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俺が長く続けてきた死ぬ死ぬ詐欺の真相について記す! ~文末の追記長くなっちゃったから完全版で再投稿バージョン~

俺がいつも、生き方についての話をすると、

「お前は実家寄生してるから、そういう甘いことが言えるんだ」

と言われることがある。

それはそのとおりなんだけども、俺にも言い分はある。

先日、俺はおやじの働く会社で働くことになって、その環境が嫌になっていた。
それで、このブログで知り合ったしきいしさんという人に相談した。

何が嫌かって言うと、職場でもやりづらいし、家に帰ればすぐ親父の小言が始まり、小うるさい説教が続いていて、俺はうんざりしていた。

それで今家出しようと思ってると言う感じの相談をした。
その時は、しきいしさんとの話で落ち着いて収まったのだが、別の日にまた説教が始まり、
俺はとうとう嫌気が差して、その日の深夜に無一文で家を飛び出した。

朝方までぶらついて、その日も仕事があり、それをすっぽかすことになることに負い目を感じていた俺は、結局朝6時頃に家に帰ってきた。

こういうことは何度かやっている。

頭にきて飛び出したケースは初めてだが、これまで同じように親に悪いと思って家を飛び出したケースは何度かある。

正直言って、仕事の予定が入らなければ、ゴールデンウィークの前後に家を出て行く予定だった。
タイム・リミットは、そのへんに設定していた。

一度家出して帰ってきたものの、仕事が見つかって良かったなという空気ではなく、
今も、毎日、この生活から逃げたくなっている。

今回は、仕事の愚痴は書かない。
仕事の何が嫌かっていう理由はもちろんあるのだが、それをここで書いたって理解してもらえないし、
今の職場に関しては、悪いことばかりではないからだ。
だけども、ずっと続けられるような場所ではない。

要は本質だけを書くと、俺はしごきを受けてる。
やったこともない仕事に突然放り込まれて、罵声を浴びせられている
世が世なら、今の言葉で言えば、パワハラと言っていい。
今の若い奴らなら、切れて帰ったり、代わりに親が怒鳴りこんでくるみたいな
エピソードが(日常的にではなくとも)許されるかもしれないが、
俺の場合は、「立場を考えろ」と言われる。それで、嫌になってる。

ずっと続けられるような場所ではないが、やめることの出来ない状態だ。
これがどんなにイヤか、やりづらいか、わからないだろう。
それ以上は書かない。

数カ月前の俺からすれば、何贅沢なことで悩んでるんだ!とでも言われているだろう。

俺は良く、このブログで、死にたいとかもう死にますとか散々書いてきた。
だけども、それはたとえ個人的なブログであっても、そういうことは書いちゃいけないことなんだということがようやくわかった。
そして、もう、そういうことはあまり書かないようになった。

諦めの境地というやつかもしれない。

ネットでなら、わかってくれるかもしれないという万感の願いを込めて書いていたようなところがあった。

なぜ、書いちゃいけないのか。
それは、その気持ちは他人には理解してもらえないからだ。
オオカミ少年とでも言うべきか、また死ぬ死ぬ詐欺をしてるよとしか思われないのだ。
もちろん中には本気で心配してくれた人もいるだろう。
だが、生きていることで本気で心配している人の気持ちを裏切ってしまうことになる。

こういう不毛な状況に陥ってしまうから、ネットであっても簡単に死にたいとか死にますとは書いちゃいけないのだ。

今の俺が周りの人たちに伝えられることと言ったら、この辺の心境をリアルに書くことしか出来ない。
言いたいことも言えないこんな世の中じゃという状態だ。

俺にはもう、リアルに友達もいない。
心を許して話ができる友達がいない。

そして、家での居心地の悪さだ。

友達もいない仕事もない金もない居場所もない

こんな状態に、今これを読んでいる皆さんが陥ったとしたら、どういうふうになるだろう。

人によっては、挽回する人もいるだろう。
が、頑張っているつもりでも、もがいているつもりでも、思う通りにいかず、辛いことばかりが続いていったらどうなるか。

もう、無気力になって引きこもるしかなくなる。

人はなぜニートになったり引きこもったりするのかというと、この辺の境遇に原因があるんじゃないかと思う。
既に、もうブラック企業で酷使されて引きこもりになったとかそういう事実もだいぶ明るみになってきているから、俺が今更指摘することでもないが。

