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ゲーム関係の仕事をしたいと思った発端について

将来の進路を決める時に、自分は、ゲーム関係の仕事をしたいと思った。

それは、初めに意識しだしたのが中学生とかそれぐらいの頃だったと思う。

高校生の進路面談のときには既にそういう話を出していたので、高校生の頃にはもうそういう考えが自分の中にあったのだと思う。

どうしてあの時、ああ思ったのかということについて、自分自身のことであるのに、
実は、案外論理的にそれを説明できなかったりする。

それを自分は長い時間をかけて、納得の行く結論が出た。

自分は子供の時から、ゲームへの強い興味やこだわりがあったというのは、ここのブログを熱心に御覧の方には御存知の通り。

それ以前は、4歳とかそれぐらいの頃、
ゲームへ興味を持つ前は、トミカへの興味が異様に強かったのだと言う。

その頃まで遡ると、親がその時のことを話してくれたりといったきっかけがないと、さすがに自分も記憶が思い出せない。
今は、そうやって言われてからは、そういえばそうだったと当時のことが鮮明に思い出せるが。

確か、生協とかのおもちゃコーナーで、専用棚に入ったトミカをねだって買ってもらっていたのをここ最近思いだした。

そして、将来はあれを全部集めてコンプリートするみたいな夢を持っていた記憶がある。

興味がゲームに移る前は、誕生日やクリスマスにねだるものは、たしかにトミカだった。

トミカを走らせて遊ぶ道路の絵が描かれたマップシートを買ってもらって、
小さい頃は、それの上に集めたトミカを置いて走らせて遊んでいた。

ところが、小学校に上がるか上がらないかの頃にはもう、興味がゲームへと移っていたと思う。

1988年10月23日に発売された、ファミコンの「スーパーマリオブラザーズ3」を
買ってもらって、それに異常なほど夢中になっていたから、それが確か小1かそれぐらいの頃だ。

このときは、親にファミコンを隠されるぐらい、異常なほどのめり込んでいたのを覚えている。

異常なほどのこだわりがどれほどのものかを言うと、
小学校低学年で宮本茂や堀井雄二といった人の顔やインタビュー記事に興味が強く
特にゲームの発売日や価格、ROM容量、発売メーカーを記憶するのが得意というか好きだった。

小学3,4年の頃にはもう、大手メーカーというか、だいたいどこの会社がどんなゲームを出していて
どういうゲームを作るのが得意か、所属している有名スタッフを覚えてしまうぐらいだった。

とにかくその頃は、ゲームをやるのも勿論好きだったが、当時はゲームが高くて
家になかなかなかったのあるけども、親が買ってくるゲーム雑誌を何度も読むのが好きだった。

だからなのか、古いゲーム雑誌を処分されるとすごく悲しくなったし
同時に、不要になったゲームソフトを(別のゲームを買うために)親が手放してしまうのも辛かった
これは親にとっては不要になったかもしれないが、自分は全然、好きでなくて手を付けてないゲームでも何故か手放されるとそのたびに辛くなっていた

子供の頃から、ゲーム内のエディットモードが好きで、良く自分だけのステージを作って遊ぶことが多かった。

レッキングクルー、涙の倉庫番スペシャル、バトルシティー、
それから番外だが、裏技でデバッグモードで好きなオブジェクト置いて遊べるソニック・ザ・ヘッジホッグの1と2

普通にゲームを遊ぶよりも、エディットモードの付いたゲームで、延々とステージを作って遊ぶのが好きだった。

小学生の頃から、ファミコンのデザエモン(STGを作れるゲーム)を欲しがったり
絵なんか全然書けないのにマリオペイントを欲しがったりした

小学生の頃は、勉強しないで好きなことに好きなだけ時間を使えたから、そういうことをやっている余裕があった。

だが、中学に入ってからは、学校までが遠くなったり、部活があって放課後遊べる人が減ったり
親に勉強しろと怒られてからは、勉強に時間を使うようになったり
中2になってからはゲーム代欲しさに新聞配達はじめたり塾行きだしたりで、

