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日本中で苦しみながら生きているすべての人たちへ

人は悩みながら生き続ける生き物だ。

そして俺は、長年ある一つの命題の答えが見つけられず、一人延々と悩み続けていた。

一般的な人からすれば、悩むようなことではないことに、俺は悩み続けていた。
だが、その悩みについても、10年以上考え続けることで、ようやく答えではないが、自分の中のもやもやとした考えが形にできるところまでやって来ることが出来た。

だから、語ろう。
俺のその長期にわたって鬱屈と一人で抱え込んでいた気持ちを。

この日本で、俺と似た境遇で、苦しみながら生きている人はたくさんいるだろう。いや、たくさんいると信じたい。

俺はずっと苦しみながら生きていた。

普通の人と同じような生き方をしようと、いくら頑張っても、その普通の水準にすら達することが出来ない。

学校を卒業して、
会社に就職して、
親元から離れて自立した生活を送る。

どこかで、異性と出会い、結婚して寄り添いながら生きていく。
子供を作り、家庭を持ち、週末には車に乗ってどこか遠いところへドライブし、帰りはファミリーレストランで晩ご飯を食べる。

俺は今もそんな絵に描いたような幸せでありながらもありふれた普通の生活に憧れているところがある。

頑張ってそこに到達しようと思っても、そこにすら立つことが出来なかったんだ、俺は。


小林よしのりさんは、今の時代は、そんな平凡の生活を送ることすら難しいと言い切っている。

だが、周りは、他人は、いや、
俺の場合は、親ですら容赦なかった。

怠けるな!
努力しろ!
働け!
自立しろ!
甘えるな!
人間のクズが!!

10年
10年だぞ!?

俺はありとあらゆる人間から、馬鹿にされ、見下され、煽られ、時には殴られて生きてきた。

しかし、俺は本当に怠けていたのか?

冷静に、自分という人間を振り返った時、俺は他人の目がいかにいい加減だったのかということがわかったのだった。

気づけば、バイトも含めると受けた会社は10年で100社以上になっていた。

俺はそんなもの、数える時間が勿体無い。振り返るのも馬鹿馬鹿しいと、一々そんなもの数えたことがなかった。

不採用通知が送られてくれば、その場で破り捨て、ゴミ箱にポイして、忘れるようにしていた。
どうやら不採用通知というのは、会社を受けに行ったという重要な証拠書類らしく、こうやって処分してしまうのは愚かな行為だったらしいが。
本当なら、不採用通知のすべてを取っておきでもすれば、それを持って生活保護を受けたりなんだり、色々な権力を持つこともあるらしい書類らしいが。
だから、去年受けて落とされた会社からは、不採用通知をきちんと保管している。
これだけ頑張ったけど駄目だった。俺は働けないんだという、証明になることもあるかもしれないらしい。

俺は人からそれっぽいことを聞いただけなので、詳しく調べたわけではないから、わからない。
だが、取っておいて損はしないのだろうと今になれば思う。

10年で100社というのは、単純計算で見れば、少ない方なのかもしれないな。
だが、この間、フルタイムの契約期間でびっしり働いていた時期もあるし、フルタイムじゃなくてもバイトをしていた時期もかなりある。

真剣に就職活動だけをやってるかどうかという尺度で見れば、100という数字は少ないのだろう。
そこら辺は自己正当化する気もないが、俺自体も、今日は午前に2社、午後は4社
こんなペースで受けたことは無い。

しかし、人生において、100社以上も会社を受けてる人
本当に100社以上も受けてる人って、当たり前のようにいるのか?

いや、いないとは言わない。100社以上受けてる人は普通にいるだろうよ。
だけどな、その100社受けてるという現実が、既に異常事態だったと言うことに、まず気づいたほうがいい。

100社も受ければ、どっかしら正社員で採用されて、拾ってもらって、普通の水準の人生ぐらい送れるだろ…

たぶん、みなさんはそう感じるのだろうと思う。

就職活動なんて運であって、たくさん受けてればいつか自分に合った会社に出会う。

・・・・・・・


・・・・・・・出会わなかったんだよ、俺は。


よくよく考えてみてほしい。
この考え方は、実に楽観的で根拠の無いものだということを、俺を見てわかってほしい。
もちろん、同じ境遇で苦しんで心をやられている人たちにも、安心して欲しくて、これを書いている。

