好きなことをして楽しく生きていくためにどうすればよいのか 2/2

今、俺は、とある場所でバイトを始めている。
このバイトは、はっきり言って、ほとんどが、他人のためにやってるようなものだ。

ひとつは、実家で同居している親を安心させるため。
もう一つは、こうやってネット上で、俺という人間を見ている人に対してへのメッセージのようなものだ。

良く、その、ニートやら無職やら、長期化した人間への風当たりが強く。
本人が「明日から本気出す」だのなんだの言ったってとても信用してもらえない。

そこでまあ、俺みたいなニート無職、怠け者の鏡のような生活をしてきた人間でも
やる気さえ出せばやれるんだって言う、実例を作りたかった。

例えば、いま俺は30過ぎているんだけれども、それで色んなバイトやら正社員の求人受けても落とされまくって
自信をなくしたりする。

で、30過ぎて人に自慢できることなんて自分にはないし……みたいな自信喪失するような人って結構いると思っている。

そんな人間でも、やる気を出せばやれるんだって言うことを証明したいと思っている。

もう35歳が見えてきてるし、2年ぐらい貯金があったからとほとんどダラダラしていた。

そういう生活を送ってきても、バイトならやる気次第で、別に普通に働けるんだ。
(勿論人によってはバイトじゃなくても、もっと良い待遇でやってけるんだろうが)

いま俺がやっている仕事は、正直結構過酷なものだ。
具体的にどことは書くことが出来ないのだが、言うとたぶんびっくりされるようなところだと思う。

夜勤で8時間で、結構キツイ肉体労働だ。

夜遅くのバイトとか、早朝からの仕事はやったことがあるが、完全な夜勤はやったことがなかった。

まあ、本当にキツイ。
深夜1時過ぎぐらいになると眠くなってくるし、3時4時ころになると、起きてるんだか寝てるんだかわからないような感覚に陥ってくる。
かえって何か食べてしまうと身体が動かなくなるので、出勤後は何も口に付けない。だから空腹にも悩まされる。
(熱中症みたいな症状が出てくるので、休憩時に水分補給だけはするが。職場の規定で就業中は飲み物を飲んだりしたら駄目になっている)

それでいて、休憩時間は、身体を激しく動かしているせいで、全然眠れない。

仕事が終わると、外が明るくて、そのシチュエーションに心が折れそうになる。
そして家に帰っても、寝ることが出来ない。
一日中ボーっと眠たいまんま、次の日(というかその日の)仕事の時間がやってきて、という状態。

俺も色んな所で働いてきたけども、少なくともハードな部類に入る仕事なんじゃないかと言う風に感じていた。
その印象は間違ってないのか、周りで働く人に聞いてみると、やはりキツイキツイと言う。
よく聞けば、長続きしている人も少なく、聞いてみると、まだ来て一年未満とか3ヶ月という人ばかりで驚く。

休憩時間になって休憩室にいけば、もうほぼみんなが横になっていびきをかいて寝ている。

俺は、その様子を見て、壮絶な感想を持った。
これは人間の暮らしではないと。

それで俺はこんな過酷な労働をやってみて、2年ぐらいただぐうたらしてたけど、やろうと思えばやれるんだというのを
確認できたので、その時点でもう別にやめてしまってもいいのだ。俺の中では。

何も、みんなが、こんな囚人みたいなツライ労働に従事する必要はない。

汗かいて、喉がカラカラになってフラフラになっても働かされて。
足がパンパンになって、夜勤明けで生活リズムがおかしくなって、なんか心臓が締め付けられるような生活を
別にする必要はない。
(既に夜勤に従事している人に、喧嘩を売るような内容になってしまって申し訳ないけども)

それで一日の日給100万円とか、時給5500円とかなら、喜んでやる人が出るだろうが。

ちょっと下世話な話になるが、「ボンビーガール」とかいうテレビ番組があるのをご存知だろうか。
その名の通り、貧乏生活をしている人たちを紹介している番組だ。

車内生活をしてるとか、僅か1.5帖しか無い部屋に寝泊まりしてるとか、びっくりするような生活を送っている人がいる。
そういう人たちに共通しているのは、夢を追って好きなことをやって生きているということだ。

だからつらそうな表情はしてないし、むしろそういう状況を楽しんでいる(そう見せている、演出してる所もあるが)

俺もほんの1,2年くらい前までは、貧乏生活とかひもじい生活が嫌で、なんか、いわゆる普通の生活をしたいと言っていたと思う(このブログでも)

ところが、長い期間収入がない生活をずっとやっていると、そんな安いプライドがなくなってきて「別にいいや」と思うようになるのだ。
食事なんか、5袋入って安く買える袋ラーメンでも十分満足とか
そういう風に思うようになってくると、生活するために必要なお金ってのが、けっこう減らすことが出来る

