竜討伐物語のリプレイ小説のようなもの

練習がてらちょっと書いてみることにしました。
あらすじをほぼ全く覚えてないので、オリジナルとかなり違っていると思う
でももう、これ書くためにいちいち復習とか勉強するほど、力入れたくないんですよね
あと、もうゲーム関係のページとか、見たくないし。

サクッと30分ぐらいで考えて書いたので、自分でも満足感は無いです。






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うちは家族との仲が凄く悪いから

仕事一つ辞めるにしても、いちいち親の目を気にしていたのは、家族でありながら仲が非常に悪いからです。

別に、私が、いつまでも仕事決まらなくてプラプラしてたから関係が悪化したんじゃなくて、昔から。

家族なら普通味方になってくれたりするものですが、そういうものはうちにはない。
ガキの頃から冷えきった家庭で育ち、小学生の頃は、2人してパチンコ三昧
夜暗くなってこないと家に帰ってこない、いわゆる鍵っ子だった。

だから、親父がゲームジャンキーだっただけでなく、ゲームへの知識や造形にのめり込んでいったのは、家に帰っても一人ぼっちでやることがなく、仕方なくゲーム雑誌を読みふけったりゲームをやったりなどしていた。
おそらく、これも奇形児として育ってしまった原因の一つとしてある。
(この小学生中学年頃から、大手ゲームメーカーの特徴や作品を把握していた、ちょっと異常性のある子供だったと思う)

それでも、私が小さかった頃は、まだ親の庇護を受けていた。

植物状態の妹が生まれてから、そっちにかかりきりになり、私は次第にほうっておかれるようになった。

会話をするときは、子供の頃から喧嘩腰で、和やかに話をしたことは数えるほどしか無い。

子供は、黙って親の言うことを聞くべきだ。
誰が飯を食わしてやってると思っているんだ

という、今となっては完全に崩壊した価値観が、私の家には今も息づいている。

私は、ずっとこういう家庭で育ってきたから、一般的な物の見方が出来ない。
冷静に、客観的に見たら、私の家庭は昔から家庭崩壊一歩手前だったのが、奇跡的に続いている状態なのだと思う。

23日は祝日で、親父は休みだったが、私は仕事だった。
いない間に、部屋を家捜しされて、ものが勝手に取られていたり、捨てられていたりというのは当たり前にある。
部屋をノックせずに入ってくるのだって当たり前。

これを逆の立場になって、私がやれば、しこたま怒られる。


だから、ある出来事で家を出るチャンスが訪れた時、私はどれだけ嬉しかったことか。
何度も、これまで何度も、私は、家から出たいと思い行動に起こし続けてきた。

母親は、長年仕事につけない私について、障害者であるという見解を譲らず、リアルカイジのような作業所に入れたがっていた。

いっぽう、親父は、稼ぎがなく苦しんでいる私に対して、最初は、本当に怒っていたのであろう。
しかし長くその状態が続けば、弱みを握って好き放題に掌握できる。
本心はそう思ってないのかもしれないが、勝手に部屋を覗かれたりされているのを見ると、俺は完全にモルモットとして支配されていると錯覚してしまうほどだ。

人生に絶望している大きな理由の一つがこれだ。
思えば、ちゃんとこのことをここに書いたことがなかった気がする。

小説を書く勉強 3

この連休で、正式に今のリアルカイジの仕事辞めることを決めた。
祝日明けに担当者と話して、やめて、もっと条件のいいバイトでもするつもり。

やっぱり、ここ(ブログ)でも、赤の他人と話してても、やめたほういいって声が大きいため。
まあ、当たり前の話だ。
労働者ってわけじゃないから、9月いっぱいで終われるんじゃないかと思う。


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これまでゴミのような小説をブログで書いて冒頭ですぐ挫折していたが、
今書き始めた小説は、今のところ手応えを感じている。
※ここに連載形式でやりたいと思っているが、私の場合、前やってたレビューページでもそうだったが、
きつい客が多く、ネガティブなことを書かれるとモチベが下がるため保留

今、原案を4本考えていて、そのうち一番書きやすそうな題材を書いているのだが、
構想が膨らむにつれて、実は結構壮大で大変な気がしてきた。

詳細はめんどくさいので伏せるが、これまで私は、自分はゲームに詳しいから
ゲームを軸にした話を書こうと、主人公がゲームオタクだったり、凄くゲームが上手い人ばかりが出てきたり、
そんなところから、企画を練り始めていたから、とうぜん、全体像が出来てないために破綻して冒頭で終わっていた。

