スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

思い出のゲーム 【がんばれゴエモン編】

ゲームとともに人生の大半を歩んできた俺には、ゲームにまつわる思い出がたくさんある。
☆俺はマリオでもロックマンでもなくなぜかゴエモンを選んだ
小学生低学年の子供が遊ぶゲームと言えばやっぱりアクションゲーム。
俺が小学生の頃は、このポジションを獲りに来るゲーム会社がたくさんあった

なぜって?
ズバリ金になるからだ!!
はたまた、子供を洗脳して企業奴隷にでもしようとしたか!!


俺が子供の頃、この手のゲームは海千山千と存在していた。
そしてやはり、任天堂のスーパーマリオが圧倒的に強かった

気がついたらコントローラー握って動かしてたのがマリオってぐらい強かった

そんな幼い頃から、洗脳の魔の手を回していた任天堂は賢いと言わざるをえない

しかしPCエンジンが主力ゲーム機だった我が家
その洗脳攻撃を浴び続けるだけの素直な家庭ではなかった


時に、カトちゃんケンちゃんを動かしてみたり
PC原人を動かしてみたり
アドル・クリスチンを動かしてみたり
桃太郎を動かしてみたり
裸のビックリマンを動かしてみたり
THEクンフーを動かしたりしていた


無駄にバランスの良い食生活を送っていた

とか言いながら
小学校高学年から中1の頃まで、マリオワールドを日課のようにクリアしてたり、
中3の6月に出たマリオ64に魅了され、やはり日課のようにプレイしてたりした


中3ともなると、マリオとか言うヒゲおやじよりも可愛い女の子に発情する年齢
ゲームにおいても、スクウェアソフトの良質ファンタジーRPGに夢輝かせる時期に確実に入っていた
にもかかわらず、溶けかけた洗脳をマリオ64一発で、再び魅了させるのだから、洗脳攻撃の強さの片鱗を伺わせる。

やはり我らがPCエンジンが弱体化した影響が大きかったのか…

☆そんな俺が、なぜゴエモン?
はっきりいって、ここまで一回もゴエモンの単語が出てこないし、そんな俺とゴエモンがどうして固く結ばれたのかが疑問である。

コロコロ派だったからボンボンを嫌ってたし

ゴエモン?眼中にすらなかったねby当時の俺

☆レジェンドハード「スーパーファミコン」が発売されて
俺の家には、発売から僅か数ヶ月遅れてスーファミがやってきた。
最初に買ったゲームは「グラディウス3」だった
しかし、マリオに強く洗脳されていた俺はゴネて、数週間後にマリオワールドも買ってもらった。

その後、FF4が発売されて発売日に買ってくる。

なぜだかわからないが同時発売の「がんばれゴエモンゆき姫救出絵巻」をねだったか親父が一緒に買うようにしたのか忘れたが

とにかく1991年7月19日(金)

2本のSFCゲームが俺の家にやってきた。
(当時からしたらとんでもなく豪華。FF4の発売日だったからかゲーム屋で行列ができてたらしい)

この日のことは今でも覚えてる。
天気の良い晴れた日で、学校から友達を一人連れて帰ってきたら、鍵がかかっていて家に入れず、親が帰ってくるまで玄関の前で待ってた
FF4を親父より先に開封したら怒られるから、ゴエモンを即開封して友達と遊んだ
この友達がBボタン(ジャンプボタン)を強く押しすぎて、本体同梱のコントローラ一つ壊してしまったんだ


☆すぐやってきた夏休み。俺はひたすらゴエモンをやりまくった
この時点で俺とゴエモンに特別な接点はないんだと思う。
ただスーファミで面白いアクションゲームが他に無く、それで夢中になって遊んだ


御存知の通り、このゲーム、割とアクションゲームの中では難易度が高い方で(俺は普通に当たり前に何度もクリアしてるから実感はないが)
最初の頃は、高価なSFCカセットに八つ当たりしたりするぐらい、クリアまで苦労していたものだった。