俺は、ラーメンが好きなので、250円位で買える1つ5袋入った袋ラーメンを、醤油、味噌、塩を買っておいて
その時の気分で、3種類から一つを選ぶ。そして、そこに卵か、もやしでも入れて食べれば、
なんか、不思議とラーメン屋のラーメンでも食べてるような気持ちになってきて、満たされる。

それ一日2食でも別にいいやって思うのだ。

それだけだと偏食とか栄養失調になるだろうから、安く売ってる肉でも買って焼いて食ったり
俺は焼きそばも好きなので、惣菜コーナーで値引きされたのを買ったり、自分で作ったりすれば、まあだいぶ安くあげられる
あとはおにぎりでも握って、冷蔵庫にでも入れとけば、非常食みたいに食べるみたいなことをやってる。

人と毎日会うわけでもないから、風呂や洗濯の回数も減らせば、水道代とか洗濯洗剤だって節約できる。
散髪代だって、自分で切れば、必要なくなる。
汚い話かもしれないが、切り詰めればそこまでやれるって話だ。

俺は未だにパズドラをやったことがない。
それどころかスマホをこの手で触ったこともない。

携帯が普及した時に契約したことはあったのだけれども、どうせバイトの呼び出しぐらいにしか使わないなら
いらないと思って、解約したのだ。

それ以来、一度も携帯を持ったことはない。

俺って、昔っから、社会に出て働くという行為自体に疑問を持っていて。
俺が若いころってのは、それをして当たり前という空気が今よりも凄く強かった。
時給なんて600円ちょっとで、今考えると恐ろしく安い賃金で働いていた。

労働自体は中学の2年の秋から、新聞配達を始めたのだけれども、
そのあと、大学に入ってからは、マクドナルドの厨房仕事をしたことがあった。
(ちなみにそこのマクドナルドは現在潰れて無くなってしまった)

その時に、働くこととか仕事についてのことに、疑問を抱くようになった気がする。

言っちゃ悪いけども、マクドナルドの厨房バイトなんてのは、まあ、機械みたいな仕事である。
注文を受けて、すぐ客に出せるように、設備が整っていて、オーダーが入ったら、マニュアル通りテキパキ動いてハンバーガーを作る。
それ自体は調理と言っても、なんか、インスタントラーメンとかそういうのを作るような作業に近くて、
どちらかと言うと、そういうのをサクサクやれるような人のが得意な仕事だった。

まあ、俺は恥ずかしながらトコトン不器用で。
結構長くこのバイトをやっていたのだけれども、どうしても早くやることができなかった。
特に、出来上がったハンバーガーをきれいにラップに包むというのが、どうやってもうまくやれなくて困っていた。
他にもポテトを適正量入れて出すのも、なかなか安定してやれず、仕事に入って一時間、
レジの方から、ダメ出しやポテトの生産(ただ、あの紙ケースに入れるだけなんだが)が遅いと怒られてた。

それで、当時マクドナルドは絶頂期で、土日や休日ともなれば、いつも長蛇の列が出来るほど流行っていた。
だからとにかく忙しかった。

材料が無くなって、ハンバーガーを出せませんとなりそうになったこともあった。
店長だか、複数店舗を束ねる人が、他店舗から余っているものを急遽車で運び込んで事なきを得た。
毎回、天井近く積み上がったバンズが入ったケースを持って来る。
でも、金曜土日祝日ともなると、その大量のケースを半日持たずあっという間に消化してしまうのだから恐ろしい時代だった。

最終的に約一年くらいそこで働いたのだけれども、もう俺にはこの仕事が向いてないと思って
1ヶ月ちょっとでやめようとしたぐらいだった。
その時は辞めさせてもらえず、凄く年上の店長クラスの人が、いるときは気を遣って俺の様子を良く見てくれたりしていた。

それでも、頑張っているのだけれども、後から入ってきた人にも負けるほど仕事が下手で、うまくやれなかった。

そんな所で働いてた時に、感じたのがひとつあった。

マクドナルドの場合、希望勤務シフト表というのがあって、働きたい時間というか、希望勤務帯を記入する書類みたいなのがある。
そこに、いつなら働けるか、言い換えると、働きたい時間を記入する。
それを見て、シフトが作られていくのだけども、俺は最後の頃は、もういやになってて、その書類に働ける時間を書くことをやめて
半バックれ状態になってた。
所属はしているが、シフト表に俺の名前が載ることはほとんどなくなり、段々とその存在が消えていった。
最後には、一ヶ月ぐらい全くそのまま行かないことが続いて、電話で辞めますみたいになって終わった気がする。

