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一歩踏み込んだレビューの書き方

私は10年間ゲームレビューのページを更新し続けてきた。
ただダラダラ続けてたわけではなく、自分なりに向上心を持って続けてきた。
今回のエントリでは、私がレビュー文章を書く上で意識していたことを紹介する。

私のホームページは、これといって有名でもなくアクセス数も全然ないから、説得力は全くない。
いちおう10年間更新し続けてきて、さきほどレビューに取り上げた本数を数えてみたところ計983本取り扱っていることが判明した。
ファミコンから3DOにバーチャルボーイ、ネオジオ、セガメガドライブ、メガCDなどレアハードまで機種も様々だ。

何本書いたかなんて数えたこともなかったが、気がついたらもうすぐ1000本に達しようとしていたことに
このエントリを書く前調べて初めて気がついた。
個人サイトで一人で“きちんと最後までクリアしてから”“大体1200文字~6000字”に渡ってレビュー書いているところは他に存在するのだろうか?
少なくとも私は見たことはない。多いところで500本程度なら知っているが。


こんな私だが、これから書くことを意識していけば、巷に溢れてるレビューですら無い雑文に比べれば、読める「感想」が書けるようになると思う。

私は“ゲームレビュー”ばかり書いていたが、これは別のレビューを書くときにも応用が効くと思っている。

それでは本題に入る。

●まえおき ~ゲームレビューのページを長年続けてきて~

まず、ゲームレビューはそもそも需要が全然ないので、続けるのが非常に困難なジャンルである。
私も何度か、「ゲーム攻略ページ」に切り替えようか悩んだものだった。
しかし、結局ゲームレビュー一本でやり続けた。

世間では感想を書くだけの「レビューページ」が手軽で簡単に更新できて、「攻略ページ」は記事の作成に検証作業や場合によっては画面写真&動画の撮影に加え見やすいレイアウト構成が求められるため、手間のかかるコンテンツだと言われている。

だが私は全く逆だと思っている。

「攻略ページ」には、答えがある。それに、「レビュー」と比べて決定的な違いは、一定の需要がある。
しかし、これらは最終的には、誰がやっても似たり寄ったりの記事となる。
勿論、データベースをいかに見やすく使いやすく仕上げるか等、編集の差異はあるが、基本的に同じ内容になる。

私はやるつもりがないので、種明かしをしよう。

「ゲーム攻略ページ」を作ってアフィをつけて小遣い稼ぎをしている人がいる。
2011年現在、旨みのあるゲームは攻略されつくしてしまい、到底小遣い稼ぎに使えないと諦めている人が多いだろう。
だが、実は、編集作業の腕に自信がある人ならば、この分野で小遣い稼ぎ出来る余地はじゅうぶんにある。

ゲーム攻略ページは、その特性上、そのほとんどが速報性を重要視している。
そして現状、有名なゲームは、wikiや大手サークルによる人海戦術であっという間に攻略しつくされてしまう。

が、これらには大きな欠点が潜んでいる。

肝心の上がってきたデータやレポートは、素人が手早く作っているので、非常に見辛かったり、攻略記事は複数の人間が書いているため、統一性がなく、フォローしてるようでフォローしきれてなかったり、逆に重複していたり、しょせん無料で提供されている情報だけに、粗が多いのだ。

例えばデータベースを起こしても、そこで見るべきところは何か?ということが分析・解説されておらず、自己満足で終わってしまっている。

さて、ここでライティング作業に優れた人間が「攻略サイト」を2011年現在の今から設立し、

見やすさ・使いやすさ・わかりやすさ

これらを徹底させて次々とゲームを攻略していけばどうなるか?

この分野で、速報性を捨てて質で勝負している人は私が知る限り殆ど見ない。

実は、そんなゲームいまさら誰がやるの?っていうレトロゲームを熱心に研究してレポートしているホームページは多数ある。
が。それらはHTMLのレイアウトは古いままだし(2011年現在放置状態のものばかりで淘汰されつつある)、基本、自己満足の人が多いから、この分野でもまだまだ勝負できる余地はある(労力の割にアクセスは稼げないだろうが)。

