ばかり流行を追いかけるのは良くない。

温故知新という言葉もある。時に立ち止まって、気になっていたけど時間やお金の都合でやりそびれた、見てなかった話題作を振り返ってみるのは非常に良いアクセントになる。

昔の作品をレビューする際に、意識しなければならないことは、その作品が出た当時に自分も帰ることだ。
眼を閉じて、当時を思い起こす。まだケータイなんてなかった、映画館も今より不便だった、ネットなんてなかった、TVみながらゲームやってた...こういったことを思い出しながら書く。

難しそうに見えるかもしれないが、その分野に本当に詳しいのだったら、これぐらいわけないはず。
詳しくないのだったら、ウィキペディアでもいいから色々勉強してみるのがいいかもしれない。

漫画の流行の例を挙げて、「嘆かわしい時代だ」なんて思っている漫画愛好家もいるだろう。
実は漫画よりも、ゲームのほうが悲惨な事態におちいっている。

今、多くの人はゲームという時間のかかる娯楽に“付き合っていられない”ために、よりわかりやすく、短時間で楽しめて、高性能なゲームマシンを生かしたHD画質で綺麗な映画のようなダイナミックで迫力ある映像が楽しめるゲームばかり求められている。

これはいわゆるライト層よりも、コアゲーマーと呼ばれる人達にみられる傾向だ。

こんな、見た目ばかり派手なFPSやTPSゲームがもてはやされ、手間のかかって地味なRPGやSLGのような物、ゲームごとにルールを覚えなければならないパズルゲーム、せっかくの高性能さをアピールできない地味なものや一般性に乏しいゲームはどんどん淘汰されてきている。

あるいは、例外としてはポケモンやモンハンのように多くの人が面白いと感じた作品の続編ものばかりが偏って求められている。

いま、ゲーマーと呼ばれている人達の嗜好性が似たり寄ったりになってきているのだ。これは非常に危険な事態だ。

本当は色んなジャンルのゲームがあってしかるべきなのに、今、最も核となる消費者に受け入れられない現状がある。
今据え置き機で売れるのは見た目ばかり派手な海外ゲームばかり。嘆かわしい現実だ。

これには、国内ゲームメーカーの努力が足りなかった側面もあるのだが、多種多様なゲームを受け入れない日本の今のコアな消費者にも、あまりに嗜好性が偏りすぎているという問題がある。

こうなると結局流行についていけないソフトハウスは廃業においこまれる。
というか、既に多くの会社が廃業に追い込まれている。

最近、ニュースになったが、RPGの巨峰とも言われていたスクウェア・エニックスが、100億を超える赤字決算に転落したことが話題になった。

この例のように、一芸に秀でていたソフトハウスで、世の中の流れについてけず、業績不振で最後は倒産するケースは少なくない。

海外ソフトハウスでも、開業当初からリアル系レーシングゲームをつくってきて、その手のジャンルを好む人からは評判が上々で、有名なシリーズ作品まで作れるぐらい影響力のあるソフトハウスがあった。

しかし、年々レーシングゲームの需要が落ち込み、親会社の方針で改革に迫られるがずっと同じことをしていた開発者は、期待通りの成果を挙げれず、その会社は解散させられることになった。

こうして一芸に秀でたメーカーは必要なはずなのに、現在進行形でどんどん淘汰されていっている。



●なるべく私情を挟まない

上の題目と話がダブってしまうのだが、

「これやったの2011年だから」

と言い逃れをしながらレビューするのは良くない。なるべく公正にレビューするべきである。

あと、「このシリーズは好きじゃない」とか個人的趣味をあまり書かない。
いちいちそういう主張をしたいなら、嫌っているシリーズを取り上げなければよいだけだ。

個人的な好みを全く書くな!とは言ってない。レビューとは自分の感想を書く場所だからだ。
問題なのは、書きっぱなしで終わらず、嫌いならあるいは、好きなら、その理由を客観的に述べること。

レビューと読書感想文の違いは、客観性があるかないか。

感想を述べるだけなら誰でもできる。レビューという場所は、それを他人に納得させる場所。
その筋道立てた思想を書けないんならレビュアーとは言わない。

難しいことに見えるが、単にどこが面白く感じたかつまらなく感じたか整理して考えをまとめるだけだ。

大学に通っていた人なんかなら、ゼミの発表会とかで当たり前にやっていることだ。

●いつレビューするか

通常は、鑑賞作品なら1回通しで見た(読んだ)時。
ゲームなら、一通りエンディングと言われるところ(明確な終わりがないゲームもなかにはあるから難しいところだ)。

ゲームだったり長編の漫画の場合、必ずしも最後まで体験しなくても、途中で感想や結論が出揃ってしまう場合がある。
しかし、だからといって明確な終わりが設定されているゲームの場合、ひとしきり最後までやるべきである。
最後までやってみて(読んでみて)、やはり印象が変わってしまう場合もある。

特に漫画の場合は、最後の数冊で急展開して内容がガラリと変わってしまうこともある。

代表例を出す。

私の好きな漫画に幽☆遊☆白書という漫画がある。
この漫画は凄く面白いのだが、作者がムラッ気のある人物で、クライマックスのオチが唐突で強引で賛否両論である。
途中まで読んで、面白いと結論づけても良いのだが、この漫画の場合、やはり最後のまとまりの悪さは、それまでがたとえ良かったとしても、大減点せざるを得ない。

こうやって無視できないポイントはどこに潜んでいるかわからない。
確認の意味でも、最後まで読むという(レビュアーならその道中がいくらつまらなくて退屈だろうが)作業は欠かさずやるべき。

さて、この項目はこんな当たり前のことを書いて終わるつもりはない。

実はレビュアーで重要となるのは、今書いたように1回通し読み(ゲームならクリアー)した時点でレビューを書く権利を得るが、
その作品に対して多大な時間をかけた人と1回通しで読んだ(クリアした)だけの人では、やはり状況が異なる。

これは、非常に難しい問題なのだが、基本的に、レビューする作品に長く時間をかけた(繰り返し読んだ・ゲームならプラチナトロフィー取るまでやるor実績を全て取得する)人の方が、とうぜん説得力があると言える。

しかし、ここからは書き手の腕に大きく依存するのだが、長く時間をかければかけるほど最初の第一印象が薄れていってしまう。

映画や漫画なら何度も見返す、ゲームなら何百時間とプレイしてやり込み要素まで制覇する。
その過程で、1回体験しただけでは気づかない部分にも目が行き、深みのあるレビューを書けるようになる。
が、あんまり同じ作品に浸り過ぎると、ちょっとした問題点に慣れきってしまい、一般的な目線で見れなくなり反応できなくなる。

また、いくら説得力があるといっても、普通の人は1回見て(クリアして)終わる人が大半だと思う。
何百時間も遊んだり、何回も見返さないと、その境地に達しないのであれば、それはそれでまたピントのずれたレビューと言わざるをえない。
(ここでさっき書いた“レビュアーの腕”が求められる訳だ。何百時間やってもブレないレビューがかけるかどうか、まさに諸刃の剣と言ったところだ)

