山根ともおという男

昨日がちょうどブログ更新日だったので、夜1時間半かけて文章を書いていたのだが、記事用にスクショまで撮影するぐらい気合いが入ったエントリだったのに、没にすることにした。

なぜなら最近このブログは“意外と見られている”ということが分かってきたからだ。
いや、アクセス解析の類は付けてないから、実のところどれぐらいみられているのかは分からない。
勝手に登録されているブログランキング(参加を解除したい)の順位が“全くアクセスが無い状態”ではないことを示している。

そうなると、なんでも好き勝手書いていた初期の頃と違って、特定されたくない情報も含んでいるため、ある程度言動を選んでいく必要が出てくる。

なので、昨日のエントリは悩んだ末にお蔵入りにすることにした。
(結構面白い話になったのだが...)
ちなみに、仕事の話について自重するつもりはない。

今日の本題に入ろう。

私が巡回しているサイトの一つ、ゲームクリエイターいわさきひろまさ氏のブログで面白い記事がアップされた。

1989年3月 - 山根ともおとの出会い
山根ともおというヤツ

改めてざっくり書くと、いわさきひろまさ氏は何をしてる人かというと。
昔PCエンジンでイースI・IIをCD-ROMROMに移植した人、バケモノRPG、天外魔境IIを作った人。
その後は開発者の視点で電撃プレイステーションでゲームレビュアーをしていた人である。

そしてこの山根ともおという人は、表舞台に出たことのない人だから知っている人は限られると思う。
黄金期の日本ファルコムで仕事をして、退社後は才能を活かしてフリーでドット打ちの仕事をしていた人。
代表作はやはりイースI・IIである。

彼(山根ともお)絡みのエントリは、やはり何度見ても笑ってしまう。

人としてはもうどうしようもない駄目人間だけど、なぜかゲーム作りの才能にだけは異常なほど長けていて、そしてそれが評価されていたのが、昔のゲーム業界だった。

今のゲーム業界は、頭が良くていい大学を出てて、マニュアル通りのカリキュラムを受けて、出来ない人より出来る、まあ商売に使える程度の無難なグラフィック(プログラム)が書ける腕がある、そんなヤツらの集まりだ。

そんなヤツらばかりが集まったって面白いゲームが作れるはずがない。
これどっかで見た、ああこのパターンだ、そんなゲームばかりになる。

私はこのブログでも現在のこのどうしようもない惨状を口を酸っぱくして言い続けているが、何もいわさき氏のブログに感化されて書いているわけではない。ずっと前から思っていることだ。

今と昔じゃ事情が違うということも分かっている。今は人海戦術でゲームを作るから、一人が優秀でも大した意味を持たないことも分かっている。

おまけにゲーム自体が溢れかえっていて、いいゲームを作っても、埋もれてしまって話にならない。

だが、やはりこんな時だからこそ、こういった突き抜けた人材が必要だと私は思っている。
部外者がこれ以上妄想で語ることはできないが、ゲームクリエイターのサラリーマン化は害悪としか思えない。

今はいかに利益を上げられるか?そろばん弾くのが上手い人ばかり評価される。
もちろん、昔からゲーム屋も会社である以上そうだったけども、今ほどではなかったと思う。

そしてもう一つ。

ゲーム機は性能が上がって何でも出来るようになったが、代わりに夢が無くなってしまった。
ちょうど、立体処理が主流になったプレイステーションが出た頃からだ。
制限が多くても平面処理が主体だったゲーム機の方が、五感に訴えかける演出が遥かに多かった。
平面処理で苦労して立体的な演出を入れてみると、実際に立体処理のゲームよりも立体感が感じられたものだった。

しかしプレステが出たとき、まさか今のようなことになるなんて誰も思わなかった。
ゲーム機の性能が上がって、さらに面白い夢を与えてくれるゲームが出てくると開発者も遊ぶ側もみんな思っていた。

かつて見えないところで活躍していた人間業とは思えないドット職人&プログラマ達の復権を願う...
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