今回も、結局ゲームをメインに据えてはいるが、全体像ありきで生まれたものなので、必然性がある。
例えば、ネットゲームを舞台にしたアマチュア小説は山ほどあるが、ゲームの世界に迷い込むというテンプレートは
極端を言えば、ネットゲームである必然性がないわけです。

それこそ、冒頭の迷い込む(或いはログアウト不可能)展開を飛ばしてしまえば、ただのファンタジーになってしまう。
バトルシステムがネットゲーム的になっていることで、必然性を主張できるが、それもハンターハンターとか幽☆遊☆白書を見てると、別に完全ファンタジーでもゲーム的なバトルシステムを持ってくることはできるわけで。

で、私の今考えているものは、絶対にネットゲームである必要がある。
なぜなら、リアル世界のストーリーもあり、ネットゲーム世界のストーリーも同時に存在している。

なんかネットゲームを使って奇をてらったことをやってやろうってことはさらさらなくて、
実に、実に、オーソドックスなラブコメである。

先に結末を考えたのだが、「お前それ80年代の発想かそれ」って言われるほどベタで、アホな終わり方が決まった。
それでも、昔のトレンディードラマが昼間再放送されていて、休憩時間に20前の障害者のにーちゃんとパートのおばちゃんと一緒にそういうのをたまたま見て、ありえないっしょこれ、とか、
ベッドシーンが出て盛り上がったりしてたから、センスが古くてもいいのかなと思っている。
(なにせ、ケータイも無い時代で、男の部屋に女が転がりこんできたり、2人の女が鉢合わせして喧嘩したり、今の時代では考えられないシチュエーションがてんこもりで逆に面白い)



それで、今一生懸命書いているのだが、前のエントリで書いたように、簡潔で無駄のないように気をつけている。
そのため、書いては削ることが多く、これいらないな…、この地の文の説明は不要だな、ややこしいな
読みなおしてそう思った部分は、速攻で消していくために、分量的に全然進まないという効率の悪さを味わっている。

とにかく、無駄な贅肉は付けない。
描写の説明がある以上、それには必ず意味がある
意味のない描写は、裏設定的にあったとしても、説明せずに消す。必要になった段階で書く。

これのせいで、筆は進まないし、そして、すぐ煮詰まって、やる気を無くしてしまう。

一度席を立ったら、怠けてしまうために、軌道に乗るまでこのやる気をどうやって引き出すかが鍵だ。

思い切って、別の原案に手を付けるのもアリかなと思っている。

「ひきこもりマイスター」なんかは土台ができれば、勢いで書けそうな感じが今のところはしている。
※題名は、自分の意図するものとちょっと意味合いが異なるので、マイスターの部分を変えたいと思っている



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ま、他のことやりだすのもひとつの手かなと。

お絵かきの練習、、、は、今からはもう手遅れ感が満載だが。
プログラムの勉強とか

今から色々やってももう手遅れなんだろな・・・

いろいろ考えてます。

続・小説を書く勉強

前回のエントリで、コメントに手厳しい現実を書いていただいたので、それを受けた第二弾。

一応、今回は本格的にやろうと思って、教科書の購入を検討している話
それと、文書ソフトで、応募時の書式テンプレートなどを基本知識を勉強していた。

いきなり賞に応募するんじゃなくて、同人経験した方がいいということで、
有名サイト「小説家になろう」みたいな場所を使って書いてみるのが一番いいのかなと感じた。
(出版歴も多いことで、あそこもあそこで高レベルな場所になっているのだが)

そのサイト向けに、1日構想を練ったのだが、題名と概要だけがすっぱり決まった。

「ひきこもりマイスター(my star!)」

概要は決まったが、結末とか具体的な登場人物、対人関係まではさすがに1日では膨らまなかった。
ということで、すぐには書けないし、まだ没になるかどうかの瀬戸際なのでなんとも言えませんが。

で、一年ぶりかそれぐらい久々に人気小説をチラチラみていたのだが、
以前よりレベルが上がっている気がしましたね。

ただ色々見させてもらったが、自分としての小説の書き方の哲学はどうしても曲げられず、以下の点は重視する。

・ケータイ小説並みに短文で単純で簡潔な文章とストーリー
・読みやすければ読み易いほど良い。複雑な文脈は単純化して潰す
・5・7・5のような、独特なリズム感を入れる

