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新聞販売店の仕事TIPS集(登場人物・舞台背景の解説)

新聞販売店のカテゴリに出てくる登場人物や舞台背景をここでは紹介する。
各エントリの出来事を読む前に、このエントリを読んでおくことで、断片的に出てくる人物や状況が理解できるだろう。
該当エントリを読んでいる間に疑問に思ったときなどにも、ここをひらいてもらえれば解決する(と思う)。
いわゆるTIPSのような場所。

・新聞販売店

舞台となる新聞販売店。
創業時は空き地ばかりで文字通り何もなく夜は真っ暗で寂しい。舗装されている道路のほうが少なく、片田舎と呼べる寂しい区域だったが、20年余りの時を経て、発展を遂げる。
今では家がびっしり立ち並び、大手ショッピングスーパーや家電量販店、パチンコ屋などが軒を連ねる賑やかな地区となった。
事務所は大きな道路(通り)に面した、ぶっちゃけ、新聞販売店としておくには勿体無い立地の良さで、地価も購入時に比べ数十倍以上に跳ね上がっていると思われる。

2008年9月末をもって、創業時から尽力した社長が引退し、販売店の権利を売り渡すことになった。
新聞社の100%子会社で、新聞販売店を管理する会社が新会社となり、ここを買い取った。

従業員の解雇などはなく、人員の入れ替えはバイトにいたるまで一切なし。

ただし、業務内容に関しては段階的に見直しが入り、徐々に効率的なやり方へシフトしていった。
だが、顧客管理など事務仕事は短期間で大幅に改革が行われ、従業員たちは混乱を強いられた。
なぜかというと、仕事のやり方が旧世代的で非常に非効率的だったからだ。
パソコンを使うべきところでパソコンを使っていなかった。
古くからいる人間にしかわからないようなやり方をずっと続けていたため、新しく来た所長はそれでは仕事が成り立たないと、
わずか半月で強引に改革を推し進め、PCを使ったことがない年配ばかりの社員たちに強制的にPC操作を強要した。

こういった頭ごなしなやり方は当然、従業員からの反感を買いお互いの軋轢がひどくなっていった。

元社長は、立地が良かったせいか、販売店の権利だけを売り、土地や建物は明け渡さなかった。
そのため、移転先を探さなければいけなかった。移転先が決まる半年間は、旧事務所を間借りしていた。
2009年5月に新社屋が完成し、事務所を移転する。

・新聞販売店を管理する会社

ネットの普及で近年新聞離れが進んでおり、新聞社としては何とか部数を維持したかった。
しかし、新聞社の主な販売経路は、個人経営の新聞販売店である。
そのため、新聞社の営業部が直接販売店の経営方針に口出しするのが難しい立場にあった。

そこで生まれたのが、新聞社が100%出資の子会社の新聞販売店を管理する専門会社である。
個人経営の新聞販売店を買収してこの子会社の管轄にする。

私が働いていた市内では、2つの販売店がこの子会社に買い取られていた。私が籍を置いていた2009年3月末の段階であって、今はどうか知らない。

ちなみに、新聞社としてはこの会社の存在を公にしたくないらしく、会社案内や求人を出す際は別会社として出している。
不良やヤクザのような柄の悪い社員が多い。

・安西爆弾(私)

私のことだ。
1995年9月から、当時中学2年生の時に、この新聞販売店で夕刊配達をはじめ、以降ずっと籍を置いていた。
基本的に学生時代は夕刊配達をしていたが、都合が悪い時期は、日曜代配という、平日の配達員の代替要員をやっていた。

2004年春、大学卒業後、就職できず、新聞配達(朝刊)をしながら正社員の仕事を何年も探していた。

2008年10月、会社が新しくなったときに、長年ここで働いていたコネで募集していたバイト(配達員ではなく事務の仕事)の面接を受けた際、
所長の気まぐれで契約社員として採用が決まった。

しかし、新聞販売店の過酷なスケジュールや、人間関係の悪さについていけず、わずか半年で退職する。

会社をやめるのも実は楽ではなく、角の立たない理由を探さなければならなかった。
私はここを受ける直前、2008年9月末に自衛隊の試験を受けていた。
結果は健康診断で落とされてしまったが、受かったことにして、入隊日が丁度2009年4月1日だったので、実は自衛隊に入るかどうか迷っていたというそれっぽい嘘をついて会社を辞めた。