そんな、たいかん(体感)の人生観が、すべての人間に当てはまると思うな。

大半の人間は、それでうまくいくのかもしれないが、俺は上手くいかなかったんだ。

俺は吐き捨てるように言った。

100社以上も受けて落とされれば、もう落とされることにも慣れた。
ああまたコレだ

不採用通知が送られてきた時、普通の人は傷つくのだろう

だが俺は違う

ああまたコレだ

まるでゲームをやってて、ゲームオーバーになって操作を一切受け付けなくなって、仕方がないので電源ボタンに手を伸ばすような感覚。
事務的に、また落ちたからステージ1のスタート地点からやり直すような感じ。
不思議のダンジョンで地下1階からレベル1で裸一貫でやり直すような感じ。
あの、
あの、けだるい感じだ。あれを何十回味わったことか。

俺は履歴書何枚書いた?
何枚、ペラい職務経歴書を印刷した?
証明写真代をいくら使った?
(行きつけの写真屋さんなんか俺の顔をすっかり覚えていて、言いさえしないが、また来ましたねみたいな空気を出す)

考えるのもゾッとする。

20代の若いころは、たくさんアピール項目がある“受かる履歴書”とかいう、ちょっと高いやつを買ってきて、それを使ってた。
ご丁寧に、定形外郵便の封筒と、写真貼り付け用の両面シールもついてくる。高いだけあっていい仕事をする。

俺の目的はそれだけじゃなかった。
この履歴書には、自己アピールや志望動機を書けるスペースが大きく取ってあり、若いころの俺は、
こういう履歴書を使ったほうが有利だと思い込んで、愛用していたのだ。

だからいちいち、一社一社受けるのが面倒だった。
なぜなら、そのスペースをびっしり埋めるために、会社ごとに志望動機を書き直し、必要とあれば自己アピールも何度も何度も見なおして、書きなおしていた。

俺は、学生時代の就活用履歴書はもっと自己アピール欄が多かったから、コレでも足りないぐらいだと思っていた。

正直、俺は履歴書を買いまくってるから、ちょっとした履歴書マニアになってしまったぐらい履歴書を買っている。

そんな履歴書も、時代の流れとともに淘汰されていって、若いころ愛用していたアピールたくさんできる履歴書はなくなった。
どこの店に行っても、今はJIS規格の、決まった履歴書しか売ってない(東京都内とか行けば豊富なラインナップなのかもしれないが)
今の履歴書は、大概、使い回しがきくような作りになっている。

俺が住んでいるところは、地方の田舎だから、これだけ受けまくっていたら、受けるところがなくなるというものだ。割とマジで。

だからもう、去年なんかは、恥を忍んで知り合いの会社に受けに行ったりした。
書類選考だけ顔パス、面接後、当たり前のように落としやがったが。

とにかく、普通の生活をおくるために、俺はありとあらゆることをやり尽くしたつもりだ。

色々試したよ。

毎日早起きしてハローワークに通って、新着求人をチェック。
半年間、毎日通った。

相談員に相談もした。
だが、ハローワークというものは、俺みたいに本当に困っている人にこそ、冷たい。
助けてくれない。当てにならない。
ハローワークなんか来なくてもいいような人間には優しく接するが、俺みたいな人間には匙を投げる。
こんな施設、いらねーだろ