私の場合、ひとしきり1回クリアした段階でレビューを執筆するように決めている。
こうしておけば、迷う必要がないからだ。
また逆に、作品に対してそれほど時間をかけていないから、見当はずれのレビューになってしまうデメリットをもつ。
それに私のポリシーとして、面白い作品にずっと浸り続けるよりも、その時間で、より沢山の違う作品を触れるほうが価値があると思っている。時間は有限だ。時間をかけないと楽しめない作品ってのも、それはそれで問題と考えている。

●見やすいレイアウトを心がける

Webサイトでゲームレビューやっている人の8割は当てはまっている問題だ。
独学でHTMLを勉強したためか、やたら凝ったレイアウトにしたがるひとが多いのだが、ここは出来る限りシンプルにした方がいい。
Webはいろんな環境の人が見に来る。1920のワイドモニタのPCで見る人もいれば、出先でケータイから見る人もいる。
個人的にケータイまで意識する必要はないと思うが、せめてどのPCでも見やすい構成になるよう心がけたほうがいい。

レビューというコンテンツは何が主役か。
自分の文章である。思想である。

それなのに、奇を衒ったデザインで意味のない装飾をして、自ら読みづらくする。

HTMLなんてわからないからブログで...という人もいると思うが、この時もテンプレート(レイアウト)を選ぶ際、
長文に適したものを選ぶことを意識する。

ブログの方が手軽だと思われているが、結局テンプレートを自分で設定する場合HTMLの知識を求められる。
しかも、一番厄介なのがここで、0からHTML書くより、他人の書いたHTMLをいじりまわす方が遥かに大変だ。
(だから私もこのブログに関しては、標準設定のテンプレートを改変していない)

シンプルなレイアウトにするなら、HTMLといっても特別勉強しなくちゃならないことなんてないし、最初に雛形を拾ってきて設定すれば、あとはそこに文章を載せるだけだ。

なぜシンプルなレイアウトを重視するか。

PCでもいろんな環境でネットをしている人がいる。
ブラウザが違ったり、解像度が違ったり(これが最もWebデザイナーの頭を悩ませる要素)。
ブラウザに関しては、昔と比べ統一されてきてて、だいぶマシになったものだ。

こうやって日々PCの性能や環境は変化する。
特に解像度は1024が10年前は標準だったが、今は1200、1920と、2011年以降さらに大きい画面でネットする人が出てきてもおかしくない状態だ。

このへんかに対応できるのは、よりシンプルで無駄のないレイアウトなのだ。

そして出来れば、ゲームレビューならば、画面をキャプチャーボードで撮影して文章と一緒に載せることでより魅力的になる。
画面写真も出来れば大きく表示する(もちろんあまりにでかすぎるのも問題だが、掲載する時は大きいぐらいでいい)。
なぜなら、目を細めてみなければわからないような小さいスクリーンショットにはもはや価値がないからだ。
今やブロードバンドが当たり前になっているのだから、でかい画像をベタベタ貼り付けても嫌がられることはない。
より資料的価値が増すと言える。

なぜここを強調しているか。
PCの性能は今後も進歩する。その変化に対応するには、やりすぎなぐらいが丁度良い。

個人的には動画までやらなくていいと思っている。
静止画には静止画の良さがある。レビューの他に画面撮影にまで凝れとは言わない。
だが、1枚の写真にそのゲームのうりや面白そうな要素を詰め込んだり、ベストショットだと、より映えるのは言うまでもない。

どうせ動画サイトで検索されれば簡単に既に上がっているファイルで見られてしまうのだ、とことん静止画で拘るほうが質が上がると私は信じている。

●最後に頼りになるのは自分のセンス

長々こんなことを書いて身も蓋もない題目になって申し訳ないが、他人のレビューを私が読んでいてやっぱり感じてしまうことだ。

出来れば他人のサイトを具体例としてあげたくはなかったのだが
既に放置状態となって6年経過しているので、問題ないと思ったため、一例を出して説明する。

このレビューサイトを見て欲しい

冒頭で少し書いた個人サイトで450本レビューしているサイトだ。これ以上の規模のサイトは私は知らない。
本数だけが取り柄のサイトなら見たことはある。中身もしっかりしていることが前提だ。

ここで引用させてもらったのは、このWebを私は認めているということをまず分かって欲しい。
決して晒し上げるために引用したわけではない。

この人は2000年前後の幅広いジャンルのゲームを沢山レビューして取り扱っているほかに、映画のレビューもしている素晴らしいサイトだ。

このレビュアーは、私なんぞより分析力がずっとあり、なかなか面白いレビューを書く人だ。

しかし、これだけの本数を執筆してるが成長がなく、文章力に関しては残念ながら私に劣っていると感じた。

説明的な文章が多すぎて、読んでて疲れてしまうのだ。
鋭いことが多く書かれているのに、レビューとしては贅肉が多く読み終えても言いたいことがイマイチ伝わってこない。
(先の題目でも書いたが、途中途中で大文字で強調しているのも読みづらさに拍車をかけている。余計な装飾は身を滅ぼすということをこのサイトから学んで欲しい)

文章力に関しては、個人差があるだろうが、やればやるほど絶対に成長する。
私がレビューページを始めた1,2年はまともな文章が書けず相当に苦労した。

それを10年続けたことで、やっとそれなりに見られる文章がかけるようになった(つもり)。

だが、私はどちらかというとこういう物書きには向いてないと感じる。10年やり続けたことで多少補えたといったところだ。

そこで最初に書いたセンスが頼りになるという結論に達した。

処世術にたけた人は、高校生とか若いうちにケータイ小説で多くの人を感動させたりするという。
私はそういう人を正直羨ましいと思う。才能のある人は若い頃からそれを発揮する。

●おわりに

私はライターを希望していたので、20代の間ずっと、Webを開設し10年間レビューを書き続けてきた。
しかしそんな努力もむなしく、私の夢は儚く散った。

この間、大手のメディアのライター職に何社か応募したりしたのだが、書類選考で落とされてしまった。

もう私も30になろうとしている。これだけ長い間、頑張り続けてきたことが実を結ぶ機会はもう無いと思っている。
30にもなって、夢を追うのは経済的にも限界があり、半ば諦めている。

だから、このようにブログを開設し、別のことを始めようとしたわけだ。

10年の間、私が努力してきたこと、ノウハウとも言えない金にもならないシロモノだが、私がやってきたこと、ここに残しておくのは重要なことだと考えた。

(添削でもする人がいれば、身になって即戦力にでもなったのだろうが...)