俺は死にたい死にたいと何度もこのブログで言っていた。
それは、その瞬間瞬間では、間違いなく本音を言っている。
裏を返せば、俺のことをよく知ってる人、さっきでてきたしきいしさんなんかもそうだが、
俺の死にたい死にたいは、助けてくれと言っているように聞こえると言っていた。

まさにそのとおりかもしれない。

それで、俺はいつも自分の部屋という最後の逃げ場所に逃げ続けてきた。

しかし、今はその逃げ場所もなくなってしまった。

この先どうなるかは俺にもわからない。
俺に荒療治をして社会復帰させてやろうという、外側の人たちの手助けは凄く嬉しいが、
今の俺にはその施しは辛すぎる。

だいたい俺はもう、郵便局をやめた時、いわゆる会社勤めは出来ないと、去年の秋に自分のダメなところを認め、諦めてしまった。

今も、その考えは変わらない。

どうしても、会社に入って、上司に言われたことをやったりなんだり、人付き合いしたり、毎日時間に追われて働くということが上手にできないのだ。

その理由は、自分にあるのだろう。
なんとかついていこうと必死になったこともあった。

だけども、どうしてもダメで、上手く合わせられなくて、最終的な結論として、俺には会社勤めは向いてないとなった。

発達障害やアスペルガーを疑ったこともあった。
つい最近の話だ。
だが、仕事に就いていて、それによって致命的に生活に支障をきたしていないのであれば、
わざわざ病院で診察したり対策をする必要はないとの事だった。

俺にとって、適切な社会の居場所ってどこなんだろう。

俺は未だに探し続けている。

探すのに時間がかかりすぎて、もう諦めろ、妥協しろ、と周りに散々怒られてきた。

今、仕事が続いている同じぐらいの歳の人達というのは、きっと自分の居場所を見つけることが出来たのだろう。
逆に、歯を食いしばって耐えている人もいるのだろう。

俺は、どっちにもなれない。

後者の立場からしてみれば、俺を怒りたくなるのはよくわかっている。

幸い、俺には行きてく上でのモチベーションがあった。
やりたいことや、頑張れることが子供の頃からわかっていた。

これが自分の自我を保つ、最後の砦になっていた。支えになっていた。

真の精神病というか、うつ病とかそういうものにならなかったのは、これのおかげだったと今は思う。

俺はゲームが大好きだ。
去年、最後の力を振り絞る感覚で、簡単なツールを使ってRPGを作った。
ここの常連の方なら、何度も書いてるからご存知だろうが、初代プレイステーションのRPGツクール3でゲームを作った。

俺はゲームの事だったらいくらでも頑張れることがわかっている。

なんだか、唐突にバカバカしい話になって申し訳ないのだが。

俺はこの週末の休みに、ニンテンドウ64の「ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャー 電流イライラ棒」が遊びたくなって遊んでいた。

知っている人からすれば、なんと懐かしいという話題だ。

この電流イライラ棒を知っている人なら、わかると思うが、ゲーム版でも、相当な集中力がないとクリアが出来ない難しさだ。

特に、ファイナル電流イライラ棒と、イライラ棒リターンズは、中でも飛躍的に難しく、簡単にはクリアできない。

だが俺は計5,6時間程度ではあるが、集中してプレイしてクリアすることが出来た。
その後は、タイムアタックに挑戦するほどハマっていた。

俺はゲームに関しては、これほどまでに長時間、集中出来るのだ。

逆に、それ以外のことに関して言えば、からっきしダメだ。

もう、俺にはこれしか残されていないことを悟った。

ゲーム作ったり、楽しそうに遊んでいるところを動画に撮ったり、小説書いたり、ということを、
俺はやっていくべきなのだろうと、思っている。

働きながらやればいいのだろうが、それは俺にはたぶん無理。
両立させながら、仕事も成功させよう、ゲームの方も成功させようなんて言う器用なことは出来ない。

ここでちょっと誤解されるかもしれないので、俺の考えを書く。

俺は働けないみたいなことを書いてしまったが、そういう意味ではないことを言いたい。
今の職場ははっきり無理という意味で、どうしても生活費が無くなって困ってとなったら、
どこか腰掛け程度のバイトぐらいは俺もする。

