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思い出のゲーム 【スタートリングオデッセイ2編】

ゲームとともに人生の大半を歩んできた俺には、ゲームにまつわる思い出がたくさんある。
☆実はそんなに思い出のゲームでもない
オイッ!!

心残りのゲームという表現のほうが適切かもしれない……・

1994年10月21日(金)
PCエンジン スタートリングオデッセイ2 発売


☆このゲームの簡単な説明

PCエンジンCD-ROMROMの性能を生かした超大作RPG(自称)
有名声優がイベントシーンで喋ったりアニメムービーで盛り上げたりする。
ゲーム自体はストーリー重視型の王道ファンタジー。


☆PCエンジン専門誌で大きく紹介され俺はとても欲しかった
PCエンジンCD-ROMROMのRPGは、雑誌受けが良いせいなのか、すごく購買欲をそそられるものが多かった

当時小学生のガキだからこそ、簡単にダマされる格好の餌だったのかもしれない!?

本当にアニメを自分で操作しているような豪華な感じがPCエンジンのRPGにはあった。
だから紹介記事を見るだけで妄想が胸膨らみ、やりたくなってくるのだ


コズミックファンタジー3とか(1,2とやってきて親父はゲームの出来の悪さに凝りて切ったが俺は懲りてなかった)
天使の詩とか
ファージアスの邪皇帝とか
スターブレイカーとか

そして、スタートリングオデッセイとか!!

スタオデは本当に欲しくて欲しくてたまらなかった
なぜ親父はこれを買わないんだろう?と思うぐらい王道RPGの匂いがものすごかった


だが親父の鍛えあげられたゲーム選びの千里眼が正しかったことを知る

鳴り物入りで発売された大作RPG
しかもアニメムービーを全面に押し出している
だが発売メーカーは聞いたこともない無名メーカー

日本テレネットのコズミックファンタジーでこの手のゲームはヤバイことを
学習したのか、本当に良い物しか買ってこなくなった


だが、当時ただのクソガキで、しかも飽きっぽくてすぐ放り出すRPGの価値、面白さ
なんてものは、わかるはずもなかった………

☆スタオデ2の発売から一年後、我が家にそれはやってきた
1995年9月初旬のことだった。
スタートリングオデッセイ2(中古)を手に持って帰宅した親父がいた。

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
となった俺がいた(そうでもなかったような気がする)

実は購入までの経緯をあまり覚えていない。その理由は後で書くが。
パチンコで勝って、買ってきたんだったか、
ふらりと日曜、ゲーム屋に行ったら、暴落したこのゲームがあったから買ってきたのかのどちらかのはずだった
1995年秋ともなると、プレステやサターンが売れ始め、ゲームショップとしては旧型機のマイナー機種であるPCエンジン
これの取り扱いを辞めたくて仕方がない時期で、不良在庫としてドンドン売りさばいていたのだった。


☆待ち焦がれたゲームを俺は早速やり始める
といっても、親父が仕事行っていていない時間限定だけど。

1995年9月
というと、俺にとって実に大きなイベントのあった時期である。

このゲームが家にやってきたのが日曜で、その次の日辺りだったと思う。

俺は新聞配達をやりたくて、1995年7月、直接近所の新聞販売所へアポ無しで行き、

「新聞配達がやりたいです!」

と、元気にお願いしてきたのだった。

2ヶ月後

ちょうどこのゲームを買ってきた直後という最高にタイミングの悪い時に
放課後、スタートリングオデッセイ2をやりだして最高に盛り上がっていると、いきなり電話がかかってきて、俺は受話器を取る。

「新聞販売店の者だけど、空きが出たから明日から来れる?」

俺「えっえっちょ…だって昨日新しくゲーム買ってきてもらったばっかりだし」(後半は心の声)

今思うと、連絡なしに明日から早速来てくれる?っていうのもひどい無茶ぶりだなと思う

☆こうして俺の長い新聞配達が始まったのだ
俺が希望出していたのは『夕刊』なので、学校終わってから1時間ちょっとという仕事。

俺の家は学校からすごく離れていたので、通学で1時間ぐらい。
だから学校終わって、家につくのがいつも16時過ぎ
普通ならこの時間からダラダラできるが、新聞配達をやり始めると、この時間から労働。
仕事が終わって家に帰るのがいつも18時前後といったところだった。

土曜ももちろん仕事。
だから放課後、友達と買い食いとか立ち読みしながらダラダラ家に帰るみたいなことが一切できなくなり
土曜も、夕方から仕事なので、遊んだりとかできなくなった

※もっとも人と関わることを避け始めていた俺にはあまり影響のなさそうなことばかりだが、
遊び盛りの時期に、遊びたいなと思っても遊べなくなってしまうのは寂しいことだった

※中学時代というのは、人を避けてても、友達ができたり、未だにクラス会に呼ばれたり
俺にとっては望まなくともそういう時期だったので、新聞配達のせいで遊べなくなってしまうという状態が生まれるとつらかった。

放課後は帰宅部だから暇だなと思っていて始めた新聞配達だが
はじめてみると、仕事への責任や重荷があり、忙しくなってしまうのだった

周りには甘いと言われるし、そんな状況が訪れることはないのだが、
俺はこんな悲しい経験を味わったので、自分の子供には、高校卒業くらいまでは
遊びたいけど金がなくて遊べない状態にはなるべくさせたくないと思っている。


高校の時も、土曜の放課後、カラオケ行っても、自分だけ夕方から新聞配達だから…と
途中抜けするのは、かなりつらかった。

☆そんな時期だったので
俺はこのゲームをあまり遊ぶことが出来ず、親父が大体一ヶ月ぐらいでクリアして売却。

俺は十分に遊べないまま我が家からそのゲームは去っていった

新聞配達の仕事を覚えるために、放課後は先輩に怒られ、
土日を使って、自分の受け持ち区域を覚えるために、時間外労働というかなんというかそんなことをしてた

☆だから俺は未だにこのゲームへの未練がある
まあ確かに当時、新聞配達で忙しかったとはいえ、ゲームがやれないほど忙しいわけでもない。
ただ、夜になると親父が帰ってきてゲームを専有されるので、確かにゲームプレイできる時間が極端に遮られていたのかもしれない。(平日だと一時間未満か全くやれない感じ)
なにせその辺を覚えていないのだ。あまりに環境の変化が多くて忙しすぎて

それでも、本当に優れた面白いゲームだったら多分最後までやっていたことだろう

確か記憶だと、ピラミッドみたいなダンジョンのとこまでやったのは覚えてる。
そのダンジョンが妙にムズくて、めんどくさくなってやらなくなったっていう感じ。

そこでやめてるということは微妙なゲームだったのだろうと思う。

しかしそれでも俺は人生でやり残したこのゲームを
いつか自らの手でエンディングまで到達してみたいのだ!!
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