いま、私は仕事をさがしているが、しょうじき厳しい状態だ。

こんなところで求職活動をするなみっともない と思われるかもしれないが、一応ここにもみっともなく書く。

もしこんな私を見て面白いヤツ、会うだけ会ってやると思った人は、ぜひコンタクトとってください。
いたずらを警戒しているので、その際はきちんと署名をお願いします。
以前動画配信をしていた頃の話のエントリの中で、私が動画配信していた模様をリンクしてユーチューブにあがっているので、声だけならそこで聴くことが出来ます。

私は1000本以上のさまざまなハードのゲームソフトを所有し、1000本近くのゲームを触りクリアしてレビュー文章を書いてきた。

その趣味は30という節目を持って終わることにする。

今後は無趣味になるわけではなく、小説など創作活動をやりたいと思っているが、これもまたかなり苦労している。
すぐさま飯の種にしたいなどというお花畑の持ち主ではなく、趣味としてやっていくつもりだ。

●あとがき

これで本当に私のブログで当初書こうと思っていた話は全て書き上げた。
もう私の中にこれ以上大作になるエピソードは存在しない。
今後はどういった内容になるかはちょっとわからない。

次のエントリ記事作成が遅れています

基本的に3日ごとにエントリする予定なのだが、
今書いている記事が、思いの外長文になっており、3日以内に更新するという締切を守れなかった。

わざわざ謝罪するほど、見ている人はいないところだとは思うが、放置しているわけではないので、一応ご報告まで。

早ければ明日の夜か明後日に更新できる予定。

これをエントリすると、もう私の中に残っている面白い話は、本当に残っていない。

前も同じようなことを書いたが、新聞販売店、動画配信の話、そして次のエントリで

私のやってきたことはおおまかに全部語りきったことになる。

その後は、このブログで何をやるかは全くの未定。

単純な昔話なら沢山出来るが、それは大した面白い話にはならない。

出来れば小説でも書いていきたいと思っているが、これも軌道に中々うまいこと載せることが出来ず困っている。

この際プレイステーション3は終わったほうがいい

昨日の昼間の没エントリを流すためにまた駄文を投稿。
まだ結論をだすのは早いと思うが、見ている人の反応で滑っているのはなんとなくわかりました...
職業:作家とかアホな夢見るのやめときます(性格診断の適職ではいつも芸術家とか出てくるからちょっと賭けてた面があった)

こんなこと書くと、怒られるのかもしれないが...。

いま、ソニーのプレイステーション3は、ハッキングのせいでネットワークサービスが一切使えない状態になり、もうすぐ一ヶ月経とうとしている。
個人情報の流出は過去最大クラスを誇り、事態の収拾が未だ付きそうにない。

PS3とXBOX360は、性能的にはほぼ同等なせいか、重複したタイトルが非常に多い。
家庭用ゲーム機の歴史で、これだけ個性に違いがないのは、前例がない。

セガサターンとプレイステーションの争いの頃も、初期はマルチタイトルが多かったがここまでではなかった。
それに性能差が明確にあったので、これはSS版の方がロードが早くて出来がいい、とか、
トゥームレイダーは、ポリゴンのゲームだから、PS版の方がきれいな画面で遊べるとか見るからに違いはあった。

日本国内ではいつの間にかPS3が勝ったことにされているようだが、私はそうは思わない。
小売店とかが薄型PS3が出た辺りから手頃な値段になって、当時話題性も高かった流れに乗じて都合がいいから勝ったことにしているだけで、流通の誘導販売に上手く乗せられて普及したように感じる。

その証拠に、一時期大手販売チェーンのゲオだって、XBOX360とPS3を同等に扱っていた時期があった。
それがいつの間にか、どんどんXBOX360は扱いが悪くなり、いつの間にか店の端に邪魔と言わんばかりに追いやられるようになってしまった。
そしてたまたま、XBOX360は開発しやすかったことで、STGやギャルゲーのニッチなジャンルの避難先になっていたために、そのせいで負けハードの印象をさらに強めてしまい、イメージを落としてしまった。
正直言って、ギャルゲーみたいなオタク向けゲームはPSPの方が遥かに、比較できないほど多い。
魔法少女リリカルなのは、俺の妹がこんなに可愛いわけがないがXBOX360で出ているだろうか!?

小売店がこぞってこんな扱いをすれば、どっちを買うか迷っていた人でもPS3を選ぶに決まっているだろう。

でだ、何年にも渡って、全く同じ内容のゲームを2機種に出し続ける非生産的な行為はすぐに辞めるべきだ。
日本ではPS3版の方が売れているのなら、わざわざXBOX360版まで生産して店頭に並べる必要はないだろう。
逆に、これはXBOX360向けだと思うのならXBOX360だけに出せば良い。
前々から思っていたが、資源の無駄遣いだ。

私はたまにマルチタイトルのゲームを両方買うことがあるが、XBOX360版は売れないのがわかっているのか、PS3はピクチャーレーベルなのに、XBOX360版は白黒レーベルで露骨にコストダウンしていたりする。

そうまでして両機種に出すメリットはあるか?
ゲームの制作費があがって採算が取れないという事情もわかるのだが、だからって2機種に出して解決する程度の問題なのだろうか?

単純に2倍売れているわけでもないのだし。

そこで、題名にもなっている、プレイステーション3はこの際終わらせたらいいのではないか、ということ。
ソニーは他にもプレイステーションポータブルがあるのだし、今年後継機種も出すのなら、それでじゅうぶんだろう。
むしろ今は、携帯ゲーム機の方が主流になっている。そこまで据え置きゲーム機に固執する必要はない。

なにも私はXBOX360信仰者というわけではない。
XBOX360はPS3より便利なところはあるが、オンライン対戦は有料だし、ダウンロード販売の値段もわかりづらいところが好きでない。
コントローラーの十字キーの使いにくさは何時まで経っても直そうとしないし、ダッシュボードも使いにくい。

でも、せっかく据え置きゲーム機が2種類あるのに、出ているゲームはどっちも何年も代わり映えしない。
最近こそやっとPS3が普及してきたせいで国内メーカーも方向転換が始まったのか、国産のゲームを中心に三國無双6などがPS3だけに出すようになってきたようだが、いくらなんでも遅すぎる。

こうやって差別化が図れれば、私としては共存してくれても一向にかまわない。
が、相変わらず2機種に出す頭の悪いメーカーも多く残っている事実もいっぽうである。

たぶん世間的にはPS3持っててXBOX360は無い、存在すら知らん人が多いだろうから、私の言うことはまたズレてると思われるだろう。

しかし、何年も熱心にゲームを追い続けてきた(悪いが既に過去形になっている)人からしてみると、この数年間は異常とも言える事態がずっと続いていた。
DSやPSPが頑張っていなければ、ゲームへの熱が冷めるのはもっと早かったと断言できる。

私はこの状況にはっきりいって辟易していた。

今から10年以上前の話になる。

1999年。
ソニーvsセガvs任天堂が三つ巴で戦ってた時代は、毎月欲しいゲームが買いきれないほど発売されていた。
なぜなら、機種ごとに違った魅力あふれるゲームが出ていた。

例を出そう。
1999年11月。

11月18日にPSでクロノクロスが出て、そのわずか3日後、
今度はGBでポケットモンスター金銀が発売される。これはポケモンブーム絶頂期の新作発売で行列ができるほど人気だった。

11月25日にはみんなが待ってたときめきメモリアル2がPSで発売されて、これも大行列を作った。
そのわずか二週間後、またもPS陣営はたたみかけるようにグランツーリスモ2を出した。これも行列で即完売するほどだった。3日後、64でドンキーコング64が出た。売れなかったが、大作ソフトだったし、面白かった。

セガのドリキャスの弾幕が薄いが、12月末にはシェンムーやDの食卓2が出て(これはつまらんかったが)、年明けにはクレイジータクシー、バイオハザードコードベロニカなど当時最強スペックを誇るゲーム機の貫禄をじゅうぶん見せつけていた。

ドリームキャストは素晴らしいゲーム機で本当は売れるはずだった。
秋元康のCM戦略はツボに嵌り、湯川専務は時の人になった。テレビに沢山出演していっぱいドリキャスを宣伝した。
なのに、肝心の発売日に台数が揃わなかったせいで、勢いが失速し、そのままソニーのPS2に畳み掛けられて2001年1月に製造中止に追い込まれた。

それに比べて、今の時代、同じく任天堂vsソニーvsマイクロソフトの三つ巴の戦いをしているはずなのに、当時ほどの活力があるだろうか?
10年前みたいに本気で戦ってるだろうか?