好きなことに好きなだけ時間を使うことが出来なくなっていった。

話を戻すと

ゲームが好きだからゲーム関係の仕事がしたいというよりも、
自分の場合は、ゲームをやっていても怒られないような仕事がしたいと思って
最初に思いついたのがゲーム関係の仕事、という考え方だったように思う。

まあ怒られない仕事というと、自立して自活できていれば誰も文句を言わないから
その考えで行くと何でもいいという話になるのだが、人の思考というか論理の穴をついていくと、
いくらでも出て来るが、とにかく自分の思考性としてはそうだった

怒られないとか文句を言われないというのは、かつて、買い集めて持っていたゲーム雑誌とか
溜め込んだゲームを、持っている大義名分が欲しかったのだとおもう。

ゲームを仕事にしてしまえば、古いゲーム雑誌や関連書籍、ゲームをいくら溜め込んでいても
仕事に関係するものだからと言うことが出来る

自分はよっぽど、昔持っていたゲーム雑誌やらを処分されたのが悲しくて、そう思ったのだと思う。

なんでそんなに、ゲームへのこだわりが強いのだったら、独学でプログラミングを勉強したり、ゲーム関係の、近い、専門学校なり進路に行かなかったのかという話になる。

これは、時代が悪かったとしか言い様がないというか、そして、そのとき、置かれた状況で自分が下した決断が、形成された価値観がまずかったとしか言いようがない

自分が中学高校の頃というのは、コンシューマゲーム業界で言えば、プレステ、サターンが出た頃で
技術が日進月歩どころか秒速進歩していくほどの進化の速さだった。

2Dから3Dにゲームが変わっていって、とにかく進歩が早かった

いっぽう、家庭用PCというのは、まだまだ普及には程遠く、また、プレステ、サターンで
低価格で(当時では)高画質のゲームが量産されている中、家庭用のPCというのは20万、30万の世界で、持ってる家もまだほとんどない(クラスに1人2人いれば珍しい方)

もちろんインターネットもほとんど普及してない。やっとテレホーダイが始まったという頃。

ただ、世間ではそうだったかもしれないが、自分は、
自分の家には、ネット回線もあったし、親の使っていた型遅れPCだが、自分専用のPCも持っていた

だけども、独学でプログラミングとまでは、なかなかいかない時代だった。

というのは、もうWindows95普及後の時代で、
堀井雄二とか中村光一みたいに、ゲームを遊ぶためには雑誌に載ってるプログラムを自分で打ち込んで遊ぶみたいな時代はとうに過ぎ去り

自分の場合は、雑誌のCD-ROMを入れて、せいぜいMS-DOSのプロンプト画面でプログラムを呼び出すぐらいの労力しか必要としなくなった。

そして一番、やる気を削いだのは、やはり当時のコンシューマゲーム機の性能の高さだった

独学で家庭用PCの性能の低いPCで、頑張ってプログラムしても、せいぜいしょぼい2Dのゲームしか作れない

そうなると、俺はゲームが作りたいのにプログラムなんて苦労して勉強してもなあ・・・

とどうしても当時の自分は思ってしまったのだ

それをはねのけて、高い志を持って勉強した人は、この世代にいたのかもしれないが、自分には無理だった。

なにせ、プレステ1で出たRPGツクール3
これが丁度、自分が高校生の頃に出た代物(1997/11/27)で、自分も欲しくてたまらなかったのだが
発売から約1年後に中古で購入した

あの程度の自由度のツールが、凄いと言われていたような時代だった

子供の頃から、ゲームへの強いこだわりや興味があったといっても、実はゲーム自体はそれほど
やってなかったと思う

それは家庭の事情なども大きく関係している。

まず、うちは親父がゲームをやっており、ゲーム自体は普通の家より持っていたかもしれないが
夕方、夜になると親父が帰ってきてゲームを取られるので、全く遊ぶことが出来ない
祝日、日曜なども同様に遊ぶことが出来ない。
必然的にゲームできるのは、平日の夕方までということになる
それも、中2以降新聞配達を始めると、自由時間が18時とかになるので、ほとんどゲームができない。

