思い出のゲーム 【新桃太郎伝説編】

ゲームとともに人生の大半を歩んできた俺には、ゲームにまつわる思い出がたくさんある。
☆俺はまだ幼かった
1993年12月24日(土)

当時小学6年生
小学生最後の冬休みが始まろうとしていた……。
二学期の終業式の日に、めでたく『新桃太郎伝説』というゲームが発売された。

☆俺はまだ幼きゲーマーだった
こらえ性がなく飽きっぽい俺は、自らをゲーマーと名乗りながら、じっくり腰を据えてやるRPGやSLGが出来なかった。
やるゲームと言ったらもっぱらアクションゲーム。それも同じやつを狂ったように何回も何回もプレイする。
この頃の俺は、ボンバーマン、がんばれゴエモン、スーパーマリオばかりやっていた。
ただの単細胞小学生だった…。

今の俺からは考えられない姿だ

俺を大きく変えたのは、中学生に入ってから受けた半年以上に渡る嫌がらせの仕打ちなのかもしれない。
中1の春から嫌がらせが始まり、10月末まで俺は耐え続けた。
耐え続けて、最後は燃え尽きた。初雪が降りしきったその日の朝、俺は初めて引きこもった。
そんなとき、現実から逃げるように夢中になったのが数々のロールプレイングゲームだった。


☆俺が小学生の時最も親しんでいたRPGシリーズ
ドラクエでもFFでもない
桃太郎伝説だった

☆このゲームの簡単な説明

桃太郎が鬼退治に行く昔話を題材にした子供向けのロールプレイングゲーム。
有名なおとぎ話や日本神話をモチーフにしたストーリーが描かれる。
表現の仕方は、あのドラクエよりも気を遣っており、子供の夢を壊さないような配慮が多々見られる。
『新桃太郎伝説』では、和風RPGの頂点を目指した斬新なゲームシステムが多数盛り込まれ、子供だけでなく大人をとりこにした。


俺が子供だった頃、子供向けロープレなんてほぼ存在してなかった
強いて言えば、桃太郎伝説ぐらいだった


そしてもう一つ、桃伝と近しい理由がある。

『桃太郎伝説』は、PCエンジンではドラクエ級の大作RPGだった。
ファミコンでもスーファミでもなく、PCエンジンが主力ゲーム機だった我が家ではドラクエよりはるかに大きな存在を醸し出していた


それでもなぜ、うちの親父は、大人になって子供向けRPGにご執心だったのかは謎である。
※大人向けのアダルトなゲームが他にいっぱいあったのに

☆地蔵にレベルを上げろと言われれば素直にレベル上げマシーンになっていた無垢な小学生
みんながドラクエで盛り上がってる中、我が家にドラクエがやってくることはなかった
だからRPGの嗜み方というのも、わからないのである。

桃太郎伝説では地蔵に話しかけると、ゲームのヒントを話してくれる。
特に村の出入口には必ず『目安のレベル』を示す地蔵がいたのだった(新桃では廃止)


子供の頃の俺にとって地蔵の声は神の声だった

このありがたいお告げに従わなければ先に進んではいけないとまで思い込んでいた

だから必ず、お告げのレベルに達するまで、村の外で厳しい経験値稼ぎを行なっていた。
そしてもう一つ、店に売ってる最高級の装備品を揃えてから先に進む

これがRPGにおいて、絶対の決まりであり、これを破って先を進んではいけないとまで思い込んでいた。

俺が多大なる影響を受けた『桃太郎伝説II』では、村の出入口の地蔵が目安レベルを言い、
最高級の装備品を揃えることで、気持ちよくボスを倒せるバランスになっていた(終盤はそれでもきつい)
だから俺は、他のRPGでも、もちろん新桃でも、最高の装備を買い揃え、慎重にゲームを進めていた


稼ぎ作業するなら、桃伝なら“ろっかく”(敵全体に会心の一撃)の術を使いまくって宿屋に泊まれば効率よく稼げる。
しかし、小学生の俺はそこまで頭が回らず馬鹿正直に戦う連打でまさに『修行』をやっていた


新桃では、スリの銀次の包丁を揃えるのに苦労していた記憶がある。

☆学校では『ロマサガ2』派vs『新桃』派の戦争が勃発していた
年末に発売される大作RPG。
何時の世も、RPGは少年にとって憧れのゲームである(今は違うか?!)。

当時俺のいたクラスでは、ロマサガ2か新桃かの二大勢力がいつのまにか出来上がっていた。

どっちをサンタさんにお願いするか!?的な

やはり、最初はロマサガ2派が優勢であった

なぜなら、あの、RPGならスクウェアソフトの本命RPG
俺の世代では、白黒ゲームボーイで、誰もがサガをプレイしていた。
スーファミでバグまみれになってパワーアップしても!!
フリーシナリオシステムに魅了される奴らがクラスで溢れかえっていた。

ちなみにうちの親父は1で懲りた模様
※ま、そーだよね…あれは大人にはついていけないレベルのゲーム

いっぽう新桃派は少数派であった

なぜなら、桃太郎伝説は、PCエンジンでは名を挙げたかもしれないが
所詮、実績で言えば、世間的にはファミコンで、なんかしょっぱいRPGが出てたよなレベル。

世間的にはPCエンジンなんて世界は見えてないしアウトオブ眼中だし、
最初から存在なんてしていなかったのだよ!!