私から言わせてもらえば、国内ではPS3は“勝たせてもらっている”状態だし、ソニーはそれにあぐらを書いているようにしか見えない。
きっとそんな不抜けた姿に神が天罰を与えたのだろう。

もっと本気を出して欲しい。でなかったら私がゲームに飽きるはずがない。
数ばっかり出して中身がスカスカな現状に私は冷めてしまったとしか思えない。

昔のゲームはもっと面白かったはずだ。昔より遥かにゲーム機の性能やゲームの質も上がったけど、面白さはというと、肝心の中身や勢いが薄れてしまったと思う。

軽く書いて寝ようと思ったのだが、長くかかってしまった。しばらくゲームの話は避けよう...。

いわさきひろまさのブログが面白い

いつもWeb拍手ありがとうございます。
もう油の乗ったエピソードは残ってないので、単発のエントリばかりになります。
特に時間もかからないので、4月より更新ペースが上がるかもしれません。6月からはまた落ちます。

題名にあるいわさきひろまさとは誰なのか?
まずここから解説していく。

いわさきひろまさはゲームクリエイターである。
ゲームに詳しい人なら知っているだろう。とはいえ、最近の若い人は知らないんだろう。

何してた人かというと。

PCエンジンのイースI・IIと天外魔境IIを作った人。
電撃プレイステーションでレビューとコラム書いてた人。

これ書けば、「ああ、あの人か!?」とゲームオタクならピンと来ると思う。

2010年9月。たまたまGoogle検索していたら、この人のブログを見つけた。

Colorful Pieces of Game

あまりに面白くて、日曜日の午前中を全部使ってほぼ全部のエントリーを読んだ。

この人は、ゲームが大好きで、私より遥かに年上なので、(昔はマイコンのゲームを遊ぶためには自分でプログラムを書かなければならなかったので)自作して遊んでいた。

そして、ゲームライター業を経て、ゲーム業界(ハドソン)に入る。

普通ゲームを作る側に立つと、現実とのギャップや過酷な労働環境を体験してゲームを嫌いになったりするものだが、
この人が凄いのは、ゲーム好きなのは現役だということだ。もう40代だというのに、昔のゲームは当然ながら最近のゲームにも非常に詳しい。

開発環境の話が個人的に物凄く面白い。
以前に書いたが、私はプログラミングに興味があったが、勉強する機会がなかったので、こうやってネットで興味本位で見て調べたりする程度だ。

DOSの86系を使って、こうやってPCと開発機をつないでて...
この少ないメモリで、キャラパターンとメニュープログラムをxxkbyte使って、戦闘シーンは...
なんて言う話、普通の人が聞いても訳がわからないしつまらないと思うが、私は素人だがロマンに満ちた話に見えてわくわくして読んでいた(それでも知識のない人間では他のページ同様、わからない部分も多いのだが)

私の世代では、パソコンでプログラミングするという機会は殆ど無かった。
PCはWindows95が出てから買ったから、せいぜいDOSのコマンドプロンプトで直接データを呼び出すぐらいだった。

だいたい、1990年後半というと、PCゲーム衰退期であった。
PCゲーム=エロゲーと言っても差し支えないほどになっていた。

PCショップに置いてあったゲームも、PCゲームの花形だった日本ファルコムだって、
「英雄伝説III 白き魔女」という傑作を出したのが1994年12月、
人気作の続編、「英雄伝説IV 朱紅(あか)い雫」が2年後、1996年6月に出たが、
こっちは友達が買ってるのを見ていたが、おせじにも面白そうには見えなかった。
それどころか、私の見る目が確かならば、ク○ゲーにみえた。
といっても、人がやっているところをじっくり眺めていたわけではないので、この辺りはなんとも言えない。
断片的に見て「そう見えた」ってぐらいで、その限りでは、わざわざ自分で買ってまで遊びたいと思える魅力は少なくともなかった。

こんな感じでまっとうなPCゲームはイマイチになる一方で、エロゲーの存在感が増していった。

「同級生」「下級生」「To Haert」「Piaキャロットへようこそ!2」
私が知っているのだけで、これだけ出てくる。
もっとディープなやらしいゲームも沢山置いてあったので、実数はもっとあることになる。
「下級生」は友達が買い、「Piaキャロットへようこそ!2」はその友達が欲しくて欲しくて仕方がなくて私に買わせた。

これには一つ事情があって、PC環境がWindows95の登場によって劇的に変化したためだ。
それまでDOSベースで作られていたゲームが、今現在主流となっているOS上で動作するものに切り替わり、開発環境もその変化にさらされた。

この時期Win95用に開発されたゲームは、出来の悪いアプリケーションみたいなものばかりで、ゲームに没頭できるインターフェイスではなかった。
いちいちゲーム上の操作を確定させるのに、OSのメッセージウィンドウが真ん中にポンと出てきたり、全画面モードに切り替えて遊ぶことが出来ず、サイズが固定されていたり、ひどいものばかりだった。

いっぽう、同時期の家庭用ゲーム機もプレイステーションとセガサターンの登場で、環境が大きく変わっていた。
以前はプログラムにアセンブラを使っていたのを、C言語が主流となった。

おまけに多くの開発者は当時ROMカセットを媒体にゲームを作っていたが、CD-ROMになり、さらに3Dでポリゴン演算が求められるようになって、ゲームの作り方が土台から変化した。

例えばグラフィッカは、今までしこしこドットで1枚1枚キャラパターンを描いてたのが、その作業がポリゴンにとってかわりモデリングやらその上にテクスチャをはっつけるなど、作業体系が大幅に変わった。

CD-ROMでのゲーム制作経験がない多くのプログラマは、メモリとプログラム、ローディングとの戦いでゲームの仕様(どこでデータ読み込ませるか、どういう決まりごとでゲームを処理させるか)を決定させることに難儀した。

個人的には、いったんプレステの時代になって、いったんゲームが退化したように感じた。
まず前提として、ゲームを作っているのは人である。
いくらマシンが進化しても人がそれについていけなければ、ただの箱となる。

