仕事探しの上で最近考えていたこと

いま、私は、ろくな職歴も資格もないため、普通に職安かよったり、求人から応募して就職するコースをほとんど諦めている。

そこでどちらかというと重視しているのは、親の知り合いなどのコネを使って、仕事につくやり方だ。
しかし、親は両方共、世間体を異常に気にするので、親の人脈を使うことも中々難しい状態になっている。

もう私は、定職につくために、できるだけ確実な方法であればなんでもよく、手段を選ばなくなってきている。

親父の勤めていた会社に入れてもらうことも辞さない。
前述のとおり、親父も世間体を異様に気にするので、これは確実に無理である。
それに、親父を見てた限り、あまり良い会社じゃない。それもあるから、親父も入れたがらないんだろうと思う。

そこで今、この方向で一番有力なのが、母親の方の知り合いが警備会社の社長をしているので、
ここにバイトで入れてもらうことだ。
ところが、警備の仕事は向いてないからと、中々紹介してもらえなくて困っている。

確かに私は、体力仕事は向いてないが、もうそんなことを言ってられる状態じゃないのだ。

これは、もう3年前から考えていて、ずっと紹介してもらうように働きかけているのだが、どうしても

「迷惑をかけるから」

の一点張りで、この方法を使えたことはない。




そこで、地元にいても仕事が無いし、親との仲も悪いから、家を出て都会で路上生活をしようという考えだ。
なにも衝動的に、家出して、ネカフェ難民やろうなんて言っているわけではない。

もうそこまで、私という人間は追い詰められている。

後はもう、自分が覚悟を決めて家出するだけだ。その覚悟を踏み出せていないだけだが、それも時間の問題だと思う。



私に向いてる仕事とか、その手の方向はいろいろ考えた。しかし打開策が見えてこないために諦めた。


24,25の頃、ゲームばかりやっているからデバッガーでもやろうかと考えた。
しかし、そんな将来性のない、学生の小遣いアルバイトみたいなもののために、わざわざ実家離れるというのはどうかと思った。
今思えば、将来はわからなくても、人とは違う道を行くことで、今は違った人生をたどっていたのかも知れないと思うと悔やまれる。

ふつう、デバッガーというのは、技術のある人間が片手間にやる仕事だ。
今は、バイトで、デバッグ専門の会社があって、デバッグだけやって給料もらえてるようだが、
そういうところは登録制で、いつも仕事があるわけでもない不安定な仕事だ。

メーカー直下で入れば、テスターとか待遇の良い場所もあるのだろうが、そんな美味しい話がいつ来るかもわからないのに、そういう仕事を狙って待つというのは現実的でない。



じゃあ、作る方は?ってことも考えたが、ただゲームやってただけの人間が他に芸もないのに作る側に回るなんてできるわけがない。
だいたいああいうところは新卒以外は経験者しか取らない。

よくスクエニがネットゲームの部署の求人を出してるのが話題になって私の目にも入るのだが、
あれは一部の職種で、未経験でも応募資格があるような書き方をしているが、書き方が悪いだけで経験者か何か芸を持ってる人を採用している。
どちらにしても、腐っても大手企業の高い競争倍率を勝ち抜く自信はない。

現実的に考えるなら、私がやれるのはゲームコーナーの店員だろうが、ゲーム屋のゲーム売り場自体が縮小しているのに、そんなところに今から入れるわけがない。


例えばのはなしである。

そんなにPC自信あるなら、3ヶ月とか期間内に、プログラムを独学で勉強して
それで採用基準に達しているなら、使ってやるとかそういう話があれば、やってみますよ。
(このプログラムの部分は、絵とか別の単語に置き換えても良い)

ただ漠然と独学するのと何が違うんだって話になると思うが、独学でスキルを身につけたって即戦力にはならないから社会的には使いものにならない。
もし、べんきょうすることに可能性を見いだせるなら、その期間は死ぬ気で努力しますよ。
それが水準に達してなくて、駄目だったとして、結果的に時間の無駄になったとしても、それはそれで構わない。



このブログを続けていて、一個アドバイスを貰ったのだが、もっと煽り耐性を持たないとやってけないみたいなことは言われた。

そういうのは結構自信あるつもりではある。
昨日、荒らしに反応したじゃねえかって言われると思うが、悪口や暴言書かれたということより、なんで俺という人間に固執するのかということが単純に気になった。

なんにも固執する要素がないのに、何をそんなに執着するところがあるのだろうと思っていただけ

確かに、1,2年前は、今ほど煽り耐性はまだなかったと思う

ここ数年で、かなり叩かれまくったから、言われてもなんとも思わなくなってきたってのがある。

なにより、仕事があって忙しかったら、バカバカしくていちいちかまってられない。
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ずっとブログ拍手してる人

「俺という人間はいなくなります」という一番上に表示しているエントリ
現段階で555拍手というものすごいカウントになっているが、これはたぶん毎日同じ人が回している。

バグとも思ったが、たびたび鬱エントリ書いた時にも、異常に拍手されるから、早く死ねって意味で押してるんだろ?

なんでキミが異常に俺に執着しているのかはわからんが、、、

キミ、去年秋ごろに、ここでソフバンの携帯使って荒らし連投してた人か?
俺携帯持ったこと無いから最近の携帯はよくわからんが、、、
最初は、スマホで書いたら規制されたから、IP変えながら連投してたよな?それで、ソフバンを全規制した。

拍手の時間的に学生かと思ったが、やっぱり大学生だったんだな?(学校名まではさすがに書かないが)

面白いから飽きるまでほうっておこうと思っていたが、、、
こういうのはふつう、無視しろ、反応したほうが悪いみたいに言われているが、
本当の粘着は無視しても年単位で執着してくるから、無視してるだけではどうにもならない。
過剰に反応するのも悪いっちゃ悪いんだが、、、

どうせ答えが帰ってこないのはわかっているが、第三者にも聞いてもらいたくて今日は書く。

1月に、迷惑コメントに引っかかって連投してたのは違う人だよな?
IP良く調べてみたら、全然住んでいる場所が違っていたし、ほかの書き込みみたら会社員ぽかった。

その、
俺に異常に執着する理由はなんなん?マジで。

たまたまドラクエ10のこと書いてる時期があって、それで俺のブログが目に入って、目障りになってむかついて茶化して遊んでるってことか?
まあ、あの頃荒らしに来てたのキミ一人だけじゃないし、今より去年の俺は病んでたから文章にもそういうところが現れていたのは確かだ。

でもやっぱり学生か・・・

それだったら、俺がここで管巻いて言ってることは、どう頑張ってもわかってもらえないだろうな。

30っつったら相当年上だし、そういう年齢の人間がちゃんとしてない(普通は結婚して子供がいたりするイメージ)
それだけで叩きに値する存在になり得るもんな。

まだ学生だったら、俺の歩んできた人生と、今のオレのことをいくら言っても、その意味すら理解できないんだろう。

それなりの年齢で、色々あった人なら、今から書くことはわかってもらえるんだろうけど、

学校にいる間と違って、社会っていう場所は、一元的には出来てないんだよ。
俺が今定職につけて無くて、しかも、求職中が長い間続いている。

これは怠けているからそうしているんじゃなくて、
かといって、確かに俺は他の人と比べて不器用だから、世渡りが下手なせいで、状況を改善するのに時間がかかっている。

このへんの葛藤が、学生で若いと理解不能だと思うから、どうしても俺には納得させられることが出来ない。

新聞販売店に勤めていたけど、自分からやめたってのも、
確かに嫌な仕事だったというのは一番にあるけども、色々家庭の事情とかあって、
不本意でもやめることになり、そしてその責任は社会的には自己責任でかぶらなきゃならない
(こういったプライベートのブログで、そういう事情を説明しても、他人からすればただの言い訳としか取られない)