何度、そう思ったか。

年齢重ねて慌てて通いだしたんじゃない。
20代の若い頃から、通っていたよ。

だけどその時、相談員に冷たい対応を取られたから、あんなところ頼りにならんと、あっさり切り捨てたんだ。

そして、半年間ハローワークに通い続けて、やっぱり俺は同じ結論に達した。

結局半年通い続けても成果がない。ただ俺は、ハロワに通って就活してるんだと言う姿を周りに見せて、その姿に酔って無駄な時間を過ごしてただけ。

俺をハロワから引き剥がしたのは、ドラッグストアの店員だった。

俺が通ってたハロワは、家から遠いくせに駐車場がなかった。
だから、近くにあるドラッグストアの駐車場に違法駐車していた。半年間毎日。

すると半年後のある日、いつものように違法駐車をしてハロワの方へ出ていこうとすると、そこのドラッグストアの店員が乗る車と鉢合わせしたんだ。

俺と目があったその店員は車から降りて、俺のことを呼び止めた。

「ちょっと、困るんですけど」

気の強そうなオバサンだった。

俺は軽く怒られた。

その日を境に、ハロワへ通うのはやめたよ。

俺は、ドラッグストアの店員に目を覚まさせられたのだ。
あのことがなければ、俺はいつまでハロワに通い続けていたのだろうと思う。

不謹慎だからと、ゲームやネットを絶ったりもした。

ハロワへ行く、就活以外でやることがなくなったら、畳の上にゴロッと横になり、ただただ時がすぎるのを待つだけ。
明日の新着求人で受けるところが出るだろうとか、明日来るフリーペーパーの求人広告になんかあるだろう、それを待つ。ひたすら待つ。こんな囚人のような生活を、自ら手足を縛り付け実行していた。
いや、今思い返すと、これは囚人というより、死んだ魚のような目をした生活は、廃人という方がふさわしいのではないか?

遊ぶことは許されない。
仕事が決まるまでは、たとえバイトでもいい。それまでは、暇で時間があっても我慢せねばならない

そうやって、遊びごとから一切を遠ざけたりもした。
(たびたびブログが放置状態になっていたのは、これが理由の一つだった。全部ではないが)

神棚の神様に祈ったり、仏壇を毎日洗って、線香をあげて拝んだりもしていた。

そういうことをしていたら、神様、仏様が見てくれていて、きっといい方向に人生が進んでいくのだろう
なんて、頭のおかしいことまで考えだして、それを実行するまでに病みだしていた。

だが。
アニメやドラマの世界のように、そんな都合の良い設定なんて当然なくて。
誰かが助けてくれたり手を差し伸べてくれたりなんて展開なんてなくて。
そんな修行僧みたいなことを勝手にやっていたって、天から誰かが見てて不思議な力で俺を導いてくれるなんてことは当然起こらなくて。
ただただ、時間を無駄に浪費しただけだった。

この頃だ。俺一人の力ではどうにもならないからと、あらゆる相談機関に相談した。
(正確な時系列は違うのだが、同時期と考えてもらっていい)

そして、障害者支援施設に相談して、俺は、障害者の作業所で障害者として働くことになったのだ。

なぜこんな施設にまで相談に行ったのかということを、今日初めて俺は暴露する。

俺の妹は完全に植物状態の障害者だ。
だから、障害者の福祉施設について、自然と詳しくなる。
そのつながりで、障害者だろうが相談に乗ってくれるところならどこでもいい!
恥ずかしかろうが、知り合いのところなら、尚更突破口が見いだせるかもしれない!

俺はわらをもすがる思いでそこへ相談に行ったのだ。

しかし、その結果がこのザマよ。
俺は障害者でもないのに、相談した日の午後にはもう、作業所へ見学に連れて行かれ、その後市役所へ連行され精神障害者鑑定みたいなのを受けさせられた。

考えたり拒否する隙間や時間すらなく、もう俺は勝手に障害者にされて、その障害者施設で障害者として働くことにされた。

(ちなみに障害者になったといっても、障害者手帳が発行されたわけじゃない正式な障害者ではないから、障害者年金みたいな恩恵は一切受けてないことを、きちんと触れておく)

知的障害者と一緒に、毎日暗く暑苦しい工場で、汗だくになって同じことを8時間繰り返す単調な作業。
しかも給料は、最低賃金より遥かに低い時給で働かされる。

まるで地下世界のカイジのようだ。

一体何をしてるんだ俺は

それでも俺は、最初の一ヶ月は文句を言わず我慢して働いた。

これが今、俺がやるべきことなんだと毎日無理矢理にでも言い聞かせながら。

一ヶ月がむしゃらに働いて、もらった給料明細に俺は愕然とした。

あまりの給料の安さに、俺はたまげてしまったのだ。
さらに残酷なことに、俺は労働者じゃなく施設の利用者だというので、その少ない給料から施設利用料1万円も差し引かれているのだ!