プレステ2が出て、2,3年経つぐらいまでにならないと、CD-ROMと3Dポリゴンを満足に活用したゲームが出てこなかったように思う。

本当はそこで1998年に出たドリームキャストで経験を積むことが大事だったのに、いきなりハイパワーで開発しづらいプレステ2に移行させてしまったせいで、ゲームが立ち直るのにだいぶ時間がかかったと感じている。

なぜ退化したかって言うと、一般の人はどこまで知っているのかわからないから説明がしづらいが、簡単に書くと。

ゲームのプログラムデータは機械のメモリーの上で動作する。
そしてゲームとは、ミニゲームの集合体のようなものだ。
RPGだったら、1枚のフィールドマップ。戦闘シーン。メニュー画面。
アクションゲームだったら、1つ1つのステージマップ。
これらを必要に応じてカセットやCD-ROMから読み込んでメモリ上で展開させることでゲームが成立する。

ROMカセットが主流だった頃、この読み出しを気にする必要がなかった。
なぜなら、アクセス時間は事実上無く、データを展開させる処理だけが必要で、上手くプログラムしてやればいくらでも早く出来た。
プレステ以前の旧世代機で、ここが最も遅いマシン(CPU)はスーパーファミコンなのだが、皆さんがご存知のとおり、アクセスが遅いなどの理由でこのゲーム機でストレスを感じたことはないと思う。

たまに聞いたこと無いメーカーの無名のゲームでやたら重いゲームがあったりするが、スーパーファミコンではそれが本来標準なのだ。
多くの開発者が関わったゲーム機なので、ノウハウが蓄積されて、使えるゲーム機へとなんとか進化させていった。

しかしCPUの重さはゲームを動作させる上で非常に大きなウエイトを占めているので、ごまかしきれなかった。
スーパーファミコンでは、アクションゲームやシューティングゲームのような動的なジャンルの処理は致命的に苦手だった。
思い出してみて欲しい、スーファミでシューティングゲームってどれほどでたか?
当時はまだ花形ジャンルの筆頭だったのにあまり数でなかったのは、苦手ジャンルだったからだ。

また、スーパーファミコンのアクションゲームはどれもどこかもっさりとした印象がないだろうか?
(任天堂のゲームはうまくごまかしていたのだが)
それはハードの性能がそうせざるを得ないスペックしか持ってなかったからだ。

話が逸れるが、ニンテンドーDSもこのへんが実にスーファミ的で、やればやるほどゲーム機としてひどいスペックを持っているゲーム機だった。
事情が違うので一概に言えないが、DSの画面切り替えが長かったり、アクションゲームで妙にもっさりしているのは、CPUのせいだ。

良く未だにマシンスペック論争している人らが、DSは解像度が、ポリゴンが、とかいってるけど、私から言わせればそんな問題ではない。

重い。ただこの一言で片付けられる。

それに、小耳に挟んだだけで事実確認をしていないのでなんともいえないが、あの2画面を制御するには相当に骨の折れるマシン性能しか持ってなかったらしく、扱いづらいゲーム機だったようだ。

この点では、私はゲームボーイアドバンスの軽い、ドット絵というところが、ゲーム機としてはずっと好きだった。
音源が弱いと言われるが、工夫次第でいくらでも良いものに出来た(なのに、参入メーカーは携帯ゲーム機だからと本腰をいれないから出来の悪いゲームしかあがってこなかった)。

話がかなりそれてしまったが...

ところが、これがCD-ROMになると、ROMカセットほど融通がきかないのだ。
今でこそ、ハードディスクを標準搭載したり物理的な搭載メモリが増えたことでそれなりに工夫できるレベルにはなっているが(それでもCD媒体だとメモリはどんだけあっても足りない世界らしい)

プレステの特に1と2は、ほんとうにメモリが少なく、その中にゲームを収めるのが大変だったのだ。
ソニーは性能重視で、金ばっかりかかるメモリをいつもケチる傾向にある。

ROMカセットの時は、必ずしもメモリ上に全部データを呼び出す必要はなかった。
というと語弊はあるが、カセットへ読み込みに行く処理が早いので、いくらでもごまかせたのだ。
例えば、アクションゲームでステージマップを呼び出すとき、かならず全てのマップをメモリに入れる必要はない。
2エリア、3エリア先のマップは、とうぶんアクセスすることは絶対にないので、その時が来るまでメモリには読み出さない。
それどころか、ここの中間ポイントで中ボスが出てくるけど、出てくるタイミングで読みこめばいいとかいくらでも融通が効いた。

これがCD-ROMだとそうはいかない。
1ステージマップは、絶対にメモリ上に収める必要がある。
収まりきらなかった場合、特定のタイミングでエリア切り替えの際、CDへ読み込みに行く時間を入れなければならない。
これが、プレステの時代は等倍速でかなり遅かったから、どう頑張ってもごまかせなかった。
プログラムを動作させながら、別のデータを読み込みに行く裏読みというテクニックも存在するが、バグが発生すると面倒なことになるし、ソニーの動作保証外ってことで、
これがプレステ後期にならないと正式に使わせてもらえなかった。

一部の大作ソフトでは例外的に使われていた。ファイナルファンタジーVIIは裏読みを使ってアクセス時間を短縮していた。
ドラクエVIIも読み込みがかなり短かったが、どうやればああいうふうに出来るのかというと、プログラムの腕もさることながら、
素人でわかることといえば、割り切って出来る限りデータを細切れに分割して、1マップごとに小さいデータを読み込むようにしてるってことだけだ。
マップの切り替えは異常に早かったが、戦闘シーンの切り替わりは意識してみるとそれと比べると多少長いはずだ。
なぜなら、そこだけはどう頑張っても軽量化させるのには限界があったからだ。

データの入れ替えが頻繁だからフリーズを起こしやすい。納得できただろうか?

これらの仕組みは、インターネットのネットサーフィンに似ている。
画像がなく文字データだけのページなら一瞬で読み込むが、画像や動画が盛りだくさんのページは読み込みにどうやっても時間がかかる。

乱暴に言えば、「そういうもの」なのだ。

そして、プレステ1という機械は、CPUやメモリが今では考えられないほど低スペックでネットサーフィンをしているって言うことだ。

逆にROMカセットというのは、ローカルでデータのやり取りをしているのに例えれる。
同じポリゴンを使ったゲームで、同時期のゲーム機でROMカセットを使っていたニンテンドー64の「ゼルダの伝説」は凄かった。
あのゲームにはダンジョンがあり、部屋が沢山あるが、メモリ上には一部屋のデータしか恐らく存在しない。
扉の前で扉を開くときに、次の部屋のデータを読み出している。少なくとも圧縮している。
あの短時間で、あのデータ量を展開している。
ROMカセットだとこういう芸当が出来るというわけだ。

こんなことを長々と書いたのは、プレステになってCD-ROM主体になって、明らかに一時的にではあるがゲームの処理能力の幅が狭まったから、退化したと言いたかったわけだ。

それにポリゴンが使えるようになって、なんでもできるようになってから、限られたスペックでスプライトを使った平面処理で一生懸命臨場感を演出していた夢と浪漫に満ちたゲームの時代は終わってしまった。