それと、色々やってみて思ったのが、自分の場合、極力一人称視点で、女性主人公のほうが面白くなりそうな感じがした。
大半は男性主人公視点で、ラノベの場合、女性主人公はダメとか言われることもあるらしいが、どうにも面白く書けない感じがする。

根拠は、自分の文章はキツ目な文体なので、
例えば、地の文で

“黙れ”

て心境を書いた時に、男性主人公よりも女性主人公のほうがギャップがあって面白いんじゃないかって言う。

自分の場合、ラノベよりも、企画段階では連続テレビドラマを強く意識してます
端的に書くと、ドラマ化しても違和感が出ないというかドラマ化できるというか、
はっきり書くと、キモくならないようにする。って意図です。

この件については、ゲームから力点を離して、別のことをやっていきたいという考えで始めることなので、
絶対に結果が出てプロにならなければならないと言う意味合いで始めるわけではないです。


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題名とは裏腹に、実はこっからが本題だったりするのですが。

リアルカイジの仕事について、茶化さず軽く書きましょうか。


7月末、ハロワだけでは結果が出ないことに焦っていた私は、就労支援センターという場所に相談に行きました。
ここは障害者の就労を支援する場所で、不眠症で通院経験のある私は、一応相談の対象となる資格を持っていました。

ここに相談するということは、鬱病の精神障害者であると言う立場になります。
その立場から、障害者の作業所で、最も給与の高い作業所を紹介されたのです。

なんにせよ、この、仕事を決められるまでのプロセスが、たった数時間で、決断する猶予無く決められてしまいました。

そして間をおかず8月に入ってすぐ、このリアルカイジで働かされることになりました。

時給の低さや仕事内容、待遇に納得がいかないまま放り込まれたため、当然すぐ辞めたいと思っていました。
でもまあ、一ヶ月はやらないと、周りがうるさいだろうってことで、それを目安に働いていました。

ちなみに、カイジに例えたのは私ではなく、ここの常連さんのコメントですが、本当にしっくりくる例えで引用させてもらっています。

暗い工場のなか、まさに刑務所の囚人のように縛られ、丸一日ひたすら単調作業の毎日。
周りで働いてる人は、ほとんどが知的障害者。
まさに死んだ目で、ライン工の仕事をしていて、謎の唸り声を挙げたり、頭のおかしい言動を繰り返したりしている。

健常者(つっても障害者なんだろう)で50過ぎのおっさんもいるが、ワケありでこんな低賃金労働に身をおいてる人ばかり。

あげく、士気をあげるためか、社長や社員は、ことあるごとに「がんばれば正社員にしてやる!」の連呼。

まさに、リアルカイジの所以はここで、こんな地獄のような世界で、一発逆転の余地があると触れ回っている。

朝6:30に送迎バスがうちの近くに来て、それに乗り2時間かけて職場へ。
昼は決められた時間に機械のように食堂へ行き、テレビドラマや映画に出てくる刑務所の食堂のようにご飯を食べる
仕事が早く終わろうが、帰りの送迎バスの出発時間、18時まではどうやっても帰れない。
そして家につくのが19時過ぎ。これで拘束13時間というわけです。

障害者の作業所なので、本当は休みは暦通りだったりするべきなのだろうが、関係なし。
あと、労働者ではなく作業所の利用者なので、都合で仕事休んだり、職場で疲れたからって勝手に休んだりしてもいい体裁なのだが、実際は普通のアルバイトと何も変わらない有り様

さっさと辞めたいのですが、色々親以外にもしがらみがあって抜け出すのが大変なのです。

以上です。

小説を書く勉強

今、リアルカイジのような職場で働いており、本当に苦しんでいる。
というより、本当にカイジのような職場が現実に存在することに、ただただ、驚いている。
こんなところ一日も早く抜け出したくて、今苦労している。

一日びっしり働いても、手元に渡される給料は、凄まじく安い。
ここには労働基準法は適用されていないのだ。

それはさておき、本題は小説を書く勉強である。

小説を書こうと思い立って、もう3年。色々模索してきた。
ここでもゴミのような小説を書いては挫折し、書いては挫折しを繰り返していた。

今度こそは、具体的に動くつもりだ。

前のレビューページのように、やりっ放しで最後にはやめるのではなく、今回はきっちりやる。

きっちりやるの意味は、行動するということだ。

つまり、ラノベ賞かどこかは決めてないが、そういうところに送る。

さすがに3年も、自分の中で、小説の書き方を試行錯誤してきて、
今度こそようやく、いとぐちがつかめた感じがしている。

今回の本題というのは、この、だからどうしたというくだらない決意ではない。


---


やはり、本気でやるのなら、本の一つでも読んで勉強しなければならないと感じている。

思えばこれまで、自分がやろうとしていたやり方は、根本的に間違っていた。
お絵かきで例えるなら、全体を考えずに、顔だけを描き、なんとなく首から下を部分的に描こうとしていただけだ。
そんな計画性のなさでは、ちゃんとした人間が描けるわけがない。