こんな、こんな・・・

こんなことがまかり通るのか?
こんなことがあっていいのか?

それまで俺は最低賃金以下で働いたことがなかったからわからなかったが、とりあえず働けば、それに見合ったお金がもらえるものだと完全に思い込んでいた。
いや、こんな経験したことなければ、みんな普通に思うことだろう。

この時だ。
俺はこの時、あらゆる価値観が崩壊した。

そしてすぐ、この作業所に押し込めた相談機関に電話した。

「ちょっとこの待遇では働けないです」

電話口から聞こえてくる声は、無残なものだった

「なぁに言ってるの!我慢して、はたらきなさーーい」(誇張なし)

ブチッ

・・・・・・こんな

・・・・・・・こんな、無責任なことがあっていいのか?

俺はそのまま、まさに言葉通り、誰もいない過疎地の歩道の真ん中でがっくりとくずおれた。

2ヶ月後。俺はその作業所をやめた。
(俺がウジウジしてたんじゃなくて、施設の人がすぐにやめさせてくれなかったのだ)

その後、俺は職を転々とした(短期バイト)。

いや、基本的には俺のこの10年間は、職(バイト)を転々として働いていたようなものだ。

そんな辛酸を嘗める生活を送って、ようやく俺は一つの真理に行き着いた。
だからそれを、最後にそれを、同じようにグダって辛い人生を送っている人たちに伝えたい。

断っておくが、俺の真理というのは、具体的な問題の解決策とか打開策でも何でもない。
ただ、気持ちを切り替えるような、悶々とした状況、生活を打破するキッカケか、何かにすぎない。
思考停止して、負け組は負けたまま諦めるしか無いと思い込んでいた頭のなかを、一旦整理する程度の情報量にすぎない。

日本が抱える深刻な問題点に、若者の雇用問題がある。
特に、ニート、フリーター問題は、その問題の本質を語られることなく、今にその問題は続いている。
そしてこれは、誰も解決しようとしないし、解決できないだろう。この問題を国がなんとかしてくれるとか考えるのも大甘と思ってもらったほうがいい。

基本的に、日本ではニートもフリーターも、自己責任のあまちゃんで、怠け者という認識だ。
それは2016年になっても、その価値観は変わろうとしていない。

そうやって、俺たちに、責任を押し付けて、俺達が悪いことにされている。

さすがにこの数年、高齢化社会が深刻化して、人手不足の職場が増えてきたことで、
ようやく世間の目が、俺達の落ちこぼれの境遇と真剣に向き合おうという入口付近に近づこうとしている。

これだけ苦しい思いをしてきたのに、甘えん坊だとか徹底的に悪者扱いされて、薄給で行き場もなく放浪してきた。

だが、もう俺の中ではそんなことは、もはやどうでもよくなっている。

この中にやりたくてフリーターやニートしている人もいるだろうし、それをここで一括りにして社会の問題点に斬りかかるつもりも何もない。

俺は所詮、個人だから。そういうマクロな視点で物を語ることは出来ない。

だからこの先の話は、俺個人の体験によるものになる。

俺は親父に、良く仕事をしろ、働けと10年にも渡って怒られ続けてきた。
その問題を自分でなんとか出来ないことには目を向けてもらえず、とにかく怠けるな働けの一点張りだった。
(よくよく思い返してみると、俺は親に不採用になったことは一々伝えてないので、怠けてるように見えるのも当然だったのかもしれない)

思うに、この親の言う仕事と、俺の仕事という定義が、ぜんぜん違うんじゃないかと思う。

俺がやってきた仕事っていうのは、倉庫や工場でただ機械みたいに無機質に働く、いわゆるライン工みたいなつまらない仕事。
まあ、フリーターとかってのは、大体このような仕事が多い。
いつやめたって、替えがきいて、やることも単調。そして、給料が安い(バイトだから)。

良く、テレビとかで飲み会に行きたがらない最近の若者とかってたしなめるようなシーンが見られるが、
俺に至っては、飲み会をするような職場に行ったことがない(厳密には全部が全部そういう職場ではなかったが)。

