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人生に絶望した理由

今、私がいい歳しても定職につけていなくて、かつ、死にたいとか泣き事ばかり言っている。
この現状と、嘆きだけを見れば、叩かれるような悪い印象を持たれても仕方がないような気がしてきた。

過去に何度か断片的にブログに書いたような気もするが、私のバックグラウンドというか
現状に至るまでの過去をかいつまんで振り返って伝えたいと思う。

大学時代の就職活動
まあ、お世辞にも真面目にやっていたわけではなかったのは認める。

大学生の私は、普段は時間にもルーズで、だらしない生活をしていた駄目な方の大学生であった。
当然ながら、ある日を境に突然始まる就職活動。

リクルートスーツを身にまとい、今日はA社、明日はB社などと、人が変わったようにアクティブに行動するなんてことできなかったからだ。

大学からは、わけも分からず「沢山会社を受けろ」と言われても、納得して動くことなんて出来なかった。

とはいえ、全く就活をしていなかったわけではない。

就職課に通い詰めて、ススメられた企業を何社か受けに行ったし、札幌、東京へも何度も面接に行っている。

しかし、厳しい就職戦線
そんな呑気な学生が内定を取るなんてできるはずもなく。

大体、興味のない会社に出す履歴書
志望動機なんて書けるはずがなく(動機がないのだから、当たり前の話だ)
ところが、“大人の事情”というやつで、どうしても書かなくてはならない。

長時間かけて、ひねり出して完成した履歴書を就職課の人にチェックしてもらう

「ここが弱い」とわけの分からないダメ出しをされ、締め切りまで修正作業の繰り返し。

行動を起こすには目的が必要だが、目的がないまま、とりあえず格好だけ取り繕って就活をしていたのだから、身が入らないのは当然のことである。

実は在学中に就活のやる気をなくした重大な原因が1つある。

私は、就活はひどい有様だったが、講義や勉強についてはまじめに取り組んでいた。
講義をサボるなんてことは殆ど無かったし、課題もしっかり提出して、試験の成績も良かった。
典型的な勤勉な学生だった。

底辺の大学だったせいもあって、周りの知り合いは、サボってバイトしたり遊んだりしている人ばかり
やる気を無くして中退した人も知っているし、教室なんて厳しく出席を取る授業以外は、がらんとしたものだった。

そしてそんな知り合いの一人は、遊んでばかりいたのに、内定だけはしっかり取り付けていた。

私が就職課に通っていたのは、大学のコネで受ける会社を紹介してもらうためだった。
サボり魔のその知り合いは、なぜかその就職課から優良企業を紹介してもらって一発で内定をもらって、4年生のほとんどを遊び呆けていた。

私はその事実を知った時、世の中の不条理さを嘆き、一気に就活へのやる気をなくした。
就職課が私に紹介する会社は、聞いたこともないような怪しい会社ばかり。
それでも、本心は全く入りたくない会社であっても、我慢して何社も受け続けていた。

しかし、なんで自分はこんなに苦労しているのに、いい結果が出ないのだろうと憤りを覚えるようになっていった。

そして、世間に取り繕うようにやっていた就職活動を放棄した。




大学を卒業後、私はなし崩し的にフリーターになってしまった。

中学時代から続けていた新聞配達ぐらいしか働いてなかったため、
求人誌を見たりして、フルタイムのバイトを探したり、ハローワークに通ったりしていた。

バイトは色々受けたが、不器用な見た目のせいもあってか、バイトの面接ですら惨敗だった。

有名所はだいたい受けた。

ホームセンター(2回受けて2回とも不採用)、ゲオ、野菜を切る工場みたいなところ、イオン(デパート)、シネマコンプレックス

店の店員なんて向いてないなんてわかっていても、受け続けるしかなかった。

私が働かせてもらえる場所なんて、底辺の新聞配達と、夜中の宅急便の仕分けぐらいしかなかった。
(そして後に働くことになる、市役所の臨時職員)

ハローワークにも通った。
23,24の若いころから、

「あなたのような未経験の人にはバイトぐらいしか紹介出来ませんね」

窓口ではこんな冷たい対応しか取られなかった。

まだ若くて、社会の仕組みとかもわからない人間に、この対応はあんまりだと思った。

正社員の仕事を探しててハローワークにわざわざ足を運んでいるのに、
そこでもバイトを紹介されるんであれば、家でタウンワークとか見ているのとはっきりいって変わらない。