あと、これは人に公言したくないことだから、あまり書くことはなかったが、今日は書く。

俺は大学2年の頃から不眠が原因で、いわゆる精神病院に通っている。
鬱病だと診断されて、もう8年間同じ病院に通院しているが、自分では鬱病だと全く思っていない。

一時期、抗鬱剤が処方されたこともあったが、副作用で具合が悪くなる割に、効果が実感できないから処方をやめてもらった。

高校3年生頃から、今みたいな無職の人生を歩む未来が見えたから、精神不安定になっていった。
それで、当時の俺はインターネットの掲示板を荒らしまわっていた。
そのころ、掲示板のキチガイ行動は珍しかったから、ちょっとした有名人になって陰口も叩かれていた。
大学2年になった頃から、夜眠れなくなり、睡眠薬を処方してもらうようになった。

それでも、(敢えてこう書くが)鬱病がひどい時は、睡眠薬を飲んでも全然眠れない時がある。

4月中旬頃から、不眠が本当にひどくて、規則正しい生活をしようと努力していても、夜寝れない日が続いている。
この前、病院に行って診察してもらったときは、睡眠薬だけじゃ駄目だなと言われた(だが俺は薬を増やすことを拒否した)
つぎ、通院した時も、体調がひどかったら、いよいよ抗鬱剤の処方を受け入れようと思っている。

俺自身は、仕事の問題さえ解決出来れば、こんなものすぐ直ると思っている。

鬱病って単語を出すと、それを逃げ口にしていると思われるのが嫌だったから俺はあまり人に言わなかった。

実際会って話をしてもらうのが一番わかると思うのだが、俺は至って普通の人間だし、
むしろ、過去に書いた自分の文章をみれば、今のほうが鬱病の症状は改善してると思っている。


普通の人間は、ネット上だろうが、自分に都合の悪いことは書かないから、
都合の悪いことも書いてる俺を見て、面白がってばかにするのが楽しいのだろう?

別にこれは、攻撃するつもりで書くわけじゃないが、
大学だってそれなりに勉強忙しいだろう?
それなのに、もう最低でも半年以上、俺に執着しているのはなんなん?マジで。
普通の人だったら、ちょっとやったら飽きて離れていくのに、いつまでも延々と付きまとってくるのはなんなん?

俺の心は、ネット上よりも現実のことで手一杯で頭がいたいぐらいだから、
今俺がネットで必死になるようなことはなんにもない。ほんとに。

人生に絶望した理由

今、私がいい歳しても定職につけていなくて、かつ、死にたいとか泣き事ばかり言っている。
この現状と、嘆きだけを見れば、叩かれるような悪い印象を持たれても仕方がないような気がしてきた。

過去に何度か断片的にブログに書いたような気もするが、私のバックグラウンドというか
現状に至るまでの過去をかいつまんで振り返って伝えたいと思う。

大学時代の就職活動
まあ、お世辞にも真面目にやっていたわけではなかったのは認める。

大学生の私は、普段は時間にもルーズで、だらしない生活をしていた駄目な方の大学生であった。
当然ながら、ある日を境に突然始まる就職活動。

リクルートスーツを身にまとい、今日はA社、明日はB社などと、人が変わったようにアクティブに行動するなんてことできなかったからだ。

大学からは、わけも分からず「沢山会社を受けろ」と言われても、納得して動くことなんて出来なかった。

とはいえ、全く就活をしていなかったわけではない。

就職課に通い詰めて、ススメられた企業を何社か受けに行ったし、札幌、東京へも何度も面接に行っている。

しかし、厳しい就職戦線
そんな呑気な学生が内定を取るなんてできるはずもなく。

大体、興味のない会社に出す履歴書
志望動機なんて書けるはずがなく(動機がないのだから、当たり前の話だ)
ところが、“大人の事情”というやつで、どうしても書かなくてはならない。

長時間かけて、ひねり出して完成した履歴書を就職課の人にチェックしてもらう

「ここが弱い」とわけの分からないダメ出しをされ、締め切りまで修正作業の繰り返し。

行動を起こすには目的が必要だが、目的がないまま、とりあえず格好だけ取り繕って就活をしていたのだから、身が入らないのは当然のことである。

実は在学中に就活のやる気をなくした重大な原因が1つある。

私は、就活はひどい有様だったが、講義や勉強についてはまじめに取り組んでいた。
講義をサボるなんてことは殆ど無かったし、課題もしっかり提出して、試験の成績も良かった。
典型的な勤勉な学生だった。

底辺の大学だったせいもあって、周りの知り合いは、サボってバイトしたり遊んだりしている人ばかり
やる気を無くして中退した人も知っているし、教室なんて厳しく出席を取る授業以外は、がらんとしたものだった。

そしてそんな知り合いの一人は、遊んでばかりいたのに、内定だけはしっかり取り付けていた。

私が就職課に通っていたのは、大学のコネで受ける会社を紹介してもらうためだった。
サボり魔のその知り合いは、なぜかその就職課から優良企業を紹介してもらって一発で内定をもらって、4年生のほとんどを遊び呆けていた。

私はその事実を知った時、世の中の不条理さを嘆き、一気に就活へのやる気をなくした。
就職課が私に紹介する会社は、聞いたこともないような怪しい会社ばかり。
それでも、本心は全く入りたくない会社であっても、我慢して何社も受け続けていた。

しかし、なんで自分はこんなに苦労しているのに、いい結果が出ないのだろうと憤りを覚えるようになっていった。

そして、世間に取り繕うようにやっていた就職活動を放棄した。




大学を卒業後、私はなし崩し的にフリーターになってしまった。

中学時代から続けていた新聞配達ぐらいしか働いてなかったため、
求人誌を見たりして、フルタイムのバイトを探したり、ハローワークに通ったりしていた。

バイトは色々受けたが、不器用な見た目のせいもあってか、バイトの面接ですら惨敗だった。

有名所はだいたい受けた。

ホームセンター(2回受けて2回とも不採用)、ゲオ、野菜を切る工場みたいなところ、イオン(デパート)、シネマコンプレックス

店の店員なんて向いてないなんてわかっていても、受け続けるしかなかった。

私が働かせてもらえる場所なんて、底辺の新聞配達と、夜中の宅急便の仕分けぐらいしかなかった。
(そして後に働くことになる、市役所の臨時職員)

ハローワークにも通った。
23,24の若いころから、

「あなたのような未経験の人にはバイトぐらいしか紹介出来ませんね」

窓口ではこんな冷たい対応しか取られなかった。

まだ若くて、社会の仕組みとかもわからない人間に、この対応はあんまりだと思った。

正社員の仕事を探しててハローワークにわざわざ足を運んでいるのに、
そこでもバイトを紹介されるんであれば、家でタウンワークとか見ているのとはっきりいって変わらない。

