ドラクエ10のカムバックキャンペーンで久しぶりにプレイしてみた感想

ドラクエ10でカムバックキャンペーンというのを行っている。


3月にも行われていたが、8月にも同じキャンペーンが再度行われている。

これは、かつてプレイしていた課金者のうち、長期休止に入った人へ向けたキャンペーンである。
条件に当てはまるアカウントは、72時間のみ無料でゲームにログインしてプレイできるものだ。

ただ、ここには72時間と書いてあるが、実際は96時間ログインできた(今は修正されてしまったかもしれないが)


俺は実は、3月にも行われていたカムバックキャンペーンにログインして少しプレイしていた。
が、やはり長く休止していたゲームに、夢中になって遊ぶ気にならず、すぐに辞めてしまった。

今回は、ストーリーが完結まで導入されているということもあり、それを最後まで見ようと言うモチベーションがあったせいで、かなり沢山の時間ログインして遊んでしまった。

今回は、ほぼ72時間、プレイしまくったので、色々感想が書けると思う。

まず、バージョン3シリーズのストーリー。
かなり長く、そればっかり追っても、72時間である3日間をほぼ使い尽くしてしまうほどの大ボリュームだった。

ストーリーは面白くはあるんだけども、ドラクエらしい勧善懲悪をダラダラ長編映画でやらされている風で、クライマックスをのぞくと、結構ワンパターン展開で辛かった。
(一本のRPG程度のボリュームなら我慢もしろよという感じかも知れないが、プレイボリュームが相当なものなので、ここは素直に辛いと言う意見を優先したい)

特に、ドラクエ11でも辛かったのだけど、くどくどしい台詞回しが凄く辛くて、文章が中々頭に入ってこない。

ドラクエっていつからこんなに文章読みにくいゲームになったっけ?と錯覚してしまうほどに、文体がくどくどしく、読み進めていくのが辛かった。
(これは限られた時間内で急いでプレイしていたせいもあるのかもしれないが)

でも、ドラクエ10にしては、フローチャート(何をやらせるか!?の構成)は中々いい。

あの敵を何体倒せだの、どこどこに行ってこいという露骨なたらい回しのおつかいがほとんどなく
適度にダンジョン探索があり、ボス戦がある。
ただ、ボス戦は多すぎる気がするが。
それに、場繋ぎに困ったらボス戦っていう安易な展開が多かったのも気になる所。

これは実装初期に、「強い」設定で戦わされたら、相当イライラしたかもしれないってぐらい多い。

ちなみに、ボス戦については、難易度設定機能があり、「弱い」を選択すれば、ラスボス含め全ボス適当なサポート仲間だけでもクリアできる。
ただ、自分含めLV90以上とそこそこの装備は欲しい所。
(とは言え弱いでもラスボス近辺は若干辛いのと、試練の門に引っかかる3箇所は難易度選択出来ないので地味にキツイ)

ダンジョンには必ずギミックがあって、それを攻略しないと先に進むことが出来ない。
これには好き嫌いがわかれたと思うが、個人的にはただ移動するだけのVer2.0シリーズのダンジョンと比べれば、中身があって楽しめた。
露骨なパズルとか、火付け棒とかイライラする要素は多いのだけど、一度やれば二度やる必要もないし、中々クリアしたダンジョンに来ることがないゲームと考えたら、これぐらい引っ掛けるギミックがあるぐらいが個人的にはちょうどいいと思った。

つぎは、アスフェルド学園について。

これはもう、やる前から、評判の悪さを聞いていたのだけども、たしかに面白くなかった。

3月のカムバックのときも、ちょっとだけプレイしていて、その時は結論を出せるほど遊ぶことが出来ず
「別に悪くないんじゃないの」程度にしか思っていなかったが、時間を掛けてみると面白くないということがわかってきた。

まず、ストーリーが無駄に長いよねって所。
本編並みにボリュームがあるんだけど、なんか学園モノのアニメを見ているような感じで、かなーりノロいテンポでストーリーが進んでいく。

凝っているのはわかるんだけど、ドラクエ10というファンタジーものMMORPGで、しかもその中のサブコンテンツでやることじゃあないよねって思う。

俺は頑張って3話まで終わらせたが、「延々とこの部活アニメのノリがあと10話まで続くの!?」(実装されていて遊べるのは8話まで)と思うと、
絶望しか無いという感覚に陥った。