ゲームなんてジャンルは全体的にガキが多いから、はっきりいって全体的にレベルは低い。

まあ、わかっていても簡単にできることではないが、自分なら出来るとここを読んで思った人ならやってみるといいと思う。

ここで疑問が出てくるかもしれない。

「そこまでわかってるならお前がやればいいんじゃねーの?」という疑問だ。

前にも少し書いたことがあるのだが、私はゲーム人気にあやかってアクセスを稼ぐというようなコバンザメみたいなことはもうやりたくない。

この項目の最初のほうにも書いたが、「攻略ページ」は最終的に誰がやっても同じ内容になる。
私はそれがつまらないから結局迷った末にやらなかった。

さて、ではなぜ「ゲームレビュー」が「攻略ページ」に比べて遥かに大変なジャンルなのか、その理由をこれから書く。

それは、自分の文章で全てを表現しなければならないためだ。そして、「レビュー」には“正解”が無い。

巷に溢れている(ゲームに限らず)「レビュー」というものは、レビューとは名ばかりの読書感想文レベルのものばかりだ。

面白かった
つまんなかった
イライラした
合わなかった
人物がかわいかった、かっこよかった

こんなのはレビューとは言わない。
“どこが”“どう”“面白かったのか”
出来る限り客観的に「なぜ自分がそう思ったのか」を分析し簡潔に文章に表す。

一言で書いているが、限り無く難しい作業だ。

先にあげた「攻略サイト」と違って「レビュー」には正解がない。

ゆえに、手を動かせばかならず終わるものではないし、書けなくなって一端止まり考えをまとめるなんてことも必要になってくる。

こういう手間のかかることをしてない人は自称レビュアーでもレビュアーとは言えない。

ゲームの場合、1本レビューを仕上げる時間は、平均的に見積もって1時間ちょっとだろう。これは私の場合だ。

ゲームによってこの時間は大きく変動する。

たとえば、内容に大差ないシリーズ物の続編や移植作品とか説明する必要のない王道路線の作品などは1時間程度でこれといった苦労もなく完成する事が多い。

触れるところがそれほど多くないのに無理して長文を書こうとする必要はない。
多くの人はブログやホームページなどのWebを媒体に使うのだから、雑誌の割り当てられたスペースを埋めるといった変な字数稼ぎ(逆に字数制限など)といった制約は何も無い。

で、大体1本、脂身のあるゲームをレビューする場合は、私の場合3、4時間かかっている。
ポイントなのは、かかっているじかんと比例して文字数が必ずしも増えていくわけではないこと。

シリーズ物やリメイクものみたいな型にはまったものは書きやすいから、同じ1時間でも2000文字以上書けたりするが、そうじゃないものもある。

物によっては4時間かけて長考した結果、2000字程度にしかならないレビューもある。

こういうのはいちいち、読者に苦労話をする機会もないので、見る側にしてみれば、書き手がどれぐらい手間をかけてやっているかなどということはまず伝わらない。

恐らくHP運営やったことない人からすれば、工業製品のように右から左に文章が流れてくるように見えて、レビューなんて日記書くのと同じようにサラサラ書けるとでも思っているのだろう。

苦労レベルにかんして言えば、攻略サイトもレビューサイトもどっちも一緒だ。
苦労しないでレビューページやってる人がいるなら、冷静な頭で自分の文章を読み直すべきだ。
本気でレビューしようと思ったら、かなり時間のかかるコンテンツになるはずだからだ。

おまけに正解がないから、2ちゃんねらーなんかが2chに貼りつけて「何書いてんだこいつ」などと炎上させる輩までいる。

何時間も頭を悩ませて書いた文章を、余所からやってきた団体に突然袋叩きにされる。
もはやこんなこと頻繁にやられるとプロの領域と言っても過言ではない(でも私の場合はこんなに苦労しても無報酬だ)。
プロと違うのはいい仕事しても全く褒められないことだ。
2ch(利用者はここが世間一般の正しい価値を持っていると本気で思い込んでいるからたちが悪い)と意見が食い違うと、それみたことか!!と本気で潰しにくる。
食い違った時だけどこからともなくやってきて、人の身体をあちこちよってたかって蹴り飛ばしていく。
良く「嫌なら公開するな!!」というのがあいつらの口癖だが、気に入らない時だけ集団でやってきて勝手に炎上させて、ここで敢えて本音を言わせてもらえば何様って感じだ。

ちなみに、書くのが最も楽なのはスポーツゲームの続編と他機種へ移植された作品。
前者は、一作目でシステムに触れておくと、続編は選手データを変えただけで内容が大きく変わってる(手間をかけて作ってる)ってことが殆ど無いため、レビューでも特に書くことがない。多くのレビューサイトはわざわざスポーツゲームは複数本取り扱わなかったり、そもそも扱わなかったりする(ゲームとしての価値が低いのは中古ショップでの相場の極端な低さを見れば明らか)。
移植作品もほぼ同様の理由で、元の作品をレビューしているので、再現度であったりちょっとした違いを書き上げるだけなので、20~30分くらいで終わる。文字数も大体1000字前後で終わってしまう。
これも一々扱わない人(同じゲームをわざわざ機種が違うからって2回やる人は少ない)が多いが、こういった情報は意外と需要がある。

文字数制限がないからって、長ければ長いほど良いというわけでは決して無い。
だらだらゲームの解説から始まって、システムや操作の仕方まで丁寧に紹介しているページを良く見るが、あれは辞めたほうがいい。
あんまり長すぎると、読む気を無くしてしまうのだ。