俺が言いたいのは、就職して社会に出て働くというレールに乗った生き方を全く否定するつもりはない。
仮にも、つい最近まで、俺に出来ないことが薄々わかっていながら、そこに向かっていたのだから。

人生は有限で、等しく限られた時間しか無い。
就職して働くということは、貯金ができるぐらい十分なお金と引き換えに、それだけの時間をトレードオフしているのだ。

逆に、俺の主張するニート、引きこもり生活は、お金を犠牲にして、時間を手に入れている。
この自由な時間は、自分で使い方を決めていかないと、黙っているだけではどんどん消費されていくし、ある意味会社勤めよりも過酷だと思う。

俺は、後者の生き方を選んだ。ただそれだけの話だ。

後、俺を見て、良く落ち込むとかネガティブになるとか思われてるところがある。

俺は、いろんなことをやっても全然うまくいかない。それで落ち込んで、暗くなってる。

ブログ、動画、ゲームレビュー、小説など色々やって、全部がうまくいかない。
唯一うまくいったのは、2007年にやったゲームの生動画配信(今で言うニコ生みたいなもの)だけだ。
その時は、連日100人以上の人が集まるような賑わいを見せた。

一番盛り上がったのは、2007年11月にやったFF11配信だ。
その時のコメントログが残っていて、なんとかここで見せてみたいと思っているぐらいの、過去の輝かしい栄光だ。


(以下追記)

2014年春頃に、ネットで面白い人と出会った。
これまで、紹介することをためらっていたが、まあもう今のブログの状態なら紹介してもいいだろう。


この人は、もともとFC2にブログを持っており、あしあとにやたら目立つタイトルのブログがあって、当時思わず開いてしまったのだ。

ブログの内容は、共感できる部分が多々あった。
今は削除されているようだが、大手ゲーム会社に手書きのゲーム企画書を無謀にも沢山送りつけるなんてことをやっていた。
俺も、その手書きの企画書を読んだ。
衝撃を受けた。
大半の人は、勉強してからやろうとか、正規の手続きを踏んでやろうとか思うだろう。
だがこの人は、果敢にもそんなことをすっ飛ばして、企画書を送りまくっていたのだ。
一回だけではない。企画書は何個も書き、ところかまわずいろんな会社へ送りつけていた。

やはりこの行動力が凄い。

そして、生い立ちから現在に至る人生が綴られたページ。
今はまだ完全ではなく、俺が見た時は現在よりも更に数も少なかったのだが。

ただただ感動した。

これを見て、常識人なら、ただの痛い人と思うのだろう。
(現在もまだ完結しておらず、先が気になっているのだが、以前より共感できる時代が書き足されている)

だが俺は逆だった。
俺よりも年下にもかかわらず、ここまで人生に達観できていろいろ語れる。文章も巧い。
俺はその文章力だけを伝授してもらいたいと思っているぐらい羨ましい。裏山!
(そのスキルをぜひとも小説書きに活用させてもらおうと思ってる)

そして最も俺が目を引いたのは、家出経験者だったからだ。

この人と出会う1年前くらいのことだ。

2013年7月の事だった。

俺は親父に大変厳しいお叱りを滾々と受けた。
それに深くマインドを揺さぶられた俺は、翌日すぐに家を出た。

この時は数百円だか入った財布は持って行ったんだったか。
後は旅行バッグみたいな、ちょっと大きめのカバンに、自分でもなんだかわからんが、適当に服ばかり詰め込みまくって、家を出た。
後は確か自殺用のロープとかなんかを何本か入れてたような気がする。

全く無計画だった。

なんせ、前日の夜、親父に言われて、「もう家にいれない」と悟りを開いて、すぐに出ていこうとしたのだ。

重たいカバンを担ぎながら、駅に行ってみたり、全く違う方角にある大型ショッピングセンターに行ってみたり、公園を転々としてみたり、自分でもどこに向かっているのかわからなくなっていた。