実績があるならともかく、時間も自信もない自分にとって、基本は必要だ。

これまで、前やってたレビューページもそうだが、なんの勉強もせずに、人が簡単に真似できないことをやって
それだけで、やり遂げた気分になっていたがこれはやっぱり間違いだと思う。


そして、ここまで沢山の失敗を繰り返してきて得た教訓は、「結果を出さなければ努力の意味が無い」


いま、目星をつけている本は2冊

映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術(ノンアフィ)
素晴らしい映画を書くためにあなたに必要なワークブック シド・フィールドの脚本術2 (ノンアフィ)

冒頭にも書いたが、金銭的に困っているために、2冊買うのは正直しんどい。1冊約2500円で、2冊買うと5000円にもなる。
今、2,3万の手取り給料で、1日13時間以上拘束されているので、時間的にも、2冊読むのが厳しいのだ。

1冊めは小説を書くための基本であり、2冊目は手順だけが記されている本だ。

2冊めの実践的の本だけを買ってやっていきたいと考えている。
が、ここでも葛藤が生まれる。1回もちゃんとした小説を書ききったことのない人間がこれから入っていいものかという葛藤だ。

頭では、世に言う小説の原案・・・自分は企画書と呼んでいる。

自分の場合、芸術的な小説の書き方をできる人間ではないとはっきりわかった。

つまり、ビジネスライクに、昔見た読んだフィクション作品を参考にしながら、自分のセンスを盛り込んで作っていく。

そこら辺は力量はともかく、ある程度の考えをまとめるまでにはできるようになってきた。
簡単なあらすじ、構成、舞台設定と、結末の設定。それらの点と点を結ぶために必要な整合性。
これらは、効率が悪くても、なんとか思案できるところまではいけた気がしている。

書いた作品は、ネットで公開するとかはなく、アイディアに関してもすべて、応募対象なので、伏せます。

まあちょっと、今回に関してはそこまで本格的にやろうと言うことを考えていたという話だ。

最後になるが、上記2冊の本が洋書であることに不安を一番覚えている。
一応翻訳されているが、自分でも理解できる内容になっているのか、試し読みぐらいはしたかったところだ。

最近気になっているアニメ

良い年して、アニメだ漫画だゲームだってアホらしい人間だと自覚してますが、今回は気になってるアニメについて書く。

思えば、このブログではゲームの事ばかり書いていた。
もうゲームの話は書きません。

今回はアニメについての話だ。ブログ用のネタとしては、2本あって、次回は漫画についての話を書く。



俺がアニメを見まくっていたのは、2006年終わりぐらいまでで、深夜アニメ全盛期初期段階までのものなら大抵見ている。
逆に言うと、それ以降、ちょうど「らき☆すた」やらが放映されだした以降のアニメは一切見ていないためにわからない。
俺のアニメはそこで止まっているのだ。

1990年代の学生時代のものも含めると膨大になっていくので
俺が知っている深夜アニメで面白かったとか印象的だったのとか言えば
舞-Hime、ゼーガペイン、アクエリオン、エウレカセブン、スクールランブル2学期、等など、
Holic、後、名前を忘れてしまったが、名塚佳織が主役やってたホラーアニメ

つまらなかったのも沢山見てて、アニメのドットハックはつまんなかったなあとか、ギャラクシーエンジェる~ん(途中で脱落した記憶が)は期待はずれだったなあとか、地元ネットされてた深夜アニメはほぼ全部見てたと思う。

逆にネットでは大ブームになっていたが、放映当時ではハルヒはあまり面白いと思わなかった。

そして今、気になっているアニメについて。

戦姫絶唱シンフォギアが気になっている。

興味のつながりは結局はゲームなのだが、このアニメの脚本を書いている人が、ワイルドアームズを作っていた人が書いているということで
それも、名義貸しじゃなくて、結構中身的にも深く関わっているらしく弾けていて面白いらしいのだ。