しかし慣れると簡単にクリアできるようになり、
全盛期の俺は小判なしでも軽々ノーミスクリアできるぐらいまでやりこんだ

※小判無しは今の俺には無理

ゴエモンが日課になってた。
隠し通路探しまわってほぼ全部自分で見つけたり、異様にやりまくった。

しまいに俺は、ゴエモンを作ってるゲーム会社、コナミのファンになり、
クリスマスにはSFC悪魔城ドラキュラを買ってもらったりするほどのめり込んでいった


翌年1992年1月3日には俺を狙い撃ちするように「がんばれゴエモン外伝2」が出て、
もらったお年玉を即それに溶かしてしまうほどのアホっぷりであった…
※しかし当時の俺は幼く、RPGなどまともに遊べる身体ではなかったため、全然楽しくなかった
だるいダンジョンを乗り越えて、お菓子の国のあたりでバグってデータ破損にあい、しばらく放置されることになる
しぶしぶ始めた2周目は、ザコ戦はほぼ全部逃走し、強引にラスボスを倒してエンディングを見るという最悪なプレイだった
(確か親が売却するっていうから、それに合わせて慌ててクリアしたのだと思う)


☆気づいたら俺の中にゴエモンが入り込んできていた
そうしているうちに、特別な思い入れがあるわけでもないのにゴエモンが俺の生活に入り込んできた。

2年後

1993年12月22日(金)
がんばれゴエモン2 奇天烈将軍マッギネス 発売


気がつけば俺はサンタさんに「がんばれゴエモン2」をお願いしていた。
本当に無意識だった……

親父には、「俺が新桃買うから、お前はメガドラのファンタシースターをサンタに買ってもらえ!!」

こんなことを言われていた……。

だが、硬派なSFファンタジーRPGなぞ、小6の俺のストライクゾーンではなかった
というか、
12/17 ファンタシースター4 RPG
12/22 イース4 A.RPG
12/24 新桃太郎伝説 RPG←←←←


いくらなんでもバランス悪すぎるだろう!!
RPG、RPG、RPGってバカの一つ覚えみたいに……俺は思った。

ゴエモン2もアホみたいにやりまくった。

誰もがアタフタして慣れるまで苦労するインパクト戦
何度も何度も何度もやりまくって、ノーダメージクリアとか軽くできるようになった
(べつにすごいことではない)

初めてやった時は、確かゲームを買ってもらってそのまま、一番仲が良かったゲーム友達の家に泊まりに行ったのだった。
で、2人で一緒にプレイして(確か)
夜中までかけて一気にクリア。
次の日が祝日(23日)で、夕方に家に帰って、24日が終業式だった気がする(で、今度は家で夜まで新桃漬け)


☆がんばれゴエモン3の思い出
夏休み前ぐらいのファミマガで、発表されたのだった。
中学1年にもなると、ただのアクションゲームでは満足できないというか、
1994年のこのころになってくると、目が肥えてくるというのもあるし、既に家にアクションゲームが十分に揃っている状態になってきていた。

だから、1,2同様の純粋横アクションだと、多分俺は欲しがらなかったと思う。

しかし、今度のゴエモンは一味違った

一転して、ストーリー性が重視されていたのだ!!

しかもなぜだかわからんが、
良い撮影機材でも使っていたのか、やたら画面が綺麗で、見栄えがよかった


俺の中の何かがそれを欲してくる!!

だが!!
何故か俺は、この年のサンタさんにはスーパー桃鉄3をお願いしてしまったのだ!!


うちの親父には「なぜいまさらこんなのを欲しがるんだ……」と残念がられた。

他にスーパードンキーコングとか
かまいたいの夜とか
1週間後のがんばれゴエモン3とか

優秀なゲーム候補生は沢山いた。19994年の12月は豊作だったのだ!!

俺はよっぽど桃鉄2が楽しくて
そんな続編を欲しくなったのかもしれない


一年前の新桃が良すぎたという期待感を後押ししたのもあるだろう

しかし!!
さくまさんには申し訳ないが、桃鉄3は使い回しが多すぎてガッカリ感MAXだった!!

※だからか、翌年のDXはガンスルーだった(さらに翌年の1996年のHAPPYは結構欲しかった。なぜなら総集編とか最終盤みたいな感じだったから)

ゴエモン3はお年玉で買うことにした。

その決断が、後々痛い目を見ることに
この時の俺は気づくはずもなかった……


1995年
正月が過ぎ、あらかたお年玉もホクホクと集まって以降

俺はニヤニヤしながらゲームショップへ行き、ゴエモン3を探した。

無い!無い!無い!!
畜生売り切れてやがる!!