また、ゲームの遊び方も今とは全然違っていた

自分の好みの同じゲームを何度も何度も繰り返し遊ぶ。
それ以外の、ちょっとやってみたけど合わなかったとかなんとなく好みじゃないとか
そういうものはすぐに遊ばなくなっていた。
だから、RPGみたいな1周クリアする事自体が目的で、根気や思考能力を必要とするゲームは、あまり好きじゃなかった。というより、ほとんどやらなかった。

引っ越して、自分の部屋が出来て、親父もゲームをやらなくなって、ゲームを遊べる環境が整った高校生以降も、だからといって熱心にゲームをやりまくるということは多くなかった

買ったものの、ちょっとやって積みゲーにしたり、という部分は、いたって一般的な人と同じ。

だけども、それが変わるきっかけとなったのが、就職活動で躓いてそのまま大学を卒業したとき。

自分にはゲームしか無いなと思って同時期にゲームレビューサイトを始めた。

この時に、ようやくゲームと真剣に向き合うことにした。

好き嫌いでゲームをやるんじゃなくて、自分は色んなゲームをやる。
ただ雑誌とかネットで情報を集めて揚げ足とったり、あげつらって馬鹿にしたりみたいなことを辞める

つまんないとか飽きたとか、難しいとかそういう理由ですぐ途中で投げ出さずどんなゲームもなるべく自力で最後までやる

ということをやりだしたのがこの頃

だから自分は、幼少期からゲームに強い興味とこだわりがあったと言っても、
実はゲーム自体の腕前は、全然と言うかからっきしというか、寧ろ、下手くそな方だったと思う

特に思考性を求められるRPG、SLG系は、天敵と言うか、苦手の塊で
さらに、読み合いと複雑なコマンド入力が必要な格闘ゲームもまるで駄目だった

ゲーム自体の知識は異様なほど持っていたけども、ゲームプレイ自体が得意かどうかというと実は普通の人よりも苦手な方に入っているんじゃないかと思っている

それを、就職活動で躓いてしまって、変に厨二病こじらして大量にゲームをやりまくった結果が今の自分だと思っている

ゲーム関係の仕事をしたいと思っているという考え方について

これは今でも変わっていない
(仕事と書くと、どこかの会社に入って、それでお金をもらってみたいに思われるかもしれないけども、今はもう、会社に入るとかは諦めていて、ゲーム関係のことに無償でもいいから関われればいいという考えになっている)

というか、生き方として自力では変えられないものとなっている

だから、去年かかった精神病院で、治療方針の話で、
ゲームへの強いこだわりと興味をなくすような薬でも出してくれませんかね

ということは話した

というのも、ゲームへの強いこだわりと興味
30数年集めてきた知識やらやってきたこと

それはある意味尊い行為だったりするのかもしれないのだけども

自分が、周りが言うようなまっとうに真面目に優等生に生きるとしたら

その強いこだわりは寧ろ邪魔なだけであって。

自分自身としては不本意だけども、もうこういう状況だし
周りも理解者がいないし、このまま好き勝手に好きなことを突き詰めてもいいこともなさそうだし
精神科の先生なら、そういう強い興味やこだわりや依存心を消し去る治療ぐらい出来るんじゃないですかねという話は去年の9月に実はしている

結局、話がこじれていっているのは、自分の特異体質(※発達障害のこと)のせいで
普通の人のように努力して就職活動して頑張っても、うまくできなかったという事実のせいだ

ここで自分がそのことを幾ら言っても、怠けているだのなんだの甘えてるだのの叩きの材料にされてしまうだけだからこれ以上書かない
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