鬼の首取ったように批判されているのはなぜなのだろうか…スタミナ課金

唐突だが、私はケータイを持っていない。
ケータイを持っていないから、当然スマホも触ったことがない。

マジだ…。マジである…。60過ぎのジジイならあり得る話だが、自分を自分で化石人間だと思っている。

使わないものに金を払いたくないから、持たないだけ。
田舎で暮らしている以上、極端に不便することもない。

で、その前提を踏まえた上で日頃思っていること(は、たくさんありブログに記していきたいのだが時間がなさすぎる)。

ソーシャルゲームの、特にガチャ課金、スタミナ課金、そしてカード集めやら、ゲーム性の薄いゲーム内容

いずれも叩かれまくっているが、
実は私。今の風潮がそんなに嫌いではない。

なぜか!?

私は、レトロゲームを愛する、古風なヘヴィゲーマーである。
しかし、私は、ゲームの中でまで苦労したり努力したりするのにもううんざりしていた。

もちろん、そういうゲームが嫌いじゃないし、今も、今で言う「切り売り型」ゲームも楽しんで遊んでいる。

ゲームとは、
昔から、ゲームクリアを目標に、ひたすら試行錯誤と努力を繰り返すものであった。

だが、私はそんなゲームばかりにも一方で嫌気が差していた。

以前、ゲーム配信していた頃の、私のぼやきを聞けばわかるが、
マリオギャラクシー2では、しんどいステージでは素直に「しんどい。これいらない」って
コントローラーを置かなくとも、良くそうやって根負け発言をする。

クリアしても「…なんか疲れただけだわ、これ」って言うことも多い。

この発言の真意は、つまりは、そういうことなのである。
(ちなみに任天堂とマリオの名誉のために断っておくと、マリギャラ2は大いに楽しんだゲームだ。3Dランド2だとかNewマリオで手抜きばっかりしてないで、コテコテの3Dアクション…2Dでも構わんが。きっちりしたのを早く作れと言いたい)

ブレイブリーデフォルトというゲームがある。
廉価版が12月に出るのだが、3DSゲームでは珍しく、スタミナ課金を導入したのだが、ツイッターではなぜかやたらと叩かれている。

叩かれる理由は簡単で、コンシューマーゲーマーに支持されてるゲームで、その層が最も嫌うことを実験的にでも導入してしまったからだ。

廉価版でこれだけ叩かれるのは、続編でも同様のシステムを取り入れることが想像できるからなのだが、
それにしたって、私から見て、反対派の意見はどれも、ナンセンスにしか聞こえないから困っている。

“廉価版”に限っては、無印を体験済みの人が主に文句を書いている。
しかし、プレイ済みなら、ゲーム内容をわかってるはずで、スタミナ課金するほどキツイゲームじゃないのもわかるはず。
(それどころかゲーム後半なんかあくびがでて寝てしまうほど退屈なゲームであった)

なにより、中身を知っているのだから、経験者にとっては全く課金する要素などない、
未プレイ者でも、攻略が出揃っているので、どうしても金払いたくなければ、攻略サイトでも見ればいい。

おまけに、スタミナだから、時間でポイントが溜まっていき、課金しなくても時間を犠牲にして使うことができる。

課金制度を入れることで、ゲーム性が壊れる、など仰々しい意見が出ているのを見ていると、思う。
「はぁ・・・その崇高なゲーム性とやらは、何を根拠に言っているのやら・・・」

昔のファミコンソフトなど、理不尽で、クリアできずに断念したゲームは数多い。
それを小銭払って解決できるのなら、それもひとつの手段としてありなのではないか?
私はこう思っている。

→金を払ってクリアする。
→金を払わずあくまで自力でクリアする。

この二択の選択肢が出来ただけであって、それ以上の意味はないのではないだろうか。

コメントでちょっと話したことだ。

1989年。PCエンジンでニュートピアというゲームが出て、そこそこ楽しかったので、終盤までプレイした。
ところがラスボスらしきところ(確かでかい亀みたいなやつだった気がする)がどうしてもクリアできなかった。
当時、ゲーマーの腕としては頂点だった親父。そしてまだ幼くゲーム下手だった私。
2人がかりで交互に挑戦してもどうしてもクリアできず、そのまま売り払われてしまった。

