[ゲームレビューの話]いいところ探しをするのが今のレビュー(ゲーム紹介)の定義なら、究極的な理想形態はやっぱりまとめサイトなんだよなあ
前回のまとめサイトの是非に付いてのお話。
レビューの定義とは、「いいところ探しで他人にゲーム体験の良い価値を伝えること」であるならば
その究極は、口コミをまとめたり、お金儲けであっても
実際にそのゲームをプレイしなくても、動画や事前情報だけでも
購買意欲を掻き立てるような、文章を書いてお金儲けしているまとめサイトが理想郷だと自分は思ってます。
だから、自分はまとめサイトは肯定的なのです。
それによって、自分みたいに信念持ってやってるゲームレビューサイトが淘汰されようと
それは本人の力量不足であって、
まず、みんなに知ってもらって見てもらって炎上するためには
まとめサイトの真似を始めるところから始めるべきだと思う
この持論ははっきり言って揺るがないです。
そのまとめサイトが力をつけてきて、
埋もれた弱小サイトとかを、埋もれさせないために紹介する
自分は何を言われようが、このフローが最高だとしか思えません。
自分は、正直というか、思っていることをはっきり書きます。
だけどもそれが、他人から見て、あら捜しとか揚げ足取りにしか見えないのなら
やはり自分のやり方に問題があるわけであって、でも信念を貫き通したいからそれはやめたくありません
まず、レビューというものが、褒めることであるという定義が自分にはどうしても許しがたいことなので。
それは勿論、メディアとか、金銭が発生する(原稿料など)ことなら、
立場を考える必要はあると思っています。
だけども、自分の弱小サイトみたいに、一切肩書もなく、それで収入なんてもってのほかのサイトなんて
自分の信念ややりたいことをまず押し通すことが重要だと考えてます。
仮にもし、弱小サイトをなんでもいいから今すぐ脱却したいとおもっているならば
まとめサイトの1から100を真似することが最も手っ取り早いと思ってます。
その行為がたとえ、後ろ指さされる行為だったとしても、です。
だって、まずネットで無名の人間が実力つけるとしたら、それしかないからです。
でも自分はそれが嫌だから、揚げ足取りだのなんだの言われても、自分の思ったことを書くようにしていました。
そりゃあ、添削したり教えてくれる人がいないので、なかなか上達は遅かったです
そればっかりは、無名で無料で一人でやっていることなのだあら仕方のないことだと思ってます。
でも、ネットの世界でも、レビューの理想的なやり方を
弱小サイトの無名管理人が守ってたとしたら、それはメディアとやってることが変わらないんですよね。
果たしてそれに価値があるんでしょうか?
自分も、自分のレビューサイトも含め、論ずるに値しない低俗なものだという自覚はありますあg
そういうものも自分は必要なのではないでしょうか、と感じてます。
ネット上のあらゆるレビュー、評論が
今上に書いたようなメディアのやり方に毒されたものに、全て変わって
金太郎飴みたいに数はたくさんあってもみんな回れ右で同じことしか書いてない
これに本当に価値があると思います?
自分はこのネット上のレビューに対する定義に、
皆さんに今一度、疑問を投げかけたいです
最も、ここ見る人は、同じ人なので、自分が何を言おうがバズったり
これに対して議論が発展することなんてサラサラ無いので、
自分が満足するよう書き散らして終わるだけですが。
以上
スポンサーサイト