ゲームの場合、というかこれは映画でもアニメでもドラマでも小説でもなんの分野でも言えることだが、
読み手は基本的な知識を持っているっていうことを前提にして書くべきだ。

私はゲームレビューしかやったことがないが、ここで突然映画のレビューも始めたとする。
その時、壮大なスケールで描かれるSF作品をレビューするときに、私ならどうするか。
冒頭に「これは一言で言うとスターウォーズのようなSF映画だ」と書き始め、スターウォーズと違うところをかいつまんで説明する。

例を出そう。
ロードオブザリングのレビューを書くとしよう。概要は出来る限り手短かにする必要がある。
するとこうなる。「三部作として企画されたこの作品は、まるでファンタジー界のスターウォーズだ」
いくら労力を割いてきたといっても、所詮私は素人なので、これが最良とは全く思わないが、多くの人がどんな映画か想像出来るだろう。

「なんだそんなことだれだって出来るじゃないか」と思うかもしれないが、ゲームレビューの分野において案外出来てない人が多いから敢えて書いた。
ゲームに関して言えば、他と比べて特徴的だったり、変わっている部分があり、なおかつ、レビューするうえで避けては通れないところのみを簡潔に解説すればいい。
それだけじゃ説明不足なら、“そのゲームを紹介しているページ”を検索してみてもらえばいい。
レビューページでそこまでする必要はない。


つまり、文章をまとめるという作業も必要になってくる。

文章を書く上で一番重要なのは、“密度のある文章”を書くこと。

同じ2000字でも、中身のあるないでは、意味合いが違ってくる。

で、レビュー1本の長さ、大体2000字~3000字に収めるのが間違いなくベストだ。
1000本近いゲームをレビューしてきた私が断言する。これは間違いない。
勿論無理にまとめる必要はない。私も物によっては6000字を超えるレビューをいくつか執筆している。

逆の立場になって、他人のレビューを読むとき、たいてい、“ちょうどよい長さ”のサイトすら中々無く、短文過ぎて物足りなかったり、(実はこっちのほうが遥かに多いのだが...)長文&くどすぎて読む気を無くしてしまう場合がほとんどだ。

2000文字以下だと、「短いなぁ」って思うし、逆に3000文字を超えると「長いなぁ...」と思う。
これを利用して1200~1500文字ぐらいの分量にしてわざと“軽いレビュー”に仕上げることも出来る。

前置きが非常に長くなってしまった。
おおむね、ここで押さえるべきことまでいくつか書いてしまったが、レビューするうえで意識している点を、これから挙げていく。

というか、ここまではまだ基本的な文章の書き方でしかないと思う。

なお私は、「ゲーム」レビュー専門なので、基本的に他にも応用が効くと思うが、「ゲーム」独特の決まりごともあると思うので、そのへんはご了承願いたい。

●ゲームレビュアーが「ゲームがヘタ」ってのは論外

レビュアーを名乗っててこれはいけない。
たまにいるのだ、「私はゲームは下手です」と自己紹介している人が。

下手な人が、「ゲームバランス」や「レベルデザイン」を語れるだろうか?

下手な人が「このゲームは簡単だった」「これは難しい」って言っても説得力があるだろうか?

前者は「下手なヤツでも楽に感じるぐらい簡単」とは思えるかもしれないが、後者は全く当てにならないだろう。

ゲームばっかやりすぎてうますぎるのもまた困りモノだが、沢山のゲームを触れているのなら“ゲーム慣れ”ぐらいはしてて欲しいと思う。

稀に天性の才能というか、規格外のゲームの上手さを持った人が存在するが、こういうのは例外として。
レビュアー=ゲームが上手でなければならないとまではいかないが、人よりゲームに多くの時間を使っているとしたら、一般的な水準よりちょっと上ぐらいの“ゲームに慣れた人”にはそう努力しなくともなれるはずなのだから、そうなるとレビュアーとしての努力を怠っているとしか言えない(たとえ無報酬だとしても自称するのは即刻辞めるべき)。

ゲームが上手いという定義もまた難しいところだ。
特定のゲームを何百時間とやり続ければ、誰だって上達する。一般的にはそれが“上手な人”と言われているが、ここでの上手いというのはちょっと違う。

沢山の色んなジャンルのゲームを触っていて、適応能力が高い人。
ポイントとなるのは、人は通常、好きなゲームばかりやっていると遊ぶジャンルが偏ってくる。
そこでなるべく自分の遊ぶゲームを閉じてしまわないように、より多くのジャンルを知っておくことが重要だ。
積極的にやったことのないジャンルにチャレンジし、見識を広げることが、適応能力を高める最も効果的な方法である。

ちなみに私は、“難しい”と評判になっていたドンキーコングWiiを初めてやったときそれほど難しいとは思わなかった(勿論それなりに苦労はした)。参考にして欲しい。

●色んなゲームをやる

上記で少し触れたが、好きなゲームばかりやって、特定のジャンルの専門家になるのもいいのだが、
いざそういった人達のページを見ると、偏ったリストになっていて、魅力を全く感じない。

