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ゲームむかしばなし:ファイアーエムブレム紋章の謎はすごかった

1994年1月21日

ファイアーエムブレム 紋章の謎というゲームの発売日だ

裕木奈江がコマーシャルにでていて、FEファンであると自称していて有名になった
(いまおもうとリップサービスだったと思う)

ファイアーエムブレム

ファミコンで発売された時、少し話題になったが、人気が出るほどではなかった
ウィキペディアにこの辺の当時の評判が書かれているが秋葉原基準だし、
はっきりいってあれが正解みたいな言い方はどうかと思うし、削除すべきだと思う

理由は簡単で、一週間後がFF3の発売日で、そっちにすっかり話題を持っていかれたからだ

なんかスゲエゲームが出たみたいだぞ!ってぐらいに話題にはなったが、
その人気は、局所的なものというか、知る人ぞ知るってレベルだったと思う

で、SFCでこれが出た時、なぜ人気が出始めたのかというと、

当時任天堂のTVコマーシャル投下量は、半端な数じゃなかった
朝から晩まで、言葉通り、ホントに沢山CMを流してた

そして、雑誌でも、ファミコン時代の下積みや、ゲームライターや業界人の評判が良かったせいだったんだと思う
あと、任天堂の売り込みもすごかったんだと思う

雑誌でもファミコン版以上に大きく取り上げられ、以上2点で当時のゲーマーに嫌でも目に付いた

あと、スーファミ版になって、ちゃんと遊べるレベルにまでゲームが出来上がっていたというのもある

戦闘アニメーションの細かさは、当時としては最高級レベルで、
スーファミの、でかいスプリクトが苦手なことを逆手に取った、あの演出は見事なほかない


で、だ。
話はここで終わらない


ファイアーエムブレムのなにがすごかったか!?


今でこそ、クリアできることが当たり前、前提で、リアルタイムアタックや
タイムアタックが盛んに行われているゲームだが、


発売当時のゲーマーの腕では、とうていクリアすることすら困難な時代だった


信じられないと思われるかも知れないが、これは事実だ


まず、説明書を見ても、戦闘の仕組みがはっきり解説されてない

今ほどシミュレーションが一般的じゃなく、

ダメージ算出の仕組みとか、そういうものが一般に浸透していなかったし、考えるほど当時のゲーマーの腕が高くなかった

とにかく、ファイアーエムブレムというゲームは、当時の人達からすれば、「わけがわからなくて新しいゲーム」だったのだ

だから、戦闘の結果を予測できないままおっかなびっくり突っ込んで、
仲間が殺された時も、なんでかっていうことが理解できないまま殺されて

それを繰り返して、ゲームを理解していった

辛抱強い人だけが、楽しめて、そうじゃない人は脱落していく

まさに

「てごわいシミュレーション」そのもののシチュエーションが当時1994年には展開していた


私はこのとき中学生だったが、第一部8章が限界だった

後ろから魔法と弓以外ろくにダメージが与えれない、ドラゴンナイトが3,4体追いかけてきて、それを倒しきれずに
必ず誰か殺されてしまって、犠牲者なしに切り抜けることが出来なかった

これは、当時の私が幼くてゲームが下手くそだったせいもあるが、
昔のゲーマーのレベルなんてこんなものだったのだ


そんなの、お前の周りのことだけじゃねえか

って言われるだろうが、状況証拠がしっかりとある



こんな難しいゲーム、攻略本を出せば飛ぶように売れた

当時、任天堂ゲームの公式攻略本は、小学館が独占していて、
マリオもゼルダも、どんなゲームも必ず公式攻略本を小学館が編集して出していた

書式やレイアウトなんかも洒落ててこってて・・・っていう話はさておき

とうぜんファイアーエムブレムの攻略本も出る

しかも、SLGなので、発売はかなり遅れて、ゲームの発売日から数ヶ月後だった記憶がある

ソフトの発売が1月だったのに、攻略本が6月とか、へたしたら8月とかすごい後だった気がする・・・

これが、とにかく、恐ろしく売れた(と記憶している)