そういう話を新会社から来た社員に話すと、こう言われた。

「ここではずっと働いてられるけど、正社員は足りてるから出世はないよ」

これが事実なら、やめて正解のような気がするし、人材流出が悔しくてわざとこう言ったのかは分からない。

・(元)社長

新聞販売店の社長だった人。
温厚で物腰の柔らかそうな人。お腹がでっぷりと出ていて、頭は白髪。メガネを掛けている。

2008年9月末をもって、販売店を売却譲渡する。
晩年は、好き放題やって手の付けられない従業員たちに愛想を尽かしたのか、事務所にはほとんど顔を出さず放ったらかし状態だったらしい。
同時に新聞社の営業部からの突き上げもうるさく、本業は適当にして昼間っから趣味のダンスに打ち込むようになっていた。
これでも、開業当初は鬼社長で厳しかった人らしい。

しかし、引退理由は、会社経営に嫌気が刺したからというだけではない。

実は新聞販売店の経営者になるには、定められた研修を受けて資格を取らなければならない。誰でも簡単になれるというものではない。
そして、この資格には年齢制限があり、経営者としての資格を失効したというわけだ。
普通は自分が現役でいられる間に後継者を育てたりするものだが、そこまでの情熱を持てなかったのだろう。
家族に娘がいるが、継がせるつもりは全くなかったようだ。そりゃそうだ、自分が経営者になった頃と違い、新聞業界も今は下火になっているのは見るからに明らかだ。
その娘さんは、新聞販売店に興味は全くなく、女の子らしくパン屋を独立開業して、そこそこ成功しているようだった。

かつて新聞販売店の事務所として使われていた建物は、今はその娘さんのパン屋(2号店)になっている。大きい通りに面した、店としては非常に立地の良い人目に付く場所だ。

嫌気が刺していたとはいえ、定年まできっちり勤めきるのだから、社長なりの優しさを感じた(私にはほとんど関係ない話だけど)。
もう経営者を放棄しても遊んで暮らせるだけの金は稼いでいただろうと思う。

家は社長だけに立派であった。私は一度正社員にして欲しくて直接家に行き、頭を下げてお願いしたことがある。

・所長

新聞販売店を管理する会社から来た、新しい所長。40代なかばで、うだつのあがんなそうなパッとしない感じの人。
眼鏡をかけていて、根暗っぽくて性格が悪そうにみえたが、実際見た目通りの人間だった。

今は雇われ所長をやっているが、いずれは独立開業を夢見ていることを面接の時に語っていた。

市内にもう一つ、買収した新聞販売店があり、そっちの所長も兼任していた。

業務改革を強引に推し進め、従業員から反感を買う。

例えば、積極的でなかった訪問営業を強化したり、事務所内での仕事にPCを導入する。
しかし、従業員はPCを全く使えない50代の高齢な社員ばかりだったので、浸透させることに難航する。

あまりの使えなさに呆れ返ったのか、見た感じ明らかに小学生向けといったキーボード操作方法というA5型のカードをどこかで買ってきて全PCの横に置くという人を小馬鹿にした行為をやっていた。
その割には、私から見て、この人もさほどPC使えてないなと言う印象があった。

あからさまな嫌がらせを古い社員に対して行っていたが、本音を言えば全員リストラしたかったんだろう。それをやると労働基準法にでも引っかかるため出来なかったんだと思う。
中に使える社員がいれば、キープしたかったのだろうが、中を見てみれば、PCすら使えず定年間近の年を食った社員ばかり。これにはさぞ手を焼いただろう。

私の販売店では、柄の悪い部分を隠して猫をかぶり続けていた。
本来はヤクザの組長のような人間で、口も悪く、影で弱い者いじめをするような悪人だった。

現在は転勤してこの販売店にはいない。

・スキンヘッドのメガネをかけた社員

販売店の従業員の一人。私の直近の上司でもあった。趣味はパチンコ。50代後半。
CRエヴァを極めたことをやたら自慢していた(2008年11月当時)。

性格が悪く、人によって態度を変える。
主婦や事務員の女には優しく接するが、私のような学生(新聞配達を始めたのは中学生の時である)には時折怒ったりして厳しく接する。