アスフェルド学園全体がつまらないっていうんじゃなくて、ダラダラ冗長なこのストーリーを進めないと、アスフェルド学園で遊べる機能が開放されていかないので、嫌でも付き合わなきゃならないようになっているのが、最大の難点。

ストーリーが、こんな学園アニメの日常回みたいなノリで進んでいくので、合間に挟まれるバトルも、全然盛り上がらない。

スキルノートで、本編の技やスキルが気軽にカスタマイズできるって言うのは楽しそうだったのに
学園を進めないと、良いスキルノートが自分で入手できない。
人づてにもらえるスキルノートで最強っぽいのを手に入れてしまうと、自分でカスタマイズして楽しむという部分がなくなってしまう。

結果、両手剣最強。たたかいのビート最強論理になって、それだけあればもう後いらないになってしまう。

あと思ったことというと、フレンドと遊ぶことがほとんどなくなった。

びっくりしたのは、今はもうプレイヤーが強くなりすぎてコインボスも一部以外はサポ連れて1人でクリアするようになってしまっていること。
(実際自分も、手持ちのコインで、ドラゴンガイア、キングヒドラ等、全て一人で消化してしまった)

ストーリーも難易度選択で便利になったから、わざわざフレンドに助っ人頼んで手伝ってもらうこともなくなり、

また、ピラミッドも、サポ連れて一人というのが当たり前の風潮になっているらしく、フレンドと行ったりすることはなかった。

そうなると、遊ぶことって持ち寄って得する試練の門とメタキン回しぐらいで、あとは一人じゃ出来ないコインボスぐらいしか残っていない。
(実際、誘われて遊んだのは試練だけ)

一応、ハイレベルコンテンツとして邪神の神殿というものが用意されているようなのだけども、そこだけはガチプレイヤー向けらしく、やってないフレンドとやっているフレンドが半々といった感じだった。

ちなみに自分は、邪神という存在自体は知っていても遊び方とか具体的内容は検索して調べるまで、概要が全くわからなかった。

そんな感じで、カムバックの無料期間はあっという間に過ぎ去ってしまった。

一つ思ったのは、ドラクエ10が面白かった旬の期間というのは、とうに過ぎ去ってしまったのかなということだ。

新ディスクのVer4.0で、またそういう部分にテコ入れをするつもりなのだと思うが、正直かなり難しいと自分は思う。

今も仲の良いフレンドなどがいれば、この状態でも十分楽しいんだと思う。
だけども、自分が長期放置に至った時代でも、フレンドと遊ぶことが同じコインボスと戦うのばかりだったりしたことを考えると、オンラインゲームにインして、人と遊ぶことが未だにコインボス、試練ばかりじゃあ、ちょっと苦しいんじゃないのと思う。
じゃあ、昔は整備されてて面白かったかというと、偶発的な面白さであっただけで、人とつながって遊ぶ楽しさを演出していくっていう難しさが今のドラクエ10には大きな課題として残されている、が、どちらかと言うと終焉に向かい始めているネットゲームにその命題をクリアさせるというのは、厳しいとしか言えない。

[RPGツクール3]開発途中のRPGツクール3の画面写真を紹介

実はこんな懐かしい雑誌を所持しているので、その中から残しておきたい記事を紹介する。

LOGIN SOFCOM 8号(1996年秋発売号)
sofcom801.png

これは、ざっくり書くと、どういう雑誌なのかというと、
いわゆるツクラー向けのコミュニティ雑誌みたいなものと思っていい。

もっと正確に言うと、ゲームクリエイターになりたい人向けの雑誌なのだけども、
RPGツクール利用者支援雑誌みたいになってて、割合的にRPGツクールの扱いがかなり大きいためだ。
実際の雑誌内容は、クリエイター向けのものになってて、専門機材の紹介や
ゲームの紹介記事も、作る視点に立った紹介のされ方をしていて、同じゲーム雑誌と言っても
目線が違ってて、記事が面白い。
(例えばこの雑誌では、初代バイオハザードが紹介されてるのだけども、なぜ面白いのか?という視点で書かれていて、隣にはFCのスィートホームの記事も載ってた記憶がある)