なにせ、戦闘の仕組みとかそういうのがわからない人が、攻略本だよりにこぞって買いに走ったからだ

私も先に進むことができなくて、わけのわからないゲームルールに

今の人達なら

「クソゲー!!」

って切って捨ててただろうが、不思議とファイアーエムブレムにそういう感情は抱かなかった



そして、売れたと推測できる出来事がちゃんとあるから、こういうことをわざわざ書いているのだ


通常の攻略本の他に、マスターバイブルだかそういう名前で、通称「赤本」(表紙が赤いから)が追加で発売された

文字通り、「マニア向け」というか、さらなる分析と攻略を追求した究極攻略本だ


これの発売が確か10月ころだったと記憶している

もちろんこっちも売れてた印象がある


今からでは信じられないかもしれないが、
S.RPGという新しいジャンルの、ゲーム。

みんな手探りで攻略していた時代

ネットもなくて、口コミで攻略していていた

しかもそれでも厳しいゲームだったから、こうやって攻略本が売れた

たとえ、ダメージの計算が予測できるようになったとしても、増援が何処に出るかわからず殺されたり
当時としてはかなり厳しいゲームだったのだ


余談になるが、隠しイベントが豊富に仕込まれるようになった
このころ(1994年前後)のRPGの攻略本も、以前より売れていた

ライブ・ア・ライブとか、FF6(は、大した売れたっていう記憶が無い)
新桃太郎伝説など

このころ、やたらとサブイベントや隠しイベント、普通にプレイしただけでは仕組みが理解できないような
ゲームが流行っていた

いま上がってないゲームをいえば「ときメモ」「タクティクスオウガ」「ロマサガ」がそれである



そして、FE人気はSFC紋章の謎から始まり、
SFC末期にでた「聖戦の系譜」は、紋章ほどではないが、濃いファンをつなぎとめるに十分な作り込みで
隠れた名作(今は隠れてないが)として、当時評判となり、


ゲームボーイアドバンスでは、遊びやすさを追求したゲームデザインで
一年ベースで発売したこともあり、一気に不動の地位を確立した

(私が分析しているのは、GBAでドット絵ゲームで快適性に優れており、かつ、見た目も極めてクオリティの高い作品になってたことと、ダメージの計算結果を表示してくれるようになった2点が、大きく間口が広がった要因だと思っている)


最後に余談をするが

FEの原案者が独立して作ったティアリングサーガシリーズは
わずか2作で、打ち切りとなった事実から察して欲しいのだが、
独立してからの作品ははっきりいって見てられないひどさだった


GBAが世代交代してから、据え置きやDSで出したりしてたが、
正直、GBAが一番ファイアーエムブレムと相性の良いゲーム機だったと思う

DSは、カセットじゃ無くなって、どことなくもっさりしちゃったし、ポリゴンとか使い始めたし
でも、GBA以降のゲーム機は、ソフトと直結させてデータ呼び出しするゲーム機はなくなってしまったので
物理的にどうしようもないのでしょうがないのだ



本当に最後に毒をはくが


こういうシリーズの歴史(しかもやらなくてもある程度わかる)を知りもせず

「難しい!!」ってだけで手を出さず
あれこれこのシリーズがどうたら語られると、正直腹が立つ

ファミコン版から順番にやれとは言わないが、紋章の謎がなぜ売れたのか
それから、聖戦とかトラキアやれとまでも言わない

せめてGBAの3部作ぐらいはクリアしてから愚痴愚痴言って欲しい
どれか一つでもまあいいが、それだとハードルが低すぎるとおもう

3セットやれば、シリーズの進歩や面白さがじゅうぶん理解できるからだ

GC版Wii版は蛇足だからお好みで


終わります
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