最後、困った担当者は

「職業訓練校行きませんか?」

こんなことを言い出した。

聞けば、パソコン操作を勉強するカリキュラムで、7ヶ月間だか1年間ぐらいお金をもらいながらパソコンの勉強をしてこいというのだ。

もちろん私は言った。

「PC使えるんですけど、こんなの入っても意味あるんですか?」

当時23歳。

「在籍していたら、毎月お金もらえますから」

職業訓練校に入るにも、筆記と面接試験があり、これに受かるために丸1日筆記試験の勉強をする。

そして、試験当日。
私より年配ばかりの受験者のなかで20代の自分はかなり浮いていた。

面接試験では、私が疑問に思っていたことをそっくりそのまま質問された。

「キミ、PC使えるのにこんなところにきて意味あるの?」

私は何も言えなかった。

そして、試験は不合格。

他にも、ハロワ主催の合同企業説明会にも何度か出た。
時間が余ってどうしようか困っていると、私の担当者がやってきて、まだ時間があるんだからどっか受けなさいよと言われた。
でも、もう残ってるのは経験者向けの企業ばかりだからと言うと、私が挙げた会社に事情を話に行く。

それを見てて、「なに無駄なことしてるのかなあ」と私は思っていた。

案の定、断られたり、あるいは、参加しているものの採用条件が厳しすぎて暇そうにしているIT企業では
未経験の私でもなぜか相手をしてくれた。

そこでは長々と面談が続いたが、結果は不採用。
はっきりいって、終わってから気づいたが、暇すぎて私のような話し相手でも見つけて暇つぶしをしたかっただけなんだと思った。

こんな無意味な、無駄なやり取りが続いて、私はハローワークが信用できなくなり、通うのをやめた。


ハロワに通ってた頃、自衛隊のスカウトマンが、駐車場で張っていて、求職者に声をかけていたのだが、
毎日のように行っていた私も、スカウトマンに声をかけられ、自衛隊の試験を受けるように誘われた。

今だから言えるが、あの頃毎日職安通いしていて、最大の収穫は、自衛隊の入隊試験をススメられたことだといっても過言ではない。

入隊試験は4回受けた。筆記試験は問題なかったが健康診断で不幸が重なって落とされた。
健康診査で引っかかると、1年間を置かないと受けられないという決まりがある(履歴に残るため)
その1年を待って、私は年齢制限ギリギリまで何度も受け続けた。
最後の1回は、不景気がひどくなってきて、何もしなくても受験者が集まるようになっていたため、

完全に立場が逆転して、私のほうが頼み込んで試験を受けさせてもらうという状態だった。
3回目までは、誘ってきたスカウトマンがしっかり付いて、受かるための筆記試験や面接の対策法とか
健康診断で注意すべき点などを丁寧に説明してくれたり、試験中も頻繁に声掛けをしてくれたりするほどだった。

だが、最後の4回目は、これらのフォローは全くなくなっていた。
もう私のことなど見限っていたのだろう。




その後は、ネットの転職サイト(第二新卒向け)に登録したり、自分で求人誌を見たりして仕事を探していた。

金に余裕があった若いころは、ネットの求人から応募して、何度も東京へ面接に行ったものだった。
日帰りはつらいため、1回の面接で1泊2日か2泊3日滞在する。
大体2泊3日のほうが多かった。

なぜなら、日帰りだと、土地勘がないため、会社の場所がわからず、もし面接の時間までに見つけられなかったら、遅刻という扱いで減点対象になりかねないから、1日目は会社の場所を下見しなければならないためだ。

2日目に面接。
面接の時間は、たいてい午後2時とか、それぐらいの時間になる。
そこから1時間から1時間半、拘束されると、自由に動けるようになるのは、早くて3時過ぎ。
飛行機の最終便が17時発とかなので、ダッシュで山手線から羽田まで乗り継ぐとなると、時間的にかなり厳しい。

ホテルに戻って、着替えて荷物整えてなんてやってると、徒歩の移動時間も考えると間に合わない。

それで、2泊して、どうせだから、面接だけして帰るのももったいないし、
ってことで、2日目の夕方から3日目の15時ぐらいまで、都内をブラブラ観光して遊んでいた。

ホテルは、全部安いカプセルホテルだ。
そんなところに、贅沢をしていられない立場だからだ。

まだ私が、都内に面接に行っていたときは、ネカフェで泊まるという行為が普及していなかったので、カプセルホテルに泊まっていた。



そんなこともしながら、私が初めて就職できたのは、
中学時代から新聞配達をしていた新聞販売店だった。
就職したといっても契約社員だ。

職場環境が悪く、仕事自体が辛かったが、半年間は勤めていた。

やめてしまったのは、仕事が嫌だったのも大きいが、家庭環境にも事情があった。

朝5時出勤なのに、毎日、植物状態の妹を寝床に連れていくために、23時過ぎに内線電話で起こされる。

会社からは、朝早いから夜21時には寝ろと言われていたが、こうやって毎日起こされるので、十分な睡眠時間がとれない生活がずっと続いていた。

急に契約社員の仕事が決まったこともあり、忙しくて文句をいう暇もなかった当時の私は、我慢してこの生活スタイルを続けていた。

しかし段々と無理がたたってくる。

ある日、寝坊をして、出勤途中に居眠り運転が原因で、電柱に60kmのスピードで思い切り正面衝突する事故を起こした。

車は大破し、私は頭が切れて血が流れていた。

このような自分自身への負担が大きくかかる仕事を、自分だけの力で長続きすることはできず、
家族と何度も話し合った結果、私が仕事を手放すことで結論が出た。

仕事をやめたことは、事情はどうあれ、全部私のせいになっている。

そしてこのことを周りに突っ込まれようがいちいち反論して来なかった。



その後、市役所の臨時職員をやったりして、騙し騙し生きてきたが、それももう限界に達している。


このエントリを書き始めた原動力となったのは、
先週、ハロワで職員と面談した時に、

「今まで何してたんだ?」

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麻生太郎の有名なあのシーンを思わせる一言をつきつけられ、
これに頭に来て切れてしまったのだった。

その時、むかついた私は何をして帰ったかよく覚えていない。

人は本当に腹がたった時、周りがなんにも見えなくなって、自分が何をしたかも記憶に残らないぐらい我を忘れることがわかった。

なんか大声で文句を言ったはずだとおもうのだが、その内容をはっきり覚えていない

人生でもこれだけカチンときて、自分でもわけがわからなくなるということは、数えるほどしかなかったとおもう。
ほかだと、新聞販売店を辞めるかどうか家族で話し合ってる時に、理不尽な受け答えに切れて親をぶん殴った時ぐらいだった気がする。

そのあと、近くにあるデパートで、いつも時間を潰していた休憩所でアイスクリームを食べていたことは覚えている。



その次の日にも頭にくることがあった。

詳細は説明がめんどくさいから伏せるが、自衛隊に勤めている人と顔を合わせることがあった。

唐突だが私は自衛隊員が大嫌いだ。
仕事や入隊試験で何度も自衛隊の敷地や建物に入ったことがあるが、あんなところで働いていて社会人ぶられても私は納得出来ない。

自衛隊は自衛隊でつらいところはあるんだろうよ、だがな、そんなものどの会社でも一緒なんだよ
つらいことを我慢したって、民間企業とかは、雀の涙みたいな給料しか得られないんだ。わかるか?