そこで俺が感じたのは、仕事なのに、働ける時間を書いて、休みたい日とか、そういうのを提出する。
なんていうか、うまくいえないのだけれども、仕事ってやってて楽しいものだと当時から思っていたんですよ。

だけども、休みたい日を書いて、例えば2連休とかになれば嬉しいとか休憩部屋で公言したり、平気でする。
お金稼ぎに来てるのに、なんか、仕事休みの自慢がされることに違和感というか、なんか、なんか違うと思った。

それは、簡潔に捉えると、嫌々仕事しに来てるということなんだと思う。
で、みんな土日祝日とか、盆や正月は休みたいが、一部の人は休めず、しょうがなく働きにやってくる。

当たり前なんだけども、店は年中無休で空けてて、そこには従事する人が、何人か必ず必要で、
そこでの仕事ってのは、もう一年間、全く同じ仕事の繰り返しで、面白くないわけです。

なんか、なんかまだ、新聞配達のほうが、自分のペースで仕事がやれて、囚人とか奴隷みたいな重い雰囲気はなくて、
そういうことを気にすることはなかったのだけども。

いっぽうで、同じ仕事でも、仕事であそこに出張したとか、研修で行ってきたとか
そういう変化のある仕事も、意外とたくさん世の中にはあって、

そういうもの全てが、楽しい仕事とイコールではないが、少なくともマクドナルドの厨房仕事だったりレジだったり。
他にも工場や倉庫みたいな、、毎日同じことを繰り返すだけの、あえて言い切るけども、、つまらない仕事。

つまらない仕事に執着する必要もないと思っている。

さっき書いた、出張で色んな所に行く変化のある仕事ってのは、だれでも入れるような仕事だと警備とか。
これも、面白い仕事とは思わないけども(いまそこで従事している人には申し訳ない書き方だけども)。
色々苦労は聞いてるから、楽しい仕事とまた胸を張って言えるものではないだろうが。

それでも少なくとも、警備会社によっては、仕事場が地方になるとかだと、やっぱ変化があってその瞬間だけは楽しいわけです。

今書いた、毎日同じ所で同じことしかしない仕事よりかは、人間らしい仕事だと思う。

会社の金であそこ行ってきたぞーとか、写真撮ったり、名産品買ったり、まあ出来るわけです。

それで、俺がちょうど働き始めた仕事先も、今書いたつまらない仕事で、数日間働いて、もういつやめようか考えてる始末である。
まあさすがに俺もいい歳で、昔みたいに3,4日で嫌になってやめたってことはしないのだが。
(厳密には、それをしたことはないのだけれども)
初日か2日やってみた段階で、「こんなのずっとはやれねえな」と強く感じたのだ。

なんか、なんか日本だと、仕事は辛くて耐え忍ぶものみたいなイメージが固着してしまっている。
それは、その一面は確かにあるのだけれども、そうあるべきという思考性は、21世紀にもなって15年も経った
現在の日本の状況を見ると、なんていうか、全く時流に沿ってない気がしてならない。

俺は、すでに15年前から、仕事は楽しいものであって、好きなことをやれば良いと思っていた。
あれから15年経って、その考え方はより一層、強まっているように感じる。

今の書いた話を一つ裏付ける事実として、日本国内の、日本人の労働力だけでは、国内の雇用がまかないきれない状態になっている。
まあ、こういう書き方はあまりしたくないが、コンビニとか倉庫の仕分けだとかっていう、そういう仕事。
すでにそういう職場では、かなりの割合で外国人労働者が日本人に混じって働いていて、日本のインフラというか、
社会を支えている。

今は、こうやって日本がまだ、世界から見て魅力的な国と思われてるからいいかもしれないが
それも、10年20年もすれば、どうなってしまっているのか、果たしてわからない。
どうでもいい国と思われ始めたら、こういう外国人労働者がわざわざ日本に来て働くということもなくなる可能性がある。
そうなった時は、日本という国がどうなってしまうのか非常に心配になる。

まあ、だから俺がいいたいのは、好きなことをして生きるってのは決して罪なことじゃないと思っている。

昔の日本は、世界から見て、勤勉で、働き者という評価を受けていたと思う。
そして今の日本。
世界からどう思われているかというと。
勤勉の精神は、おもてなしに受け継がれ。
ゲームやアニメが物凄い権力を持ち、外国人の知ってる日本語ランキングの上位に「kawaii(可愛い)」が入っているほどだ。
一昔前は、寿司、すき焼き、天ぷらがテンプレだったものが、それらを押しのけて「可愛い」が入っているのだ。