そのまま、朝から夜まで、ただたださまよい歩いて、段々と足が動かなくなっていった。

なんせ、朝からほとんど歩き通しだった。
食糧も口にしていない。
夜11時前ぐらいになると、さすがに喉が渇いてきた。
この時、俺にとって幸いだったのは、夏でありながら、それほど日差しが強くなく気温も低めで過ごしやすかったことだ。
俺は財布から100円を出し、閉店直前のスーパーに飛び込み、クーリッシュを買って飲んだ。
普段は高くて飲みたくなっても我慢してた念願のクーリッシュだ。

美味しかった。
この時ほどクーリッシュが美味しいと感じたことはなかった。
これまでは家の中でボロい扇風機の前でチューチュー吸ってる贅沢な環境で飲んでいたのだ。当然のことだ。

携帯も時計も持ってないので時間がわからない。
夜も更けて、国道の車通もほとんどなくなってきた頃。
足ももう動かない。
俺は無意識に家へと向かっていた。

この時ほど、自分の無力さを呪ったことはなかった。

途中、かつて良く遊んだ友達の家を通った。
正直、もう足が動かないので助けてもらおうと思った。
だが、無情にも家の明かりは消えていて、チャイムを鳴らすのがはばかれる状況だった。

家まではまだまだ遠かった。

もう千鳥足というかふらついた足
旅行かばんを背負って歩く姿は、明らかに怪しかった。

途中、なんだか知らないが、中道にパトカーの姿があった。
そこから警察官が出てきて、何かをやっていた。

申し訳ないが、この段階でもうへたりきっていた俺は、細部まで見ることができなくなっていたのだ。

俺は警察官に職務質問されることを期待した。
事情を話して家に連れて行ってもらおうと思ったからだ。

しかし、冷たいことに、明らかに不審者の俺を、警察官は見ようともしない。

今の世の中、金八先生に出てくるようなおせっかいな警察官すらいなくなったのか……

俺は勝手に絶望した。

仕方なく家に自力で帰る。
既に明かりは消え、鍵も閉まっていた。

当然だ。かなり夜が遅いはずだったから。

情けなく玄関前でウロウロしていると、いきなりパッと玄関ポーチの電気がついた。

そして母親の声

「心配してたんだから!!」

俺は涙した。

「もうここにはいれないんだ」

玄関の中に入りながら、図々しくもこんなことを言う俺。

「いいから入りなさいって」

「いや、いれないって俺は」

「あれ(親父のこと)だって心配してたんだから」

あの親父が!?

俺は驚嘆した。

詳しく聞くと、俺が出て行ったことを知ると、かきおきがあるか俺の部屋を家捜しして
そのあと、いつもなら夜遅くまで自室で過ごしているはずなのに、その日に限っては早くに布団に入ったのだと言う。

俺は自分の部屋に入ると、確かに家捜しした形跡があった。

この後の話だ、俺はすぐにいろんな施設に必死に相談して、
障害者の作業施設で毎日おしぼりをたたむという仕事をすることになったのだ。
(あって無いような給料に嫌気が差してたった3ヶ月でやめるという真相を書いてしまうと美談にはならないが)

次の日から数日間、俺の下半身は激しい筋肉痛に見まわれ、全く動けなくなっていた。

なんだか無駄に長くなってしまった。
俺の身の上話をするつもりはなかった。

もう3年前の話だ。
当時は、恥ずかしくてブログで、この出来事を詳しく書くなんて出来なかったが…
とうとう書いてしまった。

このとき、家出した時、俺は死のうと思っていた。
そして、同じようなことを先のブログの人もやっていた。
悩みも近かった。

人生がうまくいかない。

その後、2015年1月に、俺はこの人に直接メールでコンタクトを取り、自分の境遇を相談した。
その人は、上京すればいいみたいな話をしてきたのだが、当時の俺はそこまでする意味は無いと思って返事を出さなかった。

すると、嫌われたらしくメールを拒否されてしまった。

この人のブログでも書かれているが、俺は、親に恩返しする形は、一つだけではないと思う。

ここで皆さんが連想されるのは、必死で就職して汗水たらして働いて安定した生活をもたらして、
親を安心させることなのだろう。

だから今やってる仕事も辞めんな、こんなことだろう。

だが、それだけが親孝行する全てではないと思ってる。

この人は、やはり唐突にRPGツクールVX Aceを買い、突然RPGを作り出した。
第一作目がこれだ。

 