これを金の力で突破できたのなら、おそらく当時の親父は、金を払ってでもクリアしたのではないかと思う。

もう、何時間も挑戦して、満身創痍。悔いはないところまでやっても、クリアできなかった。



あと、私。ゲームレビューとかカッコつけてやってたけど、ゲーム内容にはあんまりこだわりを持ってない。
面白ければそれでいい。手段は問わない。

なんかつまんない、退屈ってのは、何か原因があるからだ。
ステージ構成が悪いとか、なんか単調で、ゲーム内アイテムの価値の優劣が出来てないとか、つまらなくしている理由は、実に身近で些細なところにあることが多い。

それで、ボタンポチポチ押してるだけでも、なんか反応があって、リアクションが返ってくる
そのリアクションが面白く感じられるのなら、それは面白いゲームでいいと思っている。

いわゆるソーシャルゲーム然としたゲームは、ヴィータ版のミリオンアーサーしかやったことがない。
だがあれはダメだ。ヴィータであんなもの遊べたもんじゃない。課金は面倒だし、本体は大きくて気軽に遊べたもんじゃない。
ああいうのは小型のスマホだからこそ楽しめるものだと感じた。


暇つぶしにちょこちょこ遊ぶ。ゲームらしくないゲーム。いいじゃない。
私が中途半端にネトゲに手を出してたのも、色んなゲームに触れたいがため。
ゆるいドラクエ10が長続きしたのも、このへんの思想によるところが大きいのではないだろうか。

クリアするためだけに、努力を強いられるだけがゲームじゃないだろう

そもそも、スポゲーなんて、1年後にはデータが古くなってごみとなる。
(まあ、私みたいに、野茂が日本にいた頃やクロマティが巨人にいた頃の野球がやりたいとか言う奇特な人以外は、まず旧版は触れられることはないだろう。誰だって最新データで遊びたいものだ)

楽天優勝の次の日、たまたま電気店に用事があって立ち寄ったら、ものすげえパワプロが売れていた。
でもあれも、価値があるのは今だけで1年後には新データバージョンが出れば、多くの人からすれば価値がなくなる。
そしてスポゲーなんて、ゴールもないし、気の済むまでプレイしたらポイだ。


ほんとに、携帯ゲーとかソーシャル、リップサービスできらいじゃないよとか言ってるわけじゃなくて、
私の思想的にはこういう考えがあってこそのものだ。


ちなみに、実際ケータイを持ちだして、はやりのソシャゲを遊んでも、
無課金を徹底するなんて意思の強いことはしない。

逆に散財するってこともないが。
ここで、さんざん無課金で頑張ってきたが、もう無理。これは課金しないとってときは課金するだろう。

ガチャ、スタミナ、これらの課金。
いい大人で自制心をコントロールできる人であればあるほど、そんなに毛嫌いされるものだとは思わないのだが。

自称ゲームを愛する人からすれば、金で解決できることが相当腹ただしいのだろうか。

RPGのネトゲでもそうだが、コンプリートや一番取れなきゃ嫌なんだろうか。

旧来のゲームは、ゲームをコンプリートするためには時間を使うしかなかった。
それがお金に置き換わっただけだと私は認識している。

スタミナ課金だって、いくら暇人でも一日中同じゲームずっとはやらないでしょう?
金払ってまで今は遊びたいってときに、軽く課金すればいいんだろうし、ゲーム会社だってほどほどを想定しているんだとは私は思っていますよ。

こういう考えを持ってしまうのは、中途半端にゲーセンへ出入りしていたからだろうか・・・。

そんなに、ワンプレイに金を継ぎ足すことに、抵抗感はない。

眠れない日
勢いに任せて書いてしまったため、論点がずれまくりになってしまったが、いい。
このブログで書かれる文章は、こういうノリだ。

寝る。
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