で、このSOFCOM8号というのは、ツクール的に話題が盛りだくさんのもので、

RPGツクールDanteの続編、RPGツクールDante98IIが発売されて、開発者座談会をやったり
もちろん、今や貴重になっているDante98IIの紹介記事が大量の画面写真とともに載っていたりして、実に見所の多いものとなっている。

その他にも、クリエイターインタビューとして、レイフォースのスタッフのインタビューが載ってたり、発売直前だったレイストームの紹介記事が載っていたりする。

それらはまた、別の機会に紹介するとして、今回は、開発途中のRPGツクール3の画面写真を載せてみたいと思う。

sofcom802.png

これは、他のゲーム雑誌で紹介されているところを見たことがないので、おそらくSOFCOMだけで見られたものだと思う。
戦闘シーンだが、製品版では下にブロック風に表示されていたのが、
この頃はまだ、2に近くて、上にステータスが並べて表示され、下にはドラクエ風のメッセージボックス。
製品版では、テキストで戦闘を展開する仕様はなくなったが、このときはまだそういう方向で作られていたことが伺える。

背景は、マップを使うことはこのときから決まっていたようで、背景になってるマップは製品版でも使われている場面マップの魔法陣だ。 

ちなみに、この横には、3Dシューティングツクールと、シミュレーションRPGツクールの開発中の画面写真が一枚ずつ並んで掲載されていた。

また、同じページにはコンシューマ版のRPGツクールシリーズのプロデューサーインタビューが載っており
なかなか読み応えのある記事になっていた。

片田舎に住む不器用な少年は、将来ゲームクリエイターになるという泡沫の夢を見た

これは、俺の話ではない。とある人間が歩んできた人生の話だ。
繰り返しになるが、これは俺の話ではない。





とある愚か者の話をしよう。
その愚か者は、1983年に生を受けた。
ファミリーコンピュータ。通称ファミコンが発売された年のことだった。
愚か者は、その偶然に、必然や運命を感じざるを得ないでいた。

愚か者の父親は、ある日ファミコンを買ってきた。
愚か者は、3歳か4歳になる前、物心付く前からファミコンに触れた。
そのコンピュータの世界に、瞬く間に魅了された。
デジタルの世界は、当時はセンセーショナルで、とても衝撃的だった。
ある種、隔絶された世界を畏怖する風潮が強い時代に、無垢な子供は抵抗することなどなく夢中になり、
その世界に間違いなく未来を感じていた。

予感していた。将来は間違いなく、コンピュータが世界を席巻するさまを。

だが無垢な子供はそんなことはどうでもよく、ただ、そのコンピュータの世界の面白さにのめり込んでいた。ただそれだけだった。

初めてやったゲームソフトは、「けっきょく南極大冒険」だった気がする。
「F1レース」だったようなきがする。「いっき」だったような気もする。
はっきり言って、どれが初めてやったゲームだったのかはわからない。
それだけ物心付く前、幼い頃からコントローラを握ってゲームを遊んでいたからだ。

1985年とか、それぐらいの時期の出来事だ(おそらく)。

愚か者のゲームへの執着心は異常なものだった。
ただ家にファミコンがあったからという理由だけでファミコンに夢中になっていたというレベルを超えていた。

当時としては珍しく、親がファミコンに対して寛容だったからそうなってしまったというわけでもない。

これは1988年の出来事だ。
「スーパーマリオブラザーズ3」を買ってもらった愚か者は、それにあまりに夢中になるあまり、視力を落とし、親にはファミコンを隠されるほどだった。

小学校に入学し、学校が終わると、父親が帰ってくるまで、殆どの時間「スーパーマリオ3」をやり尽くしていた。

当時の愚か者は、“飽きる”ということを知らなかった。
クリアしてもゲームオーバーになっても何度も何度も最初からやり直し、すべてのステージを順番にクリアしていく律儀さだった。

そんなにも、一つのゲームに執着するものだから、これは危険だと思った当時の両親は、
さすがにファミコンを隠したのだった。

ちなみに、「スーパーマリオブラザーズ3」は、全ステージをクリアするのは、順調にやっても2時間は軽く超える。3時間ぐらいはかかるだろうボリュームのゲームだった。
そのボリュームのゲームを、何回も通しプレイしようとしていたのだから、相当な熱中っぷりだったのが伺えると思う