そりゃ、お金をもらってレビュアーしてるわけじゃないから、8割方こんなホームページになってしまうのは仕方のないことなのだが、
どうせなら、広く浅く、贅沢を言えば広く深く、レビューしているレビュアーは魅力的だ。

Webまで作ってレビュー書くようなレビュアーはたいていゲーマーだ。
だから扱うゲームにも偏りが出てくる。

そういったところで、ゲーマーがあえて避ける、バカゲー、クソゲー、スポーツゲー、あるいは、クソゲーの代名詞だった、原作ゲーム、TV番組をゲーム化したゲーム、資格教育ゲームなんかを幅広く取り扱っているとバラエティに富んだページに見えて飽きない。

映画、アニメ、ドラマ、漫画、小説のレビューサイトだって、ジャンルが偏っていたら面白く無いだろう。
たまたま興味が合うページだったら楽しい物の、しかし理想的なのはレビュアーは基本的に広く浅く知識を持っていることが必要だと思う。

●かといって基礎的な知識が欠落しているのは論外

いくら幅広いジャンルを取り扱うといっても、それらのジャンル(シリーズ物)をレビューするに当たって、押さえておくべき知識をまるで持ってないという状態は論外だ。

ある程度、ジャンルの成り立ちや歴史を理解しておく必要はある。
理想的なのは、シリーズ物のゲームはできうる限り1から順番にレビューしていくことだ。

これに加えて、私の場合は関連作品や制作会社まで意識してレビューをおこなっていた。

こういう時、ウィキペディアは役立つが、頼り過ぎないように。あそこで得られる知識は薄っぺらなものだ。

●特定のゲーム機に肩入れしたり、携帯ゲーム機をゲームとしてみなさない

これは「ゲームレビュー」だけに見られる特徴的な傾向だ。

出来ればレビュアーは、メジャーなゲーム機は一通り揃えておくべきで、ましてやゲームマシンを理由に根拠の無いえこひいきを行うなんて、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

ここで重要になってくるのは、“敢えて特定のゲーム機のゲームだけやっている”のか“特定のゲーム機を嫌っていてえこひいきしているのか”の2つで、事情が大きく変わってくる。

前者のケース。昔のセガファンに多く見られた特徴だ。
“私はこのゲーム機が大好きだから、このゲーム機のゲームだけ取り扱う”
これはこれで専門性が出て、良い傾向と言える。専門性の高いWebには人も集まりやすい。

この辺の主張は上記の“広く浅くゲームを取り扱え”と矛盾するところもあり難しいのだが、レビュアーは基本的に広く浅くアンテナを張るべきだというスタンスは変わらない。

問題は後者のケース。
特定のゲーム機を持ち上げ、それ以外を嫌っている場合。これはここ数年で多く見られる傾向の一つ。

個人的な好き嫌いは興味がないのでどうでも良いのだが、この場合、レビューに影響が出てくることがある。
主義主張に筋が通らない、矛盾した内容になってしまいやすい。
こういった内容が一つ出てくると、レビュアーに説得力がなくなってきて薄っぺらいレビューに見えていく。
しかも最近非常に多いのだが、こういったことを平気でしておきながら

「私はハード論争に興味はありません。公平平等なポジションです」

などとしたり顔で語っていることだ。天然でやっているとしたら自覚症状がない分余計たちが悪い。

レビューHPを見てて、レビュアーがブログ(あるいはtwitter)を併設していることが当たり前になってきた時代。
ブログのほうを開いてみてみると、特定のゲーム機に肩入れした記事が出てくると実に萎える。

語るに落ちるとはこのことで、レビュアー自らがレビュー記事の価値を落としているというわけだ。

また、理解出来ないのだが、ニンテンドーDSやPSPを扱わないレビュアーも割と多い。
今や携帯ゲーム機が主流になってきているこの時代にである。

こういう人はファミコンブームや1990年代のゲームブームを体験した年長者に多い。
“ゲームは家のテレビで遊ぶ物”という古臭い価値観を未だに引きずってるのだ。

このケースは、レビューそのものに影響は出ないものの、携帯ゲーム機を敢えて取り上げず、下(げ)に扱ってる姿が実にこっけいに見えてならない。

レビュアーたる物、新しいものには積極的に触れどんどんレポートしていくことは非常に大事な行為の一つだ。

●点数をつけない/項目別に分けてレビューしない

レビューに非常に多い採点行為。数をこなせばこなすほど破綻するので辞めたほうがいい。
そもそも点数で面白さは測れない。そういうのは文脈で伝えるべきだ。

なぜ破綻するか?
2000年の時点で執筆した作品に10点(満点)をつける。
その5年後、それより面白い作品とめぐり合った場合、どう処理するのか?
基準値を振り切って15点をつけるのか、同じ10点にするのか、それまでの10点作品を相対的に全て下げるのか、
「発売時点で10点付けられるレベルの作品だった」でも、やっぱり破綻する。
じゃああなたにとって面白いって基準は何?という話になってくる。
逆に、これを3点にした理由は?こっちが2点なのは?1点の違いはどこ?
これら全てをレビュアーのあなたは説明できるだろうか?