税金で自分の身体鍛えて、プライベートは贅沢三昧。

おれは、そんな自衛隊員ばかりみてきて、自衛隊に入れなかった恨みよりも、周りで贅沢している自衛隊員がむかつくようになっていった。



最後は個人的な妬みが入って余計な熱が入ってしまった。



色々やってきて、お世辞にも精一杯努力したとはいえないが、私は疲れてしまった。

もう頑張ることに疲れてしまった。

私が、自虐的になっているのは、そういう理由があったからだ。
よく書いているがホームページがうまくいかないとか、そんなネット上の出来事なんて付随的なものであって、
私が自虐的な気持ちになっているのは、現実の人生でさんざん辛酸を味わってきたからである。

おれが良く言う、貧乏くじばかり引かされているという口癖もなんとなく理解してもらえたんじゃないかとおもう。

なんかよく、「仕事は選ばなければいくらでもある」とか言う台詞がある。

仕事を選ばなかった結果が私のような落ちこぼれを生み出した。

20代前半は、若さとか余裕があったから、バイトも含めて、こだわらずやってきたつもりだ。

しかし、気づいたんだよ、
いやこれぐらいの歳になったら誰でも気づくんだろう

求職登録したときにハロワから渡される本にも書いてある

「まず自己分析をして、やりたい仕事、職種を決めましょう」

これに対して、どうすべきかとか答えを書ける大それた身分ではないからこれ以上は書かない。
というか、私自身の話以外は、もういちいち書く気も起きないから省略する。
もう、最近は以前のように文章を書いたり屁理屈をこねる気力すら湧いてこない。



たぶん、ブログ見に来てる若い子とかには、私の歩んできた人生や経歴をいくら事細かに説明しても理解してもらえないと思う。

わかってもらいたくて、なぜこういう思想に至ったのか?
うだつのあがらない身分に甘んじているのか?

そういうことを、反面教師にもなるだろうと思って一生懸命書いてみたのだが、私の腕では人を説き伏せるような文章を書くことは無理のようだ。

ちゃんとやることをやっていれば底辺の人間になんてならない
死ぬ気で頑張れば、努力すれば社会復帰や軌道修正なんていくらでもできる

若いころは私もそんな風に考えて生きてきた。

ところが、世の中ってのは、ゲームの世界みたいになんでも報われるようにはできていない。
攻略本があって、攻略本のとおりに動けば、希望通りの会社に就職して、何事もうまくいく

そんな都合の良い仕組みにはなっていない。

私という人間を理解してもらうために、数日間かけて、無駄な部分は省いて書いた。

終わります。

人差し指のあかぎれが治らない

右手の人差し指の関節部分(手の甲のほう)の皮膚があかぎれを起こしたみたいになっている。

最初に違和感を覚えたのは、去年の10月だった。
突然イボみたいにボコっと膨れだしたのだ。

イボにしては変なところにできるなと思った。
昔できたイボに比べると小さいし、痛みもないから、病院に行くほどでないと思って放置していた。

しかしそのイボはいつまでたっても治らず、冬がやってきた。

今度はその部分がひび、あかぎれを起こし、痛みを帯びるようになってきた。
しかも、関節部分なので、指を動かすたびに、皮膚が伸び縮みしてつらいし、治りにくいのだ。

あまりにつらいので、水仕事をするときはゴム手袋をするようになった。

また、頻繁に皮膚がひび割れて血が出て痛いので、ばんそうこうも貼った。

しかし、治らない。

一冬終わって、暖かくなってくれば自然と治ると思っていた。

その考えは甘かった。
未だにあかぎれは治らず、それどころか、あかぎれ部分が広がっているのだ。

最初は、ばんそうこう1枚で収まる範囲だったのが、今では2枚貼らないとカバーできないぐらい広がり、もうすぐ関節部分を一周してしまうぐらいあかぎれが広がっている。

ここまで悪化して、初めてオロナイン軟膏というハンドクリームをつけはじめた。

ところが全然治らない。

まるで、皮膚が腐っていっているような感じだ。

今は冬の時のような痛みはないのだが、ハンドクリームを付ける前は、4月5月でも皮膚がひび割れてばんそうこうを貼らないと、そのヒビが広がったり、あかぎれの部分から体液がにじみ出てきてしみるような痛みに悩まされていた。

ハンドクリームをつけるといくらか症状は改善するのだが、皮膚が腐ったような感じはいつまでも治らない。
しかも日増しに、あかぎれの部分の広がりが止まらず困っている。

病院に行くべきか悩んでいる。

地上波テレビと野球中継

地上波のテレビ放送で、かつて野球中継は高視聴率が見込めるコンテンツだった。

4月-10月の野球シーズンのゴールデンタイムは、どこかの局が野球中継の権利を買って、
ほぼ毎日どこかしらのチャンネルで野球中継が行われていた。

主に権利の取り合いとなっていたのは、読売ジャイアンツの対戦カードだった。

放送時間は19時-21時

試合が長引くと、放送時間を30分延長して、21時以降の番組は30分繰り下げで放送されていたほど影響力を持っていた。
注目度が高い試合は最大1時間。優勝決定戦は試合終了まで放送が当たり前だった。
かつては、優勝決定戦などでは、最後まで中継して、2時間3時間平気で延長して
本来21時放送予定のドラマが23時30分から放送とか、有り得ることだった。
(もちろん、ドラマ目当てのOLなどはとばっちりを受けるために抗議の電話が殺到したりした)

もちろん、本来やっていたレギュラー番組を潰して野球中継をやっていたため、シーズン中は19時-21時の番組は頻繁に休止していた。

2000年中頃に入ってきてから、かつて国民的スポーツだった野球も、時代の移り変わりとともに段々とその圧倒的地位が失われていき、視聴率もとれなくなってきたため、当たり前のように行われていた野球中継という文化が消え去ることとなった。

特にナイター中継に力を入れていたのは、あの日本テレビである。
自社のプロ野球球団が国民的な人気を持つ読売ジャイアンツだったため、放送権を取りやすかったのだった。

ジャイアンツのホームである東京ドームの対戦は、まず確実に、ここ日本テレビが独占して放送していた。

思えば、私が子供の頃、当たり前だった文化が、気づけばなくなってしまっていた。

理由は自分が一番わかっている。
かつて野球中継に熱中していた世代が30代40代であった。

その年代に自分自身がなってみて、同世代の野球への関心の低さを目の当たりにしているからである。

かくいう私も、野球とかサッカーとか、果てはオリンピックすら興味のない人間である。

どちらかと言うと、私がガキの頃は、テレビ局が野球中継を優遇しているところに腹を立てていたほどだった。

野球自体がつまんなくなってしまったというのもある。
私が小学生中学生の頃は、まだかろうじてクラスで野球の話で盛り上がってることはあった。

当時の現役選手はスターのような魅力的な人たちが必ずいて、そんな姿にあこがれて野球部に入ったりしたものだった。

今の野球界も、捨てたもんじゃないのだろうが、昔と比べるとなんとなく地味になり華がなくなってしまったと思う。
昔は野球に興味のない私でも、ジャイアンツのエース選手ぐらいは耳にしていてどんな人かぐらいはわかるぐらい有名だった。

野球に興味がなくても1995年野茂がメジャー入りしたときは感動したものだった。



今、地上波のテレビ番組
19時-21時の番組が、夏場も毎週当たり前のように放送されるようになってからもう何年も経って、

そういえば自分が若いころ、当たり前にあった慣習が、今はなくなっている違和感を、最近気づいた。

昔は21時以降の番組も毎日のように30分繰り下げ放送で、予約録画を失敗して泣いたりしたものだった。

今はそういうものもなくなった、合理的な世の中になったんだなと感慨深く昔を思い返していた。

バイト行ってました

バイトは火曜日で終わりです。

先週は余暇時間は漫画を読んで、久々に漫画レビュー書いてました。
1年以上前に完結して、通し読みしてレビューしようと思っていたんですが、私がこれまで扱った漫画本の中では
約40冊と多いために、まとまった時間が必要となるので、もっと早くに読むつもりだったんですが、先送りしていました。

それで、前々から書いているように、もうネットで頑張るのをやめようかなぁって言う話。

私はブログ以外にホームページもやっているのですが、アクセスがさっぱり無い。
御存知の通り、ゲームレビューを母体とするサイトです。

アクセスを気にせず、趣味で自己満足で続ければいいって話になるんですが、
頑張って書いたものが、全く読まれないっていうんじゃ張り合いがない。

いまどき、個人のホームページの、しかも特に取り柄もなく宣伝もしてないサイトのアクセス数ってどれぐらいが相場なんだろうって今回は前向きな方向性で考えることにする。

ちなみに私のホームページは、トップページが1日60~100PV(三桁は最近殆ど無い)
1200本以上掲載しているゲームレビューのアクセスは全体で38万PV(累計ではなく過去2年間の計測)

例外なく1本1ページ使っており、1本ごとのアクセスは、大雑把に100~多いものでも2000程度(四桁は数えるほどしか無い)

これぐらい、個人サイトなら読んでもらえてる方に入るんかなあ?