いわさき氏は、そんな夢とロマン溢れる時代に活躍したゲームクリエイターだ。
世間ではROMカセットが主流でCD-ROMでゲームを作るなんて一般的でなかった時代に、CD-ROMのゲームを作り、有名になった人だ。
それも、CD-ROMの特性をよく分かっている数少ない人なので、他の同時期のCD-ROMソフトより遥かに優れたゲームを生み出した。それがイースI・IIだ。

ブログでは、いかにしてCD-ROMを使ってイースI・IIを作られたのか?ということが、当事者にしかわからないエピソード満載で描かれている。
ここでは、さっきまで長々と私が書いたような30年ほんとうにゲームしかやってこなかっただけの信ぴょう性のない素人のつまらないプログラム話なんかよりよっぽど、信頼できる技術的な話が書かれている。
技術的な話よりも、ゲーム制作するうえでの裏話が中心なのでイースが好きな人、ゲーム好きな人でも楽しく読める読み物になっている。

このエントリーは書籍にまとめられかわいい女の子の表紙付きで同人誌になって売られている。

私はこの「イースI・II」を親父がゲームをやっていたこともあって、リアルタイムに遊んで感動したものだった。
でかい女の子の絵が表示されて、テレビから声が出てメッセージを喋ることに衝撃を受けた。

その後彼は天外魔境IIを作った。今は丁度その天外IIを作っていた頃の話を執筆中だ。
恐らく、夏ごろに完成し、これも書籍化されるのだろう。

そんなこともあって、私は彼を崇拝していた。
ただ、PCエンジンが終わった頃、彼のゲームクリエイターとしての活動はさっぱりなくなって、どうしているのかと思っていた。
電撃プレイステーションという雑誌でレビュアーをしているのは知っていたが、私はその雑誌を読まなかったし、どちらかというと本業のゲーム制作は何をしているのかのほうが気になっていた。
(元は電撃PCエンジンという雑誌でレビュアーをしていたが休刊になり電プレに異動した)

だが、インターネットというのは、見せるべきでない人間性まであらわになる。
私はいわさき氏は、ゲーム製作者としては崇拝できたが、人としては好きになれなかった。

彼はゲーム好きなのだが、彼もよくいるハードでゲームをえこひいきする人だったことにがっかりした。
私は電撃PSを読んでないので、彼の過激な発言はよく知らないのだが、やたらプレイステーションが好きなのはよくわかった。
PCエンジンを絶賛していたのは、私は開発のしやすさを評価していたのかと思っていたが実は違った。
彼はただハイスペックマシンに魅力を感じる体質の人間だっただけで、PCエンジンも当時CD-ROMでゲーム制作できる高性能マシンだったから絶賛していたのだ。

私はこの嗜好性をブログを読んでてうっすらわかってきたときにがっかりした。

ゲーム開発者だから、任天堂の殿様商売が好きになれないのはわかるが、あまりにプレステ好きすぎるのではないかと思う。
高性能マシンがそんなに好きなら、98年に出たドリキャスや、2001年のゲームキューブ、2002年出たXBOXが、当時最も最高峰の家庭用ゲームマシンだったんだから、ずっとプレステばかりじゃなく、興味がそっちに移るはずなのに、何故かそうならない。
それにXBOX360とPS3なんて、性能差なんてどっちもどっちなのに、何故かPS3ばかり持ち上げる。

ただFF8を高評価しているのは理解できた。
私も、RPGは進めるところまで強引に進みきり、どうにもならなくなったときだけレベルをあげる。
(私はサガみたいなシンボル型のゲームだと極力避けまくって進めたりするので、人と違った印象を持ってRPGをクリアすることが多く、2chなどで私のレビューが晒され見当違いだ!などと叩かれるのだ)

多くの人はLV上げることで強くなるという思い込みを持っているだろうが、それは多くのゲームがLVアップでステータスがあがるように作ってるからであって、必ずしもそうなるゲームばかりではない。
私やレビュアーやってたいわさき氏のように、人よりゲームを沢山やっている人は、一歩冷めた目でゲームを見る。
そのせいで、ゲームごとにシステムのクセがあり、そこを理解することでレベル上げよりも有利に進めることを感覚的にわかっている。
だからFF8は説明不足だけど、わかる人なら楽しいって言うレビューを書いたのだろう。

逆にときメモを大絶賛しているのは理解出来ない。
発売日に買った人間じゃないと楽しめなかったゲームっていうような書き方をして、反論の余地を封じているのも嫌いだ。
ときメモブームが来たのは知ってるけど、それはプレステで出てからだし、生粋のゲームオタクからは昔から、他と変わってて凝ってるけど、絵はいまいちだし話もつまらない微妙ゲーって言われていた。
ああやって一部の酔狂してる連中が持ち上げていて過大評価されているゲームなんて他にもたくさんある。
なぜ私よりゲームに精通していて開発者であるいわさき氏がそこまでときメモの肩を持つのか疑問でならない。
そこまでときメモに熱中したわりにPSPのときメモ4や、あれだけブームになったラブプラスもやってない(おそらくDSだからやらないのだろう)。

あと、彼のブログを読んでてずっと疑問に思っていたのだが。

なぜ1990年前後、札幌にあるハドソンという会社(桃鉄とかボンバーマンの会社)で楽しそうに仕事しているのに、彼はそこに入社せずフリーランスで活動しているのだろう?ということだった。

ハドソンを出た頃から、彼の活躍はサッパリ聞かなくなった。
私から言わせれば、フリーになったことで、自ら活躍の場を狭めている印象があった。
ゲーム開発者に望んでなったのなら、なぜもっと第一線に身を置き、モノを作り出すことに積極的にならなかったのか。

さて、話は変わるが。

私の中学の同級生でゲームクリエイターになった人がいる。
同窓会で会ってはっきりとは言わなかったが、そう言っていた。
しかも今年3月結婚までした。

その人は中学の時点では、体育系の部活に入ってて、ゲームもまあ普通に好きってレベルの、私から言わせれば一般人だった。

つまり、ゲームクリエイターになる上で、特にこれといった特徴はなかったのだ。
高校、大学入ってから徹底的にゲームを研究した、とかそういうことはあったかもしれないが、考えにくい。

本来なら私もこういう場で活躍していたはずだ。
というか、こういうトコロ以外で多分私は飯を食っていけないような人間だと思う(決めつけてるわけじゃないのであしからず)。

中学の時点で、どれだけゲームを触っていたか...。
ただやってただけでなく雑誌に載ってた開発コラムみたいなのも沢山読んでゲームの作り方とか見ていたし、
プログラム言語の勉強とか大学に入ってからでも間に合うのだったら、私も希望する学部にさえ入れれば人生につまずくことなんてなかったのに...。

一応、今より若い頃、GameWatchやファミ通のゲームライターの求人に応募したことはある。
今の惨状を見てもらえばわかると思うが、書類で落とされたが。
その時に私がやっているゲームレビューのサイトも履歴書の特技の欄に付けて送った(これが駄目だったという説もある)。