そういうライン工みたいな職場なんて、暦通りの休みもなく、仕事場は毎日フル稼働で、休みの日だってバラバラだ。
それに、みんな飲み会を出来るほど給料をもらっていないことを、暗黙の了解でわかっている。
そして忙しい。休みはバラバラで、まとまった休みなんて取れない。

大体、こういう仕事が嫌になってやめるのは、仕事がつまんなくて耐え切れなくなって(飽きた、キツイ)やめることがほとんど。
人間関係で嫌になってやめたなんてのは俺はそれほど大きな理由にはならなかった。

親の言う仕事ってのは、俺は従事したこと無いから上手く説明できないが、まあテレビやドラマに出てくるような感じの仕事なんだろう。
あそこまで絵に描いたようなホワイトな仕事とは思ってないが、無機質な機械みたいな仕事じゃなくて、ちゃんと個があるような仕事。

俺は頑張ってなんとかそういうちゃんとしたというか、長続きできそうな仕事を探して何度も書類を送ったりもしたが、どうしても入ることが出来なかった。

結局、いくら頑張っても、最後に採用されるのは、みんなが嫌がるような、そういう深夜の倉庫整理みたいな機械みたいな仕事だけだ。
最終的にはそのみんなが嫌がる仕事に、望まぬともどうしても行き着いてしまう。

そんなことを10年以上も繰り返してきたら、嫌でも気づいてくるのだ。

アレ、おかしいぞ。と。

こんなみんなが嫌がる無機質なライン工の仕事でも、自分一人で暮らしていけるような給料が支払われるのなら我慢して働く余地もあるだろう。

だが、それも厳しい。

俺はこの方向で、正攻法で生きていくことは諦めなきゃならない、ということに勘付いていく。

この頃一番、仕事について考えたと思う。
年齢的に考えるのが遅すぎだろと思われるかもしれないが、就活生の時みたいな仕事に対する考え方とかとは
また違った見方だったと思う。

世の中にはいろいろな仕事がある。
一般的に想像される仕事のイメージは、汗水たらして働くキツイものだ。

そして俺は、そういう仕事ばかり下っ端でやってきた。

飲食店の厨房で油まみれになって一日中食品を作ってたり、
中学2年の頃から始めた新聞配達。夏は暑い中汗かいて新聞配って、冬は川から湯気が立ち上るほど寒い日に、寒さに耐えながら配達したり
そして倉庫で荷物整理や仕分けの仕事を腰を痛めながらやったり

もう、田舎だからそういうオーソドックスな仕事しかなかったが、そんな仕事ばかりやっていた。

そんなもんだから、俺だって、仕事についてじっくり考えることがなかったら、そういうものが仕事だと、もう完全に思い込んでいたと思う。

でも、良く考えたら世の中にはいろいろな種類の、それ仕事って言えるのか?って言う仕事まである。

例えばテレビ番組の制作会社なんてのは、キツイ職場であることはわかっているし否定しないが、
ああいうクリエイティブな仕事は、そのぶん楽しい部分もあるはずなんだよな。

少なくとも、毎日流されるようにただ荷物の整理や食品製造に追われるライン工の仕事のキツさにはないやりがいがある。

やったこともないのに知ったふうな口を利くなというが、俺には、やったことのない仕事を上手く語れるすべがない。
周りにテレビ番組の制作会社勤務の知り合いでもいれば説得力を持たせられるのだろうが、残念ながらそんな人はいない。

同じ給料が安い仕事で、キツくても何か面白そうな仕事は、結構あるということだ。

それに正社員として自立して働いているからといって、全員が立派かというと、案外そうでもないぞ

これは俺の身の回りの話だが、俺の妹が通っている障害者の福祉施設の社員なんて、結構楽してるところがある。
楽ばっかりしてるとまでは言わないが、いい思いしているというかな、手を抜けるところがあるというかな、
あんまりうまく書けねぇが、立派に使命感を持って働いてるかというと、結構気が抜けてたりするんだよな

ちょっと前に、アニメーターの給料が安すぎるとかって画像が流出して問題になってたけど、
給料が安いことを正当化する気はさらさら無いが、じゃあそれより給料の高いライン工の仕事を、やるのか?っていうと、嫌だろ?

