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素人のゲームデザイン考(3):シミュレーターとしてのゲーム

沢山ゲームレビューしてきたというが、どういったところを見ていたのかというのを、最近文章化出来る目処が付いた。
それをシリーズ化して、いくつか記していきたいと思う。

なお、断っておきたいのは、筆者は、ゲーム技術者でもなければ、ゲーム開発に携わったこともなく、これといった勉強もしたことがないズブの素人だ。
ただ異常な数のゲームを体験してきて、その上での考察であることを断っておきたい。

☆なぜゲームなのか
以前ゲームへ強い興味をもった原因を紐解いていく!!といった記事を書いた。
ここではただゲームへ惹かれていったキッカケをアホっぽく描いているだけだ。

ゲームの面白さをブラックボックスにしてはいけないという
強い思いが、沢山のゲームを触れさせる原動力になったのだと思う。


売れた売れないじゃなく、なぜ売れたなぜ売れないじゃなく
どう面白い?どう楽しい?どうつまらない?という見方


これを解明するには、ただひたすら沢山のゲームをやっていくのが手っ取り早い。
ただし、これは最適解ではないことを付け加えておく。

やはり、他の娯楽、映画、ドラマ、演劇など人並み程度に体験しつつゲーム
それも作り手に回ることなどが必要だが、理想的に時間を使うことは現実的に不可能。

☆良いゲームの共通点
出来の良いゲームとかそういう優劣をはっきり付けるような書き方はあまりしたくないのだが、とりあえず。

面白い!!と思った、のめり込んでいくゲームというのはジャンルを問わず大体決まった共通点がある。

シミュレーターとして優秀であること。

イマイチ、ピンと来ないフレーズだとは思うのだが、ゲームバランスが良い、ゲームシステムが画期的とかそういうことは、
だいたい全て、シミュレーターとして優秀であるという一言に集約されていく。

つまり、画面の向こう側の世界がしっかり出来ていて面白いということである。

どんなゲームでも良いが、プログラムの世界でどのように表現するかというのが、ゲームの設計、仕様。
プログラムを使って何を表現するかというのが、ゲームの企画書に当たる。
※実際は企画書と設計と仕様はワンセット。

そして作りたいゲームの枠組みを決めていくわけだが、架空の世界だからこそリアリティを演出することでより説得力が出てくる。価値が出てくる。

ゲームはプログラムの世界だから、数字が全てを支配してる。数値と計算式で世界が表現される。
早い話、ここに説得力がないと、上滑りを起こすだけになってしまう

うまく説明できなくてもどかしいのだが、現実世界のシチュエーションをいかにうまくシステム化して再現できるか?がキモとなっている。

有名な成功例としては、実況パワフルプロ野球のミートカーソルが挙げられる。

それまで野球ゲームは、ピッチャーが投げたボールのタイミングに合わせてバットをワンボタンで振るという簡素なものだった。
駆け引きは直球のスピードボールか、直前で球が折れて下に落ちてしまい絶対にバットに当たらないボール球の2種類だけ。
時代も時代だったから、所詮ファミコンゲームの再現度なんてこんなものだよなという認識レベルだった。
(それでもそれで商売になった時代なのだから今振り返ると凄いと思う)


パワプロのミートカーソルは、バッターとピッチャーの駆け引きがかなりリアルに再現されたものと言える。
少なくともそれまでの旧世代の野球ゲームと比べると大幅にリアルになったし面白くなったのは紛れもない事実としてある。

☆ここで一つ理論に穴が…
現実世界のシチュエーションをいかにうまくシステム化して再現できるか?とはいうものの、実際問題、大半のゲームは現実では起こりえない、言い換えると、不謹慎なシチュエーションが大半を占めている。
アクションゲーム、シューティング、戦争SLG、ロールプレイングなど、多くは非現実で空想の世界を舞台としていることが多い。

敢えて現実世界と書いたのは、次の理由がある。

現実世界からネタを拾ってきてシミュレート(再現)したほうが
面白いものがゴロゴロしているから


シミュレーターという言葉を使っているのは、ここに理由がある。
架空の世界とはいえ、そこに感情移入したり夢中にさせるためには、どこか現実世界を感じさせるものがなければいけない。
お前はゲームのやり過ぎて頭がおかしくなったのかと言われるかもしれないが、以下の文。
現実の世界は、当たり前のことだが、色んな決まり事があって、成り立っている。
物理法則とか法律。人間の学習機能とかそういうものを、ゲームでうまく落としこんで再現されると、妙な納得感がある。

実際、洋ゲーと言われる海外で作られるゲームというのは、昔からリアリティをかなり強く意識してゲーム作りされている。

RPGだと、昔はパーティキャラに年齢というパラメータがあり、現実と同じように歳を取り寿命を迎えると死ぬという
今でこそこういう仕組みは淘汰されていったが、こんなせっかく思い入れの出来たキャラをあっさりシステムで殺すという非常に強いストレスを感じる要素まで現実世界に忠実に再現されていた。

ゲームの都合でマップが区切られて、エリアチェンジするというのもおかしい。だから世界のすべてを1枚のマップに統合したオープンワールドにしよう

海外ゲームの発想は基本的に、現実世界に忠実でリアリティを重視していて、それを技術で、力業で実現させるというところにパワーの源泉がある。

☆それでもゲームは沢山やってる方がいいという根拠について
ネタ探しを現実世界でするのなら、ゲームを知らなくてもやらなくてもゲーム作りは出来るんじゃないかという話になる。