最後、困った担当者は

「職業訓練校行きませんか?」

こんなことを言い出した。

聞けば、パソコン操作を勉強するカリキュラムで、7ヶ月間だか1年間ぐらいお金をもらいながらパソコンの勉強をしてこいというのだ。

もちろん私は言った。

「PC使えるんですけど、こんなの入っても意味あるんですか?」

当時23歳。

「在籍していたら、毎月お金もらえますから」

職業訓練校に入るにも、筆記と面接試験があり、これに受かるために丸1日筆記試験の勉強をする。

そして、試験当日。
私より年配ばかりの受験者のなかで20代の自分はかなり浮いていた。

面接試験では、私が疑問に思っていたことをそっくりそのまま質問された。

「キミ、PC使えるのにこんなところにきて意味あるの?」

私は何も言えなかった。

そして、試験は不合格。

他にも、ハロワ主催の合同企業説明会にも何度か出た。
時間が余ってどうしようか困っていると、私の担当者がやってきて、まだ時間があるんだからどっか受けなさいよと言われた。
でも、もう残ってるのは経験者向けの企業ばかりだからと言うと、私が挙げた会社に事情を話に行く。

それを見てて、「なに無駄なことしてるのかなあ」と私は思っていた。

案の定、断られたり、あるいは、参加しているものの採用条件が厳しすぎて暇そうにしているIT企業では
未経験の私でもなぜか相手をしてくれた。

そこでは長々と面談が続いたが、結果は不採用。
はっきりいって、終わってから気づいたが、暇すぎて私のような話し相手でも見つけて暇つぶしをしたかっただけなんだと思った。

こんな無意味な、無駄なやり取りが続いて、私はハローワークが信用できなくなり、通うのをやめた。


ハロワに通ってた頃、自衛隊のスカウトマンが、駐車場で張っていて、求職者に声をかけていたのだが、
毎日のように行っていた私も、スカウトマンに声をかけられ、自衛隊の試験を受けるように誘われた。

今だから言えるが、あの頃毎日職安通いしていて、最大の収穫は、自衛隊の入隊試験をススメられたことだといっても過言ではない。

入隊試験は4回受けた。筆記試験は問題なかったが健康診断で不幸が重なって落とされた。
健康診査で引っかかると、1年間を置かないと受けられないという決まりがある(履歴に残るため)
その1年を待って、私は年齢制限ギリギリまで何度も受け続けた。
最後の1回は、不景気がひどくなってきて、何もしなくても受験者が集まるようになっていたため、

完全に立場が逆転して、私のほうが頼み込んで試験を受けさせてもらうという状態だった。
3回目までは、誘ってきたスカウトマンがしっかり付いて、受かるための筆記試験や面接の対策法とか
健康診断で注意すべき点などを丁寧に説明してくれたり、試験中も頻繁に声掛けをしてくれたりするほどだった。

だが、最後の4回目は、これらのフォローは全くなくなっていた。
もう私のことなど見限っていたのだろう。




その後は、ネットの転職サイト(第二新卒向け)に登録したり、自分で求人誌を見たりして仕事を探していた。

金に余裕があった若いころは、ネットの求人から応募して、何度も東京へ面接に行ったものだった。
日帰りはつらいため、1回の面接で1泊2日か2泊3日滞在する。
大体2泊3日のほうが多かった。

なぜなら、日帰りだと、土地勘がないため、会社の場所がわからず、もし面接の時間までに見つけられなかったら、遅刻という扱いで減点対象になりかねないから、1日目は会社の場所を下見しなければならないためだ。

2日目に面接。
面接の時間は、たいてい午後2時とか、それぐらいの時間になる。
そこから1時間から1時間半、拘束されると、自由に動けるようになるのは、早くて3時過ぎ。
飛行機の最終便が17時発とかなので、ダッシュで山手線から羽田まで乗り継ぐとなると、時間的にかなり厳しい。