愚か者は人付き合いが苦手だった。
だから小学校に上がっても、うまく友達が作れず、また、遊び相手も出来なかった。

正確には、出来ても、周りに上手く溶け込めず、結局一人遊びしか選択肢がなくなってしまうのだ。

周りとのいさかいやトラブルが発生し、周りの大人が、愚か者を友達の輪から引き剥がす。
そして、愚か者は一人、積み木遊びや一人トランプ遊び、ぬいぐるみ遊びなどをして、他の人と離れて過ごすことになる。

これは幼稚園の時からそうだった。

なぜ自分だけがいつも引き剥がされて、一人ぼっちにされてしまうのだろう。

このように感じていた。

そうやって一人にされてしまうものだから、一人で遊べるものとなるとファミコンぐらいしか無い。
こうして、愚か者はより一層、ファミコンへとのめり込んでいくことになる。






愚か者はゲームだけでなく、ゲーム情報誌にも夢中になった。

ファミリーコンピュータマガジン、月刊PCエンジン、といった雑誌だ。

こういったゲーム雑誌は、父親が買ってきていたのだ。

ゲームに夢中になればゲーム機を親に隠される。また、勉強しなさい外で遊びなさいと怒られる。
かといって、外で遊ぶ相手などいない。
一人で自転車で用事もなく宛もなくブラブラするのもつまらない
一人公園で、ブランコを夜の暗くなるまで漕ぎ続けるなんて苦行もやったことがある。

しかし、家でゲーム雑誌を読んでいるぶんには、さすがに親も怒りづらかった
それでも、外出て遊べと放り出されることは日常的にあった。
だから愚か者にとって、日曜日とか休日は苦痛そのものだった。

ゲーム情報誌を読むのもまた、ゲームを遊ぶのと同じぐらい面白かった。

ゲーム紹介記事や広告、インタビュー記事やまだ見ぬ新しいゲーム機、
それから片田舎にはなかったゲームセンターの筐体記事、
これのゲーム写真を眺めているだけでも胸踊らせ、心ときめかせワクワクしてくるのだ。

ゲーム雑誌を読んでいるのもあまりにも面白いものだから
小学校低学年にして、大抵のゲーム会社の名前は覚えてしまったし、どこのメーカーが何を出しているとか、どういう名前の開発者がいるのか、といったものまで覚えてしまった。
加えて、ゲームカタログ的な本を見て、ゲームの発売日から価格やおおまかな内容まで、覚えてしまうほど何度も読み返した。

そのカタログ本は、文字通りボロボロになるほど何回も何回も読んだのだった。

そのカタログ本について補足すると、ファミリーコンピュータマガジンという雑誌についてくる付録の、「ファミコンカセットオールカタログ」という、ファミコンのゲームソフトがすべて紹介記事として収録されている本のこと。他にもスーパーファミコンオールカタログなど、何冊かシリーズ化されている




愚か者は中学生になった。
中学生になってからも、相変わらずゲームに夢中で勉強を全くしなかった。
だから、成績も悪く、周りからは馬鹿にされ、親からは怒られるという生活を送っていた。

だけど、愚か者は真面目に勉強しようとはしなかった。する気も起きなかったと言える。

中学2年生の秋、愚か者は突然新聞配達を始めた。
それは、欲しいゲームソフトを買えるようにするためのお小遣い稼ぎだった。

また、この頃から、将来のことを考え始める。愚か者はゲームに携わる仕事をしたいと思うようになった。

ところが、どうすればいいのかわからない。

家にはパソコンもなく、将来やりたいことのためにどうすればいいのか教えてくれる人も周りにはいない。

愚か者は困った。本当に困った。

そこでとりあえず、学校の勉強を真面目にやることにした。

5教科、250点前後だった成績が、中学2年になって勉強するようになってからメキメキと上がっていく。
最終的には5教科、400点を超える成績にまでなった。

が、愚か者の能力では、そこが限界点らしかった。

当然もっと上の成績を取っている人もいる。

勉強すればするほど、点数が上がるから面白かったのに、努力しても上がらなくなってきてから、面白くなくなっていった。

そして、将来ゲームに携わる仕事をしたいのに、本当にこんなことをしていても、それが達成できるのか、愚か者は段々と疑問を持つようになっていった。

5教科400点のレベルにまで到達すると、それを維持するためには普段常日頃から真面目に勉強していなければいけなくなり、愚か者は、真面目君を演じることに疲れてきていた。