半分YESで半分NOである。

知らなくてもやってやれないことはないが、やっぱり沢山ゲームやって色々なゲームを知っていた方がいい。

例えば、何かゲーム作りのアイディアがあって、それを具体的に形にする時、
既に似たようなもの、参考になるものが、既に先人によって作られたゲームの中に存在する場合
ゼロから創造する必要がない。

他の人はどういうふうに、このシチュエーションをゲームで表現したのかというものが、知っているのと知っていないのとでは効率が大きく変わってくる。
パクリ先を確保するためにゲームするのかではなく、既に有名所がこうやっているんだったら、じゃあちょっと視点を変えてみるかというオリジナリティの追求にもなる。

多く知っていればそれだけパターンやバリエーションを他の人より持っているというわけで、やはり色々な局面で有利になる。

☆ゲームではなくシミュレーターであるという考え
ゲームバランスを組んだりシステムを組んだりするとき、常に現実世界を意識してシミュレートしているという考えに基づいていると、破綻することが極端に減ると思っている

空想の世界を舞台にしたRPGでもこの考えは有効だとかんがえる。
バランス付けるとき、ゲーム開始直後、主人公は勇者という設定でそこそこいい武器持たせて攻撃するんだから基本ダメージは10前後は欲しい、固い敵だけ一桁で。
ザコは基本的に2発叩いたら死ぬ、1発叩いたら倒れる場合想定レベルを超えている
みたいな細かいところからはじめて、とにかく数字の基本値とか価値を作っていくと深みが出てくる

女の子の華奢な魔法使いが魔法唱えるより杖で殴ってるほうが強いとかだと誰もが興ざめすると思う。
とてつもなく細かいことなんだけど、RPGツクールでRPGを作るときでも、そういう細かいところを異様に気にすることで、なんとなく薄っぺらいとかつまんないという感じがなくなると思う

これは駄目だなと感じさせてしまうのは、プレイヤーが無意識にでも現実世界の価値と照らしあわせて、なんかおかしいぞこれって思ってしまうところにあると思う。
せっかくのボス戦なのに必勝パターンがあって、それやってるだけで終わっちゃうとか、強そうな敵が一撃で倒れる

こんな世界に没頭しろと言われても無理だとなる
まあゲームの作り方というと、リアルすぎても良くない部分があって、努力が報われるべきであるし
なんというか、プレイヤーの期待にもある程度応えなければならないため、ダンジョンの行き止まりには必ず宝箱があっていいものが入ってなければ時間の無駄にさせるとか、色々あるから一概に言える話ではないがそういう面倒くさいところはここで省く。

最後になる
ひたすら現実主義、シミュレーターという単語を口を酸っぱくして書き続けてきた。
それがここで生きてくる。

というのも、ゲームを作るとき、予め今の時代、ゲームのジャンルやルールのひな形が出来上がっていて、
多くの開発者はそれに習った作り方をする。

なぜならそれが合理的だから

どこに力を注いだり目が行ったりするのかというと、具体的に効果のありそうな部分に行きがちである。

だけど一旦、ゲームとして当たり前だからという要素を現実世界と照らしあわせて考える。
このゲームではここを現実的にちょっと変えようという風に。

倒されるだけだったモンスターが起き上がって仲間になるというのも、こういう発想から生まれたものと思われる。

お金にしても、ゲーム上のお金は、ゲームを進行させるためのアイテム、装備品を買うだけの価値しか無い
現実的に考えると、金の価値があまりになさすぎる
だから、ゲーム後半に余ってしまうことが多い(倹約家の人は特に余る)
それ以外に、戦闘や宝箱からアイテムなどゲーム資産が手に入るため、相対的にかなりモノだらけになりがち

単純に物価をあげるだけで解決できるが、それだけでは芸がない。
ただゲームバランスを厳しくしただけである。

金の使い道を増やすことで金の価値が大きく上がる
多くのゲームだとギャンブルのミニゲームを入れることが多いが、金で解決できるが大金が必要なクエストとかありがちだが
金の使い先がありすぎてたりねーって状態になれば、なかなか現実的で面白いと思っている。

個人的には(RPGの話ばかりで悪いと思っているが)、一度行ったことのある場所へワープできる魔法、アイテム
便利だがおかしいと思っている
桃太郎伝説でもそういう魔法があるが、瞬間移動じゃなくて目的地に高速移動する設定になっている。
あれもワープなんて簡単にできることじゃないっていう思いが込められているのかと今更ながら思う。

もう一つは、補助魔法をかけたら基本能力値が上がったり下がったりするアレ
戦略的には面白いからこれだけ多様されているんだろうけど、現実的に考えるとおかしいよなと
魔法かけるだけで筋力がゲームによっては2倍以上に上がったり、上限のない昔のゲームだとカンストまであげることが出来る
その逆に、弱らせることが出来るというのも、なんだか簡単にユニットの能力を否定しているようで個人的には好きではない

と言うふうに、ゲームの面白さのメカニズムのキーポイントとして優秀なシミュレーターかどうかというのが普遍的な理由としてあるのではないかというように感じている。

自分が好きだとか面白いと思っているゲームを振り返った時、どこかリアリティの強い部分が必ずあったりしないだろうか?

そんな話。
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