うちは家族との仲が凄く悪いから

仕事一つ辞めるにしても、いちいち親の目を気にしていたのは、家族でありながら仲が非常に悪いからです。

別に、私が、いつまでも仕事決まらなくてプラプラしてたから関係が悪化したんじゃなくて、昔から。

家族なら普通味方になってくれたりするものですが、そういうものはうちにはない。
ガキの頃から冷えきった家庭で育ち、小学生の頃は、2人してパチンコ三昧
夜暗くなってこないと家に帰ってこない、いわゆる鍵っ子だった。

だから、親父がゲームジャンキーだっただけでなく、ゲームへの知識や造形にのめり込んでいったのは、家に帰っても一人ぼっちでやることがなく、仕方なくゲーム雑誌を読みふけったりゲームをやったりなどしていた。
おそらく、これも奇形児として育ってしまった原因の一つとしてある。
(この小学生中学年頃から、大手ゲームメーカーの特徴や作品を把握していた、ちょっと異常性のある子供だったと思う)

それでも、私が小さかった頃は、まだ親の庇護を受けていた。

植物状態の妹が生まれてから、そっちにかかりきりになり、私は次第にほうっておかれるようになった。

会話をするときは、子供の頃から喧嘩腰で、和やかに話をしたことは数えるほどしか無い。

子供は、黙って親の言うことを聞くべきだ。
誰が飯を食わしてやってると思っているんだ

という、今となっては完全に崩壊した価値観が、私の家には今も息づいている。

私は、ずっとこういう家庭で育ってきたから、一般的な物の見方が出来ない。
冷静に、客観的に見たら、私の家庭は昔から家庭崩壊一歩手前だったのが、奇跡的に続いている状態なのだと思う。

23日は祝日で、親父は休みだったが、私は仕事だった。
いない間に、部屋を家捜しされて、ものが勝手に取られていたり、捨てられていたりというのは当たり前にある。
部屋をノックせずに入ってくるのだって当たり前。

これを逆の立場になって、私がやれば、しこたま怒られる。


だから、ある出来事で家を出るチャンスが訪れた時、私はどれだけ嬉しかったことか。
何度も、これまで何度も、私は、家から出たいと思い行動に起こし続けてきた。

母親は、長年仕事につけない私について、障害者であるという見解を譲らず、リアルカイジのような作業所に入れたがっていた。

いっぽう、親父は、稼ぎがなく苦しんでいる私に対して、最初は、本当に怒っていたのであろう。
しかし長くその状態が続けば、弱みを握って好き放題に掌握できる。
本心はそう思ってないのかもしれないが、勝手に部屋を覗かれたりされているのを見ると、俺は完全にモルモットとして支配されていると錯覚してしまうほどだ。

人生に絶望している大きな理由の一つがこれだ。
思えば、ちゃんとこのことをここに書いたことがなかった気がする。
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