[発達障害]発達障害を自覚し始めた時期について

自分が発達障害だと自覚し始めたのは、やはり2015年夏に働きに行っていた郵便局の深夜の仕分けバイトだった。

ここでの仕事がきついのかそうじゃないのかというのは、もはや自分が発達障害と診断されてからは、
自分では評価をつけられなくなった。

一生懸命仕事を覚えるんだけど、なぜか出来ない。やれない。
郵便局の忙しい仕分けに自分の体がついていかない。

若くないと出来ない仕事ならともかく、自分より年上の人達が働いているような職場だ。
年齢を言い訳には出来ない。

何より、自分の力量を測ることが出来る丁度良い人間がそこにはいた。

それは、同時期に入ってきて、ほとんど同い年の人だった。

その人は、俺より勤務日数が少ない(半分以下)にもかかわらず、
俺よりもどんどん仕事を覚えていって、挙句の果てにこんなことを言われた。

「安西さん、これじゃあダメっすよ。仕事出来てないじゃないですか」

俺はこれを言われて数日後、バイトを辞めた。

辞めるとき、上司の人が必死に俺を引き止めてくれた。
そのはからいには、はっきり言って凄く感謝している。
辞めたいと自分から言い出してるのに、泣きそうにもなった。

まあ、穿った見方をすれば、人手不足だからやめてほしくないという事情もあったのだろう
だが、職場で一緒に働くバイトの人達には俺は仕事ができなくて評判が悪くとも
上司は、俺が必死に頑張っている姿がちゃんとわかってくれていたというのが嬉しかったのだ。

じゃあ、なんで続けなかったのかという話になる。

それはもう、無理だと悟ったからだ。

この時は発達障害と診断されてないが、そういう病気なんじゃないかと薄々思い始めていた。

それぐらい必死に、毎日、頑張って働いていた。

今思い返すと、とにかく持ち物の忘れ物が多かったり
仕事中でも、細かい手順を忘れて、周りに迷惑をかけることが多かった。

それは、バイト始めたばかりで、自分の物覚えの悪さから来ているものだとその時は思っていた。
だが、あまりにも度を越した物忘れがひどかったので、これはおかしいと思い始めていたのだ。

その物忘れの酷さや、仕事の出来なさというのは、僅か一ヶ月で職場の同期の人達ほとんど全員から嫌われるというほどひどかった。

辞めるとき、上司の人が引き止めてくれたが、仕事の覚え方については、何度も

「一回で覚えられるやつはいない。お前は別に普通だって」

と言うようなことを何度も言われた。

引き止められて、一度は戻ったが、すぐに辞めた。

必死にやっていても、どうしても仕事についていけなかったからだ。

断っておくと、ここの職場の人たちはいい人が多かったように思う。

俺のことで悩んでて、個人的に仕事のやり方を親身にアドバイスしてくれる人もいた

だが、使い物にならない人間は、お荷物で、いるだけで邪魔になっているのを辞める寸前の数日間、痛いほど感じていた。

それで俺は、辞めた。

辞めたあと、病院に行って検査をするとかそんなことはしなかった。

俺はもう、人生を詰んだな

としか思わなかった。

その後、親父が勤めている会社の社長が見かねて入れてくれたが、
やはりここと同じような症状が出て、病院に行って検査を受けて、発達障害と判明した。

俺の発達障害は、ADHD(注意欠如多動性障害)と、アスペルガー症候群が合併しているというものだ。

それの症状は人それぞれ千差万別だから一括りには言えないが
自分の場合は一番ネックになっているのは人付き合いが上手く出来ないという点だ。

人とうまく会話ができないということが社会生活を行う上でものすごい障害になっている。

病院の先生は親にだけ話していたが、一般就労はもう無理だろうと言うふうに言っていた。

頭がしっかりしている発達障害というのは実は珍しいみたいで
その先生は知的障害の発達障害はたくさん見ているような素振りだったが
俺みたいな健常者の発達障害はあまり見たことがなさそうだった。

それで、その先生も治療のやり方に困っているようだし、俺もどん詰まりになっているのだ。
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