まあ、アニメーターの待遇の改善については全く別の問題だけども、給料が安くても好きな仕事だったり楽しそうな仕事やってるほうが、結構幸せだと思うんだよな。

アレじゃ暮らせないからって、アニメーターやめて、俺がやってるライン工みたいな仕事に転職して、毎日腰を痛めながら働けるか?嫌だろ?

俺はその選択肢すら選べないから、
というか、俺と同じように選択肢すらない人間がそういう仕事をやっているわけで。

俺だって、できたらそれだけで食っていけなくてもいいから好きなことで仕事していたいんだよ。

だからアニメーターの件については、同情の気持ちなんて全く無いし、なんとも思わない。
会社がもっとしっかりしろよとは思うが、そこで働く人たちが給料が安いからやめて、全く興味のないきつい仕事をやれるかっていうと、本音は無理だろ?

これこそが、俺が悟った真理の一つだ。

それで俺は、考え方がだいぶ変わっていった。

生きるために生活費を稼ぐ
きつい仕事をやって苦労して生きる

そういう考え方を完全に捨てた。

好きなことをやるために生きる

これでいいじゃん

ていうか、生活するために金を稼ぐ生き方をしてたら、絶対折れるよ

たまたま幸運にも挫折を経験せずにエスカレータで就職までいけてれば、こんなことを考える必要もないのだろうが。
というか、考える必要が無い人生なら、それはそれで無駄がなくて幸せなのだが。

なんだか、ネット上の怪しいセミナー勧誘みたいな語り口調になっていっているが...

俺がいいたいのは好きなことを仕事にして生きていくという、我儘にもにた子供じみた理論を主張しているわけじゃない。

必ずしも好きなことをやって、それだけで生計を立てて生きていくみたいな考え方じゃない。

それが出来ればいいし、そこに向かっていければ最良だとは思っているが、そういう生きがいがあってこその人生じゃあ無いのか

いわゆる夢追い人という考え方にも似ているかもしれないがちょっと違う。

金のために生きてるんだったら、死んだほうがいいよな
俺は本気でそう思ってる。

生きる目的がなくなった時、気力や希望がなくなった時、が人生の幕引きだろうよ、本当にな。

好きなことやって生きれるようにすることが、それが努力じゃあ無いのか

嫌でキツイ仕事をつまらないと思いながら嫌々やって、それに耐え忍んでいる姿が努力という風潮
そろそろ日本でも、その価値観を捨て去る時じゃあないのか

そんなのは努力じゃない。ただのやせ我慢だ。
本人がそれでいいと思考停止してるなら、それでも構わないが。

人間は苦労して生きるべきだという価値観は俺は嫌だね

まあ、俺も偉そうに語っているが、この辺の話は、ほとんど全部ホリエモンの受け売りだ。

俺は2015年春に、ホリエモンの動画と出会わなかったら、今を生きていなかっただろう。
もうこのまま、突破口を見いだせずに、もっとはやくに“けじめ”をつけていただろう。

2015年
俺は何をしたか

突然RPGツクール3でゲームを作ろうとした。
実況動画を撮って毎日1時間半の動画を毎日投稿した。
しかも編集に頼らず、収録中はほぼ全部喋り通しだ。

俺はそんなことに挑戦した。

いわば俺にとって2015年は、人生のロスタイムのようなもの

何度も何度も俺はこのブログで、俺はもうダメだ俺はもう駄目だと言い続けてきた

それで何も変わらなかった

助けてくれる人が来ることもないし、炎上して何か環境が変わったりもしなかった。

だからホリエモン動画に出会った2015年

俺は人生のロスタイムとして、やれるだけをやることにした。

RPGツクール3で作ったゲームを完成させることが、一つの節目と考えていた。

だから本当はもっと早くに“けじめ”の結論を出すつもりだった。

だが、予想以上に完成までが長引いてしまって、2016年を迎えてしまった。

そして2016年初頭、無事にゲームは完成した。
動画にもした。

作った後のことは、俺は全く考えてなかった。
なぜなら、作ることに全力になっていたから。

俺は、これしかないという背水の陣で、とにかくRPGツクール3でゲームを作ることに必死になっていた。
気づけば年の瀬はあっという間に過ぎ去っているほどで、正月もたぶん人生の中でこんなにも早く感じた時はなかった。

