2004-2014 ゲームレビューサイトを運用した10年間を振り返る #2

こうやって2ページ目を作ったが、実のところ、ゲームレビュー運用を振り返ると言っても、当たり前のことながらゲームばかりやっている話しかないので、書くことなんてない。
漠然と書きたいと思っていることはあっても、ぼんやりとしているだけで、具体的な展開が思い浮かばないのだ。
というか俺以外の人にとって、ゲームレビューとかゲームに対する考え方を書いた所で、大半の人間がどうでもいいことであって、それを時間を掛けてわざわざ文章にする意味があるのかと言うところで心の葛藤が生まれている。




前回のエントリで、元々俺はヌルゲーマーで、攻略とか普通に見ながら進めるような人間だという話を書いた。
それに加えて、コンプリート欲が強くて、無駄なやりこみ要素に徹底して時間を使うような人間だった。

あまりにも完璧主義者で、くだらないことに途方も無い労力を昔は使っていた。
例えば、FF7で全員LV99、マスターマテリア全種全員分作成、ドーピングアイテム集めまくって全キャラ全ステータス255とか、そこまで極めようとする人間だった(全ステータスマックスはさすがに断念した)。

DQ3(SFC)で、4キャラ、全特技取得、全アイテムコンプ、LV99をやったりもした(2011年にデータが消えやがった)
DQ4(PS1)でもやったし、DQ7(PS1)でもやろうとしたが、メタル狩りと熟練度上げがだるすぎて途中でやめた

今もこの辺は、自制しないと、PSのトロフィーコンプとか、そういうの際限なく手をつけていく人間である。
キリがないので、クリアしたらそのゲームは終わりというふうに決めている(まだ遊びたいと思っても基本的には辞める)。

ゲームレビューをはじめてから、攻略見ながらゲームをすることをやめた。
後はクリアしたらそのゲームは辞めて、別のゲームへと移るようにした。
2004年当時は、やりこみ要素は無駄なものと言う傾向が強く、今みたいに定着していなかった。
(トロフィーとかアチーブみたいな機能は当然なかったし、やりこんだデータを自慢するみたいな文化は少数派だった)

この頃のやりこみ要素というと、もっぱら、今で言う縛りプレイやタイムアタック、リアルタイムアタック、お馬鹿プレイを意味していた。
逆に、データをコンプリートするとかカンストさせる、今の時代で言うやりこみ要素は、馬鹿がやるものという意味合いがあった
(断っておくと、少数でも、好きなゲームをやりこんでデータフルコンプを目指す人プレイスタイルはあった)


2004年から、攻略を見ないで自力でクリアするようにしていったら、ゲームが面白くなっていった。
自分で試行錯誤して進め方を探したり、探索して隠しアイテムを発見する。これが楽しかった。

ドラクエの話ばかりで申し訳ないが、ちょうど2004年11月にはドラクエ8がでた。
想定レベルより低いレベルで先へ進めると戦歴画面でトロデ王が「低レベルでボスを倒したって何も出ないぞ」みたいなことを言ってくる。

意識してなかったが、今の俺は低レベルで無理矢理進めようとしてたんだということに気づく。
(思い返すと、DQ8自体、そのメッセージが出やすい作りだったのだろうがそこまでのあざとさに気づかなかったわけだ)



そうやって、自力でクリアまで到達した時点で思ったことをコメントするのが、俺のやってきたゲームレビューのやり方だった。
自力でやるというのは、先入観をなくすために、未プレイのゲームに対する情報収集も避けることも含まれている。

2005年とかそれぐらいの時期にはまだなかったが、他人のゲームプレイ動画も見ないようにするし、他人のレビューも読まない(レビュー済みのゲームなどは読む)
世間の評判とかそういうのも、よほど社会現象で嫌でも目に付くようなものじゃなければ、基本的には見ない。
自分がプレイするときには、出来る限り新鮮な状態にしておきたいから、紹介記事とかも極力見ない。

