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もはやゲームレビューは無用の長物なのか?

久々に自分を振り返るつもりで、某氏のゲームレビューに対する見解を読んでいた。

その記事の最後のコメントに書かれている一文が、自分には悲しかった。

「レビュー記事よりも、プレイ動画を見るほうが参考になりますね」

もう、ゲームレビューは無用の長物なのだろうか?

いま、私は一般人に帰ろうとしている。
長年、独特の価値観を持ってゲームと接していたため、“ゲームレビュー”自体の存在価値については一切考えたことがなかった。

ゲームレビューは、プレイ済みの人が他の人の感想が気になって読むケースと、
もう一つ、これが大多数だろうが、買う前に「どんなゲームか評判や出来栄え」をチェックするためにおそらく使っているんだろう。

そしてそれは、脈々と使われてきた文章による感想文ではなく、動画であったり、体験版でもそれらの情報は得られるわけだ。

百聞は一見にしかず

いくら文豪で知識の豊富な人が書いたレビューよりも、動画や体験版を触れてもらったほうが早いのは確か。

ゲームレビューとは、必然的に不要な文化に成り果てたのだろうか・・・・

私は素人で、いくら長年ゲームレビューを頑張ったといっても、たかが知れるレベルだが、正直アマチュアという世界のなかではかなり努力したつもりだ。

多くのコアゲーマーが説いてきた理想のゲームレビューを実現するために頑張ったつもりだ。

某氏のゲームレビュー記事の一文に、

「人より沢山ゲームをやってきた人間は、無自覚にプレイしたゲームをパターン化して、相対的な完成度や誰がやると面白いか瞬時に見分ける力が備わる」

と書かれているが、最もこれはその通りのことだ。

普通、レビュアーとかライターやってる人間はプロだから、プロが自らの手の内を晒すようなことはめったにない。
だが、私はこれでご飯を食べているわけではない素人だ。だからそういうノウハウは立場的にさらけ出すことに抵抗感はない。
だから敢えて言うが、これは事実だ。

私は触っただけのゲームでも1400本以上。クリアしたゲームは1200本を超えるほどゲームをやってきて、そのほとんどをレビュー記事としてレポートに上げてきたが、このコメントには本当に共感を覚える。

そんじゃそこらのゲーマーとか、もう、自分の感情の赴くままに好きなゲームを好きなだけやってるような
いわゆる「趣味」レベルのゲーム好きではわからないような、一般人とは乖離した価値観を持っている。



しかし私は、某氏のレビュ論でたったひとつだけ、反論したい箇所がある。

レビュー記事は、短くコンパクトにまとまっている方が良い。

短文レビューを支持するつもりではない。

要するに、文章の密度・濃度の問題なのだ。

実はレビューを書く上で一番頭を悩ませていたのは、

(a)これはどういうゲームなのか?という説明

で、次に悩むのが

(b)それを踏まえて、どこがどう面白くつまらないのか

感想に対して、ゲーム内容・概要と結びつけて説得力や厚みをもたせる。
しかも、ストーリーなどについて、ネタバレを極力抑えながら伝えなければならない。

巷にあふれるレビューというのは、(a)(b)すっ飛ばして

(c)ここが面白かった、ここがつまらなかった

これしか書かれていない。
だからすぐ手軽に書けてしまう。

そして最後に、いかに中身のある文章を、まとめて書くことができるか?

このプロセスに、相当頭を使ってきた。

書いた後の自己評価として、長くなったレビュー記事は、反省点が多く、
短くまとまった記事は、余計なことを書いてなくて、主張と説明がシンプルにまとまっていて自己評価も高い。



いま、世間にとって、ゲームレビューは需要が低迷しているが
私は、こんな価値観を「そうじゃない!」と否定する気持ちも持っている。
それは自分がゲームレビュー頑張ってきた感情論ではなく、きちんとした理由があってのこと。


動画や体験版で得られる情報は、所詮上っ面だけ。

レビュー記事は、レビュアーがひとしきり最後と言われている部分までプレイした上で書かれている(ことが暗黙の前提として存在している)
レビューを書き慣れた人は、どこがどう面白いのか、各要素を明確に解説し、説明し、どう出来が良いかダメかということをピンポイントで指摘できる。

また、最後までプレイしているので、ゲーム全体の構造やバランス的な部分も熟知しており、序盤は面白くないが、後半は自由度が上がってきて面白くなってくるとか、やりこんで上達の実感を得られるゲームだとか
動画や体験版みたいな見た目ではわからないことを伝えることができる。

だが、こうやってゲームレビューのメリットをただの一般人である私が声高に語ったとしても、
現実として、動画や体験版、あるいは携帯ゲーのように基本無料のゲームのようにコンテンツ自体を直接落としてきて
遊べるような時代に傾倒してしまっている事実は覆らない。

このように、動画や体験版の価値が上がって便利になったといわれるだろうが、
実は過剰なメディア露出によって、「良い物が売れない」時代に入ってきたと間違い無く言えるだろう。