あと、個人的な方針で更新しても新作ゲーム以外は、お知らせを入れてません。
だから、読んでもらおうという努力を放棄しているとも言えるわけですが、
それでも、好奇心旺盛な人が膨大なリストから探しだして見てくれたりします。

更新したからってなんでもすぐ告知告知じゃなくて、これこそが私のサイトの狙いの一つであったりもします。
探してもらって自発的に読んでもらうっていうところ。

サイトの作りも悪いのかなぁ?
これも私の方針で、1200本ものゲームを全部1ページに表示しています。
個人的にはこの構造は気に入っているので変えたくないのですが、確かにリストの上の方のレビューはアクセス数が多いのですが、下の方にいけば行くほどアクセス数が下がってしまう。

利便性とかアクセス数を考慮すれば、ハード別に分けたら見やすくなっていいんですけど、わざと見づらい表示にして並べているわけでもないので、私のサイトを見るときは「探す」ことをして欲しかったんですよね。

こうやってエゴ丸出しにしているのは、もちろん金が絡んでない素人だからできることで、自分の心が折れない限り、自分の中にある考えや方針は貫き通したいと思っていました。

サイト一つ取ってみても、面白味を出したかったというのがありました。
人の家の本棚とか見ると、人によって並び方が違っていたりして面白いですよね。ああいう感じをホームページで出したかった。

要望で非常に多かったのが、ゲーム画面をつけて欲しいってこと。
はっきりいって、ブロガーの人とか簡単に画面撮影やってますけど、アレ実は、
スゲエめんどくさいので、仮にゲーム画面付けるのならアフィらせてもらわないととてもじゃないが割に合わない。
ゲームレビュー本文だけでも2時間以上とかザラなのに、レビュー記事に合ったスクリーンショットを撮影してレイアウトして・・・っていう手間は、正直無奉仕でやるのは、限界を超えています。

それで、
文書いて金もらうような仕事やってるわけでもないし、ゲーム開発の仕事してるわけでもないから
もうこれ以上こういうこと頑張る意味ねぇよなぁって真剣に思い始めてる

私は、ネットを見てて

「ゲーム大好きです!!」

とか言ってる人が、やってるブログとかホームページとか色々見て来て、ずっと思っていたのが

ゲーム好きの人たちってふがいねえなってこと

だから、ここまでゲームレビューを頑張ってやって来れた。

気合の入った、ゲームレビューや感想文が本当に無い。
オレをうならせるほどの面白い文章を書いてくる人が絶望的にいない。

アニメとかだと、最近はどうかしらないが、結構アマチュアでも専門家レベルの深い考察を書いている人がいたと思うのだが、ことゲームについては、ゲームに遊ばれてるような人がほんとうに多い。

ゲームなんてたかが娯楽だから、それでいいんですが、その中から、面白い批評家が出てこない

でも、そんな状態だからって自分がいくら頑張っても、自分の力量もしょうがねぇなってレベルだろうし、もう力むのをやめようかなと。

それに、私は、古いゲーム、マイナーなゲームも忘れ去られたくなくて、あのサイトをやっていた側面もあります。
でも、自分の知ってほしい興味を持って欲しいゲームをアピールするなら、ゲームレビューなんて回りくどいやり方なんかよりも

ゲーム配信で実際にゲームをやっている姿を見せたほうが断然効果的で早くて、圧倒的に楽だと感じている。
そのほうが、「本当にクリアしてるのかコイツ」とか「なんでこんな感想になるんだオイ」と言う誤解を作らなくて済む

この、動画配信を通じて人気者になりたいとかそういう話は一切無く、
どうせ金銭が関わらない素人のやることなんだから、もうそういうやり方のほうがいいかなと。

でもこのへんは前に書いたように、生活の問題を解決するまでは封印してるので、行動には移していない。



で、実は私は、今書いたホームページ、そしてこのブログ、YouTubeにチャンネルも持ってて色々やってるわけですが、
その中でも、一番ブログが見られている。

だから、ホームページも実はここで大々的にリンクしたり宣伝をやりたいのですが、やってません。

理由は色々あるのですが、主要な理由を1つだけ書くと、

このブログのアクセス数が増える以前から、あまり教えたがらなかったのは
あんな過疎いホームページでも、かなり昔から見てくれてる人がいて、
管理人へのイメージを悪くさせたくなかったからです。

このブログでは、腐った人生や生活、性格をさらけ出して書いていますが、
最初に向こうを見ていた人からすれば、そういう人間だったことを知ったらきっとがっかりする。
だから、こっちでは宣伝を控えていたというわけです。

YouTubeの動画とかも、今年に入って、生配信してた動画を丸上げするとか言って2つぐらいあげてますが、
タグをまったくつけなかったり、動画のタイトルにゲーム名を入れなかったりして、わざとあんまりアクセスされないようにしてあります

本当なら、このブログにもトップに貼り付けて

「お前らここ見たなら、1日1回カウンタ回せや」

とか言う強攻策に出ても(そういう汚いことをやって叩かれても良い覚悟を持っている)いいんですが、敢えて抑えています

別に面白い動画だと思って上げてるわけでもなく、YouTubeにアップする用に録画したわけでもないからです。
あれは本当に完全な自己満足です。



今日
こういう話を長々と書いたのは、最後の締めにちょっと言いたいことがあったからです

私のYouTubeのチャンネルを見てもらえると納得してもらえるのですが、

日本人利用者が少なく動画が珍しかった頃にアップロードした動画は、
特に見てもらう努力とかしなくても、勝手に再生数が伸びていって、人気動画になりました。

ところが今は、競争率が高すぎて、見てもらうだけでもかなり努力をしなければならない時代になったと思います


なんというか、昔を知っている人間からすれば、おかしな世界だと感じています。


思うにもう、今ネットで自分の情報や作品を発信することに対して
実はリスクのほうが圧倒的に大きいような気がしています。

頑張って、面白いブログ作っても、ゲームレビュー書いても、動画投稿しても、結果を出せる確率はかなり低い
私が言いたいのはお金になるとか、そういう意味での結果じゃなくて

なんか面白いことをしてやろう

こう思っても、今のネットでは、人が多すぎて、並大抵の努力じゃ評価してもらえない

それを肌で感じていて、ホームページとかYouTubeのアップロードにしても、なんとなく見切りをつけ始めているところです
もうこれ以上、ネットで日陰者がふんばってもなんにもならねぇなって。