これが世間的に“他人のレビューは当てにならない”と言うイメージを持たせた最悪の慣習だと思っている。
もしあなたがレビュアーで、このページを見てて、採点を行っているとしたら、今すぐ辞めたほうが断然イメージアップに繋がると言っておこう。

また、これもゲームレビュー特有のものだが、グラフィック、音楽、キャラクタ、ゲームシステム等、項目に分けてレビューする。

これほど馬鹿げたレビューの仕方はなかなか見られない。

これは、書き手の都合というか、こうやって分けるとレビューしやすいのだ。

しかし、他のジャンルのレビューでこのように分けてレビューしているところはあるだろうか?

漫画で、構図、画力、物語、とか、わざわざ分けているだろうか?
映画なら、配役、演出、セット、コンピュータテクノロジー、なんて分けた書き方しているだろうか?

こうやって分割しないとレビューが上手く書けないなら、今すぐその書き方を改めるべきだ。

かたくなに“分けてかくな!”とは言わない。
読み手が読みやすいように、元は一本だった文章を段落で項目別に分けるなどのやり方はありだと思っている。

だが、はなっから分けて評論するというのはナンセンスだと忠告する。

最終的にはこれらの要素が綿密にからみ合って消費者に届けられるのだから、敢えてそこを分割してみていくというのはおかしい。

アニメ作品で、声優のキャスティングや演技力を独立して評価する人なんかわざわざいないだろう。
こういう感じで、レビュー内容も項目別に考察することで、逆に乖離していくというわけだ。

●発売当時の流行や事情を考慮する

もし古い作品をレビューする場合、細心の注意を払ってレビューしなければならない。

1994年の作品を2011年に触れたからといって、“今の基準”でレビューするのは良くない。

まず、商業作品が世に出てくる場合、マーケティングや流行など、当時の世相が少なからず反映されてくる。
とうぜん、現代と比べ確立してない技法や技術があり、2011年にそれを初めて見たとき、稚拙に見えるのは当然なのだ。

ゲームに限らず、映画や漫画、小説にいたるまであらゆる芸術作品は日々進歩している。

特に幅広く言えることとして、絵柄が挙げられる。

今日本で流行っているのは限りなくシンプルかつ記号的にディフォルメされた丸っこいフォルムで、女の子でも嫌悪感を抱かず「可愛い」と思ってくれる絵柄がどちらかというと流行っている。

細かい装飾品や指先ひとつの細かな仕草にいたるまでの繊細な描写が出来る人よりも、パッと見た瞬間に印象に残る小物を身につけていたり、髪型をしていたりする(今二次元でも三次元でもそれが流行っている象徴といえるのがツインテールだと思う)
よりわかりやすいものの方が需要がある。
画力よりもアイディアやインパクトを重視している。

一昔前はこうじゃなかった。

「ドラゴンボール」や「北斗の拳」がそうだったように、より独創的でより高い画力を求められていた。
女性ヒロインもかわいい女の子というより、微妙な線(スタイル)の描き分けで徹底した個性が重視されていた。
どこか儚げな表情をしていたり、今よりも遥かにアダルトな雰囲気を醸し出す雑に言えば「あやしげな、いやらしい」ものが魅力的とされていた。

こうやって、当時の流行り廃れもあるので、必ずしも今の価値観だけで物をレビューしてしまうのはその作品に対して失礼とも言えるレベルだ。

今あげた流行だっていつ廃れるかわかったものではない。

私は、漫画の専門家ではないのではっきり断言できないが、仮に今求められているのが基礎的な画力よりも、小手先のテクニックを駆使したものだとしたら、次のブームに乗り移るときに今もてはやされている人達はおそらく相当苦労するだろう。

そういう意味でも、今の価値観を全てだと決めつけてレビューを書くのも駄目だ。

流行に左右されずに、物事の本質を捉えて、「その作品の本当の価値」を見つけてレビューを書く。

「周りが面白いって言ってるから!」

それだけで流されて褒め散らしたレビューを書き、一時的でもいいから賞賛を得るなんてのは、愚の骨頂だ。

だから最初の方でも書いたが、レビュアーたるもの“広く浅く”知識を持っておくべきである。

特に新しい物ばかり流行を追いかけるのは良くない。

温故知新という言葉もある。時に立ち止まって、気になっていたけど時間やお金の都合でやりそびれた、見てなかった話題作を振り返ってみるのは非常に良いアクセントになる。

昔の作品をレビューする際に、意識しなければならないことは、その作品が出た当時に自分も帰ることだ。
眼を閉じて、当時を思い起こす。まだケータイなんてなかった、映画館も今より不便だった、ネットなんてなかった、TVみながらゲームやってた...こういったことを思い出しながら書く。