この結果を、20年前の人たちが想像できただろうか?
仮にタイムマシンで昔に飛んで、この事実を伝えても鼻で笑われるだけだと思う。

また、この今の日本のイメージから汲み取れる事実として。
真面目で働き者であるというのは、世界から評価されなくなったといえると思う。

そんなのは取り柄のない人間のやることで、誠実に真面目にやってるからって面白くもないし生産性が高くもない。
機械がやれることは機械やコンピュータがやれば良くて、そんなのが取り柄だと言われても面白く無いから評価もされない。

だからといって、好きなことをやって生きればいいと、それを結びつけるつもりはないんだ。

好きなことをやって生きることができれば、やっぱり楽しいわけです

例えば今の俺が置かれてる立場のように、皆さんの感覚とか、分かるんですよ。
(正社員勤務は短い期間しかしてないから、わかることは出来ないが)

毎日、仕事やお金稼ぎのために時間に追われて、そのせいで余裕がなくて、なんかつまらなくなってる
人生がつまらなくなってる。
それでストレスが溜まって、凄くイライラする。

今の俺なんかは、夜勤で重労働で、家に帰ったら朝で、帰っても眠れず、その日も出勤だと、何も出来ないまま日にちだけが過ぎていく。
足腰痛くて、思ったように動けないし、
それ以外にも、なんか、仕事を始めてしまうと、家のこと以外にも、毎日身ぎれいにしなきゃならなかったり
色々、仕事の準備というか、やらなければならないことが増えて、日々の生活がたったそれだけに追われてしまう。
こういう状況下に置かれると、気づいたら、生活が仕事で全てになってしまって、自分でも何やってるんだかわからなくなる。

そういうツライ日々を、今だけじゃなく、過去にも送ってきているから分かるんですよ。

そうしたら、好きなことをやって生きている人を見るとむかつくし、腹が立つし、殴りたくなってくる。

でも逆に、自分が、好きなことをやって生きるようにすれば、そういうストレスから解放されるとも言えるわけで。

俺は今年の8月から、RPGツクール3でゲームを作り始めている。
これまで、ゲームレビューばっかりやっていて、今もゲームレビューをやり続けたいと思っている。
それは別として、ゲームも作りたいと思っていて、それを急に思い立って、実行に移した。
そしたら半月などあっという間で、バイトの予定を入れたことを後悔したぐらい夢中になってしまっている。

他人から見たら、まだまだ笑われるレベルなのだろうが、俺が楽しいからいい。
まず、本格的なものをいきなり触って、プログラム言語にいきなり入って疲れ果ててしまう前に
なんか、簡単でもやる気になれば命令文を組める、ホントに超簡単なソフトからはじめて、
その次、その次、と段階を踏んでいったほうが、やりやすいと思っただけで。

これも今のちょっと納得の行かない待遇のバイトが始まると
なかなか時間を作れず、やはりツライ生活というか、こんなにツライなら、さっさとやめて
もっと楽にお金稼ぎできる仕事と割りきって、やっていれば、良かったなと感じている。

最後になるが、これまで書いてきたことで、たった一つ触れてない問題点がある。

それは、好きなことがイマイチわからないという人だと思う。
休みとか空き時間があったって、別にやりたいことがなくて、ただボーっとテレビ見たり、動画見たりしてるだけ
それなら頭空っぽにして、ひたすら働いてるほうが楽だという考え方だ。

俺は、賛否両論あると思われるが、こういう人種の人達は、貯金でもあるなら一度思い切って仕事を全部やめてしまうのも
全然ありだと思っている。

それでゆっくり考えて、まあいいとこ1年もなんかそうやって俗世から離れていれば、嫌でも辞めたくないようなことが出てくると思っている(それに気づくと思っている)

最初は、背伸びしなくて、なんか、なんか例えば俺だってそうだったが
しょっぱなは、ゲームが好きだからひたすら沢山のゲームをやって、それの感想をレポートするというところから始まった。

そんなの、ここを見てらっしゃる多くの人からすれば、ただ遊んでたいだけだろ、と思われるんだと思う。

それが一段上がって、「よし。ゲームでもつくろう」とでもなれば、
俺がそうなるかは別として、それを他の人が見て、応援したくなったりするかもしれない。
ゲームレビューよりも、応援したくなる確率が上がるとは思っている。

案外難しくてうまく出来ないだろうと思って来たことも、案外アクションを起こしてみると、そうでもない部分もあったりする。

俺は、辛い仕事を耐え忍んで生きていくスキルを伸ばしていくことよりも、
好きなことをやって楽しく生きていく方法を考えるほうがずっと建設的で豊かになれると思っている。

人生につまずいている人は、どうか、これを読んで考えなおしてみていただきたい。

終わります。
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