私に良く八つ当たりしたり、給料が下げられたことを愚痴ったりしてきた。
気分屋で機嫌がいい時と悪い時で態度が違う。だから契約社員として入社してからはあまり関わるのを避けていた。

車が好きで、実は車の整備工場で働きたかったらしい。

私が仕事をやめる直前、母親を亡くした。

チラシ折込の機械の扱いに自信があり、私に自慢していた。

・主任(社員)

主任でも何でもないが、何故か主任と呼ばれ続けていた。
60歳を超えていたが、再雇用制度で現役と変わらないポジションで働いていた。

元大手家電メーカーの営業をしていたことがあるせいか、販売店の中でも最も人当たりが良く本人は嫌がっていたが営業向きの人間にみえた。
性格も悪くなく、数少ない「話せる人物」の一人だった。

背が小さく、話しやすい雰囲気の人。スキンヘッドの男と非常に仲が良い。

この人とは契約社員で働いていた頃、面白いエピソードがあった。
社員が使う駐車場に雪が積もりに積もって使い物にならないというので、私と2人で除雪することになった。

主任は使えもしない小型の除雪機に乗り込み、エンジンをかけた。
その駐車場まで距離があるということで、私も乗るように促された。

こうして本来1人乗りの除雪機に2人で無理矢理乗り込み発進した。

…明らかに暴走していた。普通の車とは勝手が違うのだ。工事現場にあるショベルカーのような構造になっていた。
主任はなれない手つきで運転するが、どう見ても危なかった。動きはガックンガックンしてるし、関係ないところでショベル(?)が突然動き出すし。

しかも、車通りの多い広い道路を縦断しなければならなかった。

肝心の駐車場についてからもスムースに除雪は進まなかった。
私は降りて機械では出来ない部分を手作業で片付けていたが、除雪機の動きはたどたどしく、いつ轢かれてもおかしくない状態であった。

この明らかな人選ミスで、どうにもならない状況にぶちあたって、私たち2人は大笑いしていた。

「ふだんショベルカー使ってない俺らがこんなの使ったってどうにもならないべやなあ!」

確かにその通りだ。私も笑った。そもそもここまで事故無く辿りつけた事自体が奇跡だった。

ネチネチとしたいやらしい性格の所長を嫌っており、2009年3月末をもって退社した。
体の具合も良くなかったようで、退職する月に1週間入院していた。

・Kさん(社員)

田舎にいそうな頑固者の親父といった感じで、取っ付きの悪い人だった。
悪い人ではないのだが、まともに話ができないので、訳もわからず突然怒鳴られたりする。

どうやら、長い時間かけて付き合って心を許した人としか、うまくコミュニケーションがとれない気質の人のようだ。

その性質上、主任とスキンヘッドの男とは仲が非常に悪く、半年間ここにいたが、一度も2人と話している姿を見かけたことがない。

60歳を超えており、再雇用制度で働いていた。

会社が変わって、方針転換で対面営業に力を入れ始めたが、この人は間違っても営業が出来る人には見えなかった。
PCも使えなかったため、2009年2月末をもって退職。

・課長(社員)

なんともこれといった特徴のない、温厚で物腰の柔らかそうな人。
新しい会社に変わったときに、一応、課長という肩書きをもらっていた。
理由は単純で、再雇用の人をのぞいて年功序列で最も年上だったから。

私が契約社員になって以降、仕事の指示を仰いだりする人だった。

所長の強引なやり方に不満はありながらも、我慢して付いていく社会人の鏡とも言える人だ。
人間関係の悪い職場だったが、他人に左右されずに誰とでも仲良く付きあおうとしていた。

PC操作が出来ず四苦八苦していたが頑張って勉強していた。
定年後も再雇用してもらおうと言う意図があったようだが、多分その望みはかなわなかっただろう。

・Mさん(社員)

