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素人のゲームデザイン考(1):カメラワークについて

沢山ゲームレビューしてきたというが、どういったところを見ていたのかというのを、最近文章化出来る目処が付いた。
それをシリーズ化して、いくつか記していきたいと思う。

なお、断っておきたいのは、筆者は、ゲーム技術者でもなければ、ゲーム開発に携わったこともなく、これといった勉強もしたことがないズブの素人だ。
ただ異常な数のゲームを体験してきて、その上での考察であることを断っておきたい。





今回のお題はカメラワーク
1994年末、PS1/SS/N64以降、ゲームにおいてポリゴンによる3次元的表現が当たり前になったことで、ゲーム作りにおいて、カメラワークという、表現技法が登場した。

平面的処理が主体だった頃は、そもそもカメラワークという概念が介在する余地がなかった。
ゲームを動作する、マシンパワーが、立体的処理出来るほどのちからを持っていなかったため、どこまで行っても2Dの平面処理の壁をぶち破ることが出来なかったためだ。

いくらゲーム側で、三次元的な演出や、立体感を出していても、それは擬似的なものでしかない。
つまり、昔のゲーム開発者というのは、制約が厳しい中いかに工夫して映像を表現するかということに異常なほどのリソースを割いていた。

具体的に、昔のゲームが、どのような形で表現されていたのかということを、わかりやすく説明する。

方眼紙の上に、コマ(プレイヤー、敵、障害物)を置いて、その上でコマ同士をぶつけあう程度のものだった。
プレイヤーは、それを真横(サイドビュー)からみたり、真上(トップビュー)から見下ろすといった、ゲームが成立する視点から見てゲームをプレイする。

真横から見てる、真上から見てるというのも、それは、そういう設定にされたゲームというだけであって、方眼紙を一定角度(真上)から見ているという仕組み自体は一緒である


これは三次元処理が主流となったゲームでも、原理的には変わらないが、ポイントなるのは、三次元処理のゲームでは、コマ(プレイヤー)の一人の視点からゲームを遊ばせることが出来たり、視点を自由に動かすことが出来る。
しかし、昔のゲーム機は、一度決められた視点を変えることが出来ず固定するしかなかったため、真横から見る、真上から見るような、いわゆる決められた神の視点と呼ばれるところからしかゲームを遊ばせることが出来なかった。

ざっくり過ぎるだろ・・・と思われるかもしれないが、専門用語など一切使わず、誰にでもわかるような説明の仕方となると、これぐらいシンプルにものになる。

まあ、ゲーム機によっては、

・方眼紙を3枚まで重ねて、それぞれを自由に動かすことが出来る(スーパーファミコン)
・方眼紙のうち1枚を好きな角度から見せることが出来る(スーパーファミコンの回転・拡大・縮小処理の応用機能)

こんな素敵機能を備えていたりするが、基本的に平面処理のものを擬似的に立体化するための補助機能でしかない。

方眼紙を好きな角度から見せることが出来るというのは、有名所で具体例を出すと、

・F-ZERO(任天堂)、スーパーマリオカート(任天堂)
・ファイナルファンタジーシリーズの飛空艇(スクウェア)
・パイロットウイングス(任天堂)

このへんになる。

これらの例を想像すると、実質的にスーパーファミコンの時点で、3次元処理が可能になったのでは?という話になるが、それは違う。

方眼紙を制限なく好きな角度から見れることで、モニタの中に3D空間が広がっているかの錯覚を感じるほどの表現力を実現しているのは確かだが、ここで一旦冷静になってほしい。

しょせん色んな角度から方眼紙を見せれるようになったところで、それはどこまで行っても、紙ッペラ一枚を、ぐるぐる回したり斜めにしてる程度で、厳密に3次元空間が広がっているとは言いがたい。

1枚の書類を、遠ざけたり近づけたり、ぐるぐる回したりしているだけであって、原理的にはこの上にコマを置いて、ゲームをやりとりしているだけで、やっぱり二次元の平面処理なのである。

スーパーファミコン辺りになってくると、これができるようになった、あれができるようになったという話が出来て、
それ以前の、PCエンジンは、メガドライブは、PC88は、ファミコンは、こういう制限があって、とか
知識自慢や懐古に浸って、色々喋りたくなるが、カメラワークの話から大きく逸脱してしまうためにこのへんで締める。





それでは、ポリゴンによる三次元処理が主流になって、ゲームの遊ばせ方がどのように変わったかということを述べる。

前段でも軽く書いたが、全てが平面処理で構成されていた(せざるを得なかった)時代のゲーム機と、大きく変わった点がある。

・固定された神の視点の呪縛から解き放たれ、あらゆる角度からゲームの世界を見せることが出来るようになったこと

先ほど、平面処理のゲームの仕組みについて、方眼紙に例えた。
これが、ポリゴンを用いた三次元処理になると、事情が大きく異なってくる。

世界に凹凸(おうとつ)を付けることができるようになったことで、方眼紙で例えることができなくなる。
例えるなら、ミニチュア、ペーパークラフトが舞台となって、これをあらゆる視点、角度から見て、ゲームを遊ばせるという形へと進化した。

