俺の人生はもう長くない2014 ~永遠~

9月が終わろうとしている。

勝手に寿命を引き伸ばして生きてきたが、一応9月末をタイムリミットと設定していた
いつまでもこの状態で生き続けることは出来ないので。

やっぱこんな短時間で、都合よく何かが起こったり人生を動かせるキッカケが見つかるわけもなく、
ただ平常運転で過ぎ去ろうとしている。

何者にも束縛されない自由な時間がたっぷりあるとはいえ、2ヶ月程度じゃ思っていたほどのことはやれなかったというのが正直な感想だ。

☆遅れてきた反抗期について
一つの原因としては、この期に及んでまだ親や周りに気を遣っている部分があったこと
夕方になったら親父が帰ってきて、俺がゲームとか何かで遊んでいるのを見たら腹が立つだろうから、遊ばないようにしよう
夜は親父がネットを専有するからネットをやらないようにしよう
その他にも細かい所で、変に世間体を気にして気を遣って自由に時間を使えなかったように思う。

これは大きな反省点だ

というより、子供の頃から恐怖に支配されて生きてきたから、自分の意志を貫けないんだろうきっと。
学校ではいじめられてたし、家ではゲームの思い出では楽しそうなことばかり書いてるが
その裏では、やんちゃ坊主をしつけるために、怒鳴られたりぶん殴られたりしょっちゅうあったから、どうしてもそういう親に逆らえない自分がいるのだろう

☆遊ぶだけじゃなくいろいろ考えた
生きていればさえいいことがあるなんて散々言われた。
自殺を考えている人へ系の読み物とかもたくさん読んだ。

しかしそれでも、状況的にもう命を捨てざるを得ない結論にどうしても達していく。

外に出て身体を動かせば、気が晴れていくとか思ってた時期もあった
実践してた時期もあった。でも何も変わらない
それだけでは物事は前には動かない。


自分は高3の頃から、こういう将来を予見していた。
当然ながら、望んでその将来を選んだわけじゃない。
しかし、残酷な現実は、そのとおりになってしまった。

☆人生のターニングポイントについて
やはり高校卒業後の進路を誤ってからだと思っている
大学の進路選択を間違えた。家庭の事情で行きたい学部とぜんぜん違うところを選んだ。
大学に行くこと自体が贅沢だから、これを誰かのせいにする意図で発言するわけではないのだが。

本当に興味が有るのなら、自分でPCいじってプログラム勉強する

それはもう本当に筋の通った言葉なのだが。
当時自分の環境は、2000年も過ぎた頃にまだNECのMS-DOSのPCを使っていた。
PCはまだ高価な代物で、貧乏大学生がおいそれといいのを買える環境ではなかった。
この辺は、説明するのも面倒くさいから話のわかる人だけわかってくれってことで軽く終わる
2003年(大学3年)の春ぐらいに、やっとAT互換機が親のお下がりで手に入って、
それでも2000年製だから、2003年の段階では相当な型落ちデスクトップPCである。

簡単にここまでの長文をまとめると、独学で勉強するのは容易な環境ではなかったということ。
この話を言い訳にしたくないので申し開きをするが、
その気になればバイトで金をためて最新PCを買う、参考書見ながらとかいくらでもやりようはある。
しかしそれはやらなかった。これは俺の落ち度である。

むしろこの頃になると、専門的な知識を独学で勉強するよりも、
文系の大学、経済学部で、一応勉強だけはまじめにやっていたのだから、
俺の発想としては、こうだった。

ゲームの面白さについて真剣に勉強する分析する
売れた売れないではなく、ゲームのメカニズムを考える


この方向では、自分はやれるという根拠の無い(今思うと猛烈に恥ずかしい)馬鹿な自信を持っていた。

でも、こういうのはあとづけの理由で、基本的には関係ないのかもね

自分が本当に興味のあることって
他人に何を言われようが辞めることが出来ない


勝手にやってしまう。
辞めざるをえない状態になってもなお、やめられないという強烈なジレンマ。

ゲームなんて、普通おとなになったら飽きていくだろ?
まあ暇つぶし程度にやったりはするだろうけど。
俺は浴びるように馬鹿みたいにゲームばかりやりまくっても、未だに飽きることがなくやり続けようとする