俺も当然ダウンロードして遊んだが、正直ゲームとしては厳しいところがある
(俺は一番最初で先に進めなくて詰まった)
こんなこと書くと本末転倒だが、動画を見るぐらいでちょうどいい。
どうしてもゲームがやってみたいなら、攻略見ながらやるといい。

後半の部分は、ぶっ飛んできてクレイジーになってわけわかんなくなってるけども
序盤の、社畜感ってのはすんごく良く出来てる。

これを紹介すると、正直俺を応援してくれてる人が、今紹介している人の方に行っちゃいそうで不安になってしまうのだが。

とにかくこの人は行動力があるのだ。
いろんなことをがむしゃらにやってる。
今や、ブログや動画制作のスキルは完全にこの人のが上だろう。
ついでに言うなら、ブログのページビューなんかも、完全に逆転されている。
やったこともない有名ゲームのシリーズ物のレポート記事なんかを書いて、それが凄くアクセスされてる
アドセンスとかもつけてるので、今となってはこれで結構な収益をあげていると思われる。

また話が変わるが、俺はゲームが好きだ。
このブログの人は、数年かそこらでゲームを遊ぶことに飽きて、ゲーム作りにも飽きてやめてしまってるようだけども、俺はゲームが好きでそれはやめられないものになってる。

それで、中学2年の頃から、新聞配達のアルバイトを始めた。
それが、周りから凄く褒められていた。

が、俺にとっては全くほめられる理由がわからなかった。

だって、ただゲームが買いたくて、しかも、俺は小遣いを1円もくれない家だったので
欲しいゲームを買うためにはバイトするしか無かったのだ。
出来れば、働かないでもゲーム買う金が手に入るんであればそれが一番だ。

また、同時期、成績も上がってきていて、それも褒められていた。

もともとの俺は、全く勉強しない成績の悪いやつだった。
中1のときはなんにも勉強してないから、数学の小テストで0点を取ってたぐらいだ。
この時はさすがに落ち込んだ。
返してもらったらすぐくしゃくしゃにしてゴミ箱に捨てた。

しかし、成績が悪いと親がうるさく怒ってくる。
するとゲームが遊べない。

だから勉強した。
そしたら勉強も案外面白かった。

当時は、定期テストやらあらゆるテストと名の付くものの点数で50点以上を取ったことがないので、
やればやるほど点数が上がっていく。

中1の時は方程式の概念すらわからない、Xの意味すらわからない、グラフの正比例の意味すらわからないやつが
中2で、それの応用から入って、問題なくついていけるほど楽しかった。
社会の歴史は、ちょうど中世ヨーロッパの分野に入っていた。
ゲームが、RPGが大好きな俺にとって大好物の分野だ。
そういうことが積み重なっていって、俺は勉強にもハマっていた。

だがやはり基本はゲーム。

親にうるさく言われないために、ゲームに没頭するためだけの存在だった。それ以外のものは。

だから褒められる意味がわからなかった。

散々書き散らかしてきて、まとめの段落に入っても、何をいいたのかわからないまま来てしまった。

結局俺の行動原理は、子供の頃から大して変わっていない。
それがある意味、凄いのかもしれないが。
明石家さんまみたいな感じで。

一つのことを貫き通すというか、当人にしてみれば変われない、成長できない、
貫き通すことしか出来ないという感じでしか無いのだが。

ゲームの興味にしたって、この学生時代に欲しかったけど遊びこぼしたゲームをやりたいとかそういうところから情熱が来ている。

ところで俺は、これまでずっと小説を見てくれている人がいるのだが、
俺は10代の頃は、ゲームにアニメにドラマに、友達とカラオケ行ってゲーセン
さらにネット黎明期のネットをやったり、いろんなことを見てきた。

先日も、個人的に最高傑作のドラマというのを押し付けるように紹介した。

俺は思うのだが、これだけ情報を持っていて、なんで一つも成功してないのって逆に疑問がられるようなところに、位置にいるのではないだろうか。

例えば、アニメ・ゲーム、ドラマまで手を出してくるやつなんて中々いない
(今はわけあってゲーム1本に絞っているが)

10年前にこれからは動画の時代だ!とかいって手を出しておきながら、最後には手を引っ込める
これが、俺はダメなのだと思う。

終わります。
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