ここで、必要となるのがカメラマンの存在だ。

なぜなら、これまではある一定の固定された視点があったために、そんなものは必要なかった。

もっと厳密に書くと、ゲーム界からすれば、その概念自体不要だったから、必要なかったというよりも、意識する必然性が出た、という方が適切である。


だからゲームは進化したんだよ!テクノロジーの進化って凄いね!終わり

ゲームで飯食ってる著名人なら、この程度で原稿料が出て凄い面白いタメになったとかチヤホヤされてWin-Winなのだろうが、この話はここで綺麗には終わらない。

ここからが本題となる。

このカメラワークの概念について、ゲームをどのように見せていくべきかという方法論が、今回のお題のメインとなる。

カメラワークについては、大きく2種類の方法論がある。

・開発者が予め設定した視点で見せていくタイプ。
・プレイヤーを中心として、常に一定距離を保ち、プレイヤー自身がそのカメラを必要に応じて操作するタイプ。

RPGの移動パートでは後者、戦闘パートでは前者というように、厳密には合わせ技で構成されているものがほとんどだったりするが、基本的に、ゲーム内で極端に比重の大きい方を“採用している”こととしている場合が多い。

それぞれに一長一短と、性格がある。このエントリでは、そこについて切り込んでいきたい。

あと、前置きとして、ややこしくなるので、いわゆる箱庭系ゲームというか、3Dフィールドを徘徊するタイプのゲームを主軸として書く。
ポリゴンだけど、横スクロールアクションとか、3D格闘ゲームとか、そういうのを含めていくと、ごっちゃになって説明が面倒になるので、そぎ落として書く。




開発者が予め設定した視点で見せていくタイプ

プレイヤーの位置によって、開発者が適切だと思った、或いは、見せたいカメラ割りが自動で行われる

メリットとしては、

・カメラマン(視点操作)の制御プログラムを作る必要がない
・コントローラーに、カメラ操作の割り振りがいらないので、そのぶんボタンの数を減らしたり、空いた部分を別の操作に使うことが出来る
・陳腐なマップデザイン(極端に言えば単なる一本道のマップ)でも、カメラの演出一つで、見栄えの良いものに魅せることが出来る
・都合の悪い部分、見えない部分は作らなくていい、もしくは、見ることのない部分、裏データをごまかしてメモリ削減出来る(ゲーム機の性能が上がった現在ではほとんど考慮されないテクニック)
・カメラ操作がないので、プレイヤーをその分ゲームに没頭させることが出来る
・総括すると、全般的に開発者に都合の良いカメラワークを設定できる

一見、開発者に都合が良いシステムに感じるが、デメリットもかなり多く存在している。

・当然のことながら3Dフィールドのすべての部分に、開発者がカメラワークを設定しなければならない
・見やすい遊びやすいだけでなく、カメラのカット割りの演出にセンスが求められる(3Dらしさや立体感を出す必要がある)
・方角を見失うような突飛な視点になりがちである
・視点の切り替わりのタイミングや決まり事に対して慎重になり、配慮しなければならない
・行ったり来たりするゲームの場合、ビハインドビュー視点の仕様だと“行き”は奥へ向かっていたが、“戻り”では、カメラに向かって手前に走り続けるという、滑稽な状態に陥る場合がある(この場合、逆戻りしても激しい違和感を与えないカメラワークにする必要がある)
・開発者に都合が良いといっても、マップの構造が意外と把握しづらいなど(特に方角が迷いやすい)、自由自在にやれる部分が思っていたよりは少ない。
・プレイヤーを映す視点の角度が突然切り替わると、プレイヤーの進行方向と入力方向に誤差が出る問題

これは、奥へ進むために、スティックで上を入力していたのに、曲がり角で突然、カメラが切り替わって、
入力方向がおかしくなってしまう問題。

図解したら一発で分かる話で、お絵かきツールで書いてみたのだが、惨憺たる有様だったために困っている。

この問題を回避するためにバイオハザードでは操作方法にいわゆるラジコン形式を採用していたが、結局直感的なインターフェイスはどっちかという話になっていくと、スティック操作へと収束していった。





プレイヤーを中心として、常に一定距離を保ち、プレイヤー自身がそのカメラを必要に応じて操作するタイプ

今現在、主流となっているシステム。
ハード性能が上がった現在だから主流というわけではなくて、3Dゲーム黎明期から、3Dにするんだからこっちのほうが良いだろうと、実は意外と、こっちを採用しているゲームのほうが今も昔も多い。

左スティックで移動、右スティックでカメラ操作
と言う、操作方法が確立されているが、個人的にはこれが最適解か?というと、まだまだ操作形態については模索する余地があると思っている。