新桃派は、まあサンタさんにお願いしなくても勝手に親父が買ってくるため自動的に新桃派になる俺と、
仲の良いゲーム友達(クラスで俺以外にPCエンジンファンだった)ぐらいなものだった。
なぜかこのゲーム友達も、ロマサガ2には否定的だった

☆初めてまともに熱中したRPGそれが 『新桃』
小3の時にFF3クリアしてるけども
小4の誕生日プレゼントに桃太郎伝説外伝(GB)買ってもらって、かまくらの中でクリアしてるけども

当時の鳥頭には理解力を持ってRPGを楽しんでいたとは思えなかった

ちなみに、桃太郎伝説IIも、何十回もはじめからプレイしているが、エンディングまで到達したことはない。
最高で『七夕の村』だったか、その辺まで。
※この辺りまで来ると、地蔵のお告げレベルをまともに聞いていたら、レベル上げに膨大に時間がかかるようになってくる

12月24日の発売日から、文字通り夢中になってプレイした

えっこれがあの桃伝?えっ進化しすぎてるんだけど

桃伝といったら、ギャグギャグしたRPGで、緊張感なんか微塵もなく

えのっぴどぅ~
なーほーざーわーるーど


とか突然意味不明なシュールテキストが表示される、適当RPGの一面も持っていた。

それが、序盤からあのスリの銀次が仲間になり頼もしい戦力として戦い
鬼ヶ島で待っているだけだったラスボスの代わりに、カルラという腰巾着が一々鬼族の言葉を代弁しにやってきたり

色々変わっていた
「そのことに感動したのだよ貴様は!!」

しまいには、タイトル画面の和太鼓の音と書道体のタイトルロゴが表示されるだけのシーンでも一々感動していた


どんどん没入していった、小学6年生の俺。

※でも、桃伝IIの地獄王との戦いがなかったことにされてるのは俺には許せなかった

一般的には、このゲーム、処理がトロいとかなんとか不満にされてるが、

裏でなんか凄い処理をしてるんだ
などと勝手に脳内変換しており、未だにこのゲームを客観的にネガティブに見ることが出来ない俺である。

☆4ヶ月地道にプレイし続け、続いた桃太郎の冒険
学校へ行き、友達と遊び、そして余った時間で新桃太郎伝説をプレイする。

時には友達の家にカセットを持ってって、プレイすることもあった。

そうやってちまちまやり続け、俺の新桃太郎伝説の冒険は1994年3月に終わりを迎える。

この頃の俺はまだ健康的なゲームの遊び方をしてたと感じる。
単純に親父がゲームやってる間、俺がゲーム出来ないから、ゲーム遊べる時間が少なかったんだろうけど。
RPG1本クリアするのに、3,4ヶ月かけてやっていたのだから。


俺が冒険している間、『ロマサガ2』派は次第に減り始め、

あいつがやってる『新桃』ってなんか凄いRPGらしいぞ!?

みたいな話が広まり始める。

そして徐々に新桃を借りたりしてやり始める人が増えていく。

どうでもいいことだが、なんか嬉しかった
同志が増えたようで
(今思うとただ単に先にやってたロマサガ2に飽きて、新桃に興味が出ただけなんだろうけど)


ちなみに俺は初回プレイの時、
桃太郎、金太郎、あしゅら、夜叉姫を使ってた。
なぜ浦島じゃなくてあしゅらを入れていたのか謎である。
子供心に、超憎たらしい悪役を自分で使えるということに惹かれたのかもしれない…!?

☆最後にどうでもいいことなんだけど
あまり知られていないようなのだが
このゲームを買うと、『新桃太郎伝説』実写ドラマのビデオが付いてきた。

どうやらハドソンの社長の趣味で、映画撮影をしたかったらしく
趣味の結晶を予約特典として付けるという採算度外視なことをやってのけていた

七夕の村という田舎で村長選挙があって、なぜか鬼族がそれに邪魔をしてくるという内容


荒井注が出てきたり、笑点の山田くんが出てきたり、ダンプ松本が金太郎やってたり
よくわからないドラマだったのだが、カースタントとか妙に力が入っており、とても金がかかっていることがわかる内容だった

小学生の俺はなぜかこのビデオを妙に気に入ったらしく、意味もなく何度も見ていた
ちなみにまだ持ってる
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