50代以上が大半を占める販売店の社員の中で、唯一40歳だった人。でもPCは出来ない。

話のできる数少ない人の一人で、私は良く電話で相談に乗ってもらっていた。

Mさんも、入社してみてこの販売店の人間関係のあまりの悪さに参っていたようだった。
しかし、我慢して10年間働き続けていた。

この人とだけ話していたらわからなかったのだが、どうも口ばっかりうまい傾向があって、
自分をでかく見せようとする節がある。

別の人(主任やチラシ折込のバイトのおばさん)に話を聞いて真実が見えてきた。

どうも、Mさんはこの販売店にあまり馴染めていなかったようだ。だれかれ構わず悪口ばかり言っていた。
また、チラシ折込のバイトのおばさん相手にしょっちゅう漏らしていたことがあったという。

「この会社早く辞めたい」

10年間言い続けていたのだそうだ。
私は会社をやめるときに非常に悩んだ挙句、この出来事を思い返し、無職になって困って親にすら後ろ指さされようともこの人のようになりたくないと思って、
勇気を振り絞って会社を辞めたのだった。

Mさんとは電話で何度もこの職場について相談をしていた。
しかし、Mさんにも後ろめたい事情があったことを当時の私は知らずに頼り切っていた。申し訳ないと思っている。

Mさんは、私が入ってきてすぐに別の販売店へ転勤することになった。
販売店を管理する会社が買収したもうひとつの方の販売店だ。

そこの販売店は、柄の悪い不良のたまり場のようなところで、転勤早々全員からいじめられていたようだった。
転勤から一ヶ月後、ウチの販売店に顔を出したことがあるのだが、たった一ヶ月で痩せこけて、別人のようになっていた。
Mさんは決して太っていたわけではない。あまりの豹変っぷりにみんなびっくりしていた。

・Iさん(新会社の社員)

Mさんのかわりとして入ってきたのが、柄の悪いヤツらの溜まり場の販売店から来たIさんである。
年齢は30で、出世のことばかり考えていた。こっち(地方)にいても偉くなれないから早く本社に戻りたいと良く愚痴っていた。

仕事をテキパキとこなすように見えて、自分以外の仕事はやりたくなくて、他人に押し付ける。決して出来た人間ではない。

そのくせ、私が入社初期の頃、早朝5時出勤になかなか慣れることが出来ず、4,5分遅刻してタイムカードを押していたのを見て、
怒号を飛ばすなど、他人には厳しい一面を見せていた(ちなみに会社が変わってから2ヶ月ぐらいで、タイムカードは不要ということで撤去された)。

私が休みの日にこの人の管理する区域の朝刊配達員で欠員が出たときに自分がやりたくないものだから私に仕事を押し付けてきて、せっかくの休日を何度も台無しにされたりして内心相当嫌いになっていた。

この人には、良く怒られることが多かったのだが、いつの日かいつも通り怒られていたら、怒られた後の私の冷めた態度が目についたのか、2週間近く距離を置かれるという時期があった。
何を勘違いしているのか、元から嫌っているだけで、それがたまたま目立ってみえただけなのではないかと思う。
機嫌がいいときはIさんから絡んでくるが、私は怒られ続けて初期の頃からとっくに嫌気が刺していて、できるだけ関わりたくないので、いつも上っ面だけ聞いたふりして避けていた。

・事務員の女その1(社員)

私のいた販売店に古くから事務員として働いていた女性の一人。
かわいい声をしているが、40代である。
かわいい声をしているが、結婚出来ていない。
かわいい声をしているが、性格は悪い。

契約社員になってみて人間性がはっきり分かってきて、私は関わらないようにしていた。

・事務員の女その2(社員)

私のいた販売店に古くから事務員として働いていた女性の一人。
いまどきの若者が聴きそうなJ-POPを着メロにしたり、ビジュアル系バンドを自分のノーパソの壁紙にしてみたり、若作りをしているが、その老け顔だけはごまかせない。
というか、ごまかさなくてもアラフォーなのは一目瞭然である。

既婚で性格は悪くないが、天然っ気があり、簡単な宛名印刷が出来ずに泣いてわめき散らしたり、
印刷機が壊れたことを全部私のせいだと決めつけて報告しにいったり、仕事はあまり出来ているようにみえなかった。