俺自身も、距離をおいたりして辞めるように仕向けたりしても、根っこを断ち切らないと根本的に効果が無い。

さすがに、我を忘れてまでゲームに没頭するということは年齢のせいもありなくなった

☆なぜゲーム?なぜ飽きない?
瞬間瞬間で、プレイヤーに判断を求められる。
こういうシチュエーションの時、どう動くか?それを考えるのが楽しい


もはや俺ぐらいまでにゲームをやりまくると、好きなジャンルとかそんなのはなくなっていく

好みのジャンルとかあるのは、慣れとかセオリーを知っているからやりやすくてそれを選んでいるところがある。

俺ぐらいになると、攻略法とかやり方やセオリーの判断を自分で試行錯誤して発見していくことに喜びを見出すから、攻略本とかそういうの絶対見るのが嫌で、自力で色々試したくなる

それ自体が楽しいから。

映画やドラマを見ているのも楽しいけどね。でもゲームは、基本的にもっと楽しい。

☆死ぬまでにやっておきたいゲームについて
2ヶ月ぽっちじゃあ全く進展することはなかった
家にあるゲームだけでも、候補を全部やりきろうとしたら多分最低1年は必要。

新桃はどうしてももう一回やっておきたかったし、ミラークルム、ロマサガ2、天地創造、デュアルオーブ2、グラディウスV、シャイニング・フォース、市シャイニング・ザ・ホーリィアーク
挙げていったらきりがない

それに最近フリーゲームまで手を付け始めたものだから、こっちでも気になってるやつをやりたいと思ったら圧倒的に時間が足りない

ゲームだけやってるわけにもいかないから、時間を決めてシャットアウトする。

そういえば俺って、ゲームセンターCXが始まった頃の有野課長の年齢
いくつだかしらないが、ほぼ同い年に近い状態になっているのかもしれない


☆DQXもやった
すぐこの前にやろうとしても身体が拒否するとか言ってたのにね
このへんでまた、俺怒られたり突っ込まれたりするのかね
それが嫌なら、伏せておけばいいことなんだけど、ここは俺のブログだからね

終わりが近づいてきた時、
そして、やることないとき、「これが最後の機会か」と思った。それだけだ


常にログアウト+キッズタイムインという最強構成で。

やはり月たった1000円といっても、今の状態で課金する訳にはいかないと思った。
金の問題ではなく、けじめの問題である。
それに、基本的には、人間関係のトラブルがあったことで、もう戻りたくはないのだ。
だからログアウト表示で、サポート借りるときもフレンドや知り合いからは借りないようにした


ストーリー結構長い上に、未だに未完結だったことに驚いた
キッズタイムの2時間じゃ、中々進めなくて何日がかりという有様であった。

1人だけでシナリオ進めるってやったことがなく(かならずフレンドとかとやっていた)、
ボス戦が結構きつくて、いくつかのところで断念しそうになった。

特に2.0以降のボスが異様に強くて、これ1人では進めないだろと思っていたところを、俺は1人で進めた。
「王家の迷宮」とかなぜか時間制限があって、中入っても何するかわかんなくて1回入ってやめた(時間がなかったというのもある)

ラスト付近のボスがやたらと強くて、本当に諦めようと思った。
振り直しの宝珠を使って、ハンマースキル上げて、キャンセルショットしまくったらなんとか行けた(もっといいやり方があるんだろうが、ジョブレベルが全部上がってないし、俺の状態ではそれぐらいしかやり方がなかった)

まだラストまで実装されていないことが唯一の誤算だった(後時間の関係上サブクエストも無視状態)

☆ゲーム以外にやりたいことについて
30過ぎたおじさんが、未経験でゲーム会社入って作り手に回るとか
そんなおっぱっぴーな頭を俺は持ってない。

これまで生きてきて、俺の半生を振り返って、嗜好性とかそういうのをなるべく客観的に書き記していただけだ(実は思っている以上にこれだけの文章でも2時間3時間と時間がかかっている)

そこで俺は今から4年前に小説を書きたいと思い始め、今、どうしても完成させたい企画が2本ある

一本はこの前からブログに公開している「俺の人生はもう長くない」
つい最近まで書きたいテーマは決まっていたのだが、核となる設定がどうしても決まらず、話が進まなかった。

そしてもう一本が、前から書いているネトゲーの話
実は、「俺の人生はもう長くない」の設定が出来上がったことで、そっちを先に書き進められるようになったが、どうしてもネトゲーの話を優先的に完成させたいと思っている。

なぜなら、察しのいい人なら気づかれるかもしれないが、俺の実体験をベースとしているところがあるからだ
ドリキャスのPSOをはじめ、FF11、DQXまでのネットゲームの人間関係の出来事
色々面白い体験をしてきた

