小説の書き方についての考察 (4)

前回の続き。

・登場人物の作り方/描き方について

小説には不可欠な要素として、物語の土台(舞台・設定)が必要だとすでに説明した。

次に必要なのは、そこに出てくる役者、スポットライトの当たる主要人物である。


これについては、立ち位置や力点が、人によってかなり異なると思うが、自分的に最終的な結論は次のとおりだった。


・登場人物というのは、物語が進む上での歯車に過ぎず、作家の決めたストーリーに翻弄される存在。それ以上の存在になってはならない。

なぜこんな冷めた、低い位置に置くべきだという結論に至ったのか?理由はきちんとある。

・作者が、自分の作った世界に登場する人物に、過剰に思い入れを持つと、たいていろくな事にならないから

こうやって、合理的な考え方にすることで、とにかく、判断に迷った時に、いちいち迷わずに客観的に物事を決めていくことが出来る。

あと、この結論に至った理由はもう一つある。

それは、最初に小説を書き出して、ぶちあたった大きな壁。
異性の描き方である。

異性、自分の場合は女性は、どういう立ち振舞をするのか、どういう性格がいいのか、しゃべり方、考え方
そこまで深く考えて、変に虚構の世界にリアリティを重ねあわせた結果、
男性から見た理想の女性像みたいな、薄っぺらでうそくせーキャラにしかならなかった。

これをどうやって解決すればよいのか、やっぱり、異性としっかり付き合ってるという経験がなければ
小説を書くことすら出来ないのか、3年の間、割と真剣に悩んだものだった。

ところが、虚構の世界に、現実世界の女性像を必ずしも持ち込む必要はないと気づいた時、この問題は実にスムーズに取り除かれた。
あくまで、そのキャラは男か女かだけで、それ以上の意味はなく、女であっても性格次第で考えは違うわけで、それを性別で過剰に意識して、影響されてはならないってことだった。

それを踏まえて、キャラの作り方について簡潔に書く。

高打率の専業漫画家CLAMPは、キャラクタを作る時、1人1人の履歴書を作ると言う話をしていた。
そうやって、時間と手間を掛けることで、高打率の漫画家として食っていけてるのだろう。

だからそれを模倣するのがある意味正解なのかもしれない。

が、自分の場合、手間を掛けずに楽にやれる方法があるなら、それを使うほうが望ましいと思ってる。
それは、小説を書こうとか、今のおれみたいに、リアルが追い込まれて死ぬか生きるかサバイバーな状態で
一発逆転狙うしかねえって言う詰んだ人間が、賭けでぶつかる時、手間暇掛ける余裕が無い。

余談だが、今、本当におれは金に困っており、夜間の宅急便のバイトに不本意だが働きに行くほどほんとに困っている。
そして、あれだけ嫌っていたアフィに手を出したくて、申し込んだが審査に落ちるという惨憺たる結果に苦しめられ
リアルに知り合いがいなくなり、ネットでこうやって困ってる助けてほしいと何年も、ブログや自分自身の声を動画に乗せて訴えても、心ない野次や、上から目線で馬鹿にするような、輩ばかりで絶望に屈している。

ほんとに精神的に、ヤバい状態で、同しようもない状態にまでなってしまっている。

そこで、キャラクタの作り方の手軽なやり方を、3年の間、漠然と考え続けて、考えがまとまってきたので、ここにそれを書く。

それは、非常にお手軽で簡単で、わかりやすいやり方で、メモ帳に走り書きするぐらいで良いし、
小説を作ってる間に改変したくなったら簡単に修正できる融通の効く作り方だ。

キャラ1人に対して、容姿、性格、体格、髪型、勢力、性行為では受け攻めかSかMか等、いくつか簡単な項目を作る。
それに対して、簡単にカテゴリーを作って分ける。

あとは、動画サイトなり、通販サイトで、検索用に付けられる、タグ、みたいなものを“特徴”の欄に付け足していく

かわいい、純粋、ぽっちゃり、気が小さい、

こんなかんじだ。

ようは、ゲームのステータス画面みたいなものを想像してもらう。
人の外見、内面の基本項目に、状態(属性)を書き込んで、特記事項の“特徴”欄にその人物の特徴をタグ形式で書き出していく。