私はこの人とも関わり合いになりたくなかった。なぜなら、面倒事から逃げようとする癖があるからだ。

・チラシ折込のバイトのおばちゃん2人

たった半年の付き合いだし、特徴もないので2人にまとめて紹介する。
一人は最も古株らしい50前後の主婦。ハキハキ喋るけど、うるさい。
この人が「販売店の人間関係が悪い」ことなど、事情を色々教えてくれた。

もう一人は60超えたおばちゃん。
仕事が長丁場になってくると、黒い本音を漏らす。結構性格悪い。

ちなみに、2人とも、長く勤めている割に、私が指示書と言われる、どうやって折り込みチラシをつくっていくか?という
スケジュール表みたいなものを作ってやらないと、さっぱり動けない。5,6年も働いているなら、少しは自分で考えて動いて欲しいと思う私はバイトに求め過ぎなのだろうか。
もうちょっと、感覚的に分かって欲しいと思った。たった半年しかいなかった私でも、曜日ごとに来るチラシにある程度の法則性があり決まりきったものが多いことは理解できるのだが。

・チラシ折込のバイト マンション経営の50代のおっさん

3階建てのマンションと、2階建てのマンション2つを経営している一家の主。
こんなところにきてバイトする必要がないと思っていたのだが、不動産経営だけではやっていけず、ここで働いているのだそうだ。

実際にそのマンションを見に行ったことがあるのだが、立地が悪く少々交通の便が悪いが、1階にはラーメン屋、2階には会社が事務所として借りていて、羽振りが悪いようには見えなかった。
ちょっと空き家の張り紙が多い気はしたが。

ちなみに、私は美味しいとすすめられたので1階にあるラーメン屋に食べに行ったことがある。人はさっぱりいなかったが中々美味しかった。
再び食べに行こうと思ったら、なんと潰れていた。

チラシ折込の機械の使い方をマスターしているが、頭がぼけているところがあり、稀に重大な間違い(普通間違えるとこでない場面でやらかしてしまう)をしてしまうことがある。
そのせいか、主任にはとても嫌われていた。

チラシ折込のバイトの他に、朝刊配達のバイトもやっている。

冬でも自転車で通勤している。また、ラジオを常に携帯しており暇なときにヘッドフォンをつけて聴いている。

こんな冴えない親父だが、子供は才能に恵まれており、私が働いていた頃ちょうど国立大に合格していた。

毎日、折り込みチラシが届く倉庫にチラシを取りに行っていたが、その際に一度、不注意で前の車にぶつけてしまい、厄介な事故を起こしてしまった。
私は、早朝に配達の仕事をして、昼前にチラシ折込のバイトをやっているせいで、私と同じように寝不足になっているせいだと思っていた。

だから一度、この事故を起こす前に、同じお金を稼ぐなら多少給料は落ちるかもしれないけど、もっと別のバイトをしたほうが良いというようなことを話したことがある。

なんだか、毎日一緒にチラシ折込の仕事をやっている主婦2人にも嫌われているようだった。どうしてそうまでしてここに固執するのか疑問に思っていた。


(あとがき)

以上、登場人物や本文で解説しきれなかった出来事をここで説明させてもらった。
今回は思った以上に長文になってしまった。
こうやってエントリしていると、またいくつか細かいエピソードが思い出されるのだが、本当に些細な話なのでこれ以上は書かない。
大体9割以上はもう書いたはずである。
このエントリで本当に新聞販売店の話は最後になる。

素人の仕事の苦労話なんて、なんの面白味もない話だっただろうが、自分の為に細部まで思い返して書かせてもらった。

私は年齢の割にあまり働いてないので、仕事の話はもうあまりない。後はバイトの話ぐらいしかない。
次は気分転換に別の話題を更新していこうと思うが、仕事の話題もまだ全部書ききったわけではないので、別の職場の話もまた取り上げるつもりだ。
ただ、新聞販売店ほどの超大作にはならないかと思う。
まさかここまで重い長い話になるとは自分でも想像がつかなかったために、書き終えてみてちょっとびっくりしている。
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