難しそうに見えるかもしれないが、その分野に本当に詳しいのだったら、これぐらいわけないはず。
詳しくないのだったら、ウィキペディアでもいいから色々勉強してみるのがいいかもしれない。

漫画の流行の例を挙げて、「嘆かわしい時代だ」なんて思っている漫画愛好家もいるだろう。
実は漫画よりも、ゲームのほうが悲惨な事態におちいっている。

今、多くの人はゲームという時間のかかる娯楽に“付き合っていられない”ために、よりわかりやすく、短時間で楽しめて、高性能なゲームマシンを生かしたHD画質で綺麗な映画のようなダイナミックで迫力ある映像が楽しめるゲームばかり求められている。

これはいわゆるライト層よりも、コアゲーマーと呼ばれる人達にみられる傾向だ。

こんな、見た目ばかり派手なFPSやTPSゲームがもてはやされ、手間のかかって地味なRPGやSLGのような物、ゲームごとにルールを覚えなければならないパズルゲーム、せっかくの高性能さをアピールできない地味なものや一般性に乏しいゲームはどんどん淘汰されてきている。

あるいは、例外としてはポケモンやモンハンのように多くの人が面白いと感じた作品の続編ものばかりが偏って求められている。

いま、ゲーマーと呼ばれている人達の嗜好性が似たり寄ったりになってきているのだ。これは非常に危険な事態だ。

本当は色んなジャンルのゲームがあってしかるべきなのに、今、最も核となる消費者に受け入れられない現状がある。
今据え置き機で売れるのは見た目ばかり派手な海外ゲームばかり。嘆かわしい現実だ。

これには、国内ゲームメーカーの努力が足りなかった側面もあるのだが、多種多様なゲームを受け入れない日本の今のコアな消費者にも、あまりに嗜好性が偏りすぎているという問題がある。

こうなると結局流行についていけないソフトハウスは廃業においこまれる。
というか、既に多くの会社が廃業に追い込まれている。

最近、ニュースになったが、RPGの巨峰とも言われていたスクウェア・エニックスが、100億を超える赤字決算に転落したことが話題になった。

この例のように、一芸に秀でていたソフトハウスで、世の中の流れについてけず、業績不振で最後は倒産するケースは少なくない。

海外ソフトハウスでも、開業当初からリアル系レーシングゲームをつくってきて、その手のジャンルを好む人からは評判が上々で、有名なシリーズ作品まで作れるぐらい影響力のあるソフトハウスがあった。

しかし、年々レーシングゲームの需要が落ち込み、親会社の方針で改革に迫られるがずっと同じことをしていた開発者は、期待通りの成果を挙げれず、その会社は解散させられることになった。

こうして一芸に秀でたメーカーは必要なはずなのに、現在進行形でどんどん淘汰されていっている。



●なるべく私情を挟まない

上の題目と話がダブってしまうのだが、

「これやったの2011年だから」

と言い逃れをしながらレビューするのは良くない。なるべく公正にレビューするべきである。

あと、「このシリーズは好きじゃない」とか個人的趣味をあまり書かない。
いちいちそういう主張をしたいなら、嫌っているシリーズを取り上げなければよいだけだ。

個人的な好みを全く書くな!とは言ってない。レビューとは自分の感想を書く場所だからだ。
問題なのは、書きっぱなしで終わらず、嫌いならあるいは、好きなら、その理由を客観的に述べること。

レビューと読書感想文の違いは、客観性があるかないか。

感想を述べるだけなら誰でもできる。レビューという場所は、それを他人に納得させる場所。
その筋道立てた思想を書けないんならレビュアーとは言わない。

難しいことに見えるが、単にどこが面白く感じたかつまらなく感じたか整理して考えをまとめるだけだ。

大学に通っていた人なんかなら、ゼミの発表会とかで当たり前にやっていることだ。

●いつレビューするか

通常は、鑑賞作品なら1回通しで見た(読んだ)時。
ゲームなら、一通りエンディングと言われるところ(明確な終わりがないゲームもなかにはあるから難しいところだ)。

ゲームだったり長編の漫画の場合、必ずしも最後まで体験しなくても、途中で感想や結論が出揃ってしまう場合がある。
しかし、だからといって明確な終わりが設定されているゲームの場合、ひとしきり最後までやるべきである。
最後までやってみて(読んでみて)、やはり印象が変わってしまう場合もある。