なん…だと…中古も全滅だと!?どういうことだ!?

ゴエモンみたいなB級感MAXのゲームが、
売り切れるだと!?


仕方がないので親父の行きつけのゲーム店で、入荷したら連絡してもらうように手配して、俺は待った!

ひたすら待った!

1995年2月に入った頃にようやく入荷の電話が入り、買う。

はっきりいって、すげー待たされた!!

なぜだかわからんが、がんばれゴエモン3って発売当時品薄じゃなかっただろうか?
それは俺の地域限定だろうか?
お年玉もらって1月上旬、ゲームショップを回っても、新品は愚か中古でも在庫なし。
どこのゲーム屋行っても売ってないっていう。
今思い返すと、プレステやらサターンが同時期に出て、他にも対応ゲームが殺到してて、
ゴエモン3クラスのゲームの入荷を全域的に絞ってたのではないかと思うが
(思えばメガCDのルナエターナルブルーも店頭では置いてるのすら見たことがなかったぐらい)


そしてゴエモン3もまた、ゴエモンという理由だけで
カセットが擦り切れるまで、何度も何度も何度もひたすら繰り返しプレイしまくった


なぜ俺はゴエモンというゲームをこれだけ無心になってやるのか、わからなくなっていた

☆がんばれゴエモン きらきら道中の思い出
中学2年の冬

1995年12月22日(金)
がんばれゴエモンきらきら道中 発売


もう、この頃になると、こんな子供向けゲームを卒業する年齢に差し掛かっていた
卒業というと聞こえが悪いが、いつまでもこんなガキ臭いゲームやってるのは恥ずかしいとか感じるようになる季節だった。

中学2年生というお年ごろ
14歳
誰しも大人になりたがる時期


俺も、例外ではなかった……

新聞配達やサンタさん、お年玉を総動員して欲しかったゲームを買う

ドラクエ6、テイルズオブファンタジア(思い出候補)、天外魔境ZERO(思い出候補)……

そういったRPGを猛烈に欲していた。

だからがんばれゴエモンなんて買うつもりがなかった
雑誌の紹介記事を見ても、まったくそそられなかったし
(少しはそそられてたか??)

冬休みに入る。
年が明けたある日の事だった。

俺は無性に物足りなかった

その理由はわかっていた。

がんばれゴエモンである

毎年この時期、俺はがんばれゴエモンをやっていた
でも今年は買ってない。
他にそれよりも欲しいものが出来たから。

気が付いたら俺は、冬の寒空の下、がんばれゴエモンを買いに自転車を漕いでいた

ぷよぷよが苦手な俺は、ぱずるだまのボス戦に苦手意識が強く、クリアできるか不安になっていた。

☆俺とがんばれゴエモン
こうして俺とがんばれゴエモンは切っても切れない間柄になっていた。

1997年8月7日
がんばれゴエモン64も発売日に迷わず買った。
そして何回も繰り返しプレイした。
その映像の綺麗さ(当時)、箱庭マッピングの凄さに鳥肌が立った!!

1998年12月23日
がんばれゴエモンでろでろ道中は、欲しかったがどうしても買えなかった(予算の関係上)
2005年4月、俺は近所のGEOで箱説明書なしの裸ソフトを2980円で購入し、長年の雪辱を果たした

俺が子供の頃のゲーム
子供に夢を与えるゲームだった
ゲームに人生を狂わされたと言ってもいいかもしれない
それぐらい影響力が強かった


☆余談

俺が子供の頃、何度も何度もプレイしたゴエモン。
これを作った人がその後、あのスクウェアソフトのFF11の開発にまわり
「アトルガンの秘宝」「アルタナの神兵」のトップディレクターとして活躍していることに俺は驚いた。
ゲームインプレスというWebサイトで、FF11開発インタビューの記事を見た時、
「どこかで聞いたことある名前だな」と思っていたら、
まさか死ぬほどプレイしたあのゴエモンを作った人が中心になって作られてるということを知って俺はびっくりしたものだった

スポンサーサイト
プロフィール

安西爆弾

Author:安西爆弾
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。