しかしそのまんま書き写しただけだと、フィクヨンとしてどうしても面白くならない
設定に難航しているが、日々解決してたりする。どーしても無茶なヒロインの設定に頭を悩ませているが。

叩かれることを意識した上で書かせてもらうが
DQXでは本当に楽しい思いをさせてもらった。
時期的にも、俺がああいうタイプのネットゲームにハマれた最後のタイミングだと思う
1年後のFF14が、またそうなる可能性を秘めたゲームだったが、人間関係の希薄なゲームで、ハマることはなかった


アマチュア作家の人とか、どうしてあんなハイペースで書けるのか本当に羨ましくなってくる

まあ先天的な才能というか、田中康夫みたいに「なんとなく」クリスタルを書くだけで賞をとったりとか
羨ましい限りだ

俺も小説を書くことに手応えや書き進めている達成感と実感があれば、こんなくだらないことをグダッダリしてない。

ゲーム以外にやりたいことと言ったら、

思えば俺は口を開けばゲームゲームと
このエントリでもそんな話ばっかりだが人並みの欲求は持っている


金と仕事の問題が解決したら

焼き肉食いに行きたいなー 食べ放題の
寿司も食いたい ビールも飲みたい
うだつのあがらない人生を歩んでる時こそ飲みたいものだが、我慢している
(一度ノンアルコールのビールもらって飲んだが、むなしいだけだった)

☆まとめ
ニート無職の問題は色んな所で語られているけど、一番しっくりくる議論をしている動画を随分前に見たので、提示する



ニート議論というのは、

「働かないのは甘え」
「働きたいけど採用されない」


という、どちらかの言い分がぶつかり合うか、どっちかに都合の良い論調で語られるものばかりだ。

この動画では、ニート側である俺の言いたいことを代弁してくれているし、
一方で、決してニート側の肩を持つような言い方ではない

終わり際に光浦靖子が言う

「人間には労働欲というのがあって、働かないというのはつらいことなんだ」

なんだかんだいって、無職やニートに落ちぶれる側の人間が少ない日本では理解してもらいにくいことなのだろうが。。
仕事が無いという状況はとてもつらいことだ。
30過ぎて碌な経歴のない俺はその事実を認めて、もう一端諦めた。

誰がこんな人間を取る会社があるんだよと

30過ぎる前からも、色々な会社を受けに行って落とされてを繰り返して、それでも気楽な20代は、そこまで深刻にならなかった。
ダメなら別の道をいこう

しかし30も過ぎると、色々考えるようになる
色々やってきて、動けなくなった。

思えば大学卒業した10年前の時から、就職浪人して昼間暇になって
労働欲を埋めるために始めたのがゲームレビューのホームページだったのかもしれない


あの時、今となっては無用の長物であるhtmlを必死に勉強して、あのホームページを作った。

「生産活動や消費行動が停滞するというのはどうなんだ?」

俺の場合は、ゲームという非常にリーズナブルな趣味だというのに、それさえも我慢せざるを得なくなった。

ゲームやる気力がないとき、やるべき場合じゃない時、俺はいつも「超絶・大技林・秋版'97」を見てやった気になってた。

あまりに見まくって、表紙のところが擦り切れてボロボロになっている。

「いつかこのゲーム買うぞ!!」

とか心のなかで叫んでいた。

'97年秋ごろまでのゲームがほぼ頭のなかに入っていて詳しいのは、大技林を見まくっていたからだ。
逆に'98年以降のゲームになると極端に記憶力が落ちる。

俺は一連の話を書いて、決して社会のせいにするつもりはない
ここ最近は、完全に自分が悪いと思っている
だからこそ、動けなくなったし、動くためのキッカケさえ見つかれば動くのだ
選り好みしなければ仕事はあるだろう、景気がいいかは別として求人がそこら中に増えてる
だがそれに採用されるかどうかは別問題で、俺は色んな所を落とされた
そして、疲れた、動けなくなった
やりたい仕事しかやらないとか、そういう次元の話ではないのだ


数年前からうすうすとは感じていた。
もう俺は、普通に就活して社会復帰コースは無理だと。
だからもうフリーで食ってくしか無いと
茨の道に入っていくしか生き残る道はないと感じていた
しかし人間関係を構築することが出来ないからそれも難しい

俺の人生オールorナッシング!!!!
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