特に漫画の場合は、最後の数冊で急展開して内容がガラリと変わってしまうこともある。

代表例を出す。

私の好きな漫画に幽☆遊☆白書という漫画がある。
この漫画は凄く面白いのだが、作者がムラッ気のある人物で、クライマックスのオチが唐突で強引で賛否両論である。
途中まで読んで、面白いと結論づけても良いのだが、この漫画の場合、やはり最後のまとまりの悪さは、それまでがたとえ良かったとしても、大減点せざるを得ない。

こうやって無視できないポイントはどこに潜んでいるかわからない。
確認の意味でも、最後まで読むという(レビュアーならその道中がいくらつまらなくて退屈だろうが)作業は欠かさずやるべき。

さて、この項目はこんな当たり前のことを書いて終わるつもりはない。

実はレビュアーで重要となるのは、今書いたように1回通し読み(ゲームならクリアー)した時点でレビューを書く権利を得るが、
その作品に対して多大な時間をかけた人と1回通しで読んだ(クリアした)だけの人では、やはり状況が異なる。

これは、非常に難しい問題なのだが、基本的に、レビューする作品に長く時間をかけた(繰り返し読んだ・ゲームならプラチナトロフィー取るまでやるor実績を全て取得する)人の方が、とうぜん説得力があると言える。

しかし、ここからは書き手の腕に大きく依存するのだが、長く時間をかければかけるほど最初の第一印象が薄れていってしまう。

映画や漫画なら何度も見返す、ゲームなら何百時間とプレイしてやり込み要素まで制覇する。
その過程で、1回体験しただけでは気づかない部分にも目が行き、深みのあるレビューを書けるようになる。
が、あんまり同じ作品に浸り過ぎると、ちょっとした問題点に慣れきってしまい、一般的な目線で見れなくなり反応できなくなる。

また、いくら説得力があるといっても、普通の人は1回見て(クリアして)終わる人が大半だと思う。
何百時間も遊んだり、何回も見返さないと、その境地に達しないのであれば、それはそれでまたピントのずれたレビューと言わざるをえない。
(ここでさっき書いた“レビュアーの腕”が求められる訳だ。何百時間やってもブレないレビューがかけるかどうか、まさに諸刃の剣と言ったところだ)

私の場合、ひとしきり1回クリアした段階でレビューを執筆するように決めている。
こうしておけば、迷う必要がないからだ。
また逆に、作品に対してそれほど時間をかけていないから、見当はずれのレビューになってしまうデメリットをもつ。
それに私のポリシーとして、面白い作品にずっと浸り続けるよりも、その時間で、より沢山の違う作品を触れるほうが価値があると思っている。時間は有限だ。時間をかけないと楽しめない作品ってのも、それはそれで問題と考えている。

●見やすいレイアウトを心がける

Webサイトでゲームレビューやっている人の8割は当てはまっている問題だ。
独学でHTMLを勉強したためか、やたら凝ったレイアウトにしたがるひとが多いのだが、ここは出来る限りシンプルにした方がいい。
Webはいろんな環境の人が見に来る。1920のワイドモニタのPCで見る人もいれば、出先でケータイから見る人もいる。
個人的にケータイまで意識する必要はないと思うが、せめてどのPCでも見やすい構成になるよう心がけたほうがいい。

レビューというコンテンツは何が主役か。
自分の文章である。思想である。

それなのに、奇を衒ったデザインで意味のない装飾をして、自ら読みづらくする。

HTMLなんてわからないからブログで...という人もいると思うが、この時もテンプレート(レイアウト)を選ぶ際、
長文に適したものを選ぶことを意識する。

ブログの方が手軽だと思われているが、結局テンプレートを自分で設定する場合HTMLの知識を求められる。
しかも、一番厄介なのがここで、0からHTML書くより、他人の書いたHTMLをいじりまわす方が遥かに大変だ。
(だから私もこのブログに関しては、標準設定のテンプレートを改変していない)

シンプルなレイアウトにするなら、HTMLといっても特別勉強しなくちゃならないことなんてないし、最初に雛形を拾ってきて設定すれば、あとはそこに文章を載せるだけだ。

なぜシンプルなレイアウトを重視するか。

PCでもいろんな環境でネットをしている人がいる。
ブラウザが違ったり、解像度が違ったり(これが最もWebデザイナーの頭を悩ませる要素)。
ブラウザに関しては、昔と比べ統一されてきてて、だいぶマシになったものだ。

こうやって日々PCの性能や環境は変化する。
特に解像度は1024が10年前は標準だったが、今は1200、1920と、2011年以降さらに大きい画面でネットする人が出てきてもおかしくない状態だ。

このへんかに対応できるのは、よりシンプルで無駄のないレイアウトなのだ。

そして出来れば、ゲームレビューならば、画面をキャプチャーボードで撮影して文章と一緒に載せることでより魅力的になる。
画面写真も出来れば大きく表示する(もちろんあまりにでかすぎるのも問題だが、掲載する時は大きいぐらいでいい)。
なぜなら、目を細めてみなければわからないような小さいスクリーンショットにはもはや価値がないからだ。
今やブロードバンドが当たり前になっているのだから、でかい画像をベタベタ貼り付けても嫌がられることはない。
より資料的価値が増すと言える。