試しにプロモーション動画でも見てみようと思ったが、無い!!!
今どきありえない。OP動画は著作権申し立てでBGM無し!!ひどいなー

ワイルドアームズ企画者はあまり評価されていないが、俺はひいきにしていて、
文章の質がかなり高いと思う。ストーリーの構成もゲームの中では破綻がなく細かいところまでできてる方だと思う。
俺はこの人をPCエンジンでゲームを作っていた頃から知っていて、ワイルドアームズの前に「天使の詩」と言うRPGも作っている。
天使の詩はゲームだけ持っているが未だにやってない。

シンフォギアは好調らしく、ちょうどいま第二期が放送されているようである。

書いてみて思ったが、中身の無いエントリだなーこれ。

ワイルドアームズのどういうところに惹かれたかっていうところでも書こうと思っても一言には書けないし。
強いて言うなら、心の葛藤を描くのが上手いとおもったところかも。
2が一番好きで、3の癖の強い台詞回しにはびっくりしたが、3は3で好き。



最後に
「とある」シリーズも気にはなっているのだが、アニメではなくなんとなく原作を読んでみたいと思っている。

ネットほどシビアな世界はない

簡単にいえば、少ないパイを大勢の人間で食い合ってる状況
これが10年前に言われていたグローバル世界そのものである。

旨みを味わえるのは一番をとったもののみ
検索エンジンで言えばグーグル
ニュースで言えばヤフー
その道のスタンダードのポジションを獲得するほどまでに極めなければならない

一度、一番をとったからって終わりではなく
それを維持するためにとてつもない労力と、他人からの嫉妬、憎悪、妨害を受け続ける

むかし、人類の進化
テクノロジーの進化とかいって、理想郷と夢見た世界がこの顛末である

デジタルに管理されたストイックな世界

成果はすべて数値化され、それを元に順位が付けられる

才能、努力だけで戦うことは難しく、そこには運や時代の流れをも味方に付けなければ勝つことは出来ない

ネット黎明期はこんなんじゃなかった。
でかい掲示板でも書き込みの常連は数えるほどで、全く無名の人間が成り上がる余地があった。

今は、どのジャンルをとっても、人が溢れかえっていて完全に無理

こんな状況に陥ったとき、どうすればいいのか?

戦うことを辞めることである。
競わないことである。
土俵を降りることである。

経営学で最初に叩き込まれるのが、勝つためにどうすればよいのか?という問いである。
正解率は50%前後だと思われるが、答えは「勝てない勝負は最初から挑まない」

いま、勝っている人間が必ずしも、負けている人間より優れていて、面白くて才があるわけではない。
たまたま、土俵に上がるチャンスをものにして、甘い汁を吸っているだけだ。

それを証拠に、いまプロとして活躍してるスターの全員が尊敬できる人間といえるか?
全員とまでは言わなくてもいい、最近成り上がって目立つ人間でもいい。
ここ何年間、ずっと勝ち組に鎮座している人間がどれほどいた?

1980年代とくらべると、その定着率のなさは比べるまでもない。
一時期はちやほやされるものの、あっという間に消えていく一発屋の多さに気づかないか?

しかし、その中でも本当に実力のある人間は残る。
例えば、有名人で言えば、マツコ・デラックスだ。

出始めの頃、あれこそ一発屋の典型だと思っていたが、ブレイクしてからはや3年
未だに第一線で活躍している。

これを負け組の、底辺にいつまでも居る落ちぶれた人間の理論だとせせら笑っても構わない
世の中の構造として、この理論に少なからず心当たりを覚える人が80%以上はいると思って書いている。

だから、ネットで戦うのをやめればいい。
勝っている人間だけが、コンテンツを提供すればいい。
そうして、どんどんネットをつまらなくすればいい。

かといって、これは努力を放棄しろという話とはイコールではない。

もう一昔前と言えるほど時が経ったが。

数年前までゆとり理論が猛烈に批判され、徹底的にゆとりが排除される動きがあった。

だが、こんな時代だからこそ、ゆとり理論の重要性を再び精査する時期に来ていると思っている。

競えばいいってもんでもない
勝てる人間は限られており、その価値観で言えば、世の中の大半の人間は不幸、負け組の方に入っていく

そもそも、他人と争った先に何が残っているのだろうか?
勝った人間の優越感だけが残り、勝てなかった人間の努力は無駄とされ、価値がないと隅に追いやられる。

今のままだと日本、
仰々しい話だが、どんどん衰弱していく一方だと思っている

長文になったせいで
論点がブレたり、ずれた文脈も出てきてしまったが、今俺が最も感じていることを書いた。
プロフィール

安西爆弾

Author:安西爆弾
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