ホテルに戻って、着替えて荷物整えてなんてやってると、徒歩の移動時間も考えると間に合わない。

それで、2泊して、どうせだから、面接だけして帰るのももったいないし、
ってことで、2日目の夕方から3日目の15時ぐらいまで、都内をブラブラ観光して遊んでいた。

ホテルは、全部安いカプセルホテルだ。
そんなところに、贅沢をしていられない立場だからだ。

まだ私が、都内に面接に行っていたときは、ネカフェで泊まるという行為が普及していなかったので、カプセルホテルに泊まっていた。



そんなこともしながら、私が初めて就職できたのは、
中学時代から新聞配達をしていた新聞販売店だった。
就職したといっても契約社員だ。

職場環境が悪く、仕事自体が辛かったが、半年間は勤めていた。

やめてしまったのは、仕事が嫌だったのも大きいが、家庭環境にも事情があった。

朝5時出勤なのに、毎日、植物状態の妹を寝床に連れていくために、23時過ぎに内線電話で起こされる。

会社からは、朝早いから夜21時には寝ろと言われていたが、こうやって毎日起こされるので、十分な睡眠時間がとれない生活がずっと続いていた。

急に契約社員の仕事が決まったこともあり、忙しくて文句をいう暇もなかった当時の私は、我慢してこの生活スタイルを続けていた。

しかし段々と無理がたたってくる。

ある日、寝坊をして、出勤途中に居眠り運転が原因で、電柱に60kmのスピードで思い切り正面衝突する事故を起こした。

車は大破し、私は頭が切れて血が流れていた。

このような自分自身への負担が大きくかかる仕事を、自分だけの力で長続きすることはできず、
家族と何度も話し合った結果、私が仕事を手放すことで結論が出た。

仕事をやめたことは、事情はどうあれ、全部私のせいになっている。

そしてこのことを周りに突っ込まれようがいちいち反論して来なかった。



その後、市役所の臨時職員をやったりして、騙し騙し生きてきたが、それももう限界に達している。


このエントリを書き始めた原動力となったのは、
先週、ハロワで職員と面談した時に、

「今まで何してたんだ?」

blog0527.jpg

麻生太郎の有名なあのシーンを思わせる一言をつきつけられ、
これに頭に来て切れてしまったのだった。

その時、むかついた私は何をして帰ったかよく覚えていない。

人は本当に腹がたった時、周りがなんにも見えなくなって、自分が何をしたかも記憶に残らないぐらい我を忘れることがわかった。

なんか大声で文句を言ったはずだとおもうのだが、その内容をはっきり覚えていない

人生でもこれだけカチンときて、自分でもわけがわからなくなるということは、数えるほどしかなかったとおもう。
ほかだと、新聞販売店を辞めるかどうか家族で話し合ってる時に、理不尽な受け答えに切れて親をぶん殴った時ぐらいだった気がする。

そのあと、近くにあるデパートで、いつも時間を潰していた休憩所でアイスクリームを食べていたことは覚えている。



その次の日にも頭にくることがあった。

詳細は説明がめんどくさいから伏せるが、自衛隊に勤めている人と顔を合わせることがあった。

唐突だが私は自衛隊員が大嫌いだ。
仕事や入隊試験で何度も自衛隊の敷地や建物に入ったことがあるが、あんなところで働いていて社会人ぶられても私は納得出来ない。

自衛隊は自衛隊でつらいところはあるんだろうよ、だがな、そんなものどの会社でも一緒なんだよ
つらいことを我慢したって、民間企業とかは、雀の涙みたいな給料しか得られないんだ。わかるか?

税金で自分の身体鍛えて、プライベートは贅沢三昧。

おれは、そんな自衛隊員ばかりみてきて、自衛隊に入れなかった恨みよりも、周りで贅沢している自衛隊員がむかつくようになっていった。



最後は個人的な妬みが入って余計な熱が入ってしまった。



色々やってきて、お世辞にも精一杯努力したとはいえないが、私は疲れてしまった。

もう頑張ることに疲れてしまった。

私が、自虐的になっているのは、そういう理由があったからだ。
よく書いているがホームページがうまくいかないとか、そんなネット上の出来事なんて付随的なものであって、
私が自虐的な気持ちになっているのは、現実の人生でさんざん辛酸を味わってきたからである。

おれが良く言う、貧乏くじばかり引かされているという口癖もなんとなく理解してもらえたんじゃないかとおもう。

なんかよく、「仕事は選ばなければいくらでもある」とか言う台詞がある。

仕事を選ばなかった結果が私のような落ちこぼれを生み出した。

20代前半は、若さとか余裕があったから、バイトも含めて、こだわらずやってきたつもりだ。

しかし、気づいたんだよ、
いやこれぐらいの歳になったら誰でも気づくんだろう

求職登録したときにハロワから渡される本にも書いてある

「まず自己分析をして、やりたい仕事、職種を決めましょう」

これに対して、どうすべきかとか答えを書ける大それた身分ではないからこれ以上は書かない。
というか、私自身の話以外は、もういちいち書く気も起きないから省略する。
もう、最近は以前のように文章を書いたり屁理屈をこねる気力すら湧いてこない。



たぶん、ブログ見に来てる若い子とかには、私の歩んできた人生や経歴をいくら事細かに説明しても理解してもらえないと思う。

わかってもらいたくて、なぜこういう思想に至ったのか?
うだつのあがらない身分に甘んじているのか?

そういうことを、反面教師にもなるだろうと思って一生懸命書いてみたのだが、私の腕では人を説き伏せるような文章を書くことは無理のようだ。

ちゃんとやることをやっていれば底辺の人間になんてならない
死ぬ気で頑張れば、努力すれば社会復帰や軌道修正なんていくらでもできる

若いころは私もそんな風に考えて生きてきた。

ところが、世の中ってのは、ゲームの世界みたいになんでも報われるようにはできていない。
攻略本があって、攻略本のとおりに動けば、希望通りの会社に就職して、何事もうまくいく

そんな都合の良い仕組みにはなっていない。

私という人間を理解してもらうために、数日間かけて、無駄な部分は省いて書いた。

終わります。
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