愚か者は、高校受験で、最終模試での合格率2%の高校に合格する。
そして進学校の高校に入学する。

そこでも、息の詰まるような真面目君を演じ続けていた。

将来、ゲームに携わる仕事が出来ると信じて、目の前の勉強を頑張っていたのだ。

かつて、高橋名人も言っていたことを律儀に守っていた。

「ゲームは一日一時間」は守っていなかったが
「僕らの仕事は勿論勉強」
この格言を、しっかり守っていた。

勉強をすれば、将来の道が勝手に開いてくるものだと思い込んでいた。

だが。

そうはならなかった。

結局、高校卒業、そして大学進学、大学卒業に至るまで

ゲームに携わる仕事がしたいという疑問にしっかり答えてくれるものは愚か者の前には現れなかった。

愚か者は、人生に迷い失望した。
そして、目標を見失った。生きる目標がなくなった。







愚か者は35歳になった。

生きる目標を見失ったまま、屍のような状態に成り果てていた

若い頃にはあった、周りに向けて反発したり暴れたりするエネルギーもすでに尽き果て、死を待つのみといった満身創痍の状態になった。


あの思い出の中学校時代

20代の頃、愚か者は
中学の同級生との飲み会に誘われることがあった。

その時、ゲームクリエイターになっていた同級生が2人いた。

愚か者は心底羨ましがったと同時に、自分と同じ夢を抱いていた人がいたことに驚いたのだった。

仕事はいつも終電……
今やらされてる仕事はモバイルゲーム……

などと愚痴っていたが、愚か者は話を聞いているだけでも羨ましかった。


愚か者はどこで道を踏み外したのだろう?
見果てぬ泡沫の夢を見た、あの少年時代からその過ちが始まっていたのだろうか

愚か者は今日も、そのことを考えている……


<了>

[ゲームレビューの話]ゲームレビューの点数制度の価値基準は最大瞬間風速でいい

「10」とはいったい何なのか――レビュワーの苦悩とIGN採点式レビューの美的な欠点

こちらの記事によって、ゲームレビューとはなんぞや?という議論が活性化しているようだ。

これについて、個人的な見解が整ったので、簡潔に述べたい。



まず、ゲームレビューに点数が必要か不必要か?という議論について。

俺は14年、利害のないところでずっとゲームレビューをやり続けていた。
その経歴を踏まえて、もう結論がほぼ決まってきているので、それを述べる。

はっきりいって、点数をつけたがるゲームレビュアーは二流、というのが結論だ。
身分はなんでもいいが、とにかく点数を自分から付けたがっていて、付けているようなレビュアーは一流とはいえない。
読み手に指標としてわかりやすく伝えるために、点数を添えているのならば、その人は少なくとも二流は脱しており、信頼できるレビュアーだと思われる。

で、一体誰が、点数を求めているのかというと、それは読者にほかならない。

読み手が、そういう指標とか物差しを求めているのだ。

そうなると、ゲームに点数をつける行為自体に、絶対的な価値だとか相対的な価値だとか
発売日時点では満点でも、時が経過すれば下がるだろうとか、そういう点数の数値を神格化することは無駄だとはっきり言いたい。

よく考えてもらいたい。
一人のゲームレビュアーが付けた(あるいはメディアお抱えのレビュアー数名)点数に
どれほどの価値があろうか。

そこで最初に書いた、書き手から見たゲームレビューの点数という話が出てくる。

点数に変な価値基準をつけようとするから、うまくいかないのだ。
そうではなくて、読者が単に目安として欲しがっている数字以上のものではないと、決めてしまえば、
実に、いろんなことが解決する。

そこで、出てくるのが、じゃあ点数はどこを見て付けているのかという話になる。

それは、定義づけると以下の通りになる。

ゲームの発売日時点で、想定購買層へ向けた、価値基準の数値

どう考えたって、これ以上の定義が思いつかない。

ゲームレビューの点数なんて当てにならないし、いらなくね?
ではなく、なくしたらなくしたで、読者の価値判断が一つ失われる

じゃあ、それを成立させるにはどうすればよいか?と言うことを考えると、答えは簡単に出る。

ゲームのレビューなんて、発売日前が一番注目度が高い。
発売後に発掘レビューみたいなことをやっているところもあるが、どんなに頑張っても
新作ゲームレビューの1/10の注目度にしかならない。