いつぞやの時代、プレステやサターンが出た頃にも問題視されていたが、見た目重視のゲームが売れる時代。

これが再び訪れようとしているのだ。というよりもう訪れている。

みんながPV動画や体験版みたいなものを重要視することによって、
じゃあ映画みたいなとにかく見栄えが良くて派手なもの、ソーシャル系ならより萌えイラストとか声優
ラノベみたいでジャンジャカジャーン(話自体の面白さはどうでもよくて、いい加減で適当でも人を釣ってこれるようなもののこと)なストーリーそんなもので目を引いて、興味を持たせて買わせる。

そして、見た目を派手にしたり良くしないとゲームが売れない、見向きもされないってことで、
中身の作りこみが疎かになり、結果的にゲーム業界は衰退する。

こんな時代だからこそ、骨太のゲームレビュー、レビュアーは求められていると私ははっきりと思っている。
(それに私がふさわしい人間であると言いたくてこんなことを書いているつもりは毛頭ない)



長くなってしまった。
最後に書くつもりだが、私はそこまで頑なにゲームにこだわっているわけではない。

実は、こうなる兆候をもっと深刻に捉えていたら、レビューのジャンルを鞍替えしとけばよかったと軽く後悔しているクチである。

例えば、漫画・アニメレビューなんてどうだろうなんて思っていた。
アニメは今、いつからかは知らないが、急激に製作本数が増え、しかもネット上での話題性や需要も数年前とは考えられないほど高い。
こうなることがわかっていたら、ゲームレビューはやめて、漫画・アニメレビューに力を入れておけばよかったと思っている。
漫画・アニメを1セットにしているのは、多くのアニメは漫画を原作としており、批評するためには原作も触れておく必要が有るためだ。
もちろん原作がラノベなら、ラノベも触れておく必要が有る。
私が、この分野に二の足を踏んでいたのは、この手間がかかるからだった。
だが、知識の下地の無さや、手間を無視しでも、ゲームレビューは下火になるから切り捨ててしまうべきだった。


この考えを他人には理解したり信じてもらえないと思うが、
ゲームレビューをやってるからって、ゲーム業界に入って活躍できるとかクリエイターになれるとかそんな甘いこと全く考えてない
そもそもこんな素人遊びをやってて編集ライターぐらいならなれるだろうとか言う考えすらもない。

このへんは笑って馬鹿にしてもらって結構だが、ゲームにかぎらず、テレビでもアニメでも映画でもなんでも良いのだが、
創作物に対して、何処がどう面白くつまらないのかという研究とまではいかないが探究心や好奇心
こういった作品に対する魅力や面白さの源や人を楽しませる技はどういったところから来るのか?
ただ視聴して体験するのではなくて、このような見方をし続ければ、何かに使えるのではないかと感じたからだ。

私は、中学高校時代、放送されていたTVアニメ、テレビドラマのほぼほとんどを視聴していた。
中でも大好きだったのが、踊る大捜査線で、これはほんとに何度も何度も録画したビデオを見返した。
(但し、面白かったのはTVシリーズ全10話だけで、それ以降SP版、映画版は駄作である)
なんで何回みても面白いのか?ということを不思議に思い、その時の体験が、今の私を形作ったのではないかと思っている。


なんにせよ、私のゲームレビューのホームページは、検索順位も落ち、アクセス数も相変わらず減り続けている以上
この件に関して、これ以上私が何かできるっていうものはない。
点数制度は絶対にやりたくないから何を言われようがやらない
ただ、スクリーンショット等については考えますよ
しかし現状、それを撮影するためにも、レトロゲームは別として、携帯ゲーム機やHDマシンは機材を買い揃えなければならないため絶望的です

今渡しにやる気と余裕があれば、レイアウトとかだって全面的に見なおしたり、アフィできるHPに移転したり
リニューアルしたいとは思ってますよ。

ただ、そんな苦労や手間をかける意味がないサイトに落ちぶれたから、やりたいと思わないだけで。


また長々ととんちんかんな考察を書き散らしてしまった

私は部外者で、もう愛着もなくなったゲーム業界
それらがどうなろうと、私は知ったことではない。

ここに書かれている通りに、ゲーム業界(特に家庭用ゲーム機)が今後道を歩んでいくのは間違いないだろう
ネットの口コミなんて局地的で運任せ。個人の力には限界点が絶対に存在する。
しかし、PV動画や体験版重視の売り方がこれ以上浸透すると、映画のようなゲーム、見た目だけのゲームが反乱するのは目に見えている
その中でも、見た目が良いから利益を得るコンテンツは出てくるだろうが、中長期的に見て
まじめにゲームを作っている会社が淘汰される時代が間違い無くやってくる。

だが、私には関係ない
PS4やらそんな世代までゲームを続けられることは現段階では限りなく難しいからだ。
それに、客観的に自分の年齢を考える。
もう30を越えている。30越えてゲーム。
いかがなもだろう?
私の親父は30過ぎても普通にゲームをやっていたが、私はそうじゃない。
ゆえに、もう夢も何もなくなったゲーム業界から私は去っていくしか無い。

いつまでも、新作ゲームを追い続ける元気はもうない。

何を言いたかったのかいまいち今回もわからない話になってしまって申し訳ありませんが
これまで生きてきた自分を振り返るの話の第二回を終わります
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