3Dゲーム黎明期の傑作、N64「スーパーマリオ64」は、それなりに良いカメラ割りがされていながら、Cボタンの左右で90度ごとにカメラ回転できた。

「スーパーマリオ64」の場合は、本体ロンチで出す以上、それなりにカッコの付く、絵作りもしなければならなかったから、
カメラ操作もできるけど、ある程度いい位置に勝手にカメラも動きますよという風にせざるを得なかったんだと思う。

たぶん本当に最初は、ここまで勝手にカメラが動くんじゃなくて、自分で動かすような感じだったように思う。
それだとあまりに味気ないから、色々補正をかけていった結果、あんな感じになったんだと思っている


今はカメラ操作できるゲームは、プレイヤーに全てを委ねているが、マリオ64みたいに、合わせ技であがいてみるゲームがもっと出てもいいと思っている。

このシステムは、プレイヤー本意なシステムだからか、メリットも多いが、デメリットもたくさんある。

メリットについて。
・プレイヤーがカメラ操作するため、ゲーム全体に統一感が出る
・また、プレイヤー視点で操作するため、あらゆる場面で、視点に関しての理不尽なストレスが軽減される
(プレイヤーの目線で見るので、画面上のプレイヤーと見えないものが殆どの場合一致していたり、そういう面で一体感がある)
・フィールドをプレイヤーの好きな場所から、眺め回すことが出来る、自由度が高い。制約がない(ように見える)

メリットといえば、実はこれぐらい。
とはいえ、3Dゲームでは、これだけのメリットが実は非常に大きくて、これを成立させるために乗り越えなければならないデメリットがかなりの負担となっている。

以下、デメリット
・ストレスのないカメラマン(視点操作)の制御プログラムを作らなければならない
・コントローラーにカメラ操作の機能を入れなければならないため、その分ボタンが必要になる。理想的なのはアナログスティックが2本というハードルの高さになる。
・マップデザインやモデリングをごまかせない。細部まで、大写しにして見られるので、手抜きできない
・どうやってもプレイアブルのカメラワークが味気なくなってしまう(常にプレイヤー中心の視点になるため)
・カメラ制御させるために、ストレスを与えないマップデザインが要求される

理想的なのは、何もない(柱すらもなく平坦な地面で構成された)大部屋、壁のない巨大な空間が広がる屋外。
なぜなら、壁や障害物に当たり判定をつけて、カメラとオブジェクトが重なり合わないように作られるため。

3Dゲーム黎明期は、カメラに衝突判定を付けないゲームが多かった。
衝突判定を付けず、カメラが壁や障害物を無視して距離をとった場合、プレイヤーはそれらに隠れてしまうことになる。
だから、プレイヤー手前のオブジェを消して表示していたゲームばかりだった。
ところが、この表示の仕方は間抜け極まりなく、カメラにも当たり判定を付けて表示するゲームが主流となった。

その文法で解釈すると、一番最初に書いた地形が理想的となる。
良くこのへんの壁際のカメラワークの悪さはコナミが特許をとってるせいだ!等と言われているが、
素直に透過処理すると、リアルなHDゲームも、あっという間に間抜けな絵面になって世界観が崩壊してしまうからである。

・意外とアクションゲームには不向き

上記の仕様のせいで、実は意外と敵や周囲の地形との距離感が掴みづらく、加えて、カメラ操作もしなければならないため、ACTゲームとの相性は良くない。
証拠として、距離感を取りやすくするためにロックオンシステムが苦肉の策として搭載されている。

まず、壁際での戦闘を避けるようなマップデザインが求められるし、アクションゲームてきに、平坦な地面で、大部屋ばかりで、巨大な空間のマップって言うのは、ゲーム的につまらないものになってしまう。
100%理想的なマップにしなくても、ゲームにはなるのだが、そのぶんプレイヤーへのストレスが蓄積されるため、そのさじかげんを取る必要がある。

これらの問題をクリアしているジャンルのゲームというと、ゲーム的に動的要素が少ない、RPG、MMORPGとの相性が良い。

ちなみにバイオハザード4などTPSタイプのゲームは、これら問題点を、ほぼプレイヤーとカメラ位置をくっつけた状態にすることで解決している。
だけど、性質的には殆どFPS化しているために、銃撃戦メインのゲーム以外では、あまり使える場面が少ない(使えてない)







後半はゲーマーじゃないとわかりづらい話になっているが、それでも、なるべくわかりやすく書いたつもりだがどうだろうか。

通して読んでみると、ゲームがポリゴン化したことで、弊害を多く抱えているという印象を持たれたかもしれない。

個人的にも、そう感じていることが多いが、それでも臨場感や迫力は、ポリゴンという技術を得たことで、圧倒的に表現力が上がったと感じている。
が、同時にゲーム開発で考えなければならないことなどが増えて、ハードルが格段に上がってしまったように思う。

素人の立場からの分析だから、どうやってもプロには劣ってしまうのだが、色んなゲームをやって、見ているところがどこかというのがこれらのお話から漠然と理解してもらえると良いと思う。

当然ながら、自分の中のすべてを文章化できているわけではないので、書き漏らしている部分も多くあると思っている。

評判が良いか、モチベが続けば、このシリーズは続きます。
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