なぜここを強調しているか。
PCの性能は今後も進歩する。その変化に対応するには、やりすぎなぐらいが丁度良い。

個人的には動画までやらなくていいと思っている。
静止画には静止画の良さがある。レビューの他に画面撮影にまで凝れとは言わない。
だが、1枚の写真にそのゲームのうりや面白そうな要素を詰め込んだり、ベストショットだと、より映えるのは言うまでもない。

どうせ動画サイトで検索されれば簡単に既に上がっているファイルで見られてしまうのだ、とことん静止画で拘るほうが質が上がると私は信じている。

●最後に頼りになるのは自分のセンス

長々こんなことを書いて身も蓋もない題目になって申し訳ないが、他人のレビューを私が読んでいてやっぱり感じてしまうことだ。

出来れば他人のサイトを具体例としてあげたくはなかったのだが
既に放置状態となって6年経過しているので、問題ないと思ったため、一例を出して説明する。

このレビューサイトを見て欲しい

冒頭で少し書いた個人サイトで450本レビューしているサイトだ。これ以上の規模のサイトは私は知らない。
本数だけが取り柄のサイトなら見たことはある。中身もしっかりしていることが前提だ。

ここで引用させてもらったのは、このWebを私は認めているということをまず分かって欲しい。
決して晒し上げるために引用したわけではない。

この人は2000年前後の幅広いジャンルのゲームを沢山レビューして取り扱っているほかに、映画のレビューもしている素晴らしいサイトだ。

このレビュアーは、私なんぞより分析力がずっとあり、なかなか面白いレビューを書く人だ。

しかし、これだけの本数を執筆してるが成長がなく、文章力に関しては残念ながら私に劣っていると感じた。

説明的な文章が多すぎて、読んでて疲れてしまうのだ。
鋭いことが多く書かれているのに、レビューとしては贅肉が多く読み終えても言いたいことがイマイチ伝わってこない。
(先の題目でも書いたが、途中途中で大文字で強調しているのも読みづらさに拍車をかけている。余計な装飾は身を滅ぼすということをこのサイトから学んで欲しい)

文章力に関しては、個人差があるだろうが、やればやるほど絶対に成長する。
私がレビューページを始めた1,2年はまともな文章が書けず相当に苦労した。

それを10年続けたことで、やっとそれなりに見られる文章がかけるようになった(つもり)。

だが、私はどちらかというとこういう物書きには向いてないと感じる。10年やり続けたことで多少補えたといったところだ。

そこで最初に書いたセンスが頼りになるという結論に達した。

処世術にたけた人は、高校生とか若いうちにケータイ小説で多くの人を感動させたりするという。
私はそういう人を正直羨ましいと思う。才能のある人は若い頃からそれを発揮する。

●おわりに

私はライターを希望していたので、20代の間ずっと、Webを開設し10年間レビューを書き続けてきた。
しかしそんな努力もむなしく、私の夢は儚く散った。

この間、大手のメディアのライター職に何社か応募したりしたのだが、書類選考で落とされてしまった。

もう私も30になろうとしている。これだけ長い間、頑張り続けてきたことが実を結ぶ機会はもう無いと思っている。
30にもなって、夢を追うのは経済的にも限界があり、半ば諦めている。

だから、このようにブログを開設し、別のことを始めようとしたわけだ。

10年の間、私が努力してきたこと、ノウハウとも言えない金にもならないシロモノだが、私がやってきたこと、ここに残しておくのは重要なことだと考えた。

(添削でもする人がいれば、身になって即戦力にでもなったのだろうが...)

いま、私は仕事をさがしているが、しょうじき厳しい状態だ。

こんなところで求職活動をするなみっともない と思われるかもしれないが、一応ここにもみっともなく書く。

もしこんな私を見て面白いヤツ、会うだけ会ってやると思った人は、ぜひコンタクトとってください。
いたずらを警戒しているので、その際はきちんと署名をお願いします。
以前動画配信をしていた頃の話のエントリの中で、私が動画配信していた模様をリンクしてユーチューブにあがっているので、声だけならそこで聴くことが出来ます。

私は1000本以上のさまざまなハードのゲームソフトを所有し、1000本近くのゲームを触りクリアしてレビュー文章を書いてきた。

その趣味は30という節目を持って終わることにする。

今後は無趣味になるわけではなく、小説など創作活動をやりたいと思っているが、これもまたかなり苦労している。
すぐさま飯の種にしたいなどというお花畑の持ち主ではなく、趣味としてやっていくつもりだ。

●あとがき

これで本当に私のブログで当初書こうと思っていた話は全て書き上げた。
もう私の中にこれ以上大作になるエピソードは存在しない。
今後はどういった内容になるかはちょっとわからない。
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