まあ、私は才能がありません。
才能のある人は、何処へ行っても成功したり一定の結果を出せるのでしょうが、私はそうじゃない

そういう人は、最初から競争率の低い所で成功してきた。

全員じゃないが、成功者の中でも、やってる人が少なかったから表舞台に立てたという人を結構見かけます

私はゲームの世界しか詳しくありませんが、あのマリオの宮本茂という人も、
敢えて人がやらないところに突っ込んで成功させてきたと言う話を聞いたことがあります

ネットで頑張らないなら、じゃあ今はどこで頑張ればいいのだろう

今私はこの答えを探しています(日頃の仕事とか生活の問題とは別で)

思えば1年前から、こうやってブログで似たようなこと愚痴りだしていたのは、薄々感づいていたからだと
今では思っています。



2007年
まだ動画配信が珍しかった頃に、私はゲーム動画生配信をやって、結構多くの人が見に来て狭いコミュニティとはいえ有名になったりました

今、動画配信をやっても、みんな似たようなことをやってるから、簡単には行かないと思います

大昔に書いた漫画レビューを久々に読んでみた

私のホームページ
ゲームレビューがメインなんですが、漫画のレビュー記事もわずかながら書いていた時期がありました。

書いたのが2005年とか2007年という大昔
レビューも日記と一緒で、基本的に昔書いた自分の文章は読みたくならないものです。

今回、節目ということもあって、久しぶりに読んでみた。

7,8年は目を通してなかった自分の文章
実は漫画レビューのほうが向いてたんじゃないか?!ていう感触を覚えるほど、思ってたよりしっかり書けていて驚いた。

これなら今後数年延々やり続けたゲームレビューの修練は必要なかったんじゃないか・・・?
こう思うぐらいです。

ただ、画力とかデザインとかは、絵を描く苦労をしらない人間がここまで書いていいものか?という点で未熟さや恥ずかしさを感じました。

結構ズケズケと書いてますが、決して揚げ足取りになってない、流行を考えるとこうした方がいいんじゃない?的な書き方でポジティブで悪くない文体だと自分は感じました。

こんなことなら、早々にゲームレビューに見切りをつけて漫画レビューやればよかったかもと思うほどです。

こうやって自分の半生を思い返すと、自分という人間はどこまでいってもやっぱり物書きしかできないんだなと痛感します。
もちろんプロからすれば、これでも低レベルで金になるものではないのでしょうが。

前にちょっと書いた小説
まだ諦めてません。
もう一回ぶち壊して1から書きなおそうと思ってるぐらいです。
ただ、こういうもの見せながら書いていくのはどうかと感じてます。

設定や結構おおまかな展開も考えたものを捨てるわけですが、このアイディアは新小説でも生かせる場所がかならずあるはずです

なぜ、書きなおそうと決めたのかというと、大風呂敷を広げすぎて「何が面白いのか」という点でわかりにくさや複雑化してしまったことが、作業を困難にしてしまったように感じました。

もっと出足もシンプルで、お手軽なものでいいと思った。
私の前ちょっと書いた小説はアイディアを全部載せようとして、わけのわからないものになってしまっている。
序盤で惹きつけられる展開を作られなければ、今の読者層的に、かなり厳しいかと


話を戻しますが、私が漫画レビューに難色を示しているのは、人より圧倒的に漫画を読んでないからなんです

親がゲーマーだったので、ゲームだけは沢山あって、ゲーム関係の知識だけはものすごく持っていました

ところが、世代であるにもかかわらず、単行本のドラゴンボールを通しよみしたことないし
アニメも満足に見入っていたわけじゃないから、この歳の年代で、誰もが知ってるドラゴンボールの超有名なストーリー展開を私はわかりません。
それからワンピースも7巻で金がなかったというのもあって、読むのをやめました
他にもスラムダンクとか聖闘士星矢とか、北斗の拳とか、私の歳的に年代ものなんですが、一切読んだことがありません。
それだけ知識が乏しい人間が、偉そうにレビュー記事かけるものだろうか?と思っていたのです。


上京して、できたら物書きの長所を活かせるような仕事に携わってみたいですね
家もない金もない、片道切符で東京にやってくる人間がそんな堅気な仕事できるわけありませんが

このまま家にいて屑な現状を何とかしたいと言っても、怠け者扱いされてジ・エンドですよね

孤独に難民やって、その日暮らしをやるぐらいの根性を見せつければ、私の度胸を認めてもらえると思っています。

もはやゲームレビューは無用の長物なのか?

久々に自分を振り返るつもりで、某氏のゲームレビューに対する見解を読んでいた。

その記事の最後のコメントに書かれている一文が、自分には悲しかった。

「レビュー記事よりも、プレイ動画を見るほうが参考になりますね」

もう、ゲームレビューは無用の長物なのだろうか?

いま、私は一般人に帰ろうとしている。
長年、独特の価値観を持ってゲームと接していたため、“ゲームレビュー”自体の存在価値については一切考えたことがなかった。

ゲームレビューは、プレイ済みの人が他の人の感想が気になって読むケースと、
もう一つ、これが大多数だろうが、買う前に「どんなゲームか評判や出来栄え」をチェックするためにおそらく使っているんだろう。

そしてそれは、脈々と使われてきた文章による感想文ではなく、動画であったり、体験版でもそれらの情報は得られるわけだ。

百聞は一見にしかず

いくら文豪で知識の豊富な人が書いたレビューよりも、動画や体験版を触れてもらったほうが早いのは確か。

ゲームレビューとは、必然的に不要な文化に成り果てたのだろうか・・・・

私は素人で、いくら長年ゲームレビューを頑張ったといっても、たかが知れるレベルだが、正直アマチュアという世界のなかではかなり努力したつもりだ。

多くのコアゲーマーが説いてきた理想のゲームレビューを実現するために頑張ったつもりだ。

某氏のゲームレビュー記事の一文に、

「人より沢山ゲームをやってきた人間は、無自覚にプレイしたゲームをパターン化して、相対的な完成度や誰がやると面白いか瞬時に見分ける力が備わる」

と書かれているが、最もこれはその通りのことだ。

普通、レビュアーとかライターやってる人間はプロだから、プロが自らの手の内を晒すようなことはめったにない。
だが、私はこれでご飯を食べているわけではない素人だ。だからそういうノウハウは立場的にさらけ出すことに抵抗感はない。
だから敢えて言うが、これは事実だ。

私は触っただけのゲームでも1400本以上。クリアしたゲームは1200本を超えるほどゲームをやってきて、そのほとんどをレビュー記事としてレポートに上げてきたが、このコメントには本当に共感を覚える。

そんじゃそこらのゲーマーとか、もう、自分の感情の赴くままに好きなゲームを好きなだけやってるような
いわゆる「趣味」レベルのゲーム好きではわからないような、一般人とは乖離した価値観を持っている。



しかし私は、某氏のレビュ論でたったひとつだけ、反論したい箇所がある。

レビュー記事は、短くコンパクトにまとまっている方が良い。

短文レビューを支持するつもりではない。

要するに、文章の密度・濃度の問題なのだ。

実はレビューを書く上で一番頭を悩ませていたのは、

(a)これはどういうゲームなのか?という説明

で、次に悩むのが

(b)それを踏まえて、どこがどう面白くつまらないのか

感想に対して、ゲーム内容・概要と結びつけて説得力や厚みをもたせる。
しかも、ストーリーなどについて、ネタバレを極力抑えながら伝えなければならない。

巷にあふれるレビューというのは、(a)(b)すっ飛ばして

(c)ここが面白かった、ここがつまらなかった

これしか書かれていない。
だからすぐ手軽に書けてしまう。

そして最後に、いかに中身のある文章を、まとめて書くことができるか?