今となっては、というか高校生の頃に既に、別にゲーム業界に強烈に入りたいとは思わなくなっていた。
ただ学部だけはコンピューター系のところに行きたいとは思っていた。
中学の同窓会ひとつとってみても、なんて世の中は理不尽でわからないことだらけだと痛感させられている。

色々不満も書いてきたが、それでも私は冒頭のいわさきひろまさのブログを注目している。
同人誌を出したりアフィに力が入っているところが金目的でやってる感が初期より目に見えて増えてきて「なんだかなあ」と思うが、名のついた人間の特権だからしょうがないと割り切っている。

高校時代の友達Yについて

高校に入ったとき、クラスの中に誰も知り合いがいなかった。
それどころか、私の中学校からこの高校に進学する人が310人中、3,4人しかいないほどだった。
なぜかというと、まず私の中学から遠かった。
それに、学校自体に魅力が全くないところだった。
偏差値が中途半端で落ちこぼれが入れる高校じゃないし、かといって、優等生が目指すほどの学校ではなかった。

そんな私は、クラスになじむのに2学期の9月までかかった。

それも、宿泊研修という特殊イベントがなければ、ずっと孤独なまま一年が過ぎただろうことは確定的に明らか。

中学時代に受けたいじめによって、人見知りが激しくなっていたためだった。

同じクラスで良く学校をサボっていたIは、そんな私にたまに話しかけてくれることがあった。
Iは人当たりが良く、私のような気の弱いオタクにも気を使い、ちょっと不良っぽい人などいろんな人と仲が良かった。

Iは2年になって別のクラスになったが、よほど学校に来るのが嫌だったらしく、さぼり癖が悪化して出席日数が足りなくなり退学していった。

良く家に遊びに行ったり、カラオケに誘ってくれたりとてもいい人であった。

宿泊研修をきっかけに、クラスのいろんな人とやっと話ができるようになったのだが、そのなかの一人にYという人物がいる。

Yは1年の時はそれほど仲は良くなかった。

それどころか、私は嫌われていたようだった。

YはAという芸人気取りのやかましい人間と仲良くしており、暗くて気が小さいオタク気性の私とは正反対に位置する人間だった。

だからノリが悪く、絵に描いたようなオタクの私とは相性が合わなかった。

だが。
宿泊研修で同じ部屋に泊まってからは、私という人間を理解してくれるようになったようだった。

Yは、中学まではスポーツ少年だった。
野球部に所属し、毎日練習に励んでいた。

高校では、何故か野球ではなくサッカー部に入部した。
しかし、それから数日経って、ゲームショップでスーパーファミコンのドッジ弾平を買って、それをやりたいがためだけに退部までしたというとんでもない逸話がある。

帰宅部になってからは、より一層オタク色が強くなっていった。
元々、中学時代にはスレイヤーズというオタク御用達のライトノベル小説を読みふけっていたそうだ。

また、高校に入って、すぐにゲームの話がしたかったのか、G・Wが目前に迫ったある日の体育の時間。
ゲームの話題を出して一人で盛り上がっていた。

「聖剣伝説は2が最高!3はクソゲー!」

などと、熱く語っていた。

私はそんな会話を耳にして、3ではなく敢えて2を好むところがゲームオタクっぽいと感じていたものだ。

Yとは、ゲームとアニメの話で盛り上がっていた。

Yは部活をしなくなってからゲームばかりやるようになったせいか、すぐに視力が落ちてメガネをかけ出した。
実に分かりやすい人だと思った。

私がクラスに馴染み始めた9月某日。Yの仲間にカラオケに誘われた。
1997年9月 初めてのカラオケボックスだ。

私はとても緊張した。

なにせ音楽の授業以外で歌なんて歌ったことがない。

おまけに音楽を聞く習慣もない。
浮かんでくるのは、アニメソングばかり。後、フジテレビのドラマは良く見てたからその関係の主題歌なら、という心細い状態。

2011年の今でこそ、カラオケボックスには、「アニメソング」ばかり載ったリスト本が置いてあったり、
昔と比べアニソンを歌う連中も増えているが(リモコンの履歴で確認)、まだ1997年というと、一般的でなかった。
オタク仲間で連れ立って行ったときぐらいしか歌えるジャンルではなかった。

そうして、何を歌うか困った挙句、出てきたのがメンズファイブの「ヘーコキましたね」だった。

私が困ってひねりだした選曲が「ヘーコキましたね」だったことに、その場にいた全員が「へっ?」という顔をした後、大爆笑していた。

なぜこの歌を歌えるぐらい知っていたのかというと、中学の時聴いていたラジオの音楽番組で、
1994年秋、 Mr Children の Tomorrow never knows とランキング1位を争っていたのが「ヘーコキましたね」だった。

私は中学時代、歌の良さがわからなかったので、ラジオは良く聴いていたが、トーク番組の間に歌が流れたりすると退屈になって嫌なぐらいであった。
そんな私が音楽番組を聴いていたのは、その時間帯に音楽ヒットチャート番組しかやってなかったせいである。
だが、そんな私にも心に響いてくる歌が「ヘーコキましたね」だった。
あまりに面白かったので、カセットテープに録音して何度も聞いていた。だから即興で歌えた訳だ。

そんなわけで実は「ヘーコキましたね」という歌は中途半端に有名なのである。

こうして、歌唱力はイマイチだったけども、その後毎回カラオケに呼ばれることになった。

ちなみに、何度もカラオケに連れてってもらって、一度同じクラスでちょっと不良っぽい人とばったり会って、

「安西爆弾くんってカラオケで歌うの?」

と、見た目のイメージに合わないことを目の前ではっきり言われた。

2年生に入るクラスを選択するときに、私は迷ったが、理系クラスに行こうと思っていた。
ところが、Yに誘われ、文系クラスに入ることになった。

そうしてまた、2年になって同じクラスとなった。

1年の時の男子はみんな仲が良く、いい雰囲気のクラスだったが、2年、3年のクラスは最低最悪だった。
高校3年間で、これといった友達はYとMの2人ぐらいしかいなかった。

男クラに行った機械音というヤツもいたが、私のゲームボーイを借りパクしたので、縁を切った。

Mとは2年の時も同じクラスだったが、休み時間になるとすぐに中学の同級生や部活仲間ところへ行き、週末カラオケに行くぐらいしか付き合いが無くなってしまった。

2年の時のクラスは、本当に同じクラスメイトなのか疑問になるぐらい、付き合いがなかった。
男子は、休み時間に全員他のクラスへ遊びに行き、全員がこれといった人間関係を築かなかった。
だから、団結しなければならない学校祭とか体育大会などになると悲惨な結果が必ず待っていた。
学校祭が特にひどく、最低限企画だけ提出しても、誰も実行する人がいないので、未完成のまま当日を迎える。
担任も人をまとめる能力が明らかに無く、全然改善される気配がないまま1年が過ぎ去った。