作り終えた後、それを動画にしてYoutubeに投稿した。
そして、作っていた頃のことをレポートとしてまとめて、このブログへ投稿した。

ここまでがRPGツクール3でゲームを作ることの最後の仕上げだった。

これを完成させたことで何かが変わればそれでよかった。
金とか名誉とかそんなのは、全く考えていなかった。

作り終わった後のことなんて何も考えてないから、余力も残っていない。
作ったゲームが、どういう評価をくだされようが、もう体当たりで挑戦するしかなかった。

そしてもう一つが、毎日更新し続けた実況動画だ。

毎日決まった時間だけ更新するというのが、本当に大変だ。
俺は喋りの訓練を受けたわけでもないし、どちらかというとこの数年は鬱々として無口になってたから、喋れるのかも不安だった。

動画を撮影中は、隙間なく喋るのに集中していて、見た目ほどの楽な動画ではないのだが、楽しくゲームをやっているような雰囲気の動画になるように、ひたすらしゃべり続けた。

毎日毎日、あのペースを続けるのは本当にキツかったが、俺はやり続けた。

だけども、俺は、何かをやる以上、人は結果を出さなければならないと思う。

いや、俺の場合は、結果を出さなければならない段階に来ていると思う。

他に閉塞感を打破する方法がないからこその、背水の陣というわけで。
そんな状況だったからこそ、RPGツクール3でゲームを作ることも成し遂げることが出来たのだろう。

しかし、やったことにたいして、一定の結果をあげなければ、俺はダメだと思う。

では俺は、その結果を出すことが出来たか?

まだ、結論を出すの早いのかもしれないが。

俺は、“けじめ”を付けなければならないと思う。

これまで予約投稿で自殺宣告みたいなことを何度かやってしまっていたが、今回はそういうものは何もない。

この記事を、書くのが、“けじめ”の一つだと思ってやっている。
俺へのものだ。

結果を出せなければ、俺に残されているのはもう自爆しか無い。
この自爆という単語の意味の解釈は読んでる人に委ねる。

俺だって、“けじめ”をつけるといって、今こうして書いている段階では、自爆と書いている自爆の意味もはっきりしていないのだ。

ただもうちょっと言いたい。

俺は全力を出し切って、2015年は生きてきた。

それは、ここを読むことはないだろうが、本当にホリエモンのおかげだ。

ホリエモンの近畿大学の伝説のスピーチから始まって、人生哲学をYoutubeの違法動画でたくさん見てきて

2015年夏に、俺は実行した。

ロスタイム最後の挑戦とばかりに、あの暑い夏の日から、全く無計画にやり始めた。

最初はRPGツクール3だけだったが、もう嫌気が差していた実況動画まで撮ることになるとはこの時はまだ思いもしなかった。

その実況動画も、毎回毎回全力を出し切って撮影して投稿していた。

自己評価では悔いは無い

面白くできていると思っている。動画もゲームも。

しかしそれを、他の人が見てどう言う評価を出すのかは、わからない。

今もそれはわからない。

とにかく、当初想定していた、RPGツクール3の制作日記、そしてこの記事
これを書いた後、俺は“けじめ”を付けなければならないと思う。

“けじめ”をつける時期はいつになるかはわからない。

気力があればまだ、こうしてブログを更新したり動画をここに載せたりしているだろう

それは、わからない。

去年やろうと思ったことを一通りやりきって、今はただただ放心状態になっている。

これをどれだけの人が読むのか(ゲームを作るためにだいぶ放置状態だったから見る人も減ったろう)
頑張ってやってきたが、次が見えればまた何かやっているだろう。

終わります

よくよく考えたら、別に“けじめ”を付ける必要はないのだが、やり始める前に、そう自分で決めたのだから、そこまで全うしたいと思う。

2015年感銘を受けた動画


世の中の仕組みは知らないうちに勝手に変わっていく。衝撃を受けた動画だった。






面白いのは、みんな「頑張って就職しろ。仕事しろ」とは全く言わないこと。たいていの相談番組だと、まずはバイトしながら...というアドバイスが本当に多いのに



俺は親の言うことを聞いて、チャンスを幾つものがしてきた。常識に縛られたことで、失敗を増やしていった
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