このプロセスに、相当頭を使ってきた。

書いた後の自己評価として、長くなったレビュー記事は、反省点が多く、
短くまとまった記事は、余計なことを書いてなくて、主張と説明がシンプルにまとまっていて自己評価も高い。



いま、世間にとって、ゲームレビューは需要が低迷しているが
私は、こんな価値観を「そうじゃない!」と否定する気持ちも持っている。
それは自分がゲームレビュー頑張ってきた感情論ではなく、きちんとした理由があってのこと。


動画や体験版で得られる情報は、所詮上っ面だけ。

レビュー記事は、レビュアーがひとしきり最後と言われている部分までプレイした上で書かれている(ことが暗黙の前提として存在している)
レビューを書き慣れた人は、どこがどう面白いのか、各要素を明確に解説し、説明し、どう出来が良いかダメかということをピンポイントで指摘できる。

また、最後までプレイしているので、ゲーム全体の構造やバランス的な部分も熟知しており、序盤は面白くないが、後半は自由度が上がってきて面白くなってくるとか、やりこんで上達の実感を得られるゲームだとか
動画や体験版みたいな見た目ではわからないことを伝えることができる。

だが、こうやってゲームレビューのメリットをただの一般人である私が声高に語ったとしても、
現実として、動画や体験版、あるいは携帯ゲーのように基本無料のゲームのようにコンテンツ自体を直接落としてきて
遊べるような時代に傾倒してしまっている事実は覆らない。

このように、動画や体験版の価値が上がって便利になったといわれるだろうが、
実は過剰なメディア露出によって、「良い物が売れない」時代に入ってきたと間違い無く言えるだろう。

いつぞやの時代、プレステやサターンが出た頃にも問題視されていたが、見た目重視のゲームが売れる時代。

これが再び訪れようとしているのだ。というよりもう訪れている。

みんながPV動画や体験版みたいなものを重要視することによって、
じゃあ映画みたいなとにかく見栄えが良くて派手なもの、ソーシャル系ならより萌えイラストとか声優
ラノベみたいでジャンジャカジャーン(話自体の面白さはどうでもよくて、いい加減で適当でも人を釣ってこれるようなもののこと)なストーリーそんなもので目を引いて、興味を持たせて買わせる。

そして、見た目を派手にしたり良くしないとゲームが売れない、見向きもされないってことで、
中身の作りこみが疎かになり、結果的にゲーム業界は衰退する。

こんな時代だからこそ、骨太のゲームレビュー、レビュアーは求められていると私ははっきりと思っている。
(それに私がふさわしい人間であると言いたくてこんなことを書いているつもりは毛頭ない)



長くなってしまった。
最後に書くつもりだが、私はそこまで頑なにゲームにこだわっているわけではない。

実は、こうなる兆候をもっと深刻に捉えていたら、レビューのジャンルを鞍替えしとけばよかったと軽く後悔しているクチである。

例えば、漫画・アニメレビューなんてどうだろうなんて思っていた。
アニメは今、いつからかは知らないが、急激に製作本数が増え、しかもネット上での話題性や需要も数年前とは考えられないほど高い。
こうなることがわかっていたら、ゲームレビューはやめて、漫画・アニメレビューに力を入れておけばよかったと思っている。
漫画・アニメを1セットにしているのは、多くのアニメは漫画を原作としており、批評するためには原作も触れておく必要が有るためだ。
もちろん原作がラノベなら、ラノベも触れておく必要が有る。
私が、この分野に二の足を踏んでいたのは、この手間がかかるからだった。
だが、知識の下地の無さや、手間を無視しでも、ゲームレビューは下火になるから切り捨ててしまうべきだった。


この考えを他人には理解したり信じてもらえないと思うが、
ゲームレビューをやってるからって、ゲーム業界に入って活躍できるとかクリエイターになれるとかそんな甘いこと全く考えてない
そもそもこんな素人遊びをやってて編集ライターぐらいならなれるだろうとか言う考えすらもない。

このへんは笑って馬鹿にしてもらって結構だが、ゲームにかぎらず、テレビでもアニメでも映画でもなんでも良いのだが、
創作物に対して、何処がどう面白くつまらないのかという研究とまではいかないが探究心や好奇心
こういった作品に対する魅力や面白さの源や人を楽しませる技はどういったところから来るのか?
ただ視聴して体験するのではなくて、このような見方をし続ければ、何かに使えるのではないかと感じたからだ。

私は、中学高校時代、放送されていたTVアニメ、テレビドラマのほぼほとんどを視聴していた。
中でも大好きだったのが、踊る大捜査線で、これはほんとに何度も何度も録画したビデオを見返した。
(但し、面白かったのはTVシリーズ全10話だけで、それ以降SP版、映画版は駄作である)
なんで何回みても面白いのか?ということを不思議に思い、その時の体験が、今の私を形作ったのではないかと思っている。


なんにせよ、私のゲームレビューのホームページは、検索順位も落ち、アクセス数も相変わらず減り続けている以上
この件に関して、これ以上私が何かできるっていうものはない。
点数制度は絶対にやりたくないから何を言われようがやらない
ただ、スクリーンショット等については考えますよ
しかし現状、それを撮影するためにも、レトロゲームは別として、携帯ゲーム機やHDマシンは機材を買い揃えなければならないため絶望的です

今渡しにやる気と余裕があれば、レイアウトとかだって全面的に見なおしたり、アフィできるHPに移転したり
リニューアルしたいとは思ってますよ。

ただ、そんな苦労や手間をかける意味がないサイトに落ちぶれたから、やりたいと思わないだけで。


また長々ととんちんかんな考察を書き散らしてしまった

私は部外者で、もう愛着もなくなったゲーム業界
それらがどうなろうと、私は知ったことではない。

ここに書かれている通りに、ゲーム業界(特に家庭用ゲーム機)が今後道を歩んでいくのは間違いないだろう
ネットの口コミなんて局地的で運任せ。個人の力には限界点が絶対に存在する。
しかし、PV動画や体験版重視の売り方がこれ以上浸透すると、映画のようなゲーム、見た目だけのゲームが反乱するのは目に見えている
その中でも、見た目が良いから利益を得るコンテンツは出てくるだろうが、中長期的に見て
まじめにゲームを作っている会社が淘汰される時代が間違い無くやってくる。

だが、私には関係ない
PS4やらそんな世代までゲームを続けられることは現段階では限りなく難しいからだ。
それに、客観的に自分の年齢を考える。
もう30を越えている。30越えてゲーム。
いかがなもだろう?
私の親父は30過ぎても普通にゲームをやっていたが、私はそうじゃない。
ゆえに、もう夢も何もなくなったゲーム業界から私は去っていくしか無い。

いつまでも、新作ゲームを追い続ける元気はもうない。

何を言いたかったのかいまいち今回もわからない話になってしまって申し訳ありませんが
これまで生きてきた自分を振り返るの話の第二回を終わります

人は笑うときは大勢だが、泣くときは一人である

人は笑うときは大勢だが、泣くときは一人である

この言葉は、有名な著名人が残した名言ではなく、
私が通っていた中学の文集で、とある先生が残した言葉です。

いま、私はこの言葉の意味を、実感して味わっています。

ちょっと前になるんですが、私のゲームレビューのホームページをプロの方に見てもらいました。
10年続けてきたし、自己評価としては当然普通以上です。

ところが、評価されないっていうことは、お金にならないということです。

そして今も私は変わらず一人。

私自体に価値があってお金になったり得する人間だったら、自然と人が集まってくるものです。
しかし、こうやって私はずっと一人で泣いている。

思えば、私は頑張って生きてきたんだけど、頑張り方を間違えていたのではないだろうか?
こんな初歩的なことに、この歳になって今さら気づきました。

一生懸命、文章を考えてゲームレビューの記事を書くことは十分すぎるほどやってきたけど、
じゃあそれが何になるのか?という見通しがあまりにも幼稚で甘すぎたんだと思っています。