そのような読者の指向性を考えたとき、発売日時点で点数を付けてしまうと
あとで訂正する必要もないし、最初にある程度厳密に吟味してさえしまえば、それは価値のある点数になる。

だから例えば、今から19年前のゲーム

「ゼルダの伝説 時のオカリナ」が、当時のファミ通レビューで40点満点だったとする。

これは、読み手がどう解釈するかというと、発売日時点では40点満点を与えるにふさわしいゲームだったと解釈すれば、今思うとファミ通のアレ(40点満点)はやりすぎだよな
みたいな、後付議論というものが絶対に生まれない。

こういう決め方をすると、満点のゲームが量産されたり、最近の新作ゲームは、
特に、AAAタイトルは必然的にできが良いので、点数がインフレ化する傾向がある。

が。
それで良いではないだろうか。

別に良いゲームを、あそこがちょっとイマイチだったからな・・・
と、揚げ足を取るように、減点して7点とかするぐらいなら、素直に10点で俺はいいと思う。


それから、最後に、ゲームレビューの書き方について。

これは自分が今、痛感していることだが、
はっきりいって公のゲームレビュアーも含めて、基本的にゲームレビューは褒めたほうが良い。

まず、誰だって、ネガティブ満載の辛口レビューよりも、ポジティブなレビューのほうが賛同が得られやすいし、読んでいて不快な気分にならない。

これは何も、レビュアーが販売促進係に徹しろと言っているわけではない。

重箱の隅をつつくように、揚げ足ばっかり取って、悪いところばかり書いて、クソゲー!!
と書くよりは、

「なぜ、ここはこうなっているのか?」「このゲームはもしかしたらこうしたがったんじゃないか?」

こういう書き方をしたほうが、同じネガティブなレビューでも、断然良い。

決して無理して褒めろとか、都合の悪いところは隠せと言っているわけではない。

そういうのもひっくるめて、一言で言うならば、ゲームレビューは“ほめる”書き方を目指したほうが断然良い。

知り合いのゲームだけど、実はクソゲーだから、そのままクソゲーだと書く?

とんでもない。

ちょっと欠点が目立ってしまっているゲームだけど、こういう部分がこだわっているとか
知り合いが作っているからこそ、わかる苦労とか汲み取れる意図が必ずあるはずだ

そういったところも、しっかり紹介することがよいゲームレビューへの第一歩だと俺は思う。

俺はそれができなかったから、
気づくのにあまりにも遅かったから、プロにはなれなかったんだがな。


体調不良で背中に激痛が走っており、こんなこと書いてられる状態じゃないのだが、
熱く語ってしまった。

終わります。

[ツクール]挫折と言うか躓いている理由について

ツクールで上手くいってないのは、もう飽きたとかつかれたとかではなく、
マップ作りのネタやイベントのネタがあまり思いつかなくなってしまったからだ。

特にマップ作りはこの10ヶ月間ずっとやり続けていた。
それで、その長い間に、どんな構造のマップを作ろうかと考えた時に、なかなかネタが出てこなくなってしまったのだ。
まるで乾いた雑巾を絞り出すように考えている。

だから、少し困ってしまっている。

思えばこの辺は、ツクール3では、50%以上は、予めある一枚絵のマップを組み合わせてマップを作っていた。
(それでも、構造は考えなければならない)

ツクールMV自体のマップタイルも、なんだか使用用途がわかりにくい、使いづらいタイルばかりで、
どうにもやりようがなくなってきてしまっていた。

また、マップやイベントのネタが思いつくようになったら、すぐにでも製作を再開したいと思っているほどだ。

やはり、外部から素材を調達してきたり、タイルセットの購入を勧められているのだが、
それで根本的に問題が解決するかというと、ちょっと今のところは怪しい気はしている。

買って試してから駄目だったというやり方がいいのかもしれないが。

だからツクール4とか5でなんか作ろうかと思ってる。
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