3年生の時は、不良とまでいかなくてもやんちゃな男子が多く、そいつらだけで仲良くしちゃって、オタクっぽい私とYはその中にとけ込めずに終わっていった。

ぶっちゃけ、1年の時のクラスメイト以外で友達らしい友達は出来ないまま3年間は終わった。

3年生にあがるときも、進路選択があったが、Yに誘われ、同じ進路の文系クラスを選んだ。
だから、3年間同じクラスだった。

中学と比べると、山も谷も無い平坦でつまらない高校生活だった。
勉強とゲーム、遊ぶ金を稼ぐための新聞配達だけやって過ぎ去った3年間。実に淡白としていた。
一番人生で楽しい時期であろう、高校生活がこの有様である。終わっている。

Yとはずっと同じクラスだったが、大学までは一緒というわけにはいかず(同じ大学に行くよう誘われてはいたが)、
高校卒業後も、メールのやり取りを頻繁にしたり、夏休みなど長期休暇に地元に帰ってきて一緒にカラオケやゲーセンで遊んだりしていた。
Yと2人きりで遊んでいたのではなく、高校時代の知り合いを何人か誘って遊んでいた。

大学に入ってから、Yはパチンコで、私はバイトで汗水たらして、遊ぶ金を稼いでいた。
Yはパチンコでかなり儲けていたようだ。その金でノートパソコンを買っていたぐらいだった。
今と違って、2000年当時は、まだパチンコで一山当てることが出来た時代だった。

結局大学4年間、卒業後数年は、Yはパチンコべったりで、私も何度か誘われたものだった。
つまんないし稼げないから私は嫌だったので毎回断っていた。

さすがに25を超えた辺りから、中々勝てなくなってきてパチンコはあまり行かなくなったようだ。

こんなYだが、大学時代は何個か短期のバイトをやっていた。
大学1年の冬、JRの電車を洗車するバイトをやっていたが、合わなかったので私に愚痴っていた。
24時間交代勤務で、仮眠室で寝たりするのだそうだ。だが、周りのオッサンがうるさくて寝れなかったと言っていた。
夜勤の仕事はこれで懲りていたようだった。

もうひとつは大学3年の冬、デパートの販売員をスーツを着てやっていた。

就職活動の時期にさしかかっても、Yは性に合わないと言って全然就活をやろうとしなかった。
結局ほとんど活動らしい活動をせずにそのまま卒業していって無職となった。

これは私も一緒で、私は自分なりに頑張って就活をしようと思っていたが、独特の空気についていけなくて、数える程度しか受けず、後はYと同じくほとんど仕事探しをしないまま4年生が終わってしまった。

言い訳にしか思われないかもしれないが、以前にも書いたが、行きたい大学(学部)に親の方針で入れなかったので、就職活動でどん詰まりに陥ることは入学前から想像できたことだった。

Yは卒業後、ホームセンターの短期バイトを1ヶ月やった後、10ヶ月無職を堪能していた。
まだパチンコで金を稼ぐには困らない時代だったので、金に困ったらしょっちゅうパチンコで稼いで遊ぶの繰り返しだった。

そんなYに転機が訪れる。

短期のバイトをやっていたホームセンターの社員から、「またバイトに来ないか?」と前触れもなく連絡が来たのだった。
これが2005年春のことだ。
これ以降、Yはずっとそこのホームセンターでバイトを続けている。

Yはその職場が気に入っているようで、1年後の2006年6月、同じく職に困っていた私を誘ってくれた。
コネで受けに来たので落ちるはずのない面接試験だった。
しかし、形式的にやっている適性試験で落とされてしまった。

30にもなって未だにバイトという身分はどうかと思うが、だからかYは仕事探しで困ったことがないらしいし、やりたいとも思わないようだ。
例外として、2007年夏頃、急に将来が心配になったYは、バイトをかけ持ちし突然私と一緒に就職活動に精を出しはじめるが、ハローワークがアテにならないことがわかると、諦めていった。

Yとはこのように、毎日メールをやり取りし、月に2,3回遊んでいたほど仲が良かったのだが、だんだんと疎遠になっていく。

予兆の一つとして、彼女が出来た場合が挙げられる。これはしょうがないことと言える。
口では「気を使わないでいいよ」と言うものの、明らかにメールの返事が来なくなる。
いつもなら出したら1,2分もせずに返事が帰ってくるぐらいの人が、突然返事が返ってこなくなる。

最初に出来た彼女は、かなり性格に難のある人だったらしく、別れた後に私に何度も付き合っていた頃の話を愚痴っていた。
私はノロケ話に興味はないのでほとんど覚えていないが、これだけは覚えている。

彼女が起こした交通事故で発生した借金を肩代わりしたこと。

返済に何年もかかっていて、最近何も言わなくなってきたので返し終わったんじゃないかと思う。

そうして、1人目の彼女と別れた後、また私と毎日のようにメールをし、頻繁に遊びに誘われて、銭湯やゲーム屋、ゲーセンで遊んだものだった(2007年12月~2008年9月)。

ちなみに、2007年11月。私は東京のIT企業へ面接に行き、内定をとって地元から離れようと思ったときに、猛烈に反対してきたのがYだった。その時言ったこの台詞だけは未だに忘れない。

「安西爆弾がでてったら遊び相手いなくなるべ」

2011年5月現在。遊ぶどころかもう何年会ってないですか?責任とってください。
(私の現在数少ない知り合いの中で、唯一Yにだけ、このブログを教えているが、きっと一度も見てないだろう)

しかし私が2008年10月に、新聞販売店へ就職してしまったので、また遊べなくなった。
だが2009年3月にすぐに仕事をやめてきて、仕事を辞めた翌日には、待っていたかのように銭湯へいつものように遊びに出かけた。

2009年5月末までは付き合いも良く、月一回ぐらいのペースで遊びに誘われたのだが、翌月から突然メールも返事が来なくなり、遊びの誘いも全く来なくなった。

彼女が出来たようだった。

毎日メールやっていたのが、丸3ヶ月こちらからメールを送るまで音沙汰が全くなかった。
それどころか、それ以降メールしても返事が全然返ってこなくなり、私も、Yとの仲は終わったと思い始めていた。

最後に遊びに誘われたのが2009年12月で、それ以降一度も直接会っていない。

2010年2月。私は臨時職員の仕事が始まり、忙しくなったが、職場に馴染めず何度か愚痴の電話をしたことがあるが、
さっさと切りたそうにしていた。

だから、だんだんと私からも距離をおくようになっていった。

2011年5月現在。出したメールの返事は返ってこない、遊んだりも1年以上もない。

私の中でもうYは“過去の人”だ。

宣言しておこう(どうせ当の本人は見てないだろうし)。
もうこちらからメールを出すことはないし、電話をすることもないだろう。
なにせ電話番号もメアドも使わないからとずいぶん前に消してしまったからだ。

これが事実だということは、もし見ているならYが一番分かっているだろう。
電話をかけるたびにメールでわざわざ番号を聞き出しているのだから。

そして私は地元を出て行く。遊び相手も無い、仕事もない、最悪の環境に身をおいていてもいいことなど何一つ無い。
未練など何一つ無い。

私はやっぱり2007年12月。内定をもらった会社に惜しまれながらも行くべきだったのだ。

このエントリを書いた後、脳の中の記憶というメモリーからもお前を消すよ。
じゃあな!Y!そしてお幸せに。
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安西爆弾

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