とりあえず何か頑張るというのは所詮10代の学生レベルの発想で、いい大人なら、努力に伴った結果を必ず意識して行動する。

思えば、私はこのあたりが、圧倒的にガキだったと思います。

質が高ければ勝手に人はついてくると決めつけて、自分のやっていることを見てもらう努力なんて何もして来なかった。
宣伝なんかしなくたって、自分にはそんなもの必要ないものだと思い込んでいた。
例えば、検索結果が上位に来るような対策とか、検索エンジンに登録するとか(昔はやっていた)

自分は才能もセンスも圧倒的に普通の人より足りない人間だったということを実感しています。

2006年1月には、絵を描こうと、専門書まで買ったのに、目的意識を見いだせず、3日も経たずに飽きてやめてしまう。

結局、ただゲームして能書きを垂れるだけの遊びを勝手に努力してると勘違いして生き続けてきた。
10年もやっていたら、自分をごまかしたり正当化させる言い訳だけは上手になっていて、
ゲームにかぎらず物の本質を見極めるためとか文章力を高めるためとか、しょうもない理由でただ遊びを続けていた。

一方で、なんでこんなに長く勘違いして生きてきたのだろうと言う疑念が湧く。

これまで騙し騙し生きて来ましたが、たぶん私にはこれが無いと生きていけない人間なのだと思う。
夢とか、遊び・趣味っていうほど軽いモンじゃなくて、依存症みたいなものとも違う。
本当は天職になればよかったんだろうけど、世の中そんなに都合よく出来ているわけではない。
つまり、もう諦めなければならないということです。

本職が別にあって、ちゃんと仕事と金の問題がクリアになっていれば、「趣味」という括りで採算度外視で続けて生きていくことはできます。
なにも絶対、自分は好きなことをやって金を稼げなければ生きていけないという決まりがあるわけではない。

立ち回りも下手だったなと思っています。
2007年の段階で動画配信に目をつけて、ゲーム配信を初めて今みたいな競争率はなかったから
私程度でも簡単に沢山のリスナーを獲得できて有名人になれた。
そして、盛り上がってるその動画をまだ日本人利用者の少なかったYouTubeに上げていこうという考え等は悪くなかった。

ところが、しっかりした定職について自立できるまでは動画配信を封印すると決めて完全引退してしまった。
御存知の通り、もう、今から動画配信をして人を集めるのは本当に困難な状態です。

そういう儲け話というほど仰々しいことではないが、これからはこれが流行りそうだという目の付け所や嗅覚は他の人より鋭いという自信がありました。

・・・若いころは。

今は感性が鈍ってきて、はっきりいって自信がありません。



なぜこんな話を突然始めたのかというと、GW前に書きましたが、家を出て行かなければならないからです。

もっと正確に書くと、親との仲も悪く険悪で、いい歳して自立できてないし、家を自発的に出て
何のアテもなく上京してネットカフェ難民をしながら派遣会社の日雇い仕事でもやって暮らしていこうと
本気で覚悟を決めているからです。



最近の近況はというと
ゲームレビューへの士気が急激に落ちてきてるので、GW前半に更新した新作ゲーム、あれが実質的に最後です。
あれ以降、ほとんどゲームはやってません。

今更こんなわかりきったことを粛々と書いてもしょうがないのですが、さっき書いたように
これから本当に一人で孤独に生きて行かなければならない節目に決意として書きだした次第です

また地方へ行ってきた

これを読んでいる人の中で・・・

墓の下に長年収納された、骨を手で触ったことがある人はいますか?


今年1月、身内が亡くなって、その最後の後片付けを今日行いました。
そのために丸1日かけて、墓地のある地方へ行っていたわけですが、ほんとうに疲れました。


墓に収めている骨の収納の仕方が間違っているということで、
超絶に重たい墓石を動かして、中に収められている骨を取り出し、袋に入れるという作業。

結構量があって大変だったわけですが、こういうものを触っていると、知らず知らずに呪われそうで怖くなってきます本当に。

こんな気持ち悪い話はどうでもいいんです。後味悪い出来事をブログにまで引きずってもしかたがないので。

でも、墓の下の埋葬空間は、土は湿っていて、なんとなく妙な匂いがそこから吹き出したような感じがして気持ち悪くなりました。



それ以外にも、役場に行って埋葬をしたという手続きで1時間以上かかって結構たいへんでした。


以前、役場を職場にしていたこともあって、地方の役場には自然と興味が湧いて
恥ずかしいから車で待っててくれと言われても好奇心でウロウロしてしまうのですが・・・


家に帰ってきて、自分の地元のウィキペディアをみてみると、数値上だけでは田舎ではないんですよね。
それどころか、日本全体で言うと、都会な方で、たぶん、データだけでは恵まれた方に暮らしている。

それで、仕事が無い決まらないというのはやはり贅沢なのかなと・・・

でも、現実として20代の頃から仕事がなかったし、今より遥かに若い歳でもハロワでは、見込みが無いような冷たい扱いを受け続けていました。

データとしてはそうかもしれないけど、周りの就職状況等実感としてはどうかというと、やはり仕事が無い年代と言う結論は間違ってないのかなと感じています。

中学時代の同級生で地元で就職して働いている人は、10%以下。
実数で出すと、男2人(うち1人は名のある地元優良企業に就職したがリストラされた)、女1人。
同窓会に来て実際にあった人、あるいは口頭で進路を聞いた限りでは、全体で20人前後の顛末を知ったつもりだが、
地元組はたったの2人。

じゃあ他の人は何処行ったのか?
多くは、地元よりもさらに田舎へ、残りは東京組です。
東京組は、5,6人いて、私も全員の顛末をはっきり聞いてるわけではないので、たぶんもっと多いと思います。

中学の同級生は、私が自慢できる立場じゃありませんが、就職浪人は自分1人ぐらいで、かなり優秀な方だと思います。


自分では地元のことを田舎扱いして決めつけてましたが、自宅から徒歩10分圏内にコンビニは2件あるし、
ちょっと歩けば、マクドミスド等の飲食店が並ぶでかい通りに出る。
夜になって国道や4車線の大きい通りを車で走っていれば、店のネオンサインが眩しいぐらいちらついている。

ゲオやブックオフみたいなチェーン店も、はしごできるぐらい建っている。

食い物屋もスーパーもデバートも小さい頃から当たり前のようにあったからなんとも思わなかったが、
選べるぐらいの件数、建ち並んでいる。

ちょい前に働いてた役場も、そういや結構でかくて、ばかみたいに沢山の人が働いていた。
もちろん、その末端で働いていた私もそこそこ大変とまでは言わないが、でかい組織で働くために、ちょっと覚えることが多いというか、仕事の回転率的な面で大変な部分があった。

でも、東京とかに比べればまだまだです。
人がゴミのようにはいないし、迷うほど複雑な建物とかはない
(最もこれについては、元々故郷でずっと暮らしていたのだから、土地勘が染み付いているだろうが)

ちょっと地方に行ってみると、そうやって自分の地元を客観視したくなった一日だった。
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安西爆弾

Author:安西爆弾
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