それから、もう一つ重要なこと。

正義と悪が絶対に存在しなければならない。

正義と悪というのは、説明する上でわかりやすくするために敢えて使ったのだが、

主人公が属する勢力A、悪役が属する敵対勢力B、中立的存在の勢力Cなど

これを作るのはなぜかというと、勢力同士にはそれぞれ主義主張があり、
物語を作る上で、これがぶつかり合わなければならない

で、おおまかなストーリーラインを考えた時

最初に書いたが、
・登場人物は物語を進める上での歯車でなければならない

これが生きてくる。

こういう状況に陥った時、こういった立場で、こういう性格を持ったキャラは、どう動くのか?動かすべきなのか?

常にこの、瞬間瞬間を作者は考えなければならない。

その場合、下手に登場人物に感情移入してると、判断に迷ったり、読者からすると、支離滅裂に見える行動を起こして反感を買ったりする

だから、歯車以上の存在には考えてはならない。

こういう考えは、自分自身は、一度もやったことがないが、テーブルトークRPGに触発されている。
厳密には、小学生の頃、それに近い遊びはやっていたのだが、本格的なきちっとしたTRPGはやったことがない。

ぶっちゃけると、TRPGのリプレイを書く形式に自分の考え方は近いものがあると勝手に思っている。



超長文で、具体的な小説の書き方を今回、書いていて、わかりにくかったり、納得行かない内容になっていると思う。

最後に、もう2つほど書いてこの話を終わろうと思う。


いわゆる、バトルシーンについて。

人と人がぶつかり合う、バトルシーンは、小説において、必要不可欠な要素の一つである。

ドラゴンボールみたいに、超人同士が能力を駆使して戦うシーンを想像するだろうが、ここでの話はそれに限定したものじゃない。

大半のジャンルでは、形を変えて、人と人の主義主張がぶつかり合うシーンを表現するためにバトルシーンが使われる。

時には遊戯王のように一定のルールに則したカードバトルがあるだろう、
あとは、車に命をかけている走り屋たちの物語なら、ドライバーテクニックを競うために公道をハチャメチャに走りまくって、喧嘩するだろう。

ファンタジーなら、騎士道とはなにかと言う行き違いで、剣を交えて決闘するなど、
バトルシーンと一口に言っても、様々なシチュエーションがある。

これらを描く時、バトルシーンとは何か?を理解していないと、なにとはいわないが、ただ力と力をぶつけあってワンパンで勝負が決まる薄っぺらでつまらない、なんだこれってものが出来上がる。

戦うことで、力をぶつけあうことで、その過程で、主義主張を通すために、お互いがぶつかる。
その時使われる、戦術なり能力なり、剣、車、なんでもいい、
それらの道具は、登場人物の個性が具現化したものでなければならない。

これを徹底している作家や作品は、バトルシーンが面白いものになっている。

バトルシーンなんて色んなモノがある。

自分はトレンディドラマも沢山見ていたので、男女のカップルがぶつかりあって痴話喧嘩してたり
三角関係で、女同士が口喧嘩してビンタしたり、しあったり、ものを投げ合ったり

あとは夫婦喧嘩など、

これだって、バトルシーンと括ることが出来る。


ちょっと説明が多くなりすぎて、疲れてしまった
本当はもう一点、考察(2)で書いた、自分にとって特別な作品を持っておくべきという話に繋げたかったのだが、次回に続く


※ここらで最後に※

この考察は、他人が小説を書けるための手助けのためにやっているわけじゃない。
こんなの、実績のない人間が書いているだけで、参考にならないだの、間違ってるだの、難癖をつけるのは簡単にできることだろう。

これは自分に言い聞かせるために、考えを整理整頓するためにやっているだけで、他人にとって得になる情報じゃない。

個人的には、専業作家の講義は、どれも素人が実践するには難しすぎる気がして、自分なりに咀嚼させたのがこのシリーズのエントリだから、参考になるならないの価値観と戦うつもりは毛頭ない

それだけは断っておく。
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