ある種ここまで尖ったゲームレビューのやり方をしていたから、クリアまでプレイ済みであっても、情報収集不足で、間違ったことを書いてしまったり、踏み込みが甘いところがあったり、どうしてもそういう部分が出てきてしまう。
(幾つか痛恨のミスがあったのだが、すぐ思いつくのがスターオーシャン4で、ディスク入れ替えの問題は、俺のプレイスタイルでは一切確認できなかった)

自分の感性だけに頼ってコメントするというやり方をどうしても貫き通したかった。
俺のやっていることに対してクライアントがいるわけでもないし、金とか立場、損得勘定が一切入らない場所である。
そういう場所でやれることを突き詰めてやっていったのがあのゲームレビューのホームページだ。

例えばの話になるが、知り合いや顔見知りがゲーム作っていて、そのゲームをレビューするとなったら、
仮にゲーム自体に苦言を言いたいところがあっても、絶対本音を書けないだろうと思う。
俺の同級生がゲーム会社でゲームを作っているが、同窓会でそのゲームをもし紹介されたら、それを悪く言うなんてなかなか出来ない。





こんな極端なやり方をしていたから、はっきりいって叩かれることのほうが多かった。
まず、このやり方で一番気をつけなくてはならないのは、プレイヤー本人がある程度ゲームが上手でなくてはならないということだ。

ゲームレビューを始めるまで、激ヌルのゆとりゲーマーだった俺としては、初期の2,3年は、ゲームが下手くそで、難しめのゲームにもれなくキツ目のコメントをしているのが、今となっては悔やまれるところだ。
時間と機会があればぜひ直したいと思っていた。

それと、RPGばかりプレイしてて、PS2以降、三國無双など3Dアクションを全然プレイしてないので、研究不足っぷりが目立っていたのも苦しかった。

個人的には、レトロゲームが好みというか、平面処理のスプライトメインのゲーム機が好みだったため、ポリゴン主体の時代のゲームにあまり興味を持ってなかったのが痛かった。

テイルズシリーズとか、なんであんなにキツイ書き方をしているのか、今思うと結構恥ずかしいところだ。
デスティニー2の敷居の高さは今も評価は揺るがないが、テイルズオブリバースなんかは結構楽しんでたと思うのだが。
当時の俺はアクションがヘタクソで、特に3Dタイプのアクションが苦手で、ドラッグオンドラグーンとかキングダムーハツーごときでヌルめのアクションですら苦しんでいたから、俺が気持ちよくクリアできないみたいな言い方をしていて、改めて読み返すと直したくなる。

ゲームが下手だと、難しいゲームを避けたくなるし、やってみても、うまくいかなくて、冷静にゲームを見れなくなる。
これは俺が、初期の頃自分で味わったからこそ、そう感じているのである。

レビュアーはゲームが上手でなくてはならないとまでは言わないが、普通の人より少しぐらい場馴れしてるぐらいでないと、叩かれる対象になる。



クリアした時点でコメント(レビュー)を書くというスタンスだったが、もはや今の時代では、そのやり方は通用しないように思い始めていた。

今のゲームはクリアして終わりという概念が絶対ではなくなってきている。
古いゲームだとポケモンなんかエンディング時点で終わりというとちょっと違うゲームだし(俺は便宜上そこを最後としたが)
昔は、ゲームをコンプリートする(すべてのコンテンツを遊びきる)というスタイル自体が確立してなかった。

いわゆる当時のゲーマーに言わせると、不毛な作業をやって何が楽しいだ?的な
勿論ゲームの方でも、やりこみ自体が浸透してなくて、十分な面白さを提供できていなかった。だから水増しと言われていた。

今は、プレステ系だとトロフィーをコンプするとか、そういう遊び方が標準とまではいわないが、そこまでやって初めてゲームクリアしたと言えるような感じになってきている。

2013年の秋ごろからPCエンジンのゲームをやりだしたが、本体メモリ(セーブ領域)が少ないこともあって、クリアしたゲームは、別のゲームで使うために、躊躇なくデータ削除していた。
ゲームのセーブデータなんてのは、クリアまでの補助機能みたいなもので、クリア直前のデータを残しておいたってあまり意味が無いからだ。

