私の職歴、仕事観など

何度も書いているが、中学2年生の9月から新聞配達(夕刊配達)をして
自分の小遣いを自分で稼いでいた。

親が子供に小遣いを与えないという方針を取っていたためだ

私の住んでいる場所は、冬になれば気温は氷点下に下がり、雪が積もる
だから、中学生には、体育会系の部活並みに体力が必要な仕事だった

それで、1ヶ月18000円もらっていた
高校生になってからも続けていて、高校生以降は25000円程度に賃金が増えた。

そして、これで一番なにを言いたいのかというと、
私は幼い頃から、お金を稼ぐ大変さや苦労を身にしみてわかっていた

決して、脳天気な世間知らずな人間だとは、客観的に見ても思っていない。



中学高校とずっと、新聞配達をやっていた。
高校生になってからは、日曜の朝刊配達も掛け持ちして、1ヶ月35000円程度の給料を稼いでいた


大学生になってからも、拘束時間の短い日曜朝刊代配だけを続け、
マクドナルドの厨房アルバイト、運送会社の深夜の仕分けのバイトなどをやっていた

マックの厨房バイトは、私には全く向かなかった
何度練習しても、食品を作る、洗う、片付ける、行為が上手になれなくて、何ヶ月働いてもいつまでも下っ端だった

それでも周りが「辞めるな!」というので、1年間続けた

仕分けのバイトは、肉体労働で単純作業だから、長く続いた。
結構、過酷なアルバイトだった。とても体力を使うので。
ただ、当時はまだ物流業界、不況の煽りが少なかったので、時給などは良かった


そして卒業後は、主に新聞配達をしながら就職活動

新聞配達は、朝刊、夕刊、日曜朝刊の代配、さらに2区域(2人分)掛け持ちして、6万程度稼いでいた。
しかし、朝刊、夕刊の掛け持ちは、意外と時間的拘束がひどかったので、1年程度掛け持ちしてやめた。
(夕刊配達が15時にあるだけで、日中動ける時間がかなり減ってしまうのだ)


いまこのエントリで一番強く書きたいのが、大学卒業後の就職活動についてだった


お前怠けてただけだろうって言われるかもしれないが、そうではない


地元のハローワーク、通ってましたよ

22,23の頃から、大学でても、なんの資格もない人間に紹介できる正社員の求人なんて無いって態度で
バイトしか紹介してくれなかった

こっちは正社員のしごとを探してて、ハロワに通ってるのに、22,23の頃からこの仕打ですよ

あとは、毎月お金をもらいながらスキルアップの勉強ができる制度の紹介
不景気で、その枠に入るためにも試験を受けなくてはならなくて、結局落ち続けた

ていうか、今から約10年前。
今からPCが一般的でなかった頃から、私は既にPCをそれなりに使えたので、そんなところ
わざわざ通う意味は薄かった

こんな出来事のせいで、私はハロワを信用できなくなり、次第に通わなくなった

一番身になったのが、ハロワに毎日通ってたら、自衛隊のスカウトマンに声をかけられて
自衛隊の試験受けてみない?って誘われたことだった

自衛隊の試験も、何度か受けたが、不幸が重なって不合格だった

1回目は、医師との口頭の問診で、私が鬱病で睡眠薬を服用していることを正直に白状してしまったこと
記録が残るので、抹消される2年後に再び受験

2回目は、私は軽いアトピー皮膚炎で、条件が重なると発動する程度の症状であった

その条件は、
1)夏の暑い時期
2)深刻な悩みを抱えていること
3)拒絶反応を起こすボディソープをつかっているとき

試験の時期が9月下旬で、まだ真夏に発症したアトピーがたまたま残っていて、医師との問診の時に
それを見られて、不合格にされた(1回目も同じ季節に受けたけど問題なし)

記録が抹消される2年後は、もう年齢制限で受けられないため、やむなく諦めることになった



ちょうどその時期に、私はずっと続けていた新聞配達の店に、契約社員だが就職が決まった

だが、中に入ってみると、人間関係はひどいし、仕事は協力的じゃないし、拘束時間が長すぎるしで
当時まだ若くて堪え性もなく強気だった私は、半年でやめてしまった

まだ全然人生やり直せるっていう若さ故の過ちというものだ

このとき、契約社員とはいえ、給料は初任給で手取り25万を越えた額をもらっていた

だから、仕事もそれなりに責任のあるものを任されていた

営業はやらなかったが、事務所の中のしごと(事務)を全般やっていた

主だった業務は、チラシ折込の全面的な業務の責任者
バイトに支持したり、仕事のやり方を決めたり、
つまりは、チラシ折込の業務に関しては、私が全部決めなければならないということだ

あとは、早朝(AM5:00ー)のクレーム処理の電話番もしていた

このとき、ひと通りの社会人としての仕事はこなしていたといえる




そして、今に至る

新聞販売店をやめてからは、市役所の臨時職員をやったりしていたが、
こちらは所詮バイトだし、敢えて書くことは何もない
自分が責任を負う仕事はやってこなかったわけだし




確かに私は、ゲームレビューをやめてしまって、
ここでも、力不足を指摘されたり、社会の厳しさを叱咤激励されたり、
それから、一番言われるのが、私が怠け者で世間知らずのニートで、甘い考えを持った
社会的にもう使いものにならない人間と言われている

だが、30すぎにしては社会経験は浅いが、それなりにわかっているつもりだ

そして、もうやめてしまったとはいえ、まだ完璧に諦めてるわけではない


というと語弊があるだろうが。。。。


私は、憧れのゲーム業界でチヤホヤされて働きたいとか、そういう動機で入りたいとか言ってるわけじゃあないのだ


ある種、不器用な人間の宿命というか、
自分にはもう、この道、つまり私ならゲームライターなりなんなりデバッガーなりそんなもの

そういうものでしか生きていけない人種だって言うことをうすうす感じていた

だがここで問題になるのは、それに見合ったスキルや技術があるかという話で、残念ながら私にはそういう即戦力になるものはなにもない

はなっから、クリエイターになるって言う世間知らずのお花畑の人間ではない

同じ同級生で、そういう人間がいて、進学する学校を間違え、就職の時、好きでもない仕事について
1年前、リストラ対象に入れられて見事にリストラされてずっと無職のやつを知っている

私は、そういうよくいる「ゲームが好きだからゲーム業界でゲームを作りたい」というステレオタイプの考えで言っているわけではないのだ

むしろ、私はライターとか、デバッガーとか、人が作ってきたものを調整したり口出す仕事しか出来ないと思っていた



そしてもうひとつ

最近気づいたのが、私が本当に向いていて付きたかった仕事

それは、ラジオ番組の制作スタッフだ

私は中学高校時代、とにかくよくラジオを聴いていた

そして、深夜ラジオの、ふだんの大人なら絶対にしない下ネタ混じりのバカ話がとても楽しかった

ああいう乗りがすごく大好きで、テレビ番組制作に比べれば規模が小さくアットホームな仕事に憧れを感じていた

10代のころからこれに気づいていれば、放送大学とかに通っていただろうが、
今より情報も少なく、ましてや10代でそこまで気づけというのが無理な話であった

このエントリを通じて、私の人となりが少しでも伝わってくれると嬉しい

いちおう、それなりに世間というか社会というか
そういうものの、仕組みとかやりかたはわかっているつもりで、色々仕事のことに対して愚痴愚痴言っている

終わります
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