こういう考え方が、今は通用しないように思っている。
サエーブデータを破損しないように、サーバーにアップロードしてまで保存するというプレステネットワークには、今やそんなサービスまである。

ゲームに対する考え方が大きく変わってきたように思う。

他にもゲームレビューのやり方で細かい決め事があったのだが、
・シリーズや関連作は一作目から必ず順番いプレイする
・ゲームジャンルを公平な目で見るために、古い作品から体系立てて見ていく

そんなへんてこな決まり事を色々定めながらやっていた。



それとこれまで俺は、俺のゲームレビューは人に見せるためにやってるんじゃなくて自分のためにやってるみたいな言い訳がましいことを言い続けていた。

しかしやはり、こうやって予防線を張るのではなくて、価値は読み手が決めるものだと今年になって実感した。

こういうものは、支持者がいてなんぼなのである
ありきたりなレビューだなと俺が思っても、そこに読者や支持者が沢山ついていれば、価値のあるものとなっている。

俺はこのへんの考え方が甘かったように思う。

じゃあ支持されるように努力しなかったのか?というと、最初に書いたように、俺は自分のやりたいようにやりたかったから
こびるのは絶対嫌だった。

仮にこの10年のどこかで、結果を求めて読者に媚びようと方針転換したら、今の俺はなかったと思う。
成長したかどうかはわからないが、ストイックにやり続けた結果の今の俺と、成果を求めて媚びていった俺では全く違うものになっていったと思う。



2007年4月に俺は、ゲーム配信を始めた。
最初の数回はびっくりするほど見る人がいなかったが、ある日を境に夜中の2時3時に100人を超える人が見に来て盛り上がるゲーム配信ができるようになった。

俺はこの時、ゲームレビュー開始から3年が過ぎたこの時、
ゲーム配信があまりに面白かったために、ゲームレビューをやめようと何度も思った。

御存知の通り、ゲームレビュー続けてたって文句言われるばかりだし、閲覧者が沢山いたわけでもない
お察し状態の有様だ。

そんなものを意固地に持ち続けるより、ゲームやりながらみんなで楽しく盛り上がる動画配信をしている方がずっと建設的で有意義だと思い始めていた。

この時もまだフリーターで実家ぐらしだったから、親が寝静まる夜中の1時過ぎとかにならないと動画配信はやれずつらい生活だった。
それでも週2,3回は完徹してゲーム配信をやって楽しんでいた。

俺自身、根暗で暗い人間だったから、俺の配信で人が集まってきて盛り上がるなんてことがあるとは思わなかった。

しかし、こんな成果のあった動画配信も、俺は最終的に手放してしまった。

まあもう動画配信を今更戻ってきてやった所で、競争率の凄まじく高い世界で俺はやっていける自信はない。
だからやるつもりもない。



最後になる。

ゲームレビューのページを見せて、ライターの仕事の誘いなんかも頂いたが、なんだかんだいって全部ダメになった。

前にちらっと書いたが、欲しがる人が誰もいなかろうと、俺は自分のゲームレビューのページを記念に自費出版で書籍化したいとか言う夢を諦めてない。

本屋で売りだすとかそういうんじゃなくて、単純に記念に製本して自分の手元に置くという意味だ。

まああとは、このまんまただ野垂れ死ぬか、その前に、色んな所に手当たり次第、ゲームレビューのページとこのブログを送りつけて、自分を売名することを考えてる

どうせ、もう失うものは何もない身だ。
最後に暴れるだけ暴れて消えていこうと思っている。

もう俺の貯金は40万を切った
9月末で終わった寿命
まだ生き続けることはできるが、ここらへんが潮時だと思っている
貯金が0になるまでは生きれるだろうが、